「幸せになるための道なんてない。道それ自体が幸せなんだ」

2018年3月16日
5パーセントの奇跡

この4日間で3本目の映画です。今日は『5パーセントの奇跡~嘘から始まる素敵な人生~』を観ました。

「幸せになるための道なんてない。道それ自体が幸せなんだ」。主人公サリヤ・カハヴァッテが「ブッダ(釈迦)の言葉」と紹介するこの台詞で映画は始まります。後味がいいというか、なんともさわやかな作品で、感動しました。ちょうど、ピョンチャンでパラリンピック冬季大会がおこなわれていることとも重なっていたのも影響しているかもしれません。そう、主人公は障碍者なのです。

 

 

映画は、ドイツで実際にあった話に基づいて作られたようです。サリヤはスリランカ人の父親とドイツ人の母親を持つハーフ。彼が自身の体験を、本に書いたのが10年ほど前で、釈迦の言葉を引き合いに出しているのは、敬虔な仏教徒だからです。

高校卒業の直前、網膜剥離で5%の視力しかなくなってしまったサリヤは、5つ星ホテルに勤めたいという夢を実現するため、視覚に障碍があることを隠し(=嘘をついて)、ミュンヘンの超一流ホテルの研修生に応募します。首尾よく採用されたところから、研修(インターン)期間を終え、その修了試験を受けるまでの顛末【てんまつ】を描いたもの。

同じ「嘘」が素材でも、3日前に観た『嘘八百』という日本映画とは比べものにならないくらい、脚本がよくできていました。私の好きな、”こうなってほしい映画”そのものといえます。撮影に使われていた超一流ホテルが、昨年秋ミュンヘンを訪れたとき、ガイドさんが教えてくれた「シュヴァイツァーホフ(Schweizerhof)」だったのも、作品に親しみを感じた理由の一つでしょう。

この映画の宣伝チラシにも「幸福とは、結果ではなく、夢を諦めずに苦しみながら進んだ人生そのもの」とありますが、それは冒頭の「ブッダの言葉」とみごとに重なりました。予告編がまだネットで見られるようですので、時間があったらチェックしてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=XA_bDKjOEVk

エンドロールのカットに、この実話の主であるサリヤ・カラヴァッテ本人が顔を見せているのに気づきました。彼はあるラジオ放送のインタビューで「人生のモットー」を問われ、これまた釈迦の言葉だとして “The only constant in the world is change.”と答えています。この映画のヒットによって、さらに大きな「変化」を経験することになるかもしれません。

 

IMG_3549それにしても、この作品を上映していた桜坂劇場は、那覇でも不思議なエリアの一角にあります。昭和40年代の匂いをまだ色濃く残しているこの界隈にも再開発の波が押し寄せており、つい2、3年前にはアメリカ系の高級ホテル「Hyatt Regency」が開業しましたし、こじゃれたフレンチレストランもちらほら。でも、桜坂劇場のすぐ近くにはその手がまだ及んでいません。

 

IMG_3550それがはっきり感じられるのが劇場の真ん前にある駐車場。いまどきの「100駐」ではありません。小屋のような建物があって、そこに「管理者不在の場合は 備付けの封筒に車両番号と駐車時間を記入し 封筒に500円を入れ(おりまげ)投入口に入れてください」と書かれた掲示があったりします。東京のような、殺伐とした都会では考えもつかないチョーのんびりした話で、このゆるさが沖縄の魅力なのですね。

映画『カメジロー』と野中広務の死

2018年1月27日
自民党の元幹事長で、小渕恵三内閣の内閣官房長官を務めた野中広務が92歳で亡くなったそうです。自民党にいながら常に“野党的”なスタンスを崩すことなく、是は是・非は非、また戦争は絶対悪という立場を守り抜きながら生涯をまっとうした政治家というのが、大方の評価のようです。死去を報じる記事の中に、「ポツダム宣言すら読んだことのない首相が、この国をどういう国にするのだろうか。死んでも死にきれない」(2015年5月、同宣言を「つまびらかに読んでいない」と国会で答弁した安倍晋三首相について)と語ったという一文が私の頭を射抜きました。

