投稿者「edit-house」のアーカイブ

花菖蒲、鏑木清方、ポンペイよりもイタリアン!

●京都2日目は、小学校の修学旅行以来60年ぶりという平安神宮の神苑から。應天門に貼られた「花菖蒲見頃」の文字が期待をそそります。神苑とは庭園のことですが、大きな池に群生する2千株の花菖蒲は圧巻。お昼近い時間でしたが、蓮の花もまだ開いたままで、朝早ければ池の水面が見えないほどだったかも。

●平安神宮周辺は一大文化ゾーンになっていて、そこから歩いて5分のところにある国立京都近代美術館が、3連チャンの二つ目、「鏑木清方」展の会場。中に入るまでは有名な美人画家といった認識くらいしかありませんでしたが、自身の無知を思い知らされました。美人画といっても、顔かたちだけでなく、着物・履き物、髪飾りや簪[かんざし]など一つひとつが丁寧に描かれているのにびっくり。

●それ以上に感動したのが庶民の生活・風俗を描いた作品。展覧会に出品するような大作とは趣きが違い、親しみやすい素材なのですが、こまやかな観察眼は、穂積和夫を思い出させます。感動の余韻にひたりながら、すぐ向かい側に建つ京セラ美術館の「ポンペイ」展。3連チャンのラストで、期待が大きかった分、裏切られた感も大。ポンペイの遺跡はやはり、現地で観るしかないのかもしれません。

●夏の京都の定番「鍵善」の葛切りで疲れをいやそうとしましたが、癒しきれぬままホテルへ帰還。ポンペイの仇はやはりイタリア料理で━━はこじつけですが、ホテルのすぐ近くで見つけたカジュアルなお店が大当たり! これはと思った品を少しずつ食べられる「おばんざい」っぽいスタイルで、昼間の疲れはきれいさっぱり消えました。(2022/6/11)

京都で美術館3連チャンの1日目

●土曜日に京都で仕事があり、せっかくなので、木曜日からこちらにやってきました。折しもアジサイや花菖蒲が真っ盛りの時期。そちらも楽しもうと、ネットで検索すると、あちこち”名所”が。選んだのはアサヒビール大山崎山荘美術館。その庭園が素晴らしいとあったので、そちらに決めました。「ポンペイ」展、「鏑木清方」展を観に行くつもりだったので、図らずも3連チャンに。

●京都駅から大阪方面へ5つ目の山崎駅で下車。美術館はかの有名な天王山の麓、5500坪の敷地に建っており、もとは大阪の実業家の別荘だったそうです。本人も遺族も亡くなり、長い間使われずに荒れ果ててしまったのをアサヒビールが買い取り、美術館としてよみがえらせたのが1996年。そのコレクションは、モネ、ルオー、ユトリロ、ヴラマンク、カンディンスキーらの絵画、バーナード・リーチ、宮本憲吉、濱田庄司の陶芸、イサム・ノグチの彫刻など、超一級品ばかりです。

●何よりの魅力は、それらが展示されている建物。新たに増築したコンクリートの展示館も安藤忠雄の設計だそうで、木造山荘風の本館にすんなりなじんでいます。2階のカフェテラスから木津川、宇治川、桂川が合流、淀川になる地点を見下ろす眺望は抜群。その入口には、ドイツ製、その名もMikado というオルゴールが鎮座していました。

。●美術館のあと庭園を散策し、送迎バスで阪急の大山崎駅へ。一路河原町をめざします。関西の私鉄は首都圏のそれと車体の色使いがまったく違い、阪急電車はあずき色。河原町から少し歩き、夕食は先斗町[ぽんとちょう]のおばんざいです。この季節ならではの素材をふんだんに用いたメニューを、こちらの腹具合にも気を配りながら勧めてくれる心づかいに感動。もちろん、味も最高でした。(2022/6/9)

初めての国立競技場━━試合は◎、スタンドは✕

●2019年10月のワールドカップ以来、2年半ぶりでラグビーを生で観戦しました。今年からスタートした「リーグワン」の決勝で、会場は国立競技場。1月5日の開幕戦に行くはずだったのですが、選手にコロナ陽性が出て試合が中止になり、半年近くおあずけに。試合のほうは素晴らしい内容で、3万4千の観衆も大満足だったにちがいありません。


●ただ、期待していた競技場にはガックリ。座席の前後がとんでもなく窮屈で、席が列の中ほどだったりすると、いったん座ったら最後、ハーフタイムまでまったく動けないのです。オリンピック用に新設したのに、こんな狭苦しい座席に、日本人より半回りは体が大きい外国人を座らせていたら……と思うと、無観客開催にしてホントよかった!


●この日の最高気温は31℃。さかも、私たちの座ったバックスタンドは試合中ずーっと日が当たりっぱなし。2時間もしたら日干しになってしまうのではないかと心配になりました。そもそも、この時期によりにもよってPM3時キックオフというのも信じられません。7月9日のフランス戦も同じだというのですから、主催者はいったい何を考えているのやら。


●それと、ラグビーの日本一を決めるイベントなのに、プログラムの紙切れ1枚もらえないのにも失望しました。ニュージーランドやオーストラリア、イギリスではふだんの試合でも、プログラムはそこかしこに山積み。チームのTシャツやノベルティーグッズ(はっきり言ってチープなものがほとんどですが)とか、バンバン配っています。まあ、仕切っているのが「おっさん」ばかり(2022/3/5ご参照)ではこれも致し方ないか。(2022/5/30)

「北前船」の祝賀会で、五木ひろしさんが熱唱

●歌謡曲を、それも生で聴くなんて、何年ぶりでしょうか。ひょんなきっかけで「北前船寄港地フォーラム」に関わり始めて早11年。「フォーラム」はその後発展・拡大の一途をたどり、「交流拡大機構」がスタートして6年、開催回数はすでに30回を数えています。5年前、寄港地の多くが「日本遺産」に指定されたことも追い風になりました。


●金曜日の夜、それを祝う会があり、全国から300人を越える方が出席。夕方5時からの新型コロナウィルスの抗原検査に始まり、中締めが9時という長丁場でしたが、まったく疲れないというか、むしろ元気が湧いてきました。直接人と会って言葉を交わすのが、コロナ禍にやられている私たちにとって最高のクスリのようです。前日参加した50人ほどの会合は話を聞くだけのワンウェイでどっと疲れただけに、それを強く実感した次第。


