投稿者「edit-house」のアーカイブ

花も団子も温泉も━━ちょっと欲張りが過ぎるかなぁ?

●今週末は24日が家人の誕生日だったこともあり、ケーキやらクッキーやら、甘いもののオンパレード。当日の夜は同居する小学生の孫たちもいるので、無難なメニューでしたが、とうの立った私たちにはいまイチ感が拭えません。というわけで、翌日の昼、もろもろ用事もあって都心まで出たついでに、長らく通っている和食のお店を予約しました。

●大将は私と出身地が同じ。京都で修業したあと上京し、目白にこじんまりした京料理のお店を開きました。この日は全6品+デザート&抹茶から成るランチコース。なかでも、鯛の中落ちを軽く焼いたメインは最高でした。聞けば、この2年間の実質営業時間は通常時の半分以下なのだとか。この日も金曜日だというのに、客は私たち二人だけだそうです😢

●週末は気温が一気に上昇、あちこちで草花が一気に咲き始めました。ウォーキングの途中、ホトケノザやラッパ水仙、ハナニラなど、どれも皆小ぶりながらも、にっこり微笑んでいるかのようです。梅も白と紅がそろい、春はすぐそこ感がありあり。歩くにつれて気持ちも軽くなってきます。

●3月にあと一、二度は寒の戻りもありそうです。でも、それより春到来への期待のほうが上。春は英語で spring ですが、spring には「バネ」という意味も。草花の芽が勢いよく出てくる様がバネに通じるからでしょう。そういえば「泉」も spring だったっけ。そうだ、久しぶりに温泉へ行こう! と思いつき、計画を立てることにしました。(2022/2/27)

書店の「旅行本」コーナーも、コロナ禍で大きく様変わり

●一昨年前半までは毎月のように行っていた吉祥寺。背骨コンディショニングという施術(マッサージの一種)を受けるのが目的でしたが、コロナ禍で閉店となり、すっかり足が遠のいてしまいました。

●いつの頃からかこの街に行ったときは、①Linde でドイツパン ②ブックス・ルーエで本・雑誌 ③スーパー三浦屋で青研のリンゴジュース ④さとうでメンチカツを買って帰るのが定番に。②以外は代替がきかず、吉祥寺に行くしかなかったのです。また、ときおり④さとうの2階(とんでもなく急勾配の階段を昇る)にある直営レストランでステーキのランチを楽しんだりもしていました。

●一昨日、その吉祥寺を今年初めて訪れました。①Lindeのライ麦100%パンは重たくて運ぶのが大変です。ただ、普通の食パンと比べ食物繊維は2倍、糖質の代謝に欠かせないビタミンB1も多く含まれ、血糖値チョイ高めの私にはありがたい限り。③は、原料のリンゴが葉を取り過ぎないように栽培されており、栄養分が豊富。砂糖も香料も無添加なのに、とてもおいしく飲めます。ランチは今回、うな鐡でうな重にしました。安くてうまいのがありがたい!

●ルーエでは旅関係の棚をチェック。このご時世なので、ありきたりのガイドブックが少ない代わり、とんがったテーマの本が目立ちます。そんな中、私自身も長らくお世話になっているTさんが営む書肆侃侃房[しょしかんかんぼう]の本がズラリ並んでいるのがうれしかったですね。本社は福岡、でもローカルにこだわらず、ナショナル、グローバルなテーマの本を意欲的に出版しています。そういえば、福岡もすっかりご無沙汰。なじみにしていた中洲のバーが昨年開店20周年を迎え、お祝いに駆けつけたかったのですが、それもかなわず。うーん、コロナが憎い!(2022/2/23)

東久留米で見つけたアメリカ

●前回の投稿からあっという間に10日以上過ぎてしまいました。週2ペースを心がけているのですが、申し訳ありません。さて、先週の3連休初日は絶好のウォーキング日和。降雪がそれほどでもなかったので道は歩きやすく、しかも好天で風もなし。誰でも考えることは同じようで、けっこう人が歩いていました。

●今回はいつもとコースを変え、まずは黒目川を下り、途中落合川と合流するところ(ここがほぼ埼玉県との境)で方向転換、自宅に向かいます。航空写真地図の下方を流れるのが落合川、上方が黒目川です。落合川より広々とした印象のある黒目川ですが、両岸に整備されている遊歩道はどちらの川もほぼ同じ。

●いまの時期、草花はまだまだなので、視線は自然と上へ。ときおり椿や山茶花、梅が姿を見せてはくれるものの、じっと眺めているというレベルには到達していません。それでも、いちばん多く植わっている桜は、ツボミが少しずつふくらみつつあるようで、これから先が楽しみです。