はからずもそれと関わることになるのですが、一昨日、沖縄でしかチャンスがないだろうと思い、映画『カメジロー』を観に行ってきました(正しくは『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』)。日本復帰の前、アメリカ占領下にあった30数年間、沖縄でアメリカ軍政府に不屈の抵抗を貫いた瀬長亀次郎という政治家の生涯を描いたドキュメンタリーです。

IMG_3137名前だけは私も知っていました。1970年11月におこなわれた国政参加選挙で衆議院議員に当選した5人のうちの1人だからです。残りの4人は西銘【にしめ】順治(自民党)、上原康助(社会党)、国場【こくば】幸昌(自民党)、安里積千代【あさとつみちよ】(沖縄社会大衆党)、参議院のほうは喜屋武【きゃん】真栄(革新統一候補・任期は74年まで)と稲嶺一郎(自民党・71年まで)で、いずれも沖縄の政治、というより戦後の沖縄史を語るのに欠かせない錚々たる面々ばかり。

瀬長は沖縄人民党の代表でしたが、復帰後は日本共産党に合流、衆議院議員を通算7期務めました(もっとも、自身が共産党員であるとは生涯認めなかったそうですが)。ただ、瀬長はやはり「県民」党というのが似合っているように思えます。

その瀬長が自身の政治信条の土台としたのは「ポツダム宣言」だったという話が作品に描かれていました。瀬長が人民党を作るときに掲げた綱領は、日本が無条件降伏の際に受け入れた、「ポツダム宣言」の趣旨にのっとったものだったというのです。

同宣言は全部で13項目から成っていますが、その10番目に「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ(中略)日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙【しょうがい】ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由竝【ならび】ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ」とあります。野中の頭の中にあったのも、おそらくこの一文でしょう。

瀬長の立脚点はまさにこの一点にあったというわけです。たしかに、人民党の綱領には、「わが党は労働者、農民、漁民、俸給生活者及び中小商工業者等全勤労大衆の利害を代表しポツダム宣言の趣旨に則りあらゆる封建的保守反動と斗い政治、経済、社会並に文化の各分野に於て民主主義を確立し、自主沖縄の再建を期す」という一文があります。

その小さな体から発する声・叫びは沖縄県民の心を捕らえました。それは職業や社会的立場、思想信条、信仰のいかんを問わなかったように思えます。政治家としてでなく、沖縄人として、また人間として吐く瀬長の言葉は、人々の脳裏に深く突き刺さったようです。集会の警備にあたっていた元警察官が、そんなふうに話すシーンがありました。だからこそ、沖縄(琉球)を占領していたアメリカ軍は瀬長を強く恐れ、人々からとことん遠ざけようとしたのでしょう。

もう一つ印象的だったのが、映像の中に登場した元総理・佐藤栄作です。佐藤に関しては、私自身とても偏った見方しかしていませんでした。高校・大学時代、リアルタイムで佐藤の発言や行動を見聞きしていただけなので仕方ない部分もありますが、もっと保守反動で、国民を抑圧するタイプの政治家ではないかと思っていたのです。しかし、日本の国会に初めて登場し予算委員会で質問に立った瀬長を相手に答弁する様子を見ると、そんなうわべだけの見方をしていた自分が恥ずかしくなってしまいました。総理になった政治家は数多くいますが、そうしたなかでも図抜けた存在だったように思えました。

ここ4、5年同じ立場にある安倍晋三が、「総理」という立場にはまったく似つかわしくないことを改めて痛感しました。安倍個人というより、日本の政治自体が大きくレベルダウンしているのがひしひしと伝わってくる作品でした。たまには、こんな硬派の映画を観るのもいいものです。

友人が5回も観に行ったという映画に私も

2017年12月7日
一昨日、高校時代の仲間8人が集まって開いた忘年会の席で、「今年はあと31本で年間500本達成!」と、無類の映画ファンであるSくんが話していました。「その中で一番の傑作は?」と尋ねると、「5回観に行ったのが1本ある。『女神の見えざる手』っていうんだけど」との答えが。