●祝賀会の最後は、歌謡界の大御所五木ひろしさんが登場し、自身の作曲による新曲「北前船」と「港町恋唄」を披露。五木さん自身、北前船の寄港地がいくつもある福井県の出身とあって、曲作りにも力が入ったそうです。その言葉どおり、ドラマチックな、それでいて親しみやすい歌に仕上がっていました。


●「北前船フォーラム」の次回開催地はなんとフランスですが、主催者もこうした展開は想像していなかったでしょう。この日の東京は昼過ぎまで猛烈な雨。それに打たれながらも、我が家のアマリリスは大きな花を咲かせていました。フォーラムにとっても、ここ2年続いているコロナ禍が、思いもかけぬ拡大・発展を促す役割を果たしてくれたのかもしれません。(2022/5/28)

排骨飯を食べたら、台湾に行きたくなりました

●歯医者に行ったついでに、新大久保で台湾の駅弁メニューの一つ排骨[パーコー]飯を食べました。魯肉[ルーロー]飯は家でも簡単に作れますが、排骨飯は、いい骨付き豚肉が手に入れにくく、しかも油で揚げなくてはならないので億劫になり、外でということになります。


●ただ、これを提供するところがなぜか少ないのです。たまたまネットでその店のことを知り、さっそくトライ。骨こそ付いていませんでしたがカラっと揚がっており完食、大満足! 私たちにとっていま現在”最後の海外旅行”となっている「台湾一周鉄道の旅」に行ったとき食べた、池上驛の排骨飯便當(弁当のこと)を思い出しました。2020年1月、コロナ禍直前のことです。


●我が家で最初に台湾を旅したのは家人で、20年ほど前のこと。話を聞き私も行ってみたところすっかりハマってしまいました。外国なのにストレスフリーでいられるのは、やはり波長が合うのでしょう。というともっともらしく聞こえるかもしれませんが、要は近い、安い、そして好みの食べ物が多いと(笑)。


●来月16〜19日、上野公園で「台湾フェスティバル」が開催されると聞き、とりあえず足を運んでみることにしました。コロナ禍が収束し、自由に海外旅行ができるようになったとき真っ先に行きたい国の一つが台湾。それだけに、香港やウクライナのような事態にならないよう心から願っています。(2022/5/21)

森と海の不思議な力が、絵と書を呼吸させるのかも

●”大人の社会見学”小田原&真鶴編”の2日目です。高校の同期生が━男子でも━7人もそろうと、話にとめどがなくなり、布団に入ったのは午前1時過ぎ。干物の朝食を済ませると、しゃべり過ぎて喉が……と、さっそく「ういろう」のお世話になるメンバーもいました。


●周りを散策に出ると、民宿の裏手から東映映画のオープニング映像で有名な巨岩(+波しぶき)のある海岸まで「お林」と呼ばれる大きな森が広がっています。「お」が付いていることからもわかるように、もともとは皇室の御用林。「お林」は俗称らしく、正式には「魚つき保安林」といって、魚の繁殖、保護を目的として海岸や湖岸に設けられた森林のことだそうです。


●森林の土に含まれる栄養分が地下水と一緒に海に流れ出るとプランクトンが繁殖、豊かな海を育てます。また、木々が直射日光を遮断して水温の急激な変化を防ぐなど、海の生物の繁殖を促す役割も。おいしい魚介類が穫れるのに大きく貢献しているというわけです。


●お林の一角に、生前この地で過ごした中川一政の個人美術館が。コンクリート打ち放しの建物ですが、周りの木々に溶け込むような感じがします。そこから少し歩くと相模湾が大きく開け、この日は向かい側の初島もくっきり見えました。アトリエがあったのもそのあたり。97歳まで創作を続けた中川の作品は天衣無縫というか、油絵も書も力みがなく、のびのびしています。彼が装丁した向田邦子の『あ・うん』は、まさしく”ジャストフィット”。森にも海にも備わる不思議な力が彼の才覚をいっそう刺激したのかもしれません。(2022/5/18)

改めて感じた、生産地でしか手に入らない物のありがたみ

●小田原駅から南へ、正面に城の櫓[やぐら]を見ながら歩くこと15分。国道1号線に面した所にその建物はあります。外観は城のようですが、「ういろう」という薬と和菓子を売る店です。1368年中国の元が滅び、日本の博多に亡命した一人の外交官が陳外郎と名乗り明から輸入したのが始まり。その後京都に移り朝廷に仕えていましたが、応仁の乱で焼け野原となってしまったため、1504年、北条早雲の招きで小田原に移り、店を開いたそうです。お菓子のういろ(う)は全国に広まりましたが、薬はここ小田原だけにしかありません。


●店の裏手にある博物館でその歴史を話してくださったのは、25代目の御当主。この日参加した高校時代の仲間6人全員、薬のほうを購入しました。というか、いまどきまれな、ネットでは販売していない(郵送も不可)ので、お店で買うしかないのです(それも1人3箱まで)。全国を相手にするとすぐ売り切れてしまい、地元や近隣の人たちが必要になったとき買えないからだといいます。「小田原で長く商売させていただいていることへの感謝」とは御当主の言葉。


●すぐ隣の蕎麦屋さんで昼食を済ませ、真鶴[まなづる]の料理民宿へ。ひと風呂(温泉ではありません)浴びたあと、地魚の刺身舟盛り+煮魚+焼き魚を囲んでの夕食となりました。宿の真ん前の海で獲れた魚しか出さないのがこの宿の信条だそうで、マグロ、ハマチといった刺身の定番もナシ。肉料理はもちろん、野菜の付け合わせ等も一切ありません。


●そのため色彩的には地味ですが鮮度は抜群、しかも美味。〆の伊勢海老の味噌汁もおいしくいただきました。山間[やまあい]の温泉宿で刺身が出てくるのを昔から疑問に思っている私も納得。「お客さんっていっても、ここらの人ばっかだからね」とは女将の言。地元への愛を最優先しているのが感じられます。どこにいてもすべて手に入るのが当たり前といういまの時代、なんだかホッコリした気持ちになりました。(2022/5/17)

なじみの薄いデザイナーズホテル━━でも、心地よかった

●浜松から名古屋までは新幹線で30分足らず。”楽器の町”ならではの駅ピアノを横目にホームに上がり、乗った車両はガラ空きです。名古屋駅近くの中華料理店で中学時代からの友2人に再会。やたら話し好きの店員さんもときおり巻き込みながら大盛り上がりし、スリーショットの写真を撮ってもらうのを忘れてしまうほどでした。


