花菖蒲、鏑木清方、ポンペイよりもイタリアン!

●京都2日目は、小学校の修学旅行以来60年ぶりという平安神宮の神苑から。應天門に貼られた「花菖蒲見頃」の文字が期待をそそります。神苑とは庭園のことですが、大きな池に群生する2千株の花菖蒲は圧巻。お昼近い時間でしたが、蓮の花もまだ開いたままで、朝早ければ池の水面が見えないほどだったかも。

●平安神宮周辺は一大文化ゾーンになっていて、そこから歩いて5分のところにある国立京都近代美術館が、3連チャンの二つ目、「鏑木清方」展の会場。中に入るまでは有名な美人画家といった認識くらいしかありませんでしたが、自身の無知を思い知らされました。美人画といっても、顔かたちだけでなく、着物・履き物、髪飾りや簪[かんざし]など一つひとつが丁寧に描かれているのにびっくり。

●それ以上に感動したのが庶民の生活・風俗を描いた作品。展覧会に出品するような大作とは趣きが違い、親しみやすい素材なのですが、こまやかな観察眼は、穂積和夫を思い出させます。感動の余韻にひたりながら、すぐ向かい側に建つ京セラ美術館の「ポンペイ」展。3連チャンのラストで、期待が大きかった分、裏切られた感も大。ポンペイの遺跡はやはり、現地で観るしかないのかもしれません。

●夏の京都の定番「鍵善」の葛切りで疲れをいやそうとしましたが、癒しきれぬままホテルへ帰還。ポンペイの仇はやはりイタリア料理で━━はこじつけですが、ホテルのすぐ近くで見つけたカジュアルなお店が大当たり! これはと思った品を少しずつ食べられる「おばんざい」っぽいスタイルで、昼間の疲れはきれいさっぱり消えました。(2022/6/11)

京都で美術館3連チャンの1日目

●土曜日に京都で仕事があり、せっかくなので、木曜日からこちらにやってきました。折しもアジサイや花菖蒲が真っ盛りの時期。そちらも楽しもうと、ネットで検索すると、あちこち”名所”が。選んだのはアサヒビール大山崎山荘美術館。その庭園が素晴らしいとあったので、そちらに決めました。「ポンペイ」展、「鏑木清方」展を観に行くつもりだったので、図らずも3連チャンに。

●京都駅から大阪方面へ5つ目の山崎駅で下車。美術館はかの有名な天王山の麓、5500坪の敷地に建っており、もとは大阪の実業家の別荘だったそうです。本人も遺族も亡くなり、長い間使われずに荒れ果ててしまったのをアサヒビールが買い取り、美術館としてよみがえらせたのが1996年。そのコレクションは、モネ、ルオー、ユトリロ、ヴラマンク、カンディンスキーらの絵画、バーナード・リーチ、宮本憲吉、濱田庄司の陶芸、イサム・ノグチの彫刻など、超一級品ばかりです。

●何よりの魅力は、それらが展示されている建物。新たに増築したコンクリートの展示館も安藤忠雄の設計だそうで、木造山荘風の本館にすんなりなじんでいます。2階のカフェテラスから木津川、宇治川、桂川が合流、淀川になる地点を見下ろす眺望は抜群。その入口には、ドイツ製、その名もMikado というオルゴールが鎮座していました。

。●美術館のあと庭園を散策し、送迎バスで阪急の大山崎駅へ。一路河原町をめざします。関西の私鉄は首都圏のそれと車体の色使いがまったく違い、阪急電車はあずき色。河原町から少し歩き、夕食は先斗町[ぽんとちょう]のおばんざいです。この季節ならではの素材をふんだんに用いたメニューを、こちらの腹具合にも気を配りながら勧めてくれる心づかいに感動。もちろん、味も最高でした。(2022/6/9)

初めての国立競技場━━試合は◎、スタンドは✕

●2019年10月のワールドカップ以来、2年半ぶりでラグビーを生で観戦しました。今年からスタートした「リーグワン」の決勝で、会場は国立競技場。1月5日の開幕戦に行くはずだったのですが、選手にコロナ陽性が出て試合が中止になり、半年近くおあずけに。試合のほうは素晴らしい内容で、3万4千の観衆も大満足だったにちがいありません。


●ただ、期待していた競技場にはガックリ。座席の前後がとんでもなく窮屈で、席が列の中ほどだったりすると、いったん座ったら最後、ハーフタイムまでまったく動けないのです。オリンピック用に新設したのに、こんな狭苦しい座席に、日本人より半回りは体が大きい外国人を座らせていたら……と思うと、無観客開催にしてホントよかった!


●この日の最高気温は31℃。さかも、私たちの座ったバックスタンドは試合中ずーっと日が当たりっぱなし。2時間もしたら日干しになってしまうのではないかと心配になりました。そもそも、この時期によりにもよってPM3時キックオフというのも信じられません。7月9日のフランス戦も同じだというのですから、主催者はいったい何を考えているのやら。


●それと、ラグビーの日本一を決めるイベントなのに、プログラムの紙切れ1枚もらえないのにも失望しました。ニュージーランドやオーストラリア、イギリスではふだんの試合でも、プログラムはそこかしこに山積み。チームのTシャツやノベルティーグッズ(はっきり言ってチープなものがほとんどですが)とか、バンバン配っています。まあ、仕切っているのが「おっさん」ばかり(2022/3/5ご参照)ではこれも致し方ないか。(2022/5/30)

「北前船」の祝賀会で、五木ひろしさんが熱唱

●歌謡曲を、それも生で聴くなんて、何年ぶりでしょうか。ひょんなきっかけで「北前船寄港地フォーラム」に関わり始めて早11年。「フォーラム」はその後発展・拡大の一途をたどり、「交流拡大機構」がスタートして6年、開催回数はすでに30回を数えています。5年前、寄港地の多くが「日本遺産」に指定されたことも追い風になりました。


●金曜日の夜、それを祝う会があり、全国から300人を越える方が出席。夕方5時からの新型コロナウィルスの抗原検査に始まり、中締めが9時という長丁場でしたが、まったく疲れないというか、むしろ元気が湧いてきました。直接人と会って言葉を交わすのが、コロナ禍にやられている私たちにとって最高のクスリのようです。前日参加した50人ほどの会合は話を聞くだけのワンウェイでどっと疲れただけに、それを強く実感した次第。


●祝賀会の最後は、歌謡界の大御所五木ひろしさんが登場し、自身の作曲による新曲「北前船」と「港町恋唄」を披露。五木さん自身、北前船の寄港地がいくつもある福井県の出身とあって、曲作りにも力が入ったそうです。その言葉どおり、ドラマチックな、それでいて親しみやすい歌に仕上がっていました。


●「北前船フォーラム」の次回開催地はなんとフランスですが、主催者もこうした展開は想像していなかったでしょう。この日の東京は昼過ぎまで猛烈な雨。それに打たれながらも、我が家のアマリリスは大きな花を咲かせていました。フォーラムにとっても、ここ2年続いているコロナ禍が、思いもかけぬ拡大・発展を促す役割を果たしてくれたのかもしれません。(2022/5/28)

排骨飯を食べたら、台湾に行きたくなりました

●歯医者に行ったついでに、新大久保で台湾の駅弁メニューの一つ排骨[パーコー]飯を食べました。魯肉[ルーロー]飯は家でも簡単に作れますが、排骨飯は、いい骨付き豚肉が手に入れにくく、しかも油で揚げなくてはならないので億劫になり、外でということになります。