女神の見えざる手チラシ

さっそく今日観てきました。「なるほど」です。といっても、ほかに数多く見ているわけではないので。比べようがないのですが、わたし的には『ハドソン川の軌跡』『ジーサンズ』『ローガン・ラッキー』が今年のベスト3だったので、そこへもう1本加わることになります。

Sくんが5回も観たのは、この作品のテンポがめっぽう早いので、ついていけない部分があったのではないかとも推測できます。ただ、それにしても、『女神~』は脚本が素晴らしくよくできているのです。ここまで練れるかとため息が出てしまうほど、大筋からディテールに至るまで、隙がありません。

私が好きな映画のパターンは、とにもかくにもハッピーエンド。「こういうふうになってほしい」という願いどおりに終わるのが最大の条件です。アクションだろうがラブストーリーだろうが、それは変わりません。この『女神の~』も最後の最後はそうなってくれるのですが、直前までは、「えーっ、そうなの!?」と心配させられました。これ以上書くとネタバレになってしまうのでやめますが、『女神~』は作品性とでもいうのでしょうか、ストーリー展開のレベルが非常に高いと思いました。

設定は、いかにもアメリという感じの、ロビイングを生業とする会社。作品では、銃器規制法案がターゲットなのですが、これまたアメリカならではの素材です。縦糸と横糸どころか、斜めの糸も裏地もすべて「アメリカ」。その意味では徹頭徹尾「アメリカ」を扱っているわけですが、だからといって、私たち日本人が観ても、違和感はありません。観終わったあと、すぐに席を立つ気になれない、秀抜な作品でした。

ちなみに、脚本を書いたのはイギリスで弁護士をしていたというジョナサン・ペレラ(男性)。テレビのニュースで、不正行為で逮捕されたロビイストのインタビューを観て着想を得たといいます。「ロビイストの仕事は政治と諜報活動が合わさったものだ。彼らがどうやって影響力を行使するのか。合法ぎりぎりのラインで、どんなストーリーが生まれるのかに興味を抱いた」と語るペレラは、そこから人生初めての映画脚本に挑みます。それをハリウッドの映画製作会社に送ったところ、社長が驚嘆。なんと1年後には作品が完成したのこと。素晴らしい作品を教えてくれたSくんに、深く感謝です。

36年ぶりに観た加賀まりこにドッキリ!

2017年9月22日


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ここのところ映画館からすっかり足が遠のいてしまっています。「これじゃ感性が錆びついちゃうよなぁ」という職業的な危機感があったのですが、今日は「決意」して早起きし、「午前10時の映画祭」に行きました。観たのは1981(昭和56)年公開の『泥の河』。宮本輝の同名の小説を小栗幸平監督が映画化した作品で、小栗のデビュー作でもありました。その年『キネマ旬報』の最優秀監督賞も取っています。

 

 

 

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その気になったのは、先週、「大人の社会見学」で一緒に寝泊まりした高校時代の友人Sくんのひと言=「『泥の河』を最近見たけど、ロケは中川運河だったんだって」がきっかけ。中川運河というのは、私が育った名古屋の市内を流れる、文字どおりの「泥の河」でした。Sくんは定年退職後、年間400本も映画を観ているといいます。昨日から来ている沖縄で、たまたま上映されていることがわかり、「よし、行こう」と。

 

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面白いもので、36年前とはまったく違うことを感じました。最初観たときは、太平洋戦争の匂いがまだ濃厚に残っている昭和31年の大阪が舞台ですから、「そうそう、オレもこんな格好で(メリヤスのランニングシャツにズック靴)遊んでたよな」とか、「子どもにとって50円は大金だった(1日5円のお小遣いが普通)」とかいったようなことばかり。モノクロの作品だったのも影響していますが、自分自身がまだそういう年齢だったからでしょう。

でも今回、66歳のジージになっているせいか、「そうかぁ。親は、子どもにああやって接しなくちゃな」など、いまとなってはまったく詮ないことを思ったりするのです。親の子どもに対する適切な気遣いというか、小学3年生に対しても人格を認め、傷つけたりいじけさせたりしないよう、成熟した大人としてコントロールしていくことがいかに大切か──。