●さて、今回の旅で泊まった2つのホテルは対照的でした。1泊目は、出入口のフロアにはピアノの鍵盤、ロビーにはバイオリンとピアノ、窓には楽譜と、浜松らしく音楽にちなむデザインやツールがそこここにあしらわれている老舗ホテル。朝食のレストランの名もFigaro(フィガロ)でした。部屋はオールドタイプですが、慣れているので落ち着きます。

●夜は、高校の同期生がオーナーシェフの洋食店で弟夫婦と。コロナ禍の影響を心配していましたが、営業を続けていて何よりでした。二人と会うのもほぼ3年ぶりで、積もり積もった話に花が咲き、いまは人と会って話をするのが元気の素であることを実感。

●2泊目の名古屋は、最近増えてきたいわゆるデザイナーズ風。このテのホテルはなじみがなく心配していましたが、スタッフのカジュアルな服装も、ロビーや部屋のしつらえもすこぶる心地よかったです。朝食はプリフィックスというか、固定の部分(3パターンから選ぶ)+パンやスープ、フルーツ、サラダ、飲み物などを自分で選ぶスタイル。”和洋なんでもそろっています。お好きにどうぞ”式のフルバイキングが苦手な私にとっては、ありがたく感じられました。(2022/5/7)


浜松式の乾杯「やらまいか!」で元気いっぱい

●今年のGWでいちばん混んでいなさそうな5/5〜7の期間を利用し、旧友たちと会いに浜松&名古屋へ。初日の5/5は浜松です。たまたま「浜松まつり」の最終日で、呼び物の一つ大凧揚げ大会がおこなわれていました。徳川家康の城下町時代の町ごとに作った大凧を遠州灘の中田島砂丘で揚げる催しで、100年ほど前から続いているそう。浜松は空っ風が有名ですが、それを利用してのことでしょう。


●この日は風がいまイチでしたが、地上では各町の若い衆が、ベテランの指揮で糸を引いたり伸ばしたりの”重労働”。士気を鼓舞するラッパの音が乾いた空気に力強く鳴り響き、それに合わせるかのように凧が広い空を舞います。


●凧揚げのあとは駅の近くでご当地名物の餃子。といっても居酒屋で、はからずも昼飲みとなりました。乾杯は、年長者が「やらまいか!」と声に出したら同席者が「おいしょ
お!!」と応じ、グラスに口をつけるというのがこの店の流儀。「やらまいか」(やってやろうじゃないか)は、新しいことに積極果敢に挑む、この地方特有の進取の気風を示す言葉で、お店の人に教えられたとおり声に出すと元気になります。ヤマハ、河合楽器、ホンダ、スズキの淵源[えんげん]はこれなのかと納得。


●夜は、各町に伝わる山車[だし]が辻々に止められ、私たちを楽しませてくれます。本来なら全部合わせて数十台ある山車がそろって行列するのですが、コロナ禍でここ2年は取り止め。今年ようやく各町内を練り歩くまではOKになったそうで、法被[はっぴ]を着込んだ人たちの表情も生き生きしていました。浜松人の「ケ」の充実は、こうした「ハレ」がある故なのでしょうね。(2022/5/6)

駅と街の姿は変わっても、住まう人は……

●読んだり見たり聞いたりして興味を引かれた事物があったら、可能なかぎり自分の五感で確認しないと気が済まないのが私の性分。それができずにいると、ストレスがたまってしまいます。というわけで、先日の山陰ツアーでご一緒した高齢の姉妹から聞いた西武池袋線富士見台駅近くの中華料理店に、さっそく行ってみました。テーブルが5つしかなく、私たちがすわると、開店直後だというのに早くも満席。

●メニューには、「メリハリのある力強い後味をめざす」と、オーナーシェフの言葉が。ジャコと青ピーマンの炒飯にトライしてみると、見かけとは真逆であっさり・さっぱりした味つけなのですが、たしかに後味はしっかりしています。BGMで流れるシャンソンの影響かもしれません(笑)。

●帰りの電車に乗ると2つ目が、1993年から2004年まで住んでいた石神井[しゃくじい]公園駅。ふと思い立ち降りてみたのですが、高架化と同時に駅周辺が大々的に再開発されたため、以前の面影がほとんどないのです。観光案内所までできていたのには驚きました

半世紀ほど前の石神井公園駅北口はこんな具合でした(練馬区HPより借用)

。●そういえば、かつて私の住んだ町にある中央線の武蔵境駅も、西武池袋線のひばりヶ丘駅も、京浜東北線の川口駅も、都電の鬼子母神[きしぼじん]停留所も、その周辺は大変貌。もともとの雰囲気を残しつついま風になっていればいいのですが、後者だけが際立ってしまうと、没個性になりかねません。ただ、見かけはどうあれ、街の個性・空気感を作るのはやはり、そこに住まう人々ではないかという気がします。(2022/5/5)

藤のない「藤まつり」━━ガックリは食で癒す

●今年のGWは最長10連休もありなのだとか。コロナ禍もなんとなく落ち着きを見せ始めてきた感じもあり、遠出する人が増えているようです。3日目の5月1日はあいにくの雨、気温も冬に逆戻り。ならば人出も少なかろうと身勝手な願いを抱きながら、亀戸天神社に行ってみました。

●ちょうど「藤まつり」のただ中で、境内は薄紫に染まっているのではと期待したのですが、なんと花は99.9%散っていました。ツツジもまだぼちぼちで、まわりはガッカリしている人の姿ばかり。緑一色の藤棚の先に見えるスカイツリーも、心なしかさびしそう。人間、期待度が高いほど、裏切られたときの落ち込み感も増しますが、今日がまさしくそうでした。

●この時期の亀戸天神社のウリは藤なのですから、もう少しサービス精神があってもいいのではとも思うのですが……。ウェブサイトに「明日から3日間がピーク」とか「見頃は過ぎましたが、ツツジがそろそろ」といった告知を入れるとか。祀られている菅原道真も、「東風[こち]吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主[あるじ]なしとて 春な忘れそ 」と詠んでいますよね。

●実は数日前にも、METオペラ今シーズンの新作「ナクソス島のアリアドネ」@新宿ピカデリーでガックリ来ており、これで2イベント連続の不発です。新宿では寿司を食べて癒やしましたが、今日はご当地の名物くず餅。ただ、それだけではいまイチもの足りず、そのあと蕎麦を食べに上野へ向かいます。ここのところフラれ続けていたお店ですが、今日はすんなり入れ、小海老と玉ねぎのかき揚げ蕎麦に大満足。亀戸で思い切り下がったテンションもやっと回復しました。(2022/5/1)

母の母校は国の有形文化財になっていた!