●そんな中でひときわ背丈の高い木が並んでいるのに遭遇しました。ネットで調べると、モントレー糸杉という名の常緑針葉樹のようで、剪定されていまは素っ裸状態。でも、暖かくなると、一気に葉を繁らせそうです。たまに鉢植えのものも目にしますが、もともとはカリフォルニア州モントレー(映画『エデンの東』、ジャズフェスティバルで有名)の固有種なのだとか。帰り道、いつも前を通るアメリカ(それも西海岸から中西部)っぽいアパートを見たとき、みごとにつながりました。(2022/2/17)

断髪式で鋏を入れさせていただきました

●引退相撲(断髪式)に行くのは2回目です。2年前の豪風[たけかぜ](現押尾川親方)、そして昨日が嘉風[よしかぜ]。ともに現役時代は尾車部屋の所属で、最高位は関脇でした。嘉風は中村親方を襲名し、二所ノ関(元横綱稀勢の里)部屋の所属に。10数年前に尾車親方と出会い、『人生8勝7敗』という本をプロデュース(2013年)したご縁で声をかけていただきました。

●コロナ禍第6波のまっただ中とあって、横綱照ノ富士を筆頭に19人もの関取が感染。横綱の土俵入りはなく、取り組みも大幅カットになってしまいましたが、これはもう致し方ありません。それでも、4千人近くの方が来られ、私も鋏[はさみ]を入れさせていただきたいという願いがかないました。

●嘉風関にとっては、2019年秋の引退後二度も延期を余儀なくされた断髪式。大相撲力士にとって「断髪」は、単に髷[まげ]を切り落とすだけでなく、人生のケジメをつけるという意味があるようです。多くの方に見守られながら第二の人生に向け船出することができ、本当によかったのではないでしょうか。

●「髪」とはとうの昔におさらばしている私はといえば、ここ何年か、家人や同居の孫たちから「断煙」を求められています。決断したら、「断煙式」とか開いてくれるのかなぁ。目の前にタバコをズラリと並べ、1本ずつハサミで切り刻んで……な〜んて想像すると、寿命が縮まってしまいそうです。(2022/2/6)

冬場の河畔は野鳥の天国

●昨年7月末、西武池袋線の東長崎駅から、同線東久留米駅に引っ越してきて半年余り。どちらもアタマに「東」がついているのですが、「長崎」と「久留米」とでは大きく違うのをすぐ感じました。当初は暑さ、そしていまは寒さの違いです。家やマンションが立て込んでいない分、どちらも「久留米」のほうがキツいというか。こちらに長く住んでいる方の話では、夏は+3℃、冬は➖3℃の気温差があるとのこと。

●それにしても、東京都内に長崎、久留米とは。同じ沿線に九州を思わせる駅名があるなんて、不思議に思いませんか? ひょっとしてその昔、長崎や久留米から移り住んできた人の集落でもあったのだろうかと考えたくなります。答えはNO。「長崎」はその一帯を支配していた武士(北条氏の御家人)の苗字から、「久留米」は当地を流れる川の名前=黒目(くろめ)が変化したものだそうです。

●その黒目川に合流するのが我が家の近くを流れる落合川。さすがに冬場は早朝というわけにはいきませんが、暖かい日の昼間は、川の両岸に設けられた遊歩道をウォーキングするようにしています。野鳥の様子を見るのがいまの楽しみ。コガモ、カルガモ、アオサギ、コサギ、シロセキレイなど、冬は20種ほどが棲息しているようです。

●ただ、この季節、花にはなかなかお目にかかれません。伊豆半島の南まで河津桜なんぞ観に行ければいいのですが、コロナ禍でそれもままならず。近所でも梅のつぼみくらいはもうふくらんでいるでしょうから、明日はそれを探しに歩いてみることにします。でも、寒そう。(2022/2/3)

おいしいコーヒーが飲めるお店第二号を発見

●豊島区に暮らしていた昨年の夏までは、わざわざコーヒーを飲みに出たりすることなど、ほとんどありませんでした。ラーメン、蕎麦、中華、寿司、インドカレー、フレンチ、イタリアン、和食などの店が近場にあり、そうしたところにちょくちょく行っていると、カフェや喫茶店に足を運ぶ機会がそもそもなかったのです。”コーヒーは自宅で”というのがすっかり当たり前になっていました。