!cid_D23EB54E5B9C7A5F7AA92C1141A8EB18CE4B9D89@edithousejp_onmicrosoftでも、最大のインパクトは加賀まりこ。この作品で助演女優賞を取りましたが、画面に出てくるのは5分もなかったのではないでしょうか。苦悩と不本意とが詰まった過去を背負いながら、いまは二人の子を持つ娼婦として生きていく役どころを、妖艶ここに極まれりといった空気を味わわせてくれました。

それにしても、この作品を観たスピルバーグに「あの3人の演技がこの上なく素晴らしい」とまで言わしめた子どもたちはどうしたのかなぁ……。

2日続けて「いい映画」に出会う

2017年2月14日

昨日、今日と2日続けていい映画を観ました。昨日は『ザ・コンサルタント』、そして今日は『この世界の片隅に』。まったく毛色は違うものの、ズシンと心に残る作品です。

320『ザ・コンサルタント』のキャッチフレーズは、「“2つの顔”を持つアンチヒーローが、あなたを虜(とりこ)にする──全米初登場NO.1 超本格サスペンス・アクション! 天才的な頭脳を持つ会計コンサルタントであると同時に、圧倒的な殺人スキルを誇る殺し屋。果たして、この男は何者なのか?」

アクションなので基本はドンパチなのですが、善と悪(それもハンパないレベルの悪)の両面を併せ持つ主人公が、この作品ではもっぱら善の部分を演じています。ただ、途中から命を狙われるようになると、一転、持ち前の悪の部分が顔を出します。敵とのドンパチも、そんじょそこらの武器ではなく、軍事仕様の超ハイレベル。やられるほうも肝をつぶすような代物です。

しかし、この映画はそこにシリアスな要素、そしてなんともヒューマンな色合いもからんできます。何より、そうした人生を歩むことになった背景には、自身のメンタルな病歴と、それを乗り越えさせようと強引な教育をほどこした父親の存在が……。この種の映画でウルウルした経験はこれまでありませんでしたが、それが違うのです。

 

507e0f31f5a568e5『この世界の片隅に』はロングランを続けているアニメ作品。絵が丁寧というか、ディテールまでしっかり描き込まれているのにまず感動します。そして、ヒロインの声(のん=能年玲奈)が主人公「すずちゃん」とフィットしていること。声がここまでイマジネーションの世界を広げるんだというのは新鮮な体験でした。

 

舞台は、太平洋戦争中の広島県・呉。知識としては知っている「空襲」ですが、その恐ろしさがこうまでとは……。きちんとした取材がベースになっているのがひしひしと感じられました。その空襲が1日に何度も、昼となく夜となくあるのですから、地上に暮らす人たちのストレス、いな恐怖感は想像を絶するものがあります。

 

かわいい、愛嬌さえ感じられる絵に魅せられ、そうしたシリアスな部分が二の次になってしまいそうですが、それがこの映画の最大の特徴でしょう。たとえば広島に原爆が落ちる瞬間のシーンも、悲壮感の描き方に‟等距離感‟があります。それがかえって、ホンワカした心にずっしり重たい課題も残すという、これまでにない新鮮な経験をさせてくれました。恐ろしいもの怖いものを、ことさら強調する方向で描くのではなく、逆方向、日常生活の視点に立って淡々と表現することで、その存在感・重量感がむしろリアルに迫ってくるのです。

観ましたーーっ! 『ハミルトン』

2016年4月30日
今回のアメリカ旅行の目玉はブロードウェーのミュージカル『ハミルトン』です。
タイトルにもなっている(アレクサンダー・)ハミルトンはアメリカの初代財務長官で、いま出回っている10ドル紙幣の肖像にもなっている人物です。その生涯を描いた作品なのですが、これがいま大変な人気だという話を聞いたのは3カ月ほど前のこと。

25年間通っている池袋のお寿司屋さんのカウンターでたまたま隣り合わせた方から教えてもらったのですが、「チケットは何カ月も先の分まで売り切れで、出回っているのはリセール(転売)のものだけ」とのこと。まずまずの席でも800ドル以上(!!)出さないと買えないといいます。仕事柄、30年近くブロードウェーに足を運んでは数々の作品を観てきているその方のおすすめとあっては、私たちも観ないわけにはいかないでしょう。