●ただ、これを提供するところがなぜか少ないのです。たまたまネットでその店のことを知り、さっそくトライ。骨こそ付いていませんでしたがカラっと揚がっており完食、大満足! 私たちにとっていま現在”最後の海外旅行”となっている「台湾一周鉄道の旅」に行ったとき食べた、池上驛の排骨飯便當(弁当のこと)を思い出しました。2020年1月、コロナ禍直前のことです。


●我が家で最初に台湾を旅したのは家人で、20年ほど前のこと。話を聞き私も行ってみたところすっかりハマってしまいました。外国なのにストレスフリーでいられるのは、やはり波長が合うのでしょう。というともっともらしく聞こえるかもしれませんが、要は近い、安い、そして好みの食べ物が多いと(笑)。


●来月16〜19日、上野公園で「台湾フェスティバル」が開催されると聞き、とりあえず足を運んでみることにしました。コロナ禍が収束し、自由に海外旅行ができるようになったとき真っ先に行きたい国の一つが台湾。それだけに、香港やウクライナのような事態にならないよう心から願っています。(2022/5/21)

森と海の不思議な力が、絵と書を呼吸させるのかも

●”大人の社会見学”小田原&真鶴編”の2日目です。高校の同期生が━男子でも━7人もそろうと、話にとめどがなくなり、布団に入ったのは午前1時過ぎ。干物の朝食を済ませると、しゃべり過ぎて喉が……と、さっそく「ういろう」のお世話になるメンバーもいました。


●周りを散策に出ると、民宿の裏手から東映映画のオープニング映像で有名な巨岩(+波しぶき)のある海岸まで「お林」と呼ばれる大きな森が広がっています。「お」が付いていることからもわかるように、もともとは皇室の御用林。「お林」は俗称らしく、正式には「魚つき保安林」といって、魚の繁殖、保護を目的として海岸や湖岸に設けられた森林のことだそうです。


●森林の土に含まれる栄養分が地下水と一緒に海に流れ出るとプランクトンが繁殖、豊かな海を育てます。また、木々が直射日光を遮断して水温の急激な変化を防ぐなど、海の生物の繁殖を促す役割も。おいしい魚介類が穫れるのに大きく貢献しているというわけです。


●お林の一角に、生前この地で過ごした中川一政の個人美術館が。コンクリート打ち放しの建物ですが、周りの木々に溶け込むような感じがします。そこから少し歩くと相模湾が大きく開け、この日は向かい側の初島もくっきり見えました。アトリエがあったのもそのあたり。97歳まで創作を続けた中川の作品は天衣無縫というか、油絵も書も力みがなく、のびのびしています。彼が装丁した向田邦子の『あ・うん』は、まさしく”ジャストフィット”。森にも海にも備わる不思議な力が彼の才覚をいっそう刺激したのかもしれません。(2022/5/18)

改めて感じた、生産地でしか手に入らない物のありがたみ

●小田原駅から南へ、正面に城の櫓[やぐら]を見ながら歩くこと15分。国道1号線に面した所にその建物はあります。外観は城のようですが、「ういろう」という薬と和菓子を売る店です。1368年中国の元が滅び、日本の博多に亡命した一人の外交官が陳外郎と名乗り明から輸入したのが始まり。その後京都に移り朝廷に仕えていましたが、応仁の乱で焼け野原となってしまったため、1504年、北条早雲の招きで小田原に移り、店を開いたそうです。お菓子のういろ(う)は全国に広まりましたが、薬はここ小田原だけにしかありません。


●店の裏手にある博物館でその歴史を話してくださったのは、25代目の御当主。この日参加した高校時代の仲間6人全員、薬のほうを購入しました。というか、いまどきまれな、ネットでは販売していない(郵送も不可)ので、お店で買うしかないのです(それも1人3箱まで)。全国を相手にするとすぐ売り切れてしまい、地元や近隣の人たちが必要になったとき買えないからだといいます。「小田原で長く商売させていただいていることへの感謝」とは御当主の言葉。


●すぐ隣の蕎麦屋さんで昼食を済ませ、真鶴[まなづる]の料理民宿へ。ひと風呂(温泉ではありません)浴びたあと、地魚の刺身舟盛り+煮魚+焼き魚を囲んでの夕食となりました。宿の真ん前の海で獲れた魚しか出さないのがこの宿の信条だそうで、マグロ、ハマチといった刺身の定番もナシ。肉料理はもちろん、野菜の付け合わせ等も一切ありません。


●そのため色彩的には地味ですが鮮度は抜群、しかも美味。〆の伊勢海老の味噌汁もおいしくいただきました。山間[やまあい]の温泉宿で刺身が出てくるのを昔から疑問に思っている私も納得。「お客さんっていっても、ここらの人ばっかだからね」とは女将の言。地元への愛を最優先しているのが感じられます。どこにいてもすべて手に入るのが当たり前といういまの時代、なんだかホッコリした気持ちになりました。(2022/5/17)

なじみの薄いデザイナーズホテル━━でも、心地よかった

●浜松から名古屋までは新幹線で30分足らず。”楽器の町”ならではの駅ピアノを横目にホームに上がり、乗った車両はガラ空きです。名古屋駅近くの中華料理店で中学時代からの友2人に再会。やたら話し好きの店員さんもときおり巻き込みながら大盛り上がりし、スリーショットの写真を撮ってもらうのを忘れてしまうほどでした。


●さて、今回の旅で泊まった2つのホテルは対照的でした。1泊目は、出入口のフロアにはピアノの鍵盤、ロビーにはバイオリンとピアノ、窓には楽譜と、浜松らしく音楽にちなむデザインやツールがそこここにあしらわれている老舗ホテル。朝食のレストランの名もFigaro(フィガロ)でした。部屋はオールドタイプですが、慣れているので落ち着きます。

●夜は、高校の同期生がオーナーシェフの洋食店で弟夫婦と。コロナ禍の影響を心配していましたが、営業を続けていて何よりでした。二人と会うのもほぼ3年ぶりで、積もり積もった話に花が咲き、いまは人と会って話をするのが元気の素であることを実感。

●2泊目の名古屋は、最近増えてきたいわゆるデザイナーズ風。このテのホテルはなじみがなく心配していましたが、スタッフのカジュアルな服装も、ロビーや部屋のしつらえもすこぶる心地よかったです。朝食はプリフィックスというか、固定の部分(3パターンから選ぶ)+パンやスープ、フルーツ、サラダ、飲み物などを自分で選ぶスタイル。”和洋なんでもそろっています。お好きにどうぞ”式のフルバイキングが苦手な私にとっては、ありがたく感じられました。(2022/5/7)


駅と街の姿は変わっても、住まう人は……

●読んだり見たり聞いたりして興味を引かれた事物があったら、可能なかぎり自分の五感で確認しないと気が済まないのが私の性分。それができずにいると、ストレスがたまってしまいます。というわけで、先日の山陰ツアーでご一緒した高齢の姉妹から聞いた西武池袋線富士見台駅近くの中華料理店に、さっそく行ってみました。テーブルが5つしかなく、私たちがすわると、開店直後だというのに早くも満席。

●メニューには、「メリハリのある力強い後味をめざす」と、オーナーシェフの言葉が。ジャコと青ピーマンの炒飯にトライしてみると、見かけとは真逆であっさり・さっぱりした味つけなのですが、たしかに後味はしっかりしています。BGMで流れるシャンソンの影響かもしれません(笑)。

●帰りの電車に乗ると2つ目が、1993年から2004年まで住んでいた石神井[しゃくじい]公園駅。ふと思い立ち降りてみたのですが、高架化と同時に駅周辺が大々的に再開発されたため、以前の面影がほとんどないのです。観光案内所までできていたのには驚きました