●いまでも、朝5時過ぎに目を覚まし、まずやるのはコーヒーを立てること。といってもマシンなので、豆を挽くのもボタンを押すだけ。あとは粉をペーパーフィルターに放り込めばOKなので、「立てる」はいささかおこがましいかもしれません。

●本格的なコーヒーを飲み始めたのは学生時代。神田神保町の喫茶店でアルバイトしていたN先輩がミル、サーバー、ネルドリップ等を取りそろえアパートに持ち帰ってきたのですが、それを毎日飲ませてもらうようになってからです。以来コーヒーは、しっかりした味わいのブレンドかストレートで楽しむようになって半世紀ほど経ちました。

●外食がめっきり減り、せめてコーヒーくらい外でと思い始めた最近、すぐ近く━━といっても車で10分ほど走るのですが━━に一軒見つけました。店があるのは、古くから建っている団地の商店街の一角。2フロアあるうちの1階で焙煎もしているので、扉を開けると素晴らしい香りが漂ってきます。テーブルも椅子も照明器具も”年季”の入ったものばかりで、それこそ40〜50年くらい前から営業しているのでは……という雰囲気なのですが、なんと4年前の開店とのこと。もちろん、コーヒーもおいしく飲めました。もう一軒、駅の近くにもカフェ(こちらが第一号)を見つけたのですが、そちらについてはまた別の機会に。(2022/2/1)

残念! 楽しみにしていた出張が中止に

●椎名誠が「冒険への憧れも探検家になる夢も、すべてはこの本との出会いから始まった」という、子ども向け冒険小説『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ 作・1888年)。なんと60年ぶりで手に取りました。小学生のころ、それこそかがり糸が擦り切れるほど繰り返し読んだ、私にとっても忘れられない作品です。

●夏休みのニュージーランド近海クルーズを楽しむため小型船に乗り込んだ15人の少年(14〜8歳)が大海をさまよったあげく無人島に漂着、以後2年もの間さまざまな困難に遭遇しながらも、全員が力を合わせ生き延びていくという内容。130年以上前の話ですが、そこにはいまも変わらぬ民族間の対立や人種蔑視、また人間の心に備わる美醜が描かれています。イギリス人は子どもの頃からフランス人を嫌っている、黒人はそもそも「人」と見なされていなかったなど、今回改めて学んだこともあります。

●小5から中3にかけて、ヘディンの中央アジア(ゴビ砂漠、シルクロード)探検、シュリーマンのトロイ遺跡発掘、ウィンパーのアルプス、アンデス登攀、ダーウィンやヘイエルダールの南太平洋航海など、探検・冒険・登頂・航海記の類を読みまくりました。そうした中で旅好きの骨格がつちかわれていったのかもしれません。

● 実を言うと、1/24から福岡・佐賀・長崎に出張の予定がありました。楽しみにしていたのですが、新型コロナの感染者数が連日過去最高を更新している折でもあり、先方の要請で中止に。”旅こそ我が命”の私にとっては残念至極。『十五少年漂流記』でも、引くべきところは引いていましたから。(2022/1/21)

寒風吹きすさぶ国技館で大相撲を観戦

●昨日は、ある筋のご招待で大相撲4日目の観戦に。結びの照ノ富士vs宇良は、あわやという一瞬もありましたが、照ノ富士が耐え切り4連勝。横綱に昇進してから、しぶとさがグンと増したのではないでしょうか。コロナ禍のため観客数も限定、声を出しての応援、会場内での飲食禁止など、さまざま制限はあるものの、ナマで観る相撲は迫力が違います。

●しんどかったのは、換気のためすべての扉が開放されていたこと。昨日はハンパない寒さだったこともあり、途中からコートを着込む事態となりました。取り組みの合間にスマホのニュースを見ると、東京の感染者数は2198人と爆発的な増え方。でも、感染拡大防止のためには、少しくらいの寒さは我慢するしかありません。

●それにしても、オミクロン株の感染力は想像以上。一刻も早く3回目のワクチン接種を受けたいものですが、私の場合、7月下旬まで住んでいた豊島区で2回受けています。ただ、その後引っ越ししたため、お役所仕事のエアポケットに入り込み3回目が遅れるのではないかと心配していたのですが、幸いにも1月15日の接種が予約できました(2回目からちょうど6カ月後)。

●おみやげで頂戴した国技館名物の焼き鳥は相変わらずのおいしさ。相撲は手をつくと負け。そのため、両足で立つ鳥は縁起がいいとされ、60年前から売られているそうです。2月5日の元関脇嘉風の引退相撲(=断髪式+中村親方襲名披露)にも行く予定をしており、その日も焼き鳥が買えるといいのですが。(2022/1/12)