家に帰りさっそくネットで調べてみると、話のとおり、通常のチケットは1枚もありません。いくつかの業者が手がけているリセールチケットだけで、なかには2000ドルを越えるものまでありました。これでトニー賞なんぞ受賞したらもっとひどいことになりそうだと思い、ひと晩でニューヨーク行きの計画を立ててしまったのです。航空券の空き状況や値段をチェックした上で、リセールチケットのサイトをいくつか見ながら、「これなら」というものを探し当て、なんとか買い求めることができました。

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Dsc00340そして、今日がその日。土曜日の日中とあってタイムズスクエア周辺は大変な人出です。『ハミルトン』が上演されているリチャード・ロジャース劇場の前には、開演1時間以上前だというのに、長い行列ができていました。全席指定なので、早く行ったからいい席にすわれるわけでもなんでもないのですが、やはり気持ちがはやるのでしょうね。あとで聞いて知ったのですが、毎回、20枚ほど当日券が売り出され、その抽選に当たると、10ドルで観られるのだそうです。それを目ざして並んでいた人もいたにちがいありません。

Dsc00344劇場自体は古めかしく、それに狭いものですから、階段を昇っていくのも大変です。私たちがなんとか手に入れた席は2階バルコニー席の前から3、4列目あたりでまずまずでした。しかし、高校生のグループもいれば親子連れもいるといった具合で、これまでのブロードウェー・ミュージカルとはだいぶ様子が違う感じがします。それだけ幅広い客層に支持されている(=大ヒットしている)ということなのでしょう。その理由はやはり、作品のユニークさにあるようです。

何が違うのかというと、この『ハミルトン』、台詞(=歌)がすべてラップになっているのです。そのため、台詞の文字量が普通のミュージカルのほぼ倍だとかで、役者も大変なのではないでしょうか。また、作品を企画し、台本を書き、なおかつ主役まですべて同じ人(=リン・マニュエル・ミランダ)だというのも話題を呼んでいるようです。」しかも、そのミランダは主人公ハミルトンと同じプエルトリコからの移民。アメリカが独立を勝ち取り、憲法を制定しようとしていた当時の話で、内容はけっして甘いものではありません。もちろん、女性も登場はしますが、メインのテーマはどちらかといえば"お堅い系"です。ただ、それがラップ仕立てになっているのがミソなのでしょう。舞台に出ているのもほとんどが移民の役者ですから、ある意味リアリティーもあります。

それと、音楽が素晴らしかったですね。昨年のグラミー賞を受賞しているといいますから、それも納得です。私たちもそれだけは同感。というより、台詞のほうはラップなものですから、正直、ほとんど聞き取れずじまいだったこともあります。あらあらのストーリーは予習していきましたが、やはりそれだけでは……という感じでした。ただ、トニー賞(6月に発表される)を取れば、いまよりもっとプレミアがつき、チケットも取りにくくなるのではないでしょうか。その前に観られたということでよしとしなくてはいけませんね。

『KANO』、観ましたよ!

2015年4月8日

去年台湾で大ヒットした映画『KANO 1931 海の向こうの甲子園』を観ました。「KANO」は、台湾に戦前あった嘉義農林学校のこと。中等学校野球(いまの高校野球)は戦前、日本が統治していた台湾をはじめ、朝鮮、満州からも代表校が出ていましたが、嘉義農林は1931年、台湾代表として初出場を果たします。それまで一度も勝ったことがないチームを、かつて強豪・松山商業(愛媛県)のコーチとして甲子園で戦ったことのある近藤兵太郎が監督として率いることになり、なんと1年で甲子園に出るまでに成長させていくというストーリーです。

 

当時の甲子園も、いまと負けず劣らずすごかったことがよくわかりますが、私自身は、台湾と日本のつながりをまたまた学ばせてもらった点で、とてもよかったと思っています。原住民(高砂族)と中国人、そして日本人の3民族が一緒のチームでプレーすることの難しさも当然あったのでしょうが、それはおそらく台湾だけのはず。朝鮮や満州ではせいぜい2民族でしょうから。スポーツに民族の違いなど関係ないことも、この映画を観るとよくわかります。