半世紀ほど前の石神井公園駅北口はこんな具合でした(練馬区HPより借用)

。●そういえば、かつて私の住んだ町にある中央線の武蔵境駅も、西武池袋線のひばりヶ丘駅も、京浜東北線の川口駅も、都電の鬼子母神[きしぼじん]停留所も、その周辺は大変貌。もともとの雰囲気を残しつついま風になっていればいいのですが、後者だけが際立ってしまうと、没個性になりかねません。ただ、見かけはどうあれ、街の個性・空気感を作るのはやはり、そこに住まう人々ではないかという気がします。(2022/5/5)

藤のない「藤まつり」━━ガックリは食で癒す

●今年のGWは最長10連休もありなのだとか。コロナ禍もなんとなく落ち着きを見せ始めてきた感じもあり、遠出する人が増えているようです。3日目の5月1日はあいにくの雨、気温も冬に逆戻り。ならば人出も少なかろうと身勝手な願いを抱きながら、亀戸天神社に行ってみました。

●ちょうど「藤まつり」のただ中で、境内は薄紫に染まっているのではと期待したのですが、なんと花は99.9%散っていました。ツツジもまだぼちぼちで、まわりはガッカリしている人の姿ばかり。緑一色の藤棚の先に見えるスカイツリーも、心なしかさびしそう。人間、期待度が高いほど、裏切られたときの落ち込み感も増しますが、今日がまさしくそうでした。

●この時期の亀戸天神社のウリは藤なのですから、もう少しサービス精神があってもいいのではとも思うのですが……。ウェブサイトに「明日から3日間がピーク」とか「見頃は過ぎましたが、ツツジがそろそろ」といった告知を入れるとか。祀られている菅原道真も、「東風[こち]吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主[あるじ]なしとて 春な忘れそ 」と詠んでいますよね。

●実は数日前にも、METオペラ今シーズンの新作「ナクソス島のアリアドネ」@新宿ピカデリーでガックリ来ており、これで2イベント連続の不発です。新宿では寿司を食べて癒やしましたが、今日はご当地の名物くず餅。ただ、それだけではいまイチもの足りず、そのあと蕎麦を食べに上野へ向かいます。ここのところフラれ続けていたお店ですが、今日はすんなり入れ、小海老と玉ねぎのかき揚げ蕎麦に大満足。亀戸で思い切り下がったテンションもやっと回復しました。(2022/5/1)

オランダ大使館のチューリップはまた格別

●日本国内にある外国大使館など、よほどのことでもなければ足を運ぶことはありませんが、昨日、オランダ王国大使館(公邸)に行きました。私にとってはキューバ、インド、ロシアに次いで4カ国目。キューバはビザの申請、インドは舞踊の発表会、ロシアはクリスマス演奏会でしたが、今回のオランダは公邸と庭園の見学です。


●休校日だった小4の孫も連れて行ったのですが、東久留米の駅で電車に乗った瞬間から、持参したメモ帳に鉛筆でしきりと何やら書き込んでいます。何時何分どこどこ行きの電車に乗る、〇〇駅で地下鉄△△線に乗り換える、◇◇駅で降りるとホームの案内板と首っ引き。駅の近くには□□病院、▽▽ホテルがある……。「4月8日 オランダ大使館への旅」と、タイトルまで書いてありました。うーむ、誰に似たのやら(笑)。


●大使館の場所は東京タワーのすぐ近く。門を入ると大使館公邸と広い和風庭園があります。その奥が事務棟(こちらは非公開)なのですが、さすがオランダ、庭園はもちろん、そこかしこにチューリップが。濃紺、紫、オレンジなど色も多彩多様で、見たことのない品種がほとんどです。


●大使館の公開は7年ぶりとのことで、たいそうな数の人が訪れていました。コロナ禍で海外旅行か長らくNGになっているせいもあるのでしょう。かといって、流行りのバーチャルツアーでは物足りないのも事実。私も気持ちを多少なりとも盛り上げようと、オランダ国旗に合わせ青・白・赤を組み合わせた服装で行ったのですが、考えてみるとこれはロシアと同じ! でした。思慮不足の自身を反省、呪詛[じゅそ]することしきり。(2022/4/9)

エジソンが、ゴッホが……。五感への刺激を堪能した一日

●東日本大震災の被災者100余人によるミュージカル上演の本を書くとき取材させていただいた方のお一人と、神田淡路町のイタリアンでランチ会食。7年ぶりの再会で話がはずみ、名物のパスタの写真を撮るのも忘れてしまうほど盛り上がりました。


●でも、この日最大の衝撃は、オーナーのSP盤レコードと蓄音機のコレクションです。店内にさりげなく置かれているのですが、これがなんと、かのエジソンが発明した蓄音機の現物。当時の音源は蠟管[ろうかん]といい、Campbellスープの缶に似た容器に収まっています。1枚ウン十万円はするというSP盤を130年以上前の蓄音機に載せ、かけてくださったのですが、その音の心地よいことといったら。ヴァイオリンソナタも歌謡曲もリアルそのもの、あまりの臨場感に圧倒されました。


●そのあと、すぐ近くにある神保町のギャラリーで開催されている刺繍の作品展へ。ひいきにしている目白の洋服屋さん━━いま風に言うとセレクトショップ━━のオーナーがFBで勧めておられたのですが、その”推し”がなければ足を運ぶこともなかったでしょう。”不要不急”と言われればそれまでですし。


●でも行ってみると、ゴッホの「星月夜」、北斎の「富嶽三十六景」を始めどれも皆、「ここまで……!?」と絶句してしまいそうな精緻さ。離れて見るとワクワク、近づいて見るとドキドキ、とでもいいますか。聴覚と視覚に、強烈な、それでいてすこぶる心地よい刺激を受けた一日となりました。(2022/4/8)

桜は散っても😢、春の本番はこれから

●新年度は、雨と風でスタート。東京は3・4日もずっと降りどおし、しかも真冬並の寒さとあって、拙宅ベランダからの夜桜もジ・エンドとなりそうです。といって、詩ごころとはほとんど無縁の私なんぞは、「あ〜あ、これでおしまいか」でしかありません。でも、そうした情景を目にしたときの心情を三十一文字に託される方もいるのですね。


●夜半さめて  見れば夜半さえ
  しらじらと  桜散りおり
   とどまらざらん
うーん、まさしくそのとおり! 作者の馬場あき子さんは数々の賞に輝いている93歳の歌人。先日のFBで、私が心底尊敬している福岡の出版社主がシェアした「完全保存版 絶対覚えておきたい! 究極の短歌・俳句100選」(3/27NHK-BSプレミアム)の中に紹介されていました。


●こちらは夜桜ではありませんが、散ってしまった桜を惜しむ歌(紀貫之)も。
 桜花 ちりぬる風の なごりには
  水なき空に 浪ぞたちける
なるほど、ですね〜! まるで私の前にそうした場面がリアルタイムで展開しているかのよう。どちらも、「究極」と讃えられるだけのことはあります。


●もちろん、桜が散ってしまったからといって、春が終わるわけではありません。拙宅の近くをさらさらと流れる小川のほとりを歩いてみると━━。小学生が水遊びに興じていましたし、レンゲやスミレはもちろんのこと、これまでその存在すら知らなかった花々も一挙に咲き始めています(それにしても、童謡「春の小川」はやはり名歌!)足湯やSIX PADも体には効きますが、自然の中を歩くのがやっぱり一番ですね。(2022/4/6)

