ウワサの「生ウニ」はいまひとつでした

2017年5月2日

サンチアゴは2回目ですが、最初のときはバスに乗って市内を走っただけなので、観光はほとんどしていません。そこで、今日は朝から市内観光に出かけました。出発前にインターネットで予約しておいたのですが、実際にスタートしてみると、ウェブサイトに記されていた内容とは大違い。ずっとバスに乗って動き、要所要所で下車してはガイドしてくれるスタイルかと思いきや、実際は「中央魚市場」の前で下車してあとはずっと歩きながら廻るのです。でも、それがかえってよかったようです。

魚市場というのは世界中どこでも同じような印象ですが、さすが水産資源に恵まれたチリだけあって、種類も豊富、何より新鮮な感じがします。市場のほとんどを占めているのが、ウニを食べさせてくれるので有名な「DONDE AUGUST」というレストラン。朝だったのでまだオープンはしていませんでしたが、ランチどきになるとここがいっぱいになるとのこと。これは今日の午後のお楽しみですね。

DSC02130次に行ったのは、チリ発祥の地「アルマス広場」。1541年のことだそうで、当時の建物もいくつか残っています。そのすぐ近くにあるコーヒースタンドにガイドさんが連れていってくれたので、試しに1杯注文、手にしながらまた歩き始めます。ただ、このコーヒーがまったくなじめない味というか、こうも違うのかと驚きました。見た目はたしかにコーヒーなのですが、なんとも表現しがたい味。どうにもなじめず、結局、街角のゴミ入れに捨ててしまいました。同じツアーに参加していたオーストラリア・メルボルンの老夫婦も同じだったようです。メルボルンはコーヒーの名所ですからね。

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次は、大統領府がある「モネダ宮殿」、そして「サン・フランシシコ教会」と見て歩き、再び車に。かつての要塞「サンタ・ルシアの丘」に昇ったあと、川を渡った先にあるお土産物屋に立ち寄り、最後はホテルまで送ってもらいました。

 

 

すぐにまたランチを食べにタクシーを呼び、中央市場までとってかえします。タクシーのメーターもすぐに何千になります。ホテルから市場までメーターは9300ペソでしたが、チップ込みで10000ペソ札を渡しました。1700円弱という計算になります。

DSC02198さっそく「DONDE AUGUST」でウニや海鮮スープを注文し、食べてみましたが、ウニは生臭く、生で食べるのはちょっと難しそうでした。前日、インターネットで仕込んでおいた情報どおり、一緒に出てくるタマネギとパクチーをたんまり載せてレモンを絞り、そこにオリーブオイルをかけ混ぜ合わせてみたところ、なんとかイケました。といって、目の球が飛び出るほどおいしい代物ではありません。家人はまったくダメなようで、別にオーダーした海鮮スープもややクセがあり、あまり進みませんでした。まあ、安いは安いのですが、「ウーン」といったところでしょうか。

食べたあと、地下鉄の駅まで歩いたのですが、帰りは午前中とはうって変わって大変な人出。タロット占いの小屋のようなものがずらっと並んでおり、どこも皆お客さんが。真剣・深刻な顔をした人が多いのには驚きました。

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ホテルに戻りしばし休憩ののち、夕食へ。ホテルから歩いて行ける場所に日本料理店があったのでトライしました。「将軍」という名前で、まわりはすべてチリというのに、いきなり日本家屋風の店がポツンと建っています。最初目に入った店員は皆チリ人。テーブルに着くと、すべてスペイン語でしたが、テキトーにやり過ごし、ビールと焼き鳥、厚揚げ豆腐、鍋焼きうどん、家人は寿司の盛り合わせを注文します。

ふと見ると、私たちのテーブルの後方にカウンターがあり、女性らしい感じの板前さんが出てきました。「おーっと」と思いましたが、寿司はどうやら彼女の担当のようです。でも心配は杞憂に終わり、まずまずの味でしたし、そのほかのメニューもそこそこ。なかでも、焼き鳥は日本のそれより美味。チキンのクオリティーが高いのでしょうね。