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台湾からはプロ野球にもけっこう多くの選手が輩出しました。この映画にも出てきた呉昌征(呉波)は、私も子どもの時分から名前だけは知っていた選手です。映画の最後、文字と写真でその後のエピソードを紹介する場面がありましたが、そこにも登場していました。たしか、裸足でプレーしたので話題になったと、どこかで読んだ記憶もあります。

 

プロ入り(最初は巨人、のちに阪神)してからは投手と野手の両方の2刀流も務めたこともあるそうで、いまでいうなら日本ハムの大谷と同じ。戦前は好打・俊足の外野手として名を馳せ、首位打者を2回も取っています。ところが戦後、プロ野球はどのチームも選手不足でした。そのため、外野手だった呉も、その強肩を買われピッチャーをさせられたのです。それがなんと、戦後初めてのノーヒットノーランを達成するなど大活躍(http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/pro_calendar/1206/kiji/K20120616003458240.html を参照してください)。そうした功績もあって、外国人として初めて野球殿堂入りも果たしています。

 

初出場にもかかわらず甲子園では決勝まで進み、中京商業に敗れた嘉義農林ですが、最後までマウンドに立っていたのが呉明捷。こちらは卒業後早稲田大学に進み、打者として活躍、1936年春のシーズンで通算7本目のホームランを放っています。これは、東京六大学野球のタイ記録で、1957年に長嶋茂雄(立教大学)に更新(8本)されるまで破られませんでした。

 

映画の中に出ていた八田與一は、前もこのブログで触れたことがありますが、台湾に多大な貢献をした技術者です。嘉義から台南県にかけて広がる大きな嘉南平野は、水不足のためほとんど不毛の地だったそうです。その一帯の灌漑事業に取り組んだ八田は、烏山頭に当時としては画期的なダムを建設、それによってこの平野は大穀倉地帯に変わったといいます。八田の存在なくして今日の台湾はないといっても過言ではないでしょう。実際、地元の人たちの間ではいまなお神様のように崇【あが】められ、歴代の総統も彼の墓参に訪れるとのこと。近いうち、烏山頭をぜひ訪れてみようと思いました。

 

太平洋戦争で日本の無条件降伏で終わるまで、この台湾と朝鮮、そして満州(中国東北部)は日本の統治下にあったわけですが、台湾だけは、日本に対し総じて好意的です。その背景にはこうしたことの積み重ねがあるのでしょう。

 

『96時間 レクイエム』

2015年1月13日

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大好きな『96時間』シリーズの、たぶん最終版ではないかと思われる『96時間 レクイエム』を観ました。主役はいつもと同じリーアム・ニーソンですが、今回はいきなり別れた妻が殺されてしまうところから始まります。

  

せっかくこれまで何度も命がけで救ってきたのに……と、一瞬ガクッと来るのですが、それが今回のベース。相手役は、娘キムのマギー・グレイス。でも、それより存在感があったのがフォレスト・ウイテカーです。『大統領の執事の涙』『ケープタウン』で、どちらも、味のある主役を演じている黒人の俳優が今回も渋い刑事役を演じていました。

 

『レクイエム』の舞台がロサンゼルスというのも新鮮でした。これまでのパリ、イスタンブールと違って、カーチェイスがよく似合いますし、別れた妻が殺されるという暗さを思わず忘れさせてくれます。終わりには小さなどんでん返しもあり、素直に楽しめました。アメリカでも興行成績は好調だそうです。

インド映画最大のヒット作『チェイス!』

2015年1月8日
2014年にインドで公開され、『きっと、うまくいく』(2009)を抜いて、史上最高の興行成績(日本円にして約47億円だとか)を記録したのが『チェイス!』です。アメリカでも全米週末興行ランキングで9位にランクされたアクションエンタテインメント作品ですが、そこには深い人間ドラマが描かれていました。

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2カ月ほど前、どこかの映画館でチラシを見たときはいまイチ食指が動きませんでした。ただ、主演が『きっと、うまくいく』のアーミル・カーンだったので、見逃して公開しては……との思いがきざし、急きょ観に行った次第。