「定番」にもいろいろありますが……

●先週の土曜日、久しぶりに車を走らせました。以前住んでいた豊島区まで行ったついでに、ひいきにしている蕎麦屋さんでランチを。相変わらずの素晴らしい味に舌鼓。以前は、そのあとケーキ屋に寄り、JA(農協)のショップで花や土・肥料などを買って帰るというのが”定番”のコースでした。でも、この日はお花見目的の車で道がけっこう混んでおり、まっすぐ帰ることに。それでも、両サイドから満開の桜の枝が伸びている道を2キロほど走ることができ大満足です。


●「定番」は「おきまり」「ルーティン」ともいいますが、メンタルの安定に欠かせない要素ではないでしょうか。ぐっすり眠るための「就眠儀式」とか、食後の一服とか、人それぞれ違いますが、私の場合、目覚めのコーヒーは欠かせません。


●コロナ禍になってからは、朝食後の足湯(足先の収縮した血管を広げ、血のめぐりをよくする)、夜のSIX PAD(足裏とふくらはぎを鍛える機器)の2つが新たに加わりました。この種の健康器具、以前はハナから無視していたのですが、ここ2年は時間にも余裕があり、家人にすすめられるまま、とりあえずトライしてみました。すると、意外や意外、どれも皆心地よいのです。


●面白いのは、勧めた当人がいまイチ持続しないということ。私のほうが「定番」化し、朝晩きちんと実践しているかたわらで、次の「体にいいこと」探しに打ち込んでいるようです。そっかー。彼女にとってはそれこそが「定番」なのかも。(2022/4/5)

桜だけじゃない! 野辺の花にもリスペクトを

●いま多くの人々の関心は桜、桜、桜。もちろん、私もその一人ではあるのですが、ずーっと上ばかり見ながら歩いていると首が疲れるのではないでしょうか。だからというわけではありませんが、ときおり道端に目をやると、そこにも春が見つかります。ごく小さな草花が、人々の視線などまったく気にもせず、それはそれは懸命に咲いているのです。

●誰かが苗を植えたり、種を蒔いたりしたわけでもなさそう。桜はお日様次第でその魅力が増減しますが、こちらはそんなことを気にしているふうも一切なし、神出鬼没というか、場所は定まらずとも、毎年かならず生きている証を示す強烈な生命力はリスペクトのひと言です。

●アプリで調べてもすぐに忘れてしまうほど地味、あるいはややこしい名前(こちらの記憶力が低下しているせいですが)でも、いちおうつけられてはいます。シャガ、スノーフレーク、コハコベ、ヒナゲシ、ナズナ、ヤハズエンドウ、イモカタバミ、ナカバユキノシタ、オオイヌノフグリ……。そんな中、わーっと集まって咲きよく目立つのがハナニラ。大きさはせいぜい2〜3㎝、色は青、白、ピンクで、星の形をしており、ホント、どこに行ってもよく見かけます。

●取材というのも、誰もが注目する事物や人に加え、この種の小花や、花すら咲かせない草に象徴される些事や雑事に気がつけるかどうかが、全体の構成に影響したりします。その意味では私自身にとっても戒め的な存在となっているのですが、これも考えてみればコロナ禍のおかげ。それまで”花より団子”100%のような人生を送ってきたのが、花に関心が向くようになったのですから。(2022/3/31)

秋田直送のきりたんぽ鍋で満腹、夜桜も満喫

●3月17〜20日、秋田でじっくり温泉につかり、みっちり勉強をする中、老舗の料亭で名物のきりたんぽ鍋を食する機会がありました。たいそうおいしかったので、お世話になっている友人に送ったりしたのですが、ついでに自宅にも。27日の夜、義妹のバースデー会食をすることが決まっていたからです。

●その日の夕方、秋田からクール便が届き、さっそく作りました(といっても、材料を土鍋に放り込んで温めるだけですが)。まあ、そのおいしさといったら! 本場で食べたときより素晴らしかったのにはビックリです。きりたんぽ鍋の最大の魅力は、春の七草の一つセリがふんだんに入っていること。数ある野菜の中でも、根っこまで丸ごと食べるものはそうそうありません。葉や茎より主張の強い味とシャキシャキした歯ざわりはセリならではでしょう。

●1年前はミャンマー、今年はウクライナで、これ以上はないような酷い行為がなされている中、こんなのんきな時間を過ごしていていいのだろうかと、正直、悩ましくてなりません。日本国内でも、人間がすることとは思えない、目を閉じ耳をふさぎたくなるような事件が毎日のように報じられています。でも、だからこそ、平凡な日常に感謝する気持ちにもなれるのではと、自分を納得させるしかなさそうです。

●きりたんぽ鍋に大満足した勢い(?)で2階に上がると、ベランダからなんと夜桜が。図書館の敷地内に一灯だけ━━安全上の理由かと思いますが━━、ひと晩中明かりがついているのです。人混みの中、仲間と飲み食いしながらの夜桜見物も一興ではありますが、一人で静かに楽しむのもまたよしですね。(2022/3/28)

ベランダはお花見特等席!

●このところスマホのカメラが向くのは花ばかり。拙宅前の図書館は公共施設とあって、そこここに花が植えられています。いまは桜、椿、アセビといった樹々から、チューリップ、タンポポ、ハナニラ、ハコベ、エンドウなどの草花まで、文字どおり百花繚乱、何度その前を通っても飽きません。

●4本ある桜は、どれも樹高が10mを超える古木。桜といえばこれまでは地上から見上げるばかりでしたが、昨夏引っ越したおかげで、なんと見下ろせるように。昼も夜も、ベランダに出ると4本いっぺんに見られます。枝ではなく、太い幹に花がついているのを観たのも初めてです。

●ならばと思い、いつもの散歩コース・落合川の遊歩道に出てみると━━。半月ほどご無沙汰している間に、両岸ともこれでもかというくらい花、花、花。それもソメイヨシノにサトザクラにユキヤナギにコブシにアセビ……と多種多彩。これだけ楽しめれば、足に疲れを感じている暇などありません。

●前の家から球根を持ってきたチューリップ。2年目なのでダメでもともとと思っていたのですが、小ぶりでも健気に花を咲かせた姿を見ると、花びらをそーっと撫でてやりたくなります。すぐ隣のアジサイは、始めから植わっていたもの。前の家で植えたものはとうとう一度も花を咲かせませんでしたが、こちらは花芽もしっかりついているようで、今年こそ! です。(2022/3/27)+5件

おっさんが仕切っている限り、スポーツ界の将来は……

●スポーツ関連の本2冊を一気読みしました。①『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』と②『消えた球団 1950年の西日本パイレーツ』がそれ。①は大阪の知人NさんがFacebookで紹介していたものです。

●大阪弁では「おばはんvsおばちゃん」「おっさんvsおじちゃん」というたて分けがあり、いずれも前者が✕(蔑称とも、ネガティブとも)のようですが(間違っていたらご教示を)、①はその「おっさん」がハバをきかせている協会に引っ張られた「おばちゃん」=著者・谷口真由美が体験した一部始終を書いたもの。あっけらかんとした書き口ですが、内容はとてもシビア。7年前のW杯で南アを破り、3年前は初のベスト8というでき過ぎの結果に舞い上がってしまった協会と、その関係者に強烈な警鐘を鳴らしています。

●②は、プロ野球がセとパの2リーグに分裂した1950年の1シーズンだけで姿を消した西日本パイレーツ(日本プロ野球史上初の完全試合を食らったチーム)の顚末記。シーズンが終わると、同じセ・リーグの巨人、阪神、中日といった老舗球団のおっさんたちが徒党を組んで、パイレーツを追い出しにかかる醜い様子が、やはり淡々と描かれています。

●ラグビーと野球の違いはあっても、事業としてそれを運営する”おっさん”たちの側に「大義」(Jリーグ、Bリーグを軌道に乗せた川淵三郎の言葉)が欠けていることの悲しさ。70年も時を経ているのに状況がまったく変わっていないのは驚くしかありません。でもその前に、ラグビーの裾野を広げるのが先決ではないかと。全国の小学校校庭の芝生化率がわずか数%(欧米先進国では芝生が当たり前!)では、日本のラグビーは脱皮できないような気がします。(2022/3/5)

花も団子も温泉も━━ちょっと欲張りが過ぎるかなぁ?