●萩は、10年前に亡くなった母の出身地。高等女学校を出て間もなく、朝鮮半島の北西端、中国と国境を接する新義州[シニジュ]という町に一家で移り住みましたが、終戦後シベリアに抑留された父親(私にとっては祖父)を残し、母親(祖母)、弟(おじ)の3人で帰国したと聞いています。その母が通っていたのが明倫小学校。

●かつて藩校明倫館(1719年創立)があった場所に新築された(1935年)校舎で母は学んだようです。2014年まで使われていましたが、移転にともない旧校舎を修理保存、いまは観光拠点の一つになっています。せっかくなので、ツアー4日目、フリータイムを利用し見に行くことに。その前に、名刹東光寺にある祖父母のお墓参りもしました。

● 明倫小学校は外観からしていかにも由緒ありげ、国の登録有形文化財になっているのも納得です。現存する木造校舎としては日本最大規模だそうで、廊下の長さは90mも。復元教室も残されており、ここで母が6年間学んでいたのかと思うと、ウルウルしてしまいました。

●そういえば、我が母校愛知県立明和高校の「明」も、旧制明倫中学の「明」から採ったもの。その「明倫」は1783年に創立された尾張藩の藩校「明倫堂」に由来しています。どちらもルーツは同じというわけで、それもウルウルにひと役買っていたのかも。ちなみに、「明倫」は孟子の「人倫[じんりん]を明らかにする」という言葉から。それに少しでも近づくためにも、また旅に出ようと決めました━━な〜んて、こじつけですが。(2022/4/23)

知らなかったぁ! タバコにも花が咲くとは!

●ツアー旅行は中日に疲れが出ると言われますが、たしかにたしかに。前日、5時間以上かけて石見銀山を歩いたのですから、当然かもしれません。温泉で多少は癒えたものの、70を過ぎた体にはまだ不足かと。さて、3日目の行程は温泉津[ゆのつ]から山陰線で、赤い石州瓦に見とれながら益田まで。そこからバスで向かった先は4年ぶりの津和野(山口県)。小さな城下町で、50年前「アンノン族」であふれ返って以来半世紀、町ぐるみで観光に力を入れてきたようです。ただ、ホテル・旅館がわずかしかなく、”ついでに観光”の域にとどまっています。


●津和野は画家・安野光雅の生まれ故郷で、21年前にその名を冠した美術館が作られました。白と黒のなまこ壁がなんとも印象的。たまたま展示されていた名作『旅の絵本10オランダ編』の原画に、旅情をかき立てられます。


●昼食後は萩へ移動。こちらは10年ぶりです。萩観光の定番・松陰神社は藤が満開でしたが、それをはるかにしのいでいたのが、宿泊先の庭園。広い敷地に色合い、大小、高低などを配慮した植え分けがなされ、いくら見ていても飽きません。秀逸はタバコの花。葉のほうにはかれこれ50年以上お世話になっていますが、花は初めて。葉っぱの”毒性”とは似つかわしくない可憐さに心を打たれました。

タバコの花──毒性があるとは信じられません
こちらも品種は違うものの、やはりタバコ
これが支那藤


●もう一つは、花びらの大きな藤。支那藤という品種なのだとか。花や草木の手入れをしている女性が、庭園の階段の手すりやイスまで丁寧に拭き清めているところをたまたま目にしました。花だけでなくそれを囲む環境をもないがしろにしない心が、美しさをいっそう引き立てているにちがいありません。(2022/4/22)

昼は世界遺産の銀山、夜は日本遺産の神楽で石見[いわみ]を満喫

●「一畑[いちばた]電鉄」。日本一人口の少ない島根県内を走っている私鉄ですが、初めて乗りました。目的はコンビニに行くため(泊まったホテルが不便な場所だったもので)。JR西日本でさえローカル線の多くが赤字に苦しむ中、大丈夫なのかと心配になりますが、これがけっこう健闘しているようなのです。2両編成の車輌はかつて東急東横線を走っていた中古のよう。朝7時半頃とあって、乗客の9割は高校生でした。


●ツアー2日目のメインは世界遺産の石見銀山。戦国期から江戸中期まで、ここで掘られた銀は世界の主要国で貨幣の原材料になっていたそうです。佐渡の金と同じく鉱山一帯は幕府の天領で、代官所が置かれ、その周囲の町並みがみごとに保存されています。


●ここで採れた銀の積出港が、ツアー2日目の宿泊地・温泉津[ゆのつ]。その当時は北前船の寄港地としても大いに栄えた町ですが、いまは昭和30年代で時計がパタッと止まってしまったような雰囲気で、いまその面影が残っているのはおだやかそうな入江の奥にある港と温泉旅館の並ぶ細い通りだけです。ちなみに、耐火性に富む石見粘土で高温焼成され、硬く割れにくい大きな水甕[がめ]も北前船で全国各地に。それを焼く上がり窯[かま]もみごとでした。


●よくよく考えてみると、この県は「古事記」「日本書紀」に描かれている国生み神話の舞台。それもあってか、文化面での蓄積は並はずれたものがあります。その一つが日本遺産の石見神楽で、今回それをナマで観ることができました。会場は旅館近くにある小さな神社の拝殿とあって、舞いもお囃子[はやし]も目の前で迫力満点でした。小さな私鉄を支えているのも、数百年も続くこうした文化が生活の基底に息づいているからかもしれません。(2022/4/21)

まばゆいばかりの白い灯台に興奮

●日曜日から山陰の旅です。島根県は3年ぶり。朝10時の便なので、9時には羽田がマスト。となると東久留米からではちょいキツく、前泊しました。ピンクムーンの満月を見ながら部屋でゆっくりし、出発当日はいつもどおり5時起き。北アルプスを見ながらひとっ飛びで、昼前には出雲縁結び空港に到着。名物の出雲そばを食べ、大社[おおやしろ]へ。参道にウクライナを思わせる幟[のぼり]が立っていたのには驚きました。


●次に向かったのは鷺浦[さぎうら]地区。出雲大社から車で20分ほどの、日本海に面した小さな小さな漁村で、観光で訪れることはまずありません。しかし今回参加したツアーはなぜかここと温泉津[ゆのつ]が組み込まれており、それが参加した大きな動機。いずれも江戸から明治にかけて、北前船の寄港地としてたいそう栄えた港町なのです。