預けた荷物がなかなか出てこず冷や冷や

 

2017年5月1日

ブリスベンからNZのオークランドまで3時間10分、4時間後のLATAM便に乗り換えて11時間20分。ブリスベンとの時差が11時間あるので、チリのサンチアゴ空港に着いたのは午後2時半過ぎです。預け荷物がなかなか出てこず、心配しましたが、最後の最後、それも“おまけ”で出てきたといった感じのスーツケース2個をでやっと受け取ることができました。乗り継ぎが2回もあると、どうしても心配になります。

ターミナルビルの外に出る前、税関から出てすぐのあたりから「TAXI」と書いた案内板を手にしたドライバーが待っていて、声をかけてきます。真正面のカウンターに「OFFICIAL TAXI」とあったので、それを信じてお願いしました。通貨単位が1ドル=約650ペソ=110円なので、100ペソで17円ほど。空港からホテルのある新市街までの定額運賃は24000ペソですから、4100円くらいになります。

ホテルでチェックインを済ませ、すぐ近くに立つ南米でいちばん高い展望台(=300メートル)がある「コスタネラ(Costanera)センター」へ。ただ、ホテルの周りもそうでしたが、このビルも閑散としています。そうか、5月1日はメーデーで、休日なのですね。それでも展望台はオープンしていて、上がってみたのですが、あいにくの曇り空で、アンデス山脈は残念ながら雲というかガスですっかりかすんでしまっていました。

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西池袋にブルックリンがやってきた!

2017年4月22日

「朝食は1日のほぼ最高のパートでした。前日の夜を通り抜け、新しい1日に向かって心と体をシャキッとさせる、摩訶不思議といってもいい感覚がありました」。アメリカ南部ヴァージニア州出身のエドゥナ・ルイスという黒人女性料理家の言葉のようです。いいですね~、そのとおり! おいしい朝食を食べれば、1日が元気に心地よく過ごせるのは間違いありません。

IMG_0652そんな思いを抱いている人たちをターゲットにした「egg」というおしゃれなレストランが昨日、西池袋にオープンしました。場所は池袋消防署の隣、「としま産業振興プラザIKE・Biz」(旧勤労福祉会館)の1階です。建物の名前が変わるとテナントまで変わる──わからないでもないのですが、ニューヨーク、それもおしゃれで高感度な人たちが多く住んでいるというので最近人気急上昇中のブルックリンに本店がある店となると…。

 

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本店の創業は12年前。オーナーの友人が営むレストランが営業していない時間帯(朝から昼)に、アメリカ南部の伝統的な朝食メニューを提供するスタイルでスタートしたのだとか。

南部の朝食といえば、卵、牛乳、砂糖、小麦粉をふんだんに使った料理。パンケーキ、フレンチトーストにフライドエッグかスクランブルドエッグかポーチドエッグ+ベーコンかソーセージかポテトを添えてといった感じでしょうか。でも、いちばん力を入れているのは店名に象徴される卵料理。卵大好きの私としては期待がいっぱいです。

私と家人と下の孫の3人で、待つこと30分。それほど大きくはありませんが、すっきりした内装の店内は、いかにも新開店といった空気。初々しさが感じられます。アメリカからやってきたオーナーとシェフがときおり店内の様子をチェックしたりして、緊張感もあります。

IMG_0657この店の「一番人気」というエッグロスコ。「デニッシュ生地で作った食パンの真ん中に卵を落とし、ホワイトチェダーチーズで焼き上げた」料理です。これにキャンデーベーコンなるものを添えてもらいました。味ですか? 感動とまではいきませんが、朝の気分を思い切り変えたいときにはいいかも。