●今週末は24日が家人の誕生日だったこともあり、ケーキやらクッキーやら、甘いもののオンパレード。当日の夜は同居する小学生の孫たちもいるので、無難なメニューでしたが、とうの立った私たちにはいまイチ感が拭えません。というわけで、翌日の昼、もろもろ用事もあって都心まで出たついでに、長らく通っている和食のお店を予約しました。

●大将は私と出身地が同じ。京都で修業したあと上京し、目白にこじんまりした京料理のお店を開きました。この日は全6品+デザート&抹茶から成るランチコース。なかでも、鯛の中落ちを軽く焼いたメインは最高でした。聞けば、この2年間の実質営業時間は通常時の半分以下なのだとか。この日も金曜日だというのに、客は私たち二人だけだそうです😢

●週末は気温が一気に上昇、あちこちで草花が一気に咲き始めました。ウォーキングの途中、ホトケノザやラッパ水仙、ハナニラなど、どれも皆小ぶりながらも、にっこり微笑んでいるかのようです。梅も白と紅がそろい、春はすぐそこ感がありあり。歩くにつれて気持ちも軽くなってきます。

●3月にあと一、二度は寒の戻りもありそうです。でも、それより春到来への期待のほうが上。春は英語で spring ですが、spring には「バネ」という意味も。草花の芽が勢いよく出てくる様がバネに通じるからでしょう。そういえば「泉」も spring だったっけ。そうだ、久しぶりに温泉へ行こう! と思いつき、計画を立てることにしました。(2022/2/27)

断髪式で鋏を入れさせていただきました

●引退相撲(断髪式)に行くのは2回目です。2年前の豪風[たけかぜ](現押尾川親方)、そして昨日が嘉風[よしかぜ]。ともに現役時代は尾車部屋の所属で、最高位は関脇でした。嘉風は中村親方を襲名し、二所ノ関(元横綱稀勢の里)部屋の所属に。10数年前に尾車親方と出会い、『人生8勝7敗』という本をプロデュース(2013年)したご縁で声をかけていただきました。

●コロナ禍第6波のまっただ中とあって、横綱照ノ富士を筆頭に19人もの関取が感染。横綱の土俵入りはなく、取り組みも大幅カットになってしまいましたが、これはもう致し方ありません。それでも、4千人近くの方が来られ、私も鋏[はさみ]を入れさせていただきたいという願いがかないました。

●嘉風関にとっては、2019年秋の引退後二度も延期を余儀なくされた断髪式。大相撲力士にとって「断髪」は、単に髷[まげ]を切り落とすだけでなく、人生のケジメをつけるという意味があるようです。多くの方に見守られながら第二の人生に向け船出することができ、本当によかったのではないでしょうか。

●「髪」とはとうの昔におさらばしている私はといえば、ここ何年か、家人や同居の孫たちから「断煙」を求められています。決断したら、「断煙式」とか開いてくれるのかなぁ。目の前にタバコをズラリと並べ、1本ずつハサミで切り刻んで……な〜んて想像すると、寿命が縮まってしまいそうです。(2022/2/6)

残念! 楽しみにしていた出張が中止に

●椎名誠が「冒険への憧れも探検家になる夢も、すべてはこの本との出会いから始まった」という、子ども向け冒険小説『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ 作・1888年)。なんと60年ぶりで手に取りました。小学生のころ、それこそかがり糸が擦り切れるほど繰り返し読んだ、私にとっても忘れられない作品です。

●夏休みのニュージーランド近海クルーズを楽しむため小型船に乗り込んだ15人の少年(14〜8歳)が大海をさまよったあげく無人島に漂着、以後2年もの間さまざまな困難に遭遇しながらも、全員が力を合わせ生き延びていくという内容。130年以上前の話ですが、そこにはいまも変わらぬ民族間の対立や人種蔑視、また人間の心に備わる美醜が描かれています。イギリス人は子どもの頃からフランス人を嫌っている、黒人はそもそも「人」と見なされていなかったなど、今回改めて学んだこともあります。

●小5から中3にかけて、ヘディンの中央アジア(ゴビ砂漠、シルクロード)探検、シュリーマンのトロイ遺跡発掘、ウィンパーのアルプス、アンデス登攀、ダーウィンやヘイエルダールの南太平洋航海など、探検・冒険・登頂・航海記の類を読みまくりました。そうした中で旅好きの骨格がつちかわれていったのかもしれません。

● 実を言うと、1/24から福岡・佐賀・長崎に出張の予定がありました。楽しみにしていたのですが、新型コロナの感染者数が連日過去最高を更新している折でもあり、先方の要請で中止に。”旅こそ我が命”の私にとっては残念至極。『十五少年漂流記』でも、引くべきところは引いていましたから。(2022/1/21)

カレーライスも“インドの叡智”

2019年4月20日
私も含め日本人が大好きなカレーライス。そのルーツがインドというのは、どなたもご存じのことでしょう。東京都心の神田神保町を中心としたエリアには、いまや500軒を越えるカレーライスの店があるのだとか。毎年11月に開催される「神田カレーグランプリ」も年を追うごとに参加者が増えているといいます。

といって、神田神保町とインドとの間に深いつながりがあるわけではありません。この一帯が昔から学生街だったことでカレーの店が増えたと言われています。手軽で安く食べられるのは、ふところのさびしい学生にとって最大の魅力だからです。

その日本で初めて本場インド流のカレーを提供したのは新宿中村屋だそうです。そう、寺山修司がその昔、「週刊プレイボーイ」の人生相談を担当していたとき、自殺したいという男性に、「君は新宿中村屋のカリーを食べたことがあるか? なければ食べてからもう一度相談しなさい」と答えたという、中村屋のカリーです。

中村屋が新宿にレストランをオープンしたのは1927年。そのときのメニューに登場したのが「純印度式カリー」でした。その当時、カレーはすでに広く食べられていましたが、それはあくまで欧州式、正確には英国式のもの。インドの宗主国だったイギリスが、現地のスパイスを小麦粉と一緒に使いシチュー風のカレーを国内に広めたのですが、そのレシピを日本人が持ち帰り、日本人好みのアレンジをほどこしたものです。

しかし、インド人からしてみると、それは本来のカレーとはほど遠いものでした。「東京のカレー・ライス、うまいのないナ。油が悪くてウドン粉ばかりで、胸ムカムカする。~略~カラければカレーと思つてゐるらしいの大變間違ひ。~略~安いカレー・ライスはバタアを使はないでしョ、だからマヅくて食へない」(中村屋ウェブサイト)と嘆いたのが、インド独立運動の志士ラース・ビハーリー・ボース(1886~1945)。 ボースは1912年、独立運動の中でイギリスのハーディング総督に爆弾を投げつけたカドでイギリス政府に追われ、15年に日本に亡命します。日英同盟を結んでいた日本政府はボースに国外退去命令を出しましたが、そのときボースをかくまったのが中村屋の創始者・相馬愛蔵。逃避行を続けるボースを支えたのが相馬の娘で、二人はやがて結婚しました。