●鷺浦の集落を歩くと、「塩飽[しわく]屋」という看板を掲げたかつての回船問屋が。「江戸時代後期より明治にかけての船主で塩飽本島(香川県丸亀市)の塩を取り扱い財を成した」と説明されていました。北前船の果たした役割の大きさにいまさらながら感心しました。


●ただ、観光という見地からすると、この日の焦眉は日御碕[ひのみさき]。日本海に突き出た島根半島の先端に立つ白亜の灯台は海面から63.3m、地上から43.65mと、石造の灯台としては日本一の高さで、国の重要文化財にもなっています。この日は素晴らしい青空+おだやかな日本海に見るも鮮やかに映えていました。ツアーでなければ、日の入りの時刻までいたかったのですが、それはかなわず。後ろ髪を引かれる思いで出雲市に戻りました。(2022/4/17)

オランダ大使館のチューリップはまた格別

●日本国内にある外国大使館など、よほどのことでもなければ足を運ぶことはありませんが、昨日、オランダ王国大使館(公邸)に行きました。私にとってはキューバ、インド、ロシアに次いで4カ国目。キューバはビザの申請、インドは舞踊の発表会、ロシアはクリスマス演奏会でしたが、今回のオランダは公邸と庭園の見学です。


●休校日だった小4の孫も連れて行ったのですが、東久留米の駅で電車に乗った瞬間から、持参したメモ帳に鉛筆でしきりと何やら書き込んでいます。何時何分どこどこ行きの電車に乗る、〇〇駅で地下鉄△△線に乗り換える、◇◇駅で降りるとホームの案内板と首っ引き。駅の近くには□□病院、▽▽ホテルがある……。「4月8日 オランダ大使館への旅」と、タイトルまで書いてありました。うーむ、誰に似たのやら(笑)。


●大使館の場所は東京タワーのすぐ近く。門を入ると大使館公邸と広い和風庭園があります。その奥が事務棟(こちらは非公開)なのですが、さすがオランダ、庭園はもちろん、そこかしこにチューリップが。濃紺、紫、オレンジなど色も多彩多様で、見たことのない品種がほとんどです。


●大使館の公開は7年ぶりとのことで、たいそうな数の人が訪れていました。コロナ禍で海外旅行か長らくNGになっているせいもあるのでしょう。かといって、流行りのバーチャルツアーでは物足りないのも事実。私も気持ちを多少なりとも盛り上げようと、オランダ国旗に合わせ青・白・赤を組み合わせた服装で行ったのですが、考えてみるとこれはロシアと同じ! でした。思慮不足の自身を反省、呪詛[じゅそ]することしきり。(2022/4/9)

エジソンが、ゴッホが……。五感への刺激を堪能した一日

●東日本大震災の被災者100余人によるミュージカル上演の本を書くとき取材させていただいた方のお一人と、神田淡路町のイタリアンでランチ会食。7年ぶりの再会で話がはずみ、名物のパスタの写真を撮るのも忘れてしまうほど盛り上がりました。


●でも、この日最大の衝撃は、オーナーのSP盤レコードと蓄音機のコレクションです。店内にさりげなく置かれているのですが、これがなんと、かのエジソンが発明した蓄音機の現物。当時の音源は蠟管[ろうかん]といい、Campbellスープの缶に似た容器に収まっています。1枚ウン十万円はするというSP盤を130年以上前の蓄音機に載せ、かけてくださったのですが、その音の心地よいことといったら。ヴァイオリンソナタも歌謡曲もリアルそのもの、あまりの臨場感に圧倒されました。


●そのあと、すぐ近くにある神保町のギャラリーで開催されている刺繍の作品展へ。ひいきにしている目白の洋服屋さん━━いま風に言うとセレクトショップ━━のオーナーがFBで勧めておられたのですが、その”推し”がなければ足を運ぶこともなかったでしょう。”不要不急”と言われればそれまでですし。


●でも行ってみると、ゴッホの「星月夜」、北斎の「富嶽三十六景」を始めどれも皆、「ここまで……!?」と絶句してしまいそうな精緻さ。離れて見るとワクワク、近づいて見るとドキドキ、とでもいいますか。聴覚と視覚に、強烈な、それでいてすこぶる心地よい刺激を受けた一日となりました。(2022/4/8)

桜は散っても😢、春の本番はこれから

●新年度は、雨と風でスタート。東京は3・4日もずっと降りどおし、しかも真冬並の寒さとあって、拙宅ベランダからの夜桜もジ・エンドとなりそうです。といって、詩ごころとはほとんど無縁の私なんぞは、「あ〜あ、これでおしまいか」でしかありません。でも、そうした情景を目にしたときの心情を三十一文字に託される方もいるのですね。


●夜半さめて  見れば夜半さえ
  しらじらと  桜散りおり
   とどまらざらん
うーん、まさしくそのとおり! 作者の馬場あき子さんは数々の賞に輝いている93歳の歌人。先日のFBで、私が心底尊敬している福岡の出版社主がシェアした「完全保存版 絶対覚えておきたい! 究極の短歌・俳句100選」(3/27NHK-BSプレミアム)の中に紹介されていました。


●こちらは夜桜ではありませんが、散ってしまった桜を惜しむ歌(紀貫之)も。
 桜花 ちりぬる風の なごりには
  水なき空に 浪ぞたちける
なるほど、ですね〜! まるで私の前にそうした場面がリアルタイムで展開しているかのよう。どちらも、「究極」と讃えられるだけのことはあります。


●もちろん、桜が散ってしまったからといって、春が終わるわけではありません。拙宅の近くをさらさらと流れる小川のほとりを歩いてみると━━。小学生が水遊びに興じていましたし、レンゲやスミレはもちろんのこと、これまでその存在すら知らなかった花々も一挙に咲き始めています(それにしても、童謡「春の小川」はやはり名歌!)足湯やSIX PADも体には効きますが、自然の中を歩くのがやっぱり一番ですね。(2022/4/6)

「定番」にもいろいろありますが……

●先週の土曜日、久しぶりに車を走らせました。以前住んでいた豊島区まで行ったついでに、ひいきにしている蕎麦屋さんでランチを。相変わらずの素晴らしい味に舌鼓。以前は、そのあとケーキ屋に寄り、JA(農協)のショップで花や土・肥料などを買って帰るというのが”定番”のコースでした。でも、この日はお花見目的の車で道がけっこう混んでおり、まっすぐ帰ることに。それでも、両サイドから満開の桜の枝が伸びている道を2キロほど走ることができ大満足です。