ところで、冒頭の言葉は、入ってすぐ正面にある黒板に書かれていたもの。でも、それを実行するには、「うーん」と言いたくなるようなお金を払わなくてはならないのです。

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夏日の東京から、冬に戻った酒田・秋田へ

2017年4月20日

前日(4月19日)午前11時発・山形県の庄内空港行きANA便に乗りました。自宅から最寄り駅まで乗ったタクシーにはクーラーが入っていました。東京はこの日まで3、4日、最高気温が25℃を超える夏日が続き、ぽかぽかです。ただ羽田では、「庄内空港行きの便は、現地の気候状況によっては羽田に引き返すことも……」という条件付きの運航。にわかには信じがたいのですが、仕方ありません。

着陸の15分前、奥羽山脈の上空を飛んでいたときはきれいな青空で、出羽三山を覆っている残雪の白さがまぶしいほど。ところが、空港近くになると猛烈な強風です。着陸寸前には風で大きく煽られ、大丈夫かな……と一瞬不安に。しかし、パイロットの腕は確かで、ほとんど衝撃なしにドンピシャリの着陸を決めてくれました。でも、窓の外を見やると雨がぽつりぽつり。予報どおりの天候です。

迎えに来てくださったMさんと食事をし、そのあと空港のやや南にあるホテルまでインタビューに向かいました。途中、横風でがんがん煽られます。2時半にインタビューを終え、酒田市内の取材へ。もうこのころになると気温はぐんぐん下がり、風も強まる一方。

酒田の港近くにある日和山【ひよりやま】公園は、風速20~25メートル。吹き飛ばされそうな状態でした。気温もおそらく3℃前後でしょう。カメラを持つ手もかじかんでいました。それでも前日満開になった桜は凛としています。ひとひらの花びらも飛ばされずにいるのです。ただ、花見客はゼロ、店も開いていません。

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IMG_0612江戸時代の船宿兼倉庫兼販売店といった感じの鐙【あぶみ】屋も、明治期まで栄華をきわめた「山王くらぶ」も、市の資料館を訪れたときもどしゃぶりの雨と強風。チケット売り場の人も恐縮至極というか、「よくもまあ、こんな天気のときに来てくださって……」といった感じで応対してくれました。

酒田から秋田県にかほ市に向かう国道7号線の途中、遊佐【ゆざ】町あたりでしょうか、両側が桜並木になっているところを通過。花は残念ながら半分以上散ってしまっていましたが、満開だったらさぞかし……と思わせます。Mさんが店を開いておられるにかほ市象潟【きさかた】のあたりでは、松尾芭蕉の歩いた奥の細道を車でたどりながら往時をしのび、さらに同市の北にある「道の駅ねむの丘」に立ち寄った(9年ぶり!)あと秋田まで。

さて、今日(4月20日)は朝食後、新幹線の出発時間まで多少時間があったので、ホテル近くの久保田(秋田)城がある千秋【ちあき】公園に足を運んでみました。城と桜というのは黄金の組み合わせというか、全国各地で見られる光景です。まして満開が近いとなれば……と期待しつつ行ってみたのですが、桜はまだ7分程度。週末からが見ごろといった感じでした。昨日ほど寒くなく風もおさまっていたのが救いでした。

桜はいまひとつでも、園内にはいい場所があちこちにあります。露店が軒を並べているのが興ざめといえば興ざめでしたが、まあ、これはご愛嬌でしょうね。

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いささか期待外れの「琉球海炎祭」でした

2017年4月8日

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いよいよ今晩は、今回のメインイベント「琉球海炎祭」。那覇市内でまだ足を踏み入れたことのないエリア波の上宮近くにある三重城【みえぐすく】小船溜にある桟橋から船に乗って、会場の宜野湾まで船でひとっ走り。年間を通じて全国で最初という触れ込みの花火大会を海の上から楽しむというものです。

6時半ごろ那覇を出て宜野湾沖合まで45分ほど。8時10分前になって、ようやくスタートしました。ただ、連続してバンバン打ち上がる花火大会を期待していると、うーんということになってしまいます。陸上に特設舞台のようなものがしつらえられ、そこにすわりながら楽しむというのが本筋のようで、今回は安室奈美恵とかが歌を披露していたようです。MCの進行に合わせているので、その様子がわからない海の上では、待ち時間がやたら長く感じられました。