その後、“無罪放免”となったボースは日本に帰化、中村屋の役員に。そして、相馬が新宿にレストランを開くとき、メニューに「純印度式カリー」を取り入れたのです。最初はその味を敬遠する日本人も多かったようですが、ひとたび慣れ始めると大好評を博するように。このころ町の洋食屋のカレーが10~12銭だったのに対し、中村屋のカリーは80銭しましたが、飛ぶように売れたそうです。

ボースは同じくインドの独立をめざして活動していたマハトマ・ガンディーとは考え方を異にしていたため別々の道を歩み、1945年、独立を見届けることなくこの世を去りますが、その伝記『アジアのめざめ─印度志士ビハリ・ボースと日本─』(相馬黒光【こっこう】・相馬安雄共著 1953)に今日出会いました。場所は文京区・本駒込の東洋文庫。たまたま見に行った「マハトマ・ガンディー生誕150周年記念 インドの叡智展」に展示されていたのです。

  

ひょんなことでひょんな知識が得られるのは大きな喜びですが、これもその一例。まして好きなカレーにまつわる話ですから、テンションは大いに上がりました。ちなみに、ボースの腹心として活動していたのが、同じ時期に京都大学に留学中のA・M・ナイル(1905~1990)で、ナイルは1949年、東京・銀座に日本初のインド料理店「ナイルレストラン」を開業しています。

帰り道、家人の案内で、“日本一ショートケーキがおいしい”という「フレンチパウンドハウス 大和郷店」に立ち寄ったのも利いたかもしれません。店名に見える「大和郷(やまとむら)」という言葉のいわれも深いものがあるようです。大和郷はいまは文京区本駒込六丁目になっていますが、都内でも屈指の高級住宅街のこと。場所は六義園【りくぎえん】のすぐ近く。六義園は、もともと加賀藩の下屋敷を幕府側用人【そばようにん】の柳澤吉保が拝領したあとに造らせた庭園です。吉保は隠居後もそのまま住み続ける一方、柳澤家が大和郡山へ転封となったため「大和」の名が残ったといいます。

明治に入り六義園も新政府に返上されましたが、それを購入したのが旧三菱財閥の祖・岩崎彌太郎。彌太郎は六義園の修築に力を入れるとともに、周辺の土地も購入し、その一角に別宅も構えたそうです。 その後、三菱の3代目・岩崎久彌が1922年、それらの土地を「大和郷」として分譲し、近代的住宅地として造成したといいます。三菱の関係者はもちろん、第24代首相・加藤孝明、第25・28代首相・若槻礼次郎、第44代首相・幣原喜重郎【しではらきじゅうろう】と、歴代首相が3人も住んでいたことでも知られています。

 

 

 

亀戸で見た梅

2019年1月26日
恒例となった高校時代の同窓生7人が集まっての新年会。今年の会場は亀戸で、私にとってはほとんど初めての場所。梅と藤でも有名な亀戸天神の境内にある蠟梅【ろうばい】が可憐な花を咲かせていました。まあ、それよりきれいなのは紅一点のSさんかも?

近くの老舗和菓子店「船橋屋」は行列ができていて入れませんでしたが、幹事が予約してくれていたちゃんこ鍋はたいそう美味でした。

中学時代の旧友とラグビーを観戦

2019年1月20日
昨日は「トップリーグ杯」の順位決定戦を観ました。それも名古屋の瑞穂【みずほ】ラグビー場(ネーミングライツがあるためいまは「パロマ」が頭についています)です。高校でラグビーをしていたころ、試合で来たのは一度だけ。ただ、年末年始になるとここでタッチジャッジをした記憶があります。いまでもおこなわれている「全国地区対抗大学ラグビー」という地味な大会の会場がここ瑞穂で、わが母校のラグビー部が毎年、タッチジャッジを仰せつかっていたのです(顧問の先生が、県ラグビー協会の幹部だったためでしょう)。

一緒に観戦したのは中学時代の親友Hくん(愛知県小牧市在住)。4年前のワールドカップで、日本vsサモア戦を一緒に観に行く予定をしていたのですが、私が帯状疱疹に罹り、約束を果たせませんでした。しかし、試合後、ロンドン市内の駅(Euston)までやってきて、ホテルのベッドからかろうじて這い出して会いに行った私におみやげをくれました。昨年、奥さんに先立たれ、お線香をあげに自宅まで行きましたが、それ以来の再会。

いまも88歳の義母の面倒を見ながら元気な日々を送っていますが、気分転換も兼ねたまには自宅から足を延ばすのもいいのではと思い、誘ってみたところ、二つ返事でOK。この日は2試合あったのですが、1試合目から会場に来ており、私がラグビー場の入口に着いて連絡を入れると、スタンドから降りてきてチケットを渡してくれました。

1年でもいちばん寒いこの時期なのに、この日はなぜかポカポカ陽気。風もほとんど吹かず、素晴らしい日和でした。神戸製鋼vs東芝という好カードで、試合も接戦。東芝のリーチマイケル、神戸のダン・カーターのどちらも出場していませんでしたが、十分満足できました。誰と一緒に観るか——スポーツ観戦では大事なファクターなのです。

 

Hくんはいまから55年も前、中学時代からラグビーをしていた、当時としては変わり種。私たちが通っていたのは名古屋市立北陵中学。私とHくんのクラス担任で、体育を教えていたK先生が、ラグビーの愛知県教員団チームの一員として国体に出場していたこともあり、ラグビー部を作ったのです。そのときK先生に声をかけられて部員になったのがHくん。当時を思い出すと、Hくんの体型はたしかにフォワード第1列向けでした。この時代、中学のラグビー部は名古屋市内、愛知県内でもほんの数えるほどしかなく、K先生のおかげもあってどんどん強くなったようです。

北陵中学は全国大会でも何度か優勝したことがあります。花園でおこなわれる高校ラグビーの県代表・中部大学附属春日丘【はるひおか】高校の出場選手に何人も名前を連ねているほどです。

Hくんにも「よく誘ってくれた」と感謝され、恐縮してしまいましたが、こういう場で旧友と再会できたのは大きな喜びでした。たわいのない思い出話をしながら美しい芝生のグラウンドを見ていると、気持ちも若返ります。

今日は高校時代同じラグビー部だった旧友Mくんとランチを共にしました。店も、高校時代の同期生Aくんがやっている洋食屋さん。しかも、たまたまその近くで、これまた高校時代の同期生Nくんが絵の個展をやっているというので、そちらにも顔を出しました。N君は残念ながらインフルエンザにやられてしまったため、会場に来ることができませんでしたが、それでも、旧友と楽しい時間を共にできたうれしさは何物にも代え難いですね。年齢的にそういう時期にさしかかっているのでしょうが、友というのはホントありがたいものです。

「東国三社」のバスツアーに参加

2019年1月17日
JR東日本の「大人の休日倶楽部」主催の「勝ち年祈願! 鹿島神宮と香取神宮」という日帰りバスツアーに参加しました。“●茨城県南部と千葉県にまたがる「東国三社」と呼ばれる「鹿島神宮」「香取神宮」「息栖神社」の3つの神社を日帰りでめぐる初詣ツアーです。●昼食は明治30年より鹿島神宮のお膝元で続く歴史ある食事処「鈴章」にて名物の鯰(ナマズ)の薄造りを盛り込んだ料理をご用意いたします”という触れ込み。「国内旅行傷害保険つき」とはいえ、価格は13800円です。