●「定番」は「おきまり」「ルーティン」ともいいますが、メンタルの安定に欠かせない要素ではないでしょうか。ぐっすり眠るための「就眠儀式」とか、食後の一服とか、人それぞれ違いますが、私の場合、目覚めのコーヒーは欠かせません。


●コロナ禍になってからは、朝食後の足湯(足先の収縮した血管を広げ、血のめぐりをよくする)、夜のSIX PAD(足裏とふくらはぎを鍛える機器)の2つが新たに加わりました。この種の健康器具、以前はハナから無視していたのですが、ここ2年は時間にも余裕があり、家人にすすめられるまま、とりあえずトライしてみました。すると、意外や意外、どれも皆心地よいのです。


●面白いのは、勧めた当人がいまイチ持続しないということ。私のほうが「定番」化し、朝晩きちんと実践しているかたわらで、次の「体にいいこと」探しに打ち込んでいるようです。そっかー。彼女にとってはそれこそが「定番」なのかも。(2022/4/5)

桜だけじゃない! 野辺の花にもリスペクトを

●いま多くの人々の関心は桜、桜、桜。もちろん、私もその一人ではあるのですが、ずーっと上ばかり見ながら歩いていると首が疲れるのではないでしょうか。だからというわけではありませんが、ときおり道端に目をやると、そこにも春が見つかります。ごく小さな草花が、人々の視線などまったく気にもせず、それはそれは懸命に咲いているのです。

●誰かが苗を植えたり、種を蒔いたりしたわけでもなさそう。桜はお日様次第でその魅力が増減しますが、こちらはそんなことを気にしているふうも一切なし、神出鬼没というか、場所は定まらずとも、毎年かならず生きている証を示す強烈な生命力はリスペクトのひと言です。

●アプリで調べてもすぐに忘れてしまうほど地味、あるいはややこしい名前(こちらの記憶力が低下しているせいですが)でも、いちおうつけられてはいます。シャガ、スノーフレーク、コハコベ、ヒナゲシ、ナズナ、ヤハズエンドウ、イモカタバミ、ナカバユキノシタ、オオイヌノフグリ……。そんな中、わーっと集まって咲きよく目立つのがハナニラ。大きさはせいぜい2〜3㎝、色は青、白、ピンクで、星の形をしており、ホント、どこに行ってもよく見かけます。

●取材というのも、誰もが注目する事物や人に加え、この種の小花や、花すら咲かせない草に象徴される些事や雑事に気がつけるかどうかが、全体の構成に影響したりします。その意味では私自身にとっても戒め的な存在となっているのですが、これも考えてみればコロナ禍のおかげ。それまで”花より団子”100%のような人生を送ってきたのが、花に関心が向くようになったのですから。(2022/3/31)

秋田直送のきりたんぽ鍋で満腹、夜桜も満喫

●3月17〜20日、秋田でじっくり温泉につかり、みっちり勉強をする中、老舗の料亭で名物のきりたんぽ鍋を食する機会がありました。たいそうおいしかったので、お世話になっている友人に送ったりしたのですが、ついでに自宅にも。27日の夜、義妹のバースデー会食をすることが決まっていたからです。

●その日の夕方、秋田からクール便が届き、さっそく作りました(といっても、材料を土鍋に放り込んで温めるだけですが)。まあ、そのおいしさといったら! 本場で食べたときより素晴らしかったのにはビックリです。きりたんぽ鍋の最大の魅力は、春の七草の一つセリがふんだんに入っていること。数ある野菜の中でも、根っこまで丸ごと食べるものはそうそうありません。葉や茎より主張の強い味とシャキシャキした歯ざわりはセリならではでしょう。

●1年前はミャンマー、今年はウクライナで、これ以上はないような酷い行為がなされている中、こんなのんきな時間を過ごしていていいのだろうかと、正直、悩ましくてなりません。日本国内でも、人間がすることとは思えない、目を閉じ耳をふさぎたくなるような事件が毎日のように報じられています。でも、だからこそ、平凡な日常に感謝する気持ちにもなれるのではと、自分を納得させるしかなさそうです。

●きりたんぽ鍋に大満足した勢い(?)で2階に上がると、ベランダからなんと夜桜が。図書館の敷地内に一灯だけ━━安全上の理由かと思いますが━━、ひと晩中明かりがついているのです。人混みの中、仲間と飲み食いしながらの夜桜見物も一興ではありますが、一人で静かに楽しむのもまたよしですね。(2022/3/28)

ベランダはお花見特等席!

●このところスマホのカメラが向くのは花ばかり。拙宅前の図書館は公共施設とあって、そこここに花が植えられています。いまは桜、椿、アセビといった樹々から、チューリップ、タンポポ、ハナニラ、ハコベ、エンドウなどの草花まで、文字どおり百花繚乱、何度その前を通っても飽きません。

●4本ある桜は、どれも樹高が10mを超える古木。桜といえばこれまでは地上から見上げるばかりでしたが、昨夏引っ越したおかげで、なんと見下ろせるように。昼も夜も、ベランダに出ると4本いっぺんに見られます。枝ではなく、太い幹に花がついているのを観たのも初めてです。

●ならばと思い、いつもの散歩コース・落合川の遊歩道に出てみると━━。半月ほどご無沙汰している間に、両岸ともこれでもかというくらい花、花、花。それもソメイヨシノにサトザクラにユキヤナギにコブシにアセビ……と多種多彩。これだけ楽しめれば、足に疲れを感じている暇などありません。

●前の家から球根を持ってきたチューリップ。2年目なのでダメでもともとと思っていたのですが、小ぶりでも健気に花を咲かせた姿を見ると、花びらをそーっと撫でてやりたくなります。すぐ隣のアジサイは、始めから植わっていたもの。前の家で植えたものはとうとう一度も花を咲かせませんでしたが、こちらは花芽もしっかりついているようで、今年こそ! です。(2022/3/27)+5件

米、塩、鉄、石、祭、歌……なんでも運んだ北前船━「北前船フォーラム」④

●寒風山[かんぷうざん]のあと「なまはげ館」に立ち寄り、次に訪れたのが秋田市内の「土崎みなと歴史伝承館」。北前船の寄港地の中でもたいそう栄えていた土崎湊[つちざきみなと]の様子を描いたみごとな絵(秋田街道絵巻)が、北前船の縮小模型とともに展示されていました。

石川県七尾市の「青柏祭[せいはくさい]」

●その土崎で毎年夏におこなわれる神明社祭の大きな曳山[ひきやま]は博多祇園山笠そっくり。そういえば、同じく寄港地である石川県七尾市の「青柏祭[せいはくさい]」も巨大な曳山(http://xn--nippon-he4et93veuwd.com/)が登場します。数年前、能登半島の寄港地を取材したとき、祭の映像を見てびっくりしました(すべてユネスコ無形文化遺産)。