DSC01885花火の打ち上げは1時間ほどで終わりましたが、迫力的にはいまひとつ。また、その間ずっと海上に浮かんだままなのでビミョーな揺れがあり、あまり心地よくありません。ふだんはシュノーケリングとかホエール・ウオッチングに使われている小型船だそうですから、こういう用途にはそもそも不向きなのかも。もっと大きな船で、それなりに広い甲板に大きなテーブルがあって、船内ではビールや軽食が売られ、それをつまみながら……などと勝手に思い込んでいたこともあり、欲求不満が残りました。天気がよかったのがせめてもの慰みかも。

「首里そば」の上をいく「骨汁定食」=980円なり!

2017年4月7日

沖縄も今日でちょうど1週間。前回は「首里そば」についてお伝えしましたが、今回はその名も「骨汁定食」。この店では、名物のそばを作るのに、豚骨に玉ねぎ、泡盛を加えて煮込んだ出しをベースにしているそうですが、それに豚のスネ肉を入れショウガを加えてさらに6時間グツグツ。大ぶりの丼に入って供されますが、まずそのボリュームにビックリ。上から下まで骨、骨、骨。たっぷりの汁の中に、バラバラになった肉、肉、肉。汁はすべてコラーゲンかといった感じもします。ショウガが効いていて、ひとすすりするだけで元気が出てきて、食べ終わったころには顔の肌もつるつる(ウソです)。これで980円は、安~い!

骨汁定食 before

骨汁定食 after 

付け合わせのごはんも、沖縄の定番=じゅうしぃでなく白飯なのは、味付けが濃厚(でも、しつこくはありませんよ)だからでしょう。ご覧のとおり、久しぶりの完食。これほどの大ヒットメニューに遭遇できたのは偶然。前日(4月6日=“新聞をヨム日”)目にした新聞広告──それも、1面のコラム左横という地味な場所で見つけたのが気になり、行ってみたおかげです。

ちなみに、この店の名前は「御殿山(うどぅんやま)」。見た瞬間「おー、沖縄にもうどんの店があるのか」と思ったのですが、琉球方言では「御殿」と書いて「うどぅん」と読むんですね。それと、「そば」は「すば」と言います。「4・6=読む日」に限らず、新聞、読みましょう!

まだまだ“知らない沖縄”が……

2017年4月4日

1日から沖縄に来ています。2日までは「寒気の来襲で真冬並み」だったのですが、昨日からは沖縄らしいポカポカ陽気。今日は「4月下旬並み」の暖かさでした。久しぶりにドライブを楽しむことにし、ここ数年インバウンド需要で大いに盛り上がっているという南城市と、隣接する糸満市へ。

最初に行ったのは知念岬公園。太平洋を見渡す高台にあり、眺望抜群。海岸べりなので、心地よい風が吹いています。パラグライダーの名所らしく、空を気持ちよさそうに飛んでいるのがうらやましい!

浜辺の茶屋3次に訪れたのは、静かな海岸に建つ「浜辺の茶屋」。ここは大当たりのスポットでした。目の前が砂浜というロケーションで、3階建ての古いロッジ風の建物で、3階が地上と同じ高さでルーフバルコニー。2階が屋根付きの普通な感じの店舗、階段を降りた1階はビーチの上にテーブルとイスが並んでいます。

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奥武島のてんぷら屋

次は、7~8年前に行ったきりで、すっかりご無沙汰している奥武島【おうじま】。目標は、本当から橋を渡ってすぐのところにある刺身とてんぷらが名物の魚屋さん。前は屋台に毛が生えたくらいのちっぽけな店だったのが、いまでは3階建てのビルに変身。1階が即売店、2階はレストランになっています。名物のてんぷら売り場にはなんと行列が! メモ帳に記された品名に数を書き込む、近代的な(?)スタイルになっています。