よかったです、観て。ストーリーは省きますが、シカゴ市内を縦横無尽に走り回るカー(&バイク)アクションだけでも一見の価値ありでしょう。強烈にアクロバティックな「chase(チェイス)」の迫力ときたら! それもこれも、主人公がサーカスの団長ゆえのこと。冷静に考えると荒唐無稽な感じもなくはないのですが、それより天衣無縫といったほうが正確かもしれません。

インド映画の専売特許といもいえる「集団ダンス」も、昔と違い、適切な場面で適切に出てきます。これなら、日本人もアメリカ人も納得できるのではないでしょうか。

気になったのは、予告編でやっていた『ミルカ』です。タイトルの「ミルカ」とは、アジア大会男子400メートルで1958・62年と2回連続で金メダルを取った実在の選手(ミルカ・シン)の名前。その数奇な運命を描いた作品のようですが、「シン」という名前は、子どものころから強烈に私の頭に焼きついています。

昔から、ターバンとヒゲがトレードマークというのがインド人のイメージですが、ターバンを巻くのはインドの中でもシーク教徒だけ。彼らが多く住む北部のパンジャブ州(すぐ西隣はパキスタン)には、「シン」という苗字がとても多いようです。そういえば、かつてプロレスで活躍したタイガー・ジェット・ソンもこのシーク教徒でした。

1947年8月、イギリスのインド植民地解体に際し、当初の筋書きが大きく狂ってしまいました。その根底にあったのは宗教対立です。結局、ヒンドゥー教徒がインド連邦、イスラーム教徒がパキスタンを作りました。しかも、イスラーム教徒はインドをはさんで東西に分かれるという、なんとも不自然な形になりました(東パキスタンは後にバングラディシュとして分離独立)。

分離独立の方針が決まったとき、インド領内にいたイスラーム教徒はパキスタンへ、パキスタン領内のヒンドゥー教徒はインドへ、それぞれ迫害を逃れて大移動が始まります。その過程で悲惨な衝突が起こりました。ガンディーが暗殺されたのも、この両国=両宗教の対立にからんでのことです。また、北部のカシミール州の帰属問題がもとで、独立直後に起こったインド=パキスタン戦争はいまに至るまで最終決着を見ていません。両国が核兵器まで持つようになったのは、それが原因とされています。

このインド・パキスタン両国の分離独立にあたり、シーク教徒はインド連邦に帰属することを選びました。それが、この映画のポイントのようなのですが、エンタテインメント作品ばかりが目立つインド映画の中でこうしたシリアスなテーマがどのように作られるのか、詳しくは観てのお楽しみですね。

『グランド・ブダペスト・ホテル』は面白い!

2014年6月16日
映画を観てきました。タイトルは『グランド・ブダペスト・ホテル』。第1次世界大戦と第2次世界大戦との間の時期、ヨーロッパ東部の架空の国ズブロフカ共和国に1軒の高級ホテルがありました。そこを仕切る伝説のコンシェルジュとベルボーイが繰り広げるミステリアスな冒険をコメディータッチで描いた作品です。とはいっても、ヨーロッパでナチスドイツが台頭してくる様子なども盛り込まれていますし、ホテル業界の影のネットワークのようなものも巧みに描かれ、最後まで飽きません。

Poster

作品の面白さ。楽しさもさることながら、私が興味を抱いたのは、この映画が撮られた場所。ベルリンとドイツ・チェコ・ポーランド3国の国境に近いゲルリッツ(Gorlitz)であるとwikipediaに記されていますが、実際のホテルすべてを覆う大規模なセットが作られたのはゲルリッツだそうです。

ゲルリッツとはスラヴ語で「燃やされた土地」(町を切り開く際に土地が焼かれたことから)を意味するそうで、最初に文献に登場するのは1071年といいますから、千年近くも前のことです。13世紀以降は交易によって大いに発展したともありますが、さまざまな写真(下の写真はwikipediaから)を見ていると、たいそう美しい町であることがわかり、機会があればいつか行ってみたいと思いました。