●ほかにも、富山県射水[いみず]市、同高岡市伏木[ふしき]、滋賀県長浜市など、形は違っても基本のスタイルは同じという祭りが各地で見られます。元をたどれば京都の祇園祭に行き着くのでしょうが、これにも北前船が関わっているように思えてなりません。

●北前船は物だけでなく、今日まで伝えられる歌や踊り、絵画などの文化・芸術、風俗・習慣まで幅広く、全国各地に伝えていたことを、今回のフォーラムで改めて実感。コロナ禍のまっただ中のイベントでしたが、動けば好奇心はますます刺激され、得られるものも大きそうです。(2022/3/23)

“世界三景”!? の寒風山へ 「北前船フォーラム」③

●”日本三景”は知っていますが、”世界三景”というのがあったとは! その一つ男鹿[おが]半島(秋田市の北)にある寒風山[かんぷうざん]に初めて行きました。フォーラム最終日(20日)のエクスカーション・プログラムにそれを組み込んだコースがあり、迷わず選んだ次第。

●寒風山は標高355mの火山 。1913年、この地を訪れた地理学者・志賀重昂[しげたか]が、グランドキャニオン、フィヨルドに比肩する「世界三景」と絶賛したそうです。山全体が緑の芝生に覆われ、視界をさえぎるものがない頂上からは八郎潟の水田、日本海、晴れた日には鳥海山、白神[しらかみ]山地まで、360度のパノラマが堪能できるとのこと(写真は「男鹿ナビ」webから借用)。残念ながらこの日はみぞれ混じりの天気で、それはかないませんでした。

●山になどさしたる関心のない私ですが、「北前船寄港地フォーラム」に関わったおかげで、寒風山のほかにも、各開催地で名山と、それもごく間近で出会えました。鳥取では伯耆[ほうき]富士=大山、酒田・鶴岡では出羽三山(羽黒山、月山、湯殿[ゆどの]山)、佐渡では金北[きんぽく]山、秋田県にかほ市では鳥海山、青森県深浦町・鯵ヶ沢[あじがさわ]町では岩木山……。もちろん登ったわけではありませんが、見られただけでも貴重な経験です。

●山だけでなく、一生のうちに行ける(見られる)かどうかわからないスポットにも行けました。その意味で「北前船寄港地フォーラム」は、私にとって何ものにも替え難いイベントなのです。その恩を返すには、本を書くしかありません。いよいよ本気で取り組むときが来たと腹をくくり、ガンバリま〜す!(2022/3/22)

次回はパリで開催! 「北前船フォーラム」②

●今日(19日)は午前中、歴史学者・磯田道史さんの講演「秋田藩と北前船」、午後は北前船が運んだ食文化がテーマの講演2題、パネルディスカッションと、学びの一日。こうした場に身を置くと強烈な刺激を受け、早く原稿を書かなくては……との意欲が沸々と湧いてくるのですが、フォーラムを終え日常に戻ると元の木阿弥に(笑)。

●夕方から始まったレセプションでは、五木ひろしさんの新曲「北前船」の発表が。作詞が石原信一さん(森昌子「越冬つばめ」)、作曲も五木さんです。地元紙「秋田魁[さきがけ]新報」でも報じられていましたが、五木さんの出身県福井は北前船との縁が深く、それも強く後押ししたようです。

●もう一つのニュースは、次回(10月)のフォーラム開催地がパリに決まったこと。フランス大使館の文化担当参事官も出席、挨拶をしていました。北前船とパリ━━どんな関係が? 不思議な気がしますが、両者をつなぐのはなんと昆布。日本料理の最大の特徴であるうまみの根源=昆布を蝦夷地(北海道)から京都まで運んでいたのが北前船なのです。

●その昆布がいま、パリのミシュラン三つ星レストラン全店で使われています。フォーラムのコンセプトは、そうしたつながりの中身を追求し、さらに別のつながりを見い出していくことにあるので、パリ開催に至った次第。ぜひ行きたいですね。そういえば、フォーラム前日お世話になった「都わすれ」の女将さんからいただいたキリンのマグカップの包装紙にも「Paris」の文字が。こいつァ〜春から、縁起が……。(2022/3/20)

秋田で温泉+お勉強━「北前船フォーラム」①

●17日から秋田に来ています。目的は、2年1カ月ぶりの開催となった「北前船寄港地フォーラム(第30回)」。16日遅くの地震で東北新幹線がストップし、急遽飛行機に変更したりレンタカーを手配したり。フォーラム前日に大好きな夏瀬温泉「都わすれ」の宿泊を組み込んでいたので必死です(笑)。

●秋田はまだまだ寒く、山の奥にある「都わすれ」ともなると最高気温も4〜5℃。でも、部屋付きの露天風呂が、5〜6人がいっぺんに入れそうな湯舟にリニューアルされており、ついついお湯と戯れてしまいました。

●18日の昼食は、秋田市随一の飲食街・川反[かわばた]の一角にある老舗の料亭「濱乃家」で名物のきりたんぽを。夕方からは前夜祭。コロナ対策のため、これまでのフォーラムと違い飲食は一切なし。それで2時間半という長丁場ですから、運営側もさそがし苦労されたことでしょう。もっとも、そのおかけで山形県の酒田芸者の踊り、秋田民謡、島根県の石見[いわみ]神楽といった、ふだんあまり縁のないエンタテインメントを楽しめました。

●350年前に始まった西回り航路を利用した北前船。帆が一本の和船で大坂(当時)から瀬戸内海、日本海を蝦夷地の松前まで走り抜けたのですが、途中、いくつもの港に立ち寄りました。寄港地以外にも潮待ち、風待ちのために停泊した港を含めるとその数は200近く。船乗りたちも各港で、その土地土地の歌、踊りに触れ、旅の疲れを癒やしたにちがいありません。(2022/3/19)

お・ん・せ・ん、で〜すっ!

およそ1年半ぶりの羽田。行き先はおんせん県を名乗る大分です。2月の末「温泉にいくぞーっ」と思い立ったのが実現しました。念ずれば通ず()。といっても、JALから「マイレージが期限切れになります」とのメールが届いたので決めたのですが。飛行機代ゼロは大きい!