さらに、海に近いところにも別の3階建ての真新しい建物を発見。中に入ってみると、あるお店のおかみさんが、「おかげさまで2年前にここ(建物)ができまして……」とうれしそうな顔で話してくれました。見ると、隣もその隣も、台湾、韓国からやって来た感じの人たちばかり。いやはや、インバウンド恐るべしです。

 

ジョン万次郎上陸の地奥武島からさらに西へ走り、次に訪れたのは「ジョン万次郎上陸の地」。前こちらを走ったときはなかったスポットで、これも1、2年ほど前に記念碑が建てられたばかりのようです。ジョン万次郎が10年間のアメリカ生活を終えて帰国する際、鎖国を敷いていた日本に直接戻るのを避け、当時は独立国だった琉球を選んだのだとか。そして、無事上陸を果たしたのが糸満市大度【おおど】浜だったそうです。

そこからさらに西へ、ひめゆりの塔を過ぎ南に下ると喜屋武【きゃん】岬があります。沖縄本島最南端の地──と思ったのですが、スマホでググってみると、「東南東約1.4km離れた荒崎が実の最南端」と。この一帯は沖縄戦の激戦地で、アメリカ軍から逃げたきた住民・日本軍は自決し最期を遂げたとのこと。慰霊塔が建っているのはそのためなんですね。最北端の辺土【へど】岬は観光客がいっぱいですが、こちらはなぜかまばら。270度といった感じのパノラマビューで太平洋と東シナ海が見渡せる素晴らしい場所なのですが……。

岬から車で5分、やはり海岸の崖っぷちにある具志川城跡もユニークでした。石灰サンゴで作られた石垣が海城であることの証。よくもまあこんな場所に城をと思わずにはいられません。

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糸満市の中心部に入ると、マイナーながらもあちこちに観光スポットがあります。漁業がメインのこの町の氏神を祀る白銀堂。小ぶりな神社ですが、素晴らしい色彩の屋根が印象的です。本殿が背後の山にくっつくように建っているのは神社の伝統的なスタイルでしょうか。

糸満 山巓毛山巓毛【さんてぃんもう】は、糸満の海近くにある展望台のような場所。太平洋戦争中は、防空監視所として使われていたのだとか。レーダーなどという近代的なものは、こんなひなびた場所にはなかったようです。ただ、軍事的にはかなり重要な場所ではないかと思いますが。

最後に行ったのは高嶺小学校の敷地の中にある南山【なんざん】城址(歴史的にはこの逆でしょうか)。すっかり荒れ果ててしまっていますが、往時は威容を誇っていたのでしょう。墓所とおぼしき横長の巨大な石とガジュマルの群生が印象的でした。

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「イッペー」の花城跡の向かい側にある高嶺中学校の敷地に咲き誇っていた黄金色の花の美しかったこと。この季節、沖縄のあちこちで見かけますが、通称「イッペー(イペー)」といいます(正しくは、ノウゼンカズラ科の落葉高木で、コガネノウゼンまたはキバナノウゼン)。もともとはブラジル原産の落葉樹(国花でもあるそう)=イペー(Ipe)だそうで、琉球方言で「いっぱい」「とっても」を意味する「いっぺー」と一体化してしまったようです。

「ロマノフ王朝展」と夜のしだれ桜を一気に

2017年3月30日

来週は東京を離れるので、その間に開催が終わってしまう「ロマノフ王朝展」を観にいきました。会場は文京区の本駒込【ほんこまごめ】にある「東洋文庫ミュージアム」。入場料は正規だと800円ですが、シニア料金(!)で半額。初めて行ったのですが、たいそう立派な施設で、驚きました。

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本駒込といえば、東京では古くからのハイクラスな住宅街ですが、そこを東西に走る広い通り沿いに建っているので、すぐにそれとわかります。「東洋文庫」というくらいですから、もともとは図書を収蔵するところ。1917年、三菱の第3代当主・岩崎久彌が中華民国総統府政治顧問G・E・モリソンの蔵書を購入し、24年に財団法人東洋文庫を設立しました。国内では最古・最大の東洋学の研究図書館だそうで、蔵書数は現在約100万冊。その中から、国宝・重要文化財にも指定されている貴重な書を選んで展示するミュージアムが2011年にオープンしたそうです。