サトウキビで財を成した豪商のお屋敷

2019年12月1日
今日は朝から川面に霧が立ち込めています。川そのものが大きいので、前面を覆うほどではないものの、逆にその存在感の強さと言ったらありません。しかも、これが時間の経過とともにどんどん大きくなり、一時は船の周囲がまったく見えないほどでした。

 

 

セント・フランシスヴィルからニューオーリンズまではわずか70~80キロなのですが、クルージングはなぜか後戻りします。時間稼ぎ=売り上げ増なのでしょう。それで訪れたのがノッタウエィ・プランテーションです。かつてのプランテーション経営者一族の屋敷で、数日前に見たロザリーマンションよりさらに上を行っている感じがしました。とはいえ、この屋敷を見るためにだけわざわざ1日費やすというのは、どうにも理解に苦しみます。

このテの邸宅の所有者のほとんどはその後没落するか、子孫が絶えるかしているようで、この屋敷も維持するのが大変のようです。ただ、ここは結婚式場、あるいは宿泊施設として利用されているようで、なんとか持っているようです。

中にあるレストランで、昨日に続き“船内食”以外のものを口にすることができました。久しぶりの食事らしい食事に大満足。船に戻ると、霧もすっかり晴れ、ここ数日続いている穏やかな川面の風景に。夕方になると、空はきれいな茜色に。明日はいよいよニューオーリンズです。

 

 

 

 

ひなびた町で出会った海苔巻きに感動!

2019年11月30日
昨日は「そろそろ我慢の限界に近づきつつあります」などと書きましたが、今日は、それがよい方向に戻りました。というのも、上陸したセント・フランシスヴィルという小さな町に癒されたからです。

この町はいまでこそルイジアナ州に属していますが、その昔(1810年)は「西フロリダ共和国」の首都だったそうです。といっても、同国が存在したのはわずか90日間。それでも、住民たちは当時の国旗に強い誇りを持っている様子。

セント・フランシスヴィルはもともと、スペイン人が入植していたフロリダの一部でした。1803年の「ルイジアナ買収」で今日のアメリカ合衆国の形がほぼ定まったわけですが、それ以降もフロリダ半島から西の一帯はまだスペインの支配下にありました。しかし、少数の役人と軍隊しかいないこの地域に入っていったイギリス人たちが1810年、独立を求め反乱を起こします。それによって生まれたのが「西フロリダ共和国」。

反乱軍はバトンルージュ(現在はルイジアナ州)のスペイン守備隊を打ち負かし、新しい国=「西フロリダ共和国」を作りました。その首都が置かれたのがセント・フランシスコヴィルで、のちに「ボニー・ブルー・フラッグ(青地に単一白星)」と呼ばれる国旗を定めました。しかし、西フロリダ共和国は3カ月しか続かず、その一帯は新しく設けられたオーリンズ準州に組み入れられることになります。つまりこの地域はアメリカでもなくスペインでもない、独立した国だったのです。

小さな町ではありますが、観光には力を入れているようで、上陸してバスに乗る際にはバッグと割引券を配るなどしています。観光スポットが多いわけではないのですが、アメリカ聖公会教会には、1700年代に作られたとおぼしきお墓がぎっしり並び、驚きました。中に置かれていたパイプオルガンも、アメリカ南部では最古のものなのだとか。割引券を配っていただけあって、このサンクスギビングのさ中にどの店もオープンしていたのもよかったですね。ロイヤルストリートに建つ古い銀行を改造したお土産物屋さんはSALEをしていたこともあり、大繁盛でした。

しかし、私にとって最大の喜びは、この町ではおそらく唯一のスーパーマーケットで寿司とカップ麺を買えたことです。11月24日から約1週間続いていた“アメリカ南部メシ”からやっと解放され、ほっとしました。それでなくてもアメリカの食べ物は期待値が低いのに、南部のエリアですから、正直ほとんどゼロもしくはマイナス。それが朝・昼・夜の3食ですから、どんな我慢強い人でもネをあげてしまうのではないでしょうか。それが一気にプラス30くらいにまでは回復しました。単純といえば単純ですが、食事の大切さを改めて感じされられた気がします。この写真に海苔巻きは写っていませんが、スーパーのイートインコーナーでもう食べたあとだからです。キュウリで巻いたこちらのカニ(もどき)ロールはいまひとつでした。残念! でも、缶入りのビールは最高でしたよ。