毎月送られてくる機関誌でこのツアーを知り、申し込んでみたのですが、実際に行ってみると、コストパフォーマンスがすこぶる悪く、不満が残りました。道路の混雑状況で戻りの時間が遅れる恐れもあるとはいえ、「午前9時出発 午後7時・東京駅帰着予定」が、実際の帰着は午後5時40分。そのせいもあって、中身は必要以上に間延びした感じで、どの神社でも時間を持て余し気味。しかも平日ですから、道路もほとんど渋滞なしとなれば、こういうことになってしまうのでしょう。これだけ余裕があるのなら、最後、香取神宮のあとに伊能忠敬記念館の見学とか、佐原の街並み歩きでも組み込めばいいのにと思ってしまいます。

最後に訪れた香取神宮の駐車場にはとバスの車が止まっているのに気がついたので、スマホでググってみると、はとバスでもほぼ同じ内容の企画がありました。値段を見るとこちらは7980~8480円。違いは添乗員がつかないのと、昼食が「ANAクラウンプラザホテル成田 (バイキングの昼食)」という点。添乗員がつくとここまで値段が変わるものなのかという疑問はさておき、JR東日本の価格はちょっと高すぎではないかというのが正直な感想です。ランチもはとバスのほうはたぶん3000円見当なのに対し、私たちが行ったの「鈴章(ミニAコース)」は1800円。ナマズもものめずらしくていいのですが、好き嫌いもありそうですし。となると、ますます価格設定に疑問が湧いてきます。

それより何より、なんでもきちんと比較してから申し込む(買う)ようにしないと、こういう墓穴を掘ってしまうのだなと反省させられました。そもそも、「東国三社めぐり」というのは、それほど斬新な企画でもないようで、この時期の定番。となればよけいそうした思いにさせられます。また、真剣にお参りしたり、近ごろはやりの「御朱印」集めといったモチベーションもない私のような者にとっては、いまイチのバスツアーでした。

大相撲初場所で稀勢の里最後の相撲

2019年1月16日
初日は御嶽海、2日目が逸ノ城と、連敗して迎えた大相撲初場所の3日目(昨日)。対戦相手は栃煌山です。しかし、あっさり土俵を割ってしまいました。3連敗となると、座布団も舞いません。結局、今日引退を発表したのですが、せっかくの日本人横綱も短命でした。

ラグビー日本選手権は神戸製鋼が優勝!

2018年12月16日
まあ、昨日はとにかく寒い日でした。最高気温は9℃だったそうですが、風が強く、外の体感温度はそれより3~4℃は低かったにちがいありません。「外」というのは、ラグビーの日本選手権決勝(神戸製鋼 vsサントリー)の話です。

それにしても、日本選手権@秩父宮のピッチ上で、元ニュージーランド代表のダン・カーター(キャップ数112)、元オーストラリア代表のマット・ギタウ(同103)、アダム・アシュリクーパー(同116)の3人がそろってプレーするなどということを、10年前、いな5年前でも想像したラグビーファンがいるでしょうか。しかし、それが今日、現実になったのです!

もちろん、3人とも全盛期は過ぎています。といっても、3年前のワールドカップに出場、大活躍しました。しかも、ニュージーランド、オーストラリアという、世界でもトップクラスの国の代表選手としてキャップ数が3桁を超えているのですから、実力は折り紙付き。そうした選手と一緒にプレーすれば、日本の選手もごく自然に力をつけていくことでしょう。ここ3、4年でJAPANが力をつけてきたのも、その影響が大です。

 

秩父宮は指定席も自由席もほぼ満員。日本ラグビフットボール協会の招待券で入った私など、自由席でもいちばん劣る、バックスタンドとサイドスタンドの狭間、通路のすぐ近くだったので風通しがよすぎ、寒いことといったらありません。2時間ほどすわっていましたが、足の先からすっかり冷え切ってしまいました。終了10分前で神戸48対サントリー5というスコアで、最後、サントリーが意地を見せてワントライは返してほしいなと思いつつ、早々にスタンドをあとにしたのですが、逆に神戸が1トライを追加。55対5という、日本選手権には似つかわしくないワンサイドゲームでした。フルバックの松島幸太朗など、「自分たちのゲームは1分間もさせてもらえなかった」と試合後コメントしていたくらいです。

私が愛用しているビジネスホテル「ロイネット」

2018年12月2日
前日、京都での仕事を終え神戸に移動しました。三ノ宮までは新快速で1時間ほどですからすぐです。3カ月ぶりの神戸ですが、土曜日、それもいちばんにぎやかな三ノ宮とあって、けっこうな人出でした。

ホテルは駅から徒歩5分ほどのロイネット。ひとりで動く場合は、ほとんどこのブランドに決めています。駅から近い、値段が高くない、部屋が広い(ワーキングスペースも)、そして喫煙OKの部屋がある、コンビニが近いといったところが主な理由です。「主な」と書きましたが、これだけの条件がそろったホテルというのは、そうそうあるものではありません。唯一の欠点は、ビジネスホテルなので、「朝食付き」といっても、同じ建物に入っている居酒屋とかカフェに毛が生えたような店で食べるケースがほとんど。そのため、内容がいまひとつなのです。

夕食を食べに出たのですがなかなか見つからず、結局、駅からさほど遠くない豚カツ屋さんで牛カツ飯というのを食べました。関西はやはり牛肉文化で、「豚カツ」を名乗ってはいても、メニューの多くを「牛肉」ものが占めています。

三ノ宮駅周辺には、いわゆる神戸っぽさを感じさせるおしゃれな店が並ぶ商店街もいくつかあります。ただ、その一方で、昭和風というか、レトロで猥雑な飲食店街もあるのです。そうした店の中で行列ができているのは、串揚げ(串カツ)かギョウザで、このあたりは東京とはかなり様相が異なります。

さて、今日は早起きして、まず王子動物園へ。三ノ宮からJRで一つ目の灘という駅から歩いてすぐのところです。隣の駅だというのに三ノ宮とはうって変わって静かな駅で、あとでわかったことなのですが、文化関連の施設がいくつかあります。

動物園自体はこじんまりしていますが、日本で唯一ジャイアントパンダとコアラを同時に見ることができる動物園なのだそうです。しかし、園内に重要文化財の建物があるのには驚きました。歩いていて、あんなところに洋館が見えるなぁ、なんだろう? と不思議に思っていたのですが、神戸にいくつかある異人館の一つで、1889年に建てられたといいます。かつての所有主エドワード・ハズレット・ハンター(イギリス人の実業家で、日立造船の前身の会社を興した人物)にちなんで「旧ハンター住宅」と呼ばれ、もとは市内北野町にあったもの。1963年に王子動物園内に移築され、66年に国の重要文化財に指定された、たいそう由緒のある建物のようです。

3頭いるキリンにも挨拶し、園を出ると、「横尾忠則現代美術館」の表示が目に入りました。時間もありましたし、せっかくだからとそちらに向かいます。その手前に建っているのは「兵庫県立美術館原田の森ギャラリー」、向かい側に建つレンガ造りの建物は「神戸文学館」です。

ただ、建物の脇に「関西学院発祥の地」という看板が立っていました。説明文を見ると、もともとは1904年に建てられた関西学院の初代チャペルなのだとか。関西学院はその後、西宮市に移転しましたが、チャペルはこの地にとどまりました。しかし、太平洋戦争中、空襲に遭って大破。1950年にあらかた修復されてからは、さまざまな公共施設として転用されたようです。そして93年、塔の復元とともに市民ギャラリーとなったのち、現在の神戸文学館となったとありました。