 

!cid_5DD6D9820CCECB49820FBB40AC1C8F7595F8C26C@edithousejp_onmicrosoft“今年(2017)はロシア革命から百年。裏を返していうと、ロマノフ王朝が滅亡してから百年ということになります。 かつてヨーロッパからアジアにまたがる広大な領域を支配した強大にして華麗なるロマノフ王朝。今日のロシアの社会と文化の礎はロマノフ王朝300年の歴史の中で築かれたといっても過言ではありません。 ロシアは日本から最も近い隣国です。史上まれにみる巨大帝国の栄枯盛衰を、日本との交流という視点からたどってみましょう”と案内のチラシに書かれているように、宝物展ではなさそうです。

 

私が関わっているNPO法人「日ロ創幸会」の研修で行ったサンクトペテルブルクやモスクワでも、ロマノフ王朝の宝物をたくさん観ましたが、今回展示されているのは知的財産というか、史料的価値の高いものばかり。キラキラ・ピカピカの宝物とはまた違う、文化・文明への探求心とあこがれが感じられます。

 

入ってすぐのホールに「特別名勝 六義園【りくぎえん】」のジオラマが、解説付きで展示されていました。そういえば、「東洋文庫」の前の広い通りを渡ってすぐのところにあるのですね。しかもちょうど「しだれ桜と大名庭園のライトアップ」という催しが4月2日まで開催されているというので、行ってみることに。

 

入口で入園料(こちらもシニア料金で半額!)を払い中に入ると、木曜日だというのに、けっこうな人出です。正門を入ってすぐのところに植わっている大きなしだれ桜の前にはカメラを手にした人が群がっていました。高さは10m以上あるでしょうか、花びらは鮮やかな濃い目のピンク。ソメイヨシノとは趣が違います。しかも、樹高の高い部分はピンクが少し薄めに見えます。その微妙な差が前方の濃い目のピンクをいっそう引き立てていました。

 

!cid_0F60769BD77E85226E55FF23D0DB756B28B7BD42@edithousejp_onmicrosoft「六義園」というのは元禄年間、川越藩主・柳沢吉保が7年の歳月をかけて作った回遊式築山泉水の大名庭園。それが明治時代になって、三菱の創業者・岩崎彌太郎の別邸になり、1938年、東京市(当時)に寄贈されたとのこと。和歌に歌われる88の景勝地にちなんだポイントが随所に配されており、なかでも紀ノ川、片男波【かたをなみ】、仙禽橋【たずのはし】、芦辺【あしべ】、新玉松【にいたままつ】、藤白峠【ふじしろとうげ】など、紀伊国(和歌山県)の景勝地が多いようです。

若の浦に 潮満ちくれば 潟【かた】をなみ 葦辺をさして 鶴【たづ】鳴き渡る

 

高校時代、古文の授業で習いましたが、『万葉集』にある山部赤人【やまべのあかひと】の有名な歌にそのいくつかが出ています。たしか、古典の文法の要素がぎっしり詰まった素材として覚えさせられたように記憶していますが、そんなことより、三十一文字の中にいくつも名所が散りばめられていることを知り驚きました。

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 帰路、「六義園」といい「東洋文庫」といい、この一帯はすべて三菱の所有だったことを思い起こしました。そういえば、上野の近くにも「旧岩崎邸庭園」というのがあります。三菱は丸の内だけではないのですね。家に帰り、「東洋文庫」のウェブサイトを見てみると、スポンサーには三菱系の大企業がびっしりと名前を連ねていました。拙宅の大家さんもその末裔といわれる岩崎さん。不思議な縁を感じます。

函館で出会った素晴らしいスペイン料理

2017年3月22日
今日は充実した食生活を経験できました。今回2泊したホテルの朝食バイキングもよかったのですが、今日は古川市場の名物「のっけ丼」を食べようと決めていました。7時半過ぎにホテルを出て5、6分歩くと市場が。

