2013年2月15日
さて、今日からは「オリエント・エクスプレス」の旅です。「オリエント」はご存じのように「東方」という意味。本来の「オリエント・エクスプレス」は、西ヨーロッパと「東方」、つまり東ヨーロッパ、さらにトルコとを結ぶ鉄道でした。しかし、航空機輸送の発達で、かつてのような鉄道でゆっくり移動する旅は廃れていく一方。「オリエント・エクスプレス」もさまざま変遷を経て、いまは、ヨーロッパを走る「ベニス・シンプロン・オリエントエクスプレス(基本路線はパリ・ヴェネツィア間)」と東南アジアを南北に結ぶ「イースタン&オリエンタル(E&O)エクスプレス」の2つです。
1883年から運行が始まった「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス(VSOE)」は、本来の姿を色濃く残しているようです。「豪華」「優美」「洗練」といった言葉が似合う雰囲気が売りで、ロンドン、パリ、ウィーン、ベニス(ヴェネツィア)、ベルリン、ブダペスト、ブカレスト、イスタンブールの各都市をさまざまなルートで結んでいます。こちらはやはりフォーマルな服装で乗らなければ……といった感じがします。値段はいちばん安いもの(1泊2日、ロンドン・パリ間)でも1000ドルほどでしょうか。
これに対し、アジア版の「E&O=イースタン&オリエンタルエクスプレス」は、1993年から運行が始まった、いうならばリゾート路線。年中暑い地域を走っているのですから当然といえば当然かもしれません。シンガポールとバンコクとを結ぶ路線「E&O」には2つのパターンがあります、1つはバンコク→シンガポールで3泊4日、もう1つはシンガポール→バンコクで2泊3日。もちろん、後者のほうが値段は手ごろですし、いくらなんでも3日連続でフレンチのフルコースでは辟易しそうだということで、後者に決めました。
“走るホテル”と呼ばれているくらいですから、列車に乗る前に「チェックイン」の手続きがあります。場所は、市内の「リージェント・ホテル」。スタッフからさまざまな説明を聞き、荷物を預けると、カフェでしばしスタンバイ。飲み物や軽食、おつまみなど、すべて無料(というか、こういうものもすべて込みで値段がついているのですね)。
所定の時間が来ると、スタッフが呼びに来ます。専用のバスに乗り、マレーシアとの国境近くにあるウッドランズ駅まで移動。ここでシンガポール出国とマレーシア入国の手続きを済ませ、待ちに待った乗車が始まります。
ダークグリーンとクリームカラーに塗り分けられている車体からは、気品すら感じられます。なんでも、その昔はニュージーランドを走っていたそうで、さらにさかのぼると、1970年代の日本製の寝台車両を改装したものだとのこと。編成は22両(もちろん、東南アジアでは最長の旅客列車)で、132人の乗客を乗せられるといいます。
私たちが予約した「ステイト・キャビン(広さ=7・1平方m)」という個室(コンパートメント)があるのは7号車。このタイプの車両には個室が6つあります。車両ごとにスチュワードがおり、その案内で個室まで行きます。通路の内装はローズウッドで、真鍮の金具はピカピカ。キーを差し込んでドアを開け中に入ると、ソファー(夜になると2台のシングルベッドに変わる)と小さなテーブルがあり、窓にはシルクのカーテンがかかっています。そのほかワードローブ、セーフティーボックス、バス(もちろんシャワーですよ)・トイレの使い方やら、食事などについて、懇切丁寧な説明がありました。食事の時間が来ると、スチュワードが呼びにくるそうです。
出発時刻は午後12時15分。最後部の22号車は展望車です。食堂車(ダイニングカー)が全部で3~4両、ほかに売店車両やマッサージルームの付いた車両、バー車両などがあります。展望車は唯一タバコも吸える車両で、この先何度もお世話になりそうです。椅子が並べられたデッキの上に屋根が付いていて完全なアウトドアなのですが、すぐ隣にバーラウンジ車両が設けられているので、そこでお酒など飲み物を頼み、外に出てゆっくりすわりながら過ごせるわけです。街の中より田園地帯を走る時間が圧倒的に長いので、意外と気持ちがゆるみます。
しばらく走ると早くもランチです。食事も、「オリエント・エクスプレス」の大きな楽しみといわれています。最初は前菜が、「サーモンフィレ・オランデーズソース アスパラガスとホウレン草添え」、メインが「鴨胸肉のロースト黒コショウソース 野菜のつけ合わせ」という内容。デザートは「パイナップル ライムのシャーベット添え」、そして飲み物という組み合わせでした。もちろん、どれも美味。
車内での食事は1日目の昼・夜、2日目の3食、そして3日目の朝昼のつごう7回。朝食はルームサービスなので、食堂車で食べるのはそれ以外の5回です。どの食事も2回の時間帯に分かれていただくシステムなのですが、食堂車の内装も素晴らしく、見ているだけで楽しめる仕掛けになっています。
夕食は、アミューズのあと、「温かいホタテのテリーヌ ロブスターのビスクとキュウリのミカド・サラダ沿え」の前菜、メインは「牛肉のメダイヨン」か「マレー風鶏の煮込みカレー」のチョイス。デザートは「レモンのムースとドラゴンフルーツとイチゴ添え」とプチフールで、最後がコーヒーまたは紅茶。
その昔、アガサ・クリスティーの小説で読んだ元祖「オリエント・エクスプレス」の食事は、どの客も正装に近い服装をしていましたが、熱帯の国々を走る「E&O]ではあまり気にしなくてもOKのよう。それでも、いちおうジャケットを着てネクタイも締めました。もちろん、カジュアルでも問題はなさそうでした。個室に戻ると、ベッドが整えられ、いつ横になってもOK。感激です!
出発して7時間半ほどでクアラルンプールの駅に到着。ここから乗ってくるお客もいますが、人数はそれほどでもありません。停車駅ごとに、水や食材など、さまざまなものが運び込まれているようでした。そのため、停車時間も1時間半近くになります。
午後9時25分、出発。しばらくすると列車は真っ暗闇の中を走ります。前日に朝食を持ってきてもらう時刻を告げてあるので、それに間に合うように起床すればOK。列車の走る音はごく単調ですから、よほど神経質な人でないかぎりぐっすり寝ることができるはずです。
ベッドで横になる前にシャワーを浴びました。シャワージェルやシャンプーはブルガリ。お湯の出もまったく問題ありません。下手なホテルよりきちんとしている感じすらあります。これ以上は無理といってもいいほどギリギリの空間なのですが、けっこう快適でした。