「横尾忠則 在庫一掃大放出展」というタイトルでおこなわれていたのは、これまでこの美術館で一度も展示されたことのない作品ばかりを集めたもの。ほとんどの作品につけられていた横尾直筆の注釈メモを読むと、その人柄がよくあらわれているように思いました。

三ノ宮に戻りそごうデパートで昼食を買い、地下鉄でノエビアスタジアムへ。今日はラグビー・トップリーグの順位決定戦2回戦、神戸製鋼vsリコーの試合です。勝てばベスト4ですから、レベルは高いはず。ダン・カーター見たさで行ったのですが、やはり身のこなしがしなやかというか、ラグビーボールを持って生まれたのではないかと思わせるような、無駄のない、それでいて力強さも感じさせるプレーにまたまた感動しました。

試合終了後、三ノ宮まで戻り、次の目的地・姫路へ移動。ホテル(10月にオープンしたばかりのロイネット)でひと仕事終え、夕食を食べに出たのですが、この町は「食」についてはいまひとつの感があります。数年前に来たときも感じたのですが、行ってみたいなと思わせる店があまりないというか(それほど強いこだわりがあるわけではないのですが……)。結局、駅ビルにある「ゴーゴーカレー(金沢風で有名!)」で済ませたのですが、この店のカレーは、若い人に人気とだけあってボリュームが勝ちすぎのきらいがあり、私のような年齢の者には少々キツ~い感じがしました。

 

老師、ますます意気軒高!

2018年11月24日
昨日、成田に帰って来たのが夕方。家に戻り、まる1日も経っていないのに、今日は名古屋です。高校3年生のクラス会に出るためですが、呼びかけ人の一人に名前を連ねているので、欠席するわけにはいきません。というわけで、かなり強引なスケジュールになってしまったのですが、それでも日中(ランチタイム)ですから、まだ助かりました。ちなみに、家人もこの日の夜は小学校のクラス会でした。

来年で米寿を迎えるS先生は今年もまた矍鑠とした姿で来られました。朝起きたら太極拳と体操をし、午前中は読書、午後は近所を散歩、夜はゆっくりするという毎日を過ごしておられるとかで、それが元気の秘訣だとおっしゃられると、とても説得力があります。毎度のことながら、帰りがけに配ってくれるプリントには、ユーモア川柳が、先生の訳した英文とともに書かれていました。英語を教えていましたから、当然かも。「減る記憶 それでも増える パスワード(Memory gets worse but I’m stuck with more passwords than ever before.)」。なるほど。

一次会は中華でしたが、二次会も喫茶店と、最初から最後まできわめてヘルシーな内容で、さして疲れも感じずに戻ることができました。それにしても、行くたびに感じることですが、名古屋はここ10年ほどで大きく様変わりしつつあります。とにかく、人の多いのには驚くばかり。前は中国・韓国・台湾・香港からの観光客が目立ちましたが、いまはもうマレーシア、タイ、欧米系、インドなど幅がぐんと広がっています。さらに、日本全国からも老若男女を問わず、多くの人が訪れているようで、「そんなに行くところがあったかなぁ?」という思いが強い私からすると、不思議な感じがします。

 

尾道からアナハイムまで、36時間ぶっ通しで起き続ける

2018年11月17日
今日は尾道から広島空港に向かい、そこから成田空港、成田からロサンゼルスという長い長い旅が待っています。その前に、尾道駅周辺の商店街を回ってみることにしました。以前、取材で訪れたときは、商店街のほんの一部しか見られなかったのですが、今日は奥の奥まで足を延ばします。

予想していたよりはるかに長く続いており、しかもいまどきの地方都市には珍しく、ほとんどの店がきちんと営業しています。土曜日なので、人通りも多く、なかには、行列のできている店も。昨日の「フォーラム」で市長が語っていた“活気ある尾道”を実感させられました。こうなるまでには10数年かかったといい、相当苦労されたようです。それがいまどんどん実っており、そうなると住民も元気になります。それどころか、ここなら商売も成り立つというわけで、よそからやって来て店を開いている人もいるようです。これで駅の全面改装が終われば、ますます多くの人がやって来るのではないでしょうか。

  

しかし、その尾道と広島空港とを結ぶシャトルバスが一時廃止になりそうになったこともあると聞き、驚きました。地元の要望でなんとか1日2往復は走っているようですが、早朝だけのため、今回の私たちは利用できません。結局、山陽本線の電車で白市【しらいち】という駅まで行き、そこからタクシーで空港へ。

機内で11時間以上過ごしても、まだ11月17日は続いています。久しぶりに乗ったシンガポール航空ですが、昔と比べるとサービスの質がかなりダウンした印象は否めません。以前このブログでシンガポールのリッツ・カールトンホテルでの一件について書きましたが、それとほとんど同質の“上から目線“的な客あしらいになってしまっているのです。というか、「情」が欠けている気がします。どのCA(キャビンアテンダント)もマニュアルに忠実なサービスをしているものの、いい意味でそこから一歩もはみ出ていません。

ぐっすり眠りについている客の席にも、朝食を持ってきたりするのがそのいい例。声をかけられても返答しなければやり過ごすのでしょうが、寝ぼけまなこで「はい」と応じようものなら、「シートを元に戻してください(お手伝いはしてくれます、もちろん)」「テーブルをセットしてください」ということになり、食器がズラリと並べられます。まだ半覚醒状態の家人も、ワケが分からないまま返事をしたばかりに、目の前に食べ物が。そうなると、手をつけないわけにも行きません。これがおいしければまだしも、たいしたことのない味なので、そのうちだんだん腹が立ってくるというわけです。

ロスの空港でレンタカーを借り、1時間ほど走るとアナハイム近くのホテルに到着。今回もまた「Ayres」です。別段義理があるわけでもなんでもないのですが、この界隈に泊まるときはたいていこのブランドになってしまうのです。もちろん、ほかにも Hyatt  Sheraton、Hilton、Marriott など、名の知れたホテルもあるにはあります。ただ、そこにゆっくり滞在するわけでもない、夜露をしのげさえすればそれでOKという場合は、この程度のホテルで十分。アメリカのホテルなので部屋は広々としていますし、値段もリーズナブルです。難を言えば、朝食がきわめてプアといったことくらいでしょうか。

チェックインしたのは午後3時過ぎ。といっても、のんびり休めるわけではありません。今夜は、学生時代からお世話になっているHさん(昨年8月に亡くなられた)の長男(でも末っ子)Nくんの結婚パーティーがあるからです。いちおうきちんとした格好で行かなければということで、ホテルで着替えを済ませひと息着いたころ、Hさんの未亡人Lさんが迎えに来てくれました。最初は自分でレンタカーを運転していくつもりでしたが、パーティーとなるとアルコールは避けられません。そのことに気を使わってくださったのです。

会場は、小高い丘の上にあるレストランのパーティールーム。夜景が素晴らしく美しい、最高のロケーションでした。アメリカの結婚パーティーは形式張らないので、時間もゆったりしています。いちおう6時スタートになってはいましたが、実際に始まったのは7時過ぎ。しかも、キホン手作りですから、会場の飾りつけはほとんど、家族総出(Lさん、Nくんの二人の姉夫妻、親しい友人など)で約1カ月かけて作ったそうです。音響などは業者にお願いしていたようですが、それ以外は全部、当日手分けして持ち込み、組み立てたり並べ置いたり……。

結局、お開きは夜11時で、そのあとの片付けを手伝ったりしたので、会場を出てホテルに着いたときは午前0時を回っていました。日本との時差が17時間ですから、36時間ほとんどぶっ通しで起きていたことになります。飛行機の中で3時間ほどウトウトしていたのでかろうじてもちましたが、なんとまあ長い1日でした。