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入口を入ってすぐのところにある小さな店先にすわっているおばちゃんから食券を買います。10枚つづりで1080円也。市場の中に魚屋、八百屋、乾物屋があるのですが、どの魚屋でもいいので、好きな食材を選び、ご飯の上にのっけてもらいます。それぞれ必要な食券の枚数が決まっていて、それを渡します。そうやってマイ丼を作り、最後に味噌汁とおしんこを受け取って(食券1枚)朝食が完成。市場のところどころにテーブルとイスが並べられていて、そこで食べるのです。

女子旅とおぼしきグループや老夫婦、単身赴任風の男性、外国人のバックパッカーなど、平日なのでお客の数はそれほど多くはないのですが、バラエティーたっぷり。私ののっけ丼=中トロとハマチ、甘エビ、シラス、しめ鯖、タラの白子をのっけた丼は、写真を撮るのを忘れてしまうほどおいしそう(言い訳にしか思えないでしょうが)。もちろん、最高においしかったですよ。

夜は新青森から新函館北斗まで新幹線で移動し、そこから乗り継ぎの電車で函館駅まで。東埠頭近くのホテルには7時半にチェックインしました。フロントで名前を告げると、「前とご住所はお変わりありませんか?」と尋ねられました。なんと、10年前にこのホテルに泊まっていたのです。そこまでリサーチしているこのホテル、たしかに部屋は快適、眺めも最高です。

!cid_7d6d5887-e028-46a3-9ba5-add30c484ee1@apcprd04_prod_outlook夕食を取ろうと、部屋でさっとググってあたりをつけた店に直行。「ラ・コンチャ」というスペイン料理のレストランでしたが、ピンチョスのおいしかったこと。ひとりで6、7種類食べられれば、いうことなしです。ワインも進み、グラスで3杯空けてしまいました。ここ1週間、横メシとおさらばしていたせいもあるのでしょうが、素晴らしい夕食でした。

青森で経験した哀しい時間

2017年3月21日
昨日は3連休の最後の日。夜8時半ごろ。食事にしようとホテルを出ました。県庁所在地の駅前を走るメイン通りに出たのですが、でも、夕食を食べる店がないのです! おいおい、ここは魚の名産地じゃないのかと、街を歩く人──といっても、ごく少ないのですが──にききたくなってしまいます。

「食べる」というのは不正確で「食べたい」が正確な表現でしょうか。あるのは、日本海庄や、笑笑、魚民、山内農場、弁慶といった全国チェーンの居酒屋ばかり。匠庵、月あかり、北のまつり、三代目網元、井戸端は地元の居酒屋チェーン店。さらに吉野家、ガストときてはもうお手上げです。70歳近くなって吉野家でもありますまい。

30分ほどあちこち探し歩いたあげく、結局コンビニで出来合いの串焼きとチーズを買って、チューハイで流し込みました。いかにも体に悪そうですが、致し方ありません。

IMG_0504しかし、平日の今日のほうがはもっと悲惨でした。早く店も閉まるのだろうと、6時半にホテルを出たのですが、食べたい店がないのです。最後はあきらめて、そば屋で済ませました。通りには信号がありますが、どの交差点も、信号無視で悠々渡ることができるのも驚きました。クルマの往来が少ないというか、信号などあってもなくても同じ。さびしいのを通り越し、もう哀しくなってしまいます。ALASKAと書かれた看板を目にしましたが、アラスカの雪原の中にいるような気持ちにさせられました。

でも、地方の都市の現実というのはこんなものなのでしょう。鳥取や佐賀でも同じようなことを経験しましたが、青森ほどではありませんでした。そういえば、昨日の夜、降りた新青森の駅も、まわりには何もなかったなぁ。東海道新幹線が開業したときの新大阪駅のまわりもさびしいものでした。でも、50年以上が経ったいまでは、そこそこにぎわいを見せています。新青森駅にそういう日が来そうかと聞かれると、黙るしかありません。