大分は2年半前、ラグビーW杯の観戦で訪れて以来です。今回は湯布院と別府で1泊ずつと決めてあるだけで、あとはフリー。1日目の昨日は、大分空港でからレンタカーで湯布院へ。日曜日だというのに、高速道路はガラガラで、あっという間に到着しました。ところが行ってびっくり、湯布院のメインストリートは竹下通り状態。若い人ばかりで、修学旅行の中学生までいました。

お土産店がびっしり並んでいるのはよしとしても、ソフトクリーム、唐揚げ、コロッケのオンパレードにはげんなり。71歳の老夫婦がくつろげるような場所はありません。考えてみれば、湯布院でもこの一帯に来たのは初めて。もっと落ち着いた温泉地だと思っていたのですが。

●でも、ある店で「日本名物処〇〇屋」という看板を見て気がつきました。そうか、インバウンドが押し寄せるようになってからこうなったんだ!?  もっとも、コロナ禍でそれがストップした店にしてみれば、とりあえずいまを乗り切るのが第一。四の五の言ってはいられません。明日は喧騒から離れ、もう少し落ち着けるスポットを探すことにします。(2022/3/13)

おっさんが仕切っている限り、スポーツ界の将来は……

●スポーツ関連の本2冊を一気読みしました。①『おっさんの掟 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』と②『消えた球団 1950年の西日本パイレーツ』がそれ。①は大阪の知人NさんがFacebookで紹介していたものです。

●大阪弁では「おばはんvsおばちゃん」「おっさんvsおじちゃん」というたて分けがあり、いずれも前者が✕(蔑称とも、ネガティブとも)のようですが(間違っていたらご教示を)、①はその「おっさん」がハバをきかせている協会に引っ張られた「おばちゃん」=著者・谷口真由美が体験した一部始終を書いたもの。あっけらかんとした書き口ですが、内容はとてもシビア。7年前のW杯で南アを破り、3年前は初のベスト8というでき過ぎの結果に舞い上がってしまった協会と、その関係者に強烈な警鐘を鳴らしています。

●②は、プロ野球がセとパの2リーグに分裂した1950年の1シーズンだけで姿を消した西日本パイレーツ(日本プロ野球史上初の完全試合を食らったチーム)の顚末記。シーズンが終わると、同じセ・リーグの巨人、阪神、中日といった老舗球団のおっさんたちが徒党を組んで、パイレーツを追い出しにかかる醜い様子が、やはり淡々と描かれています。

●ラグビーと野球の違いはあっても、事業としてそれを運営する”おっさん”たちの側に「大義」(Jリーグ、Bリーグを軌道に乗せた川淵三郎の言葉)が欠けていることの悲しさ。70年も時を経ているのに状況がまったく変わっていないのは驚くしかありません。でもその前に、ラグビーの裾野を広げるのが先決ではないかと。全国の小学校校庭の芝生化率がわずか数%(欧米先進国では芝生が当たり前!)では、日本のラグビーは脱皮できないような気がします。(2022/3/5)

毎日花を咲かせるツバキに心がなごみます

●我が家の前は市立の図書館。その庭に植わっているツバキが、いまを盛りと花を開かせています。木ヘンに春と書いて「椿」ですから、当然のことかも。日本原産で『万葉集』にも出てくる椿は、古くから日本人に親しまれてきたようです。もっとも、高尚な歌ごころとはからっきし無縁の私には、都はるみの『アンコ椿は恋の花』(1964年・レコード大賞新人賞)とか、黒澤明監督の映画『椿三十郎』(1962年・三船敏郎主演。仲代達矢や小林桂樹も出ていましたね) くらいしか頭に浮かんできません。ヴェルディのオペラ『椿姫』は観ましたよ。

●椿との接点となると、最近では「椿屋珈琲店」でしょうか。銀座の花椿通りに1号店をオープンしたのが店名の由来なのだとか。このあたりは江戸時代、松江藩の上屋敷があったため出雲町と呼ばれていましたが、1934年、出雲椿(ヤブツバキ)を街路樹として植え花椿通りと呼ばれるようになったそうです。「椿屋」のコーヒーは1杯1000円近く、そうそうは行けません。相手が支払ってくれるのがわかっているときは、打ち合わせ場所に指定させてもらったりしますが(笑)。

●「椿山荘」もありますね。JR目白駅からバスで10分ほど走ったあたりは南北朝時代から椿が自生する景勝地。明治の元勲山縣有朋が、西南戦争の功によって懐にしたお金で別荘地として購入、「椿山荘」と命名したのだとか。そういえば我が家の近くにも「つばき公園」が。フツー過ぎて「?」の感もありますが、いちおう写真を付けておきます。

●でも、私にとっていちばん強く記憶に残る椿は、サラリーマン時代に通い詰めた新宿2丁目のスナック「黒椿」。ずっとグラスを手にし続けもの静かにしているママを相手に(椿の花言葉は「気取らない優しさ」)痛飲していたっけ。店はもうありませんが、ごくたまにその界隈を通ると、いやおうなしに記憶がよみがえってきます。(2022/3/3)

花も団子も温泉も━━ちょっと欲張りが過ぎるかなぁ?

●今週末は24日が家人の誕生日だったこともあり、ケーキやらクッキーやら、甘いもののオンパレード。当日の夜は同居する小学生の孫たちもいるので、無難なメニューでしたが、とうの立った私たちにはいまイチ感が拭えません。というわけで、翌日の昼、もろもろ用事もあって都心まで出たついでに、長らく通っている和食のお店を予約しました。

●大将は私と出身地が同じ。京都で修業したあと上京し、目白にこじんまりした京料理のお店を開きました。この日は全6品+デザート&抹茶から成るランチコース。なかでも、鯛の中落ちを軽く焼いたメインは最高でした。聞けば、この2年間の実質営業時間は通常時の半分以下なのだとか。この日も金曜日だというのに、客は私たち二人だけだそうです😢

●週末は気温が一気に上昇、あちこちで草花が一気に咲き始めました。ウォーキングの途中、ホトケノザやラッパ水仙、ハナニラなど、どれも皆小ぶりながらも、にっこり微笑んでいるかのようです。梅も白と紅がそろい、春はすぐそこ感がありあり。歩くにつれて気持ちも軽くなってきます。

●3月にあと一、二度は寒の戻りもありそうです。でも、それより春到来への期待のほうが上。春は英語で spring ですが、spring には「バネ」という意味も。草花の芽が勢いよく出てくる様がバネに通じるからでしょう。そういえば「泉」も spring だったっけ。そうだ、久しぶりに温泉へ行こう! と思いつき、計画を立てることにしました。(2022/2/27)