キャンプは野球のほうがおもしろい

2018年1月28日
今日で沖縄も最後。こちらでJリーグのチームがキャンプをしていることを知り、のぞきに行ってみました。金武町という本島中部、東側の海に面した“基地(キャンプ・ハンセン)の町です。ここでトレーニングしているのは浦和レッズ。掲示を見ると「午後3時50分~」とあるのですが、実際に始まったのは4時半近くでした。東京あたりと比べると日の入りも1時間ほど遅いですし、やはりウチナー(沖縄)時間でしょうか。

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始まる前に記念撮影などもあり、選手たちがボールを蹴り始めたときは5時近くになっていました。槙野智章もいます。阿部勇樹も森脇良太も興梠慎三もマウリシオもいます。これまでテレビでしか見たことのない顔が目の前にいるというのは、やはり興奮するものです。

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ただ、野球と比べるとサッカーの練習というのはバリエーションが少ないといいますか、見ていても退屈してしまうのです。もちろん、私自身がサッカーファンでないということもあるでしょうが。それに加え、サッカーはファンの絶対数がまだ少ないので、来ている人もほんの数えるほど。でも、かりにファンの数が大幅に増えたとしても、野球のキャンプほどにぎわうことはなさそうな気がします。

 

初めて行った金武町ですが、経済的にはかなり恵まれている印象を受けました。そこに一昨年2月、スポーツコンプレックス、野球場とサッカーグラウンドが2面、クラブハウスなどを広い敷地にまとめた施設が作られました。まだすべて完成はしていないようですが、サッカーグラウンドに張られている天然芝の素晴らしさには驚きました。こんな恵まれた環境でシーズン前のトレーニングに打ち込めるレッズ。強くなって当然かもという気もします。同じ敷地内には野球場もあり、そこでは2月1日からプロ野球の楽天がキャンプを張るようです。

でも、ふと空を見上げると、サッカーグラウンドのすぐ近くの上空をアメリカ軍のヘリコプター(ここひと月、不時着やら部品の落下やらが頻発しているにもかかわらず)が飛んでいるではないですか! 沖縄県民の願いはなかなか通じないのが、残念でなりません。カメジローの生きざまを映像で観ただけに、いつも以上に強く、そんな思いを抱きました。

映画『カメジロー』と野中広務の死

2018年1月27日
自民党の元幹事長で、小渕恵三内閣の内閣官房長官を務めた野中広務が92歳で亡くなったそうです。自民党にいながら常に“野党的”なスタンスを崩すことなく、是は是・非は非、また戦争は絶対悪という立場を守り抜きながら生涯をまっとうした政治家というのが、大方の評価のようです。死去を報じる記事の中に、「ポツダム宣言すら読んだことのない首相が、この国をどういう国にするのだろうか。死んでも死にきれない」(2015年5月、同宣言を「つまびらかに読んでいない」と国会で答弁した安倍晋三首相について)と語ったという一文が私の頭を射抜きました。

はからずもそれと関わることになるのですが、一昨日、沖縄でしかチャンスがないだろうと思い、映画『カメジロー』を観に行ってきました(正しくは『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー』)。日本復帰の前、アメリカ占領下にあった30数年間、沖縄でアメリカ軍政府に不屈の抵抗を貫いた瀬長亀次郎という政治家の生涯を描いたドキュメンタリーです。

IMG_3137名前だけは私も知っていました。1970年11月におこなわれた国政参加選挙で衆議院議員に当選した5人のうちの1人だからです。残りの4人は西銘【にしめ】順治(自民党)、上原康助(社会党)、国場【こくば】幸昌(自民党)、安里積千代【あさとつみちよ】(沖縄社会大衆党)、参議院のほうは喜屋武【きゃん】真栄(革新統一候補・任期は74年まで)と稲嶺一郎(自民党・71年まで)で、いずれも沖縄の政治、というより戦後の沖縄史を語るのに欠かせない錚々たる面々ばかり。

瀬長は沖縄人民党の代表でしたが、復帰後は日本共産党に合流、衆議院議員を通算7期務めました(もっとも、自身が共産党員であるとは生涯認めなかったそうですが)。ただ、瀬長はやはり「県民」党というのが似合っているように思えます。

その瀬長が自身の政治信条の土台としたのは「ポツダム宣言」だったという話が作品に描かれていました。瀬長が人民党を作るときに掲げた綱領は、日本が無条件降伏の際に受け入れた、「ポツダム宣言」の趣旨にのっとったものだったというのです。

同宣言は全部で13項目から成っていますが、その10番目に「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ(中略)日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙【しょうがい】ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由竝【ならび】ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ」とあります。野中の頭の中にあったのも、おそらくこの一文でしょう。

瀬長の立脚点はまさにこの一点にあったというわけです。たしかに、人民党の綱領には、「わが党は労働者、農民、漁民、俸給生活者及び中小商工業者等全勤労大衆の利害を代表しポツダム宣言の趣旨に則りあらゆる封建的保守反動と斗い政治、経済、社会並に文化の各分野に於て民主主義を確立し、自主沖縄の再建を期す」という一文があります。

その小さな体から発する声・叫びは沖縄県民の心を捕らえました。それは職業や社会的立場、思想信条、信仰のいかんを問わなかったように思えます。政治家としてでなく、沖縄人として、また人間として吐く瀬長の言葉は、人々の脳裏に深く突き刺さったようです。集会の警備にあたっていた元警察官が、そんなふうに話すシーンがありました。だからこそ、沖縄(琉球)を占領していたアメリカ軍は瀬長を強く恐れ、人々からとことん遠ざけようとしたのでしょう。

もう一つ印象的だったのが、映像の中に登場した元総理・佐藤栄作です。佐藤に関しては、私自身とても偏った見方しかしていませんでした。高校・大学時代、リアルタイムで佐藤の発言や行動を見聞きしていただけなので仕方ない部分もありますが、もっと保守反動で、国民を抑圧するタイプの政治家ではないかと思っていたのです。しかし、日本の国会に初めて登場し予算委員会で質問に立った瀬長を相手に答弁する様子を見ると、そんなうわべだけの見方をしていた自分が恥ずかしくなってしまいました。総理になった政治家は数多くいますが、そうしたなかでも図抜けた存在だったように思えました。

ここ4、5年同じ立場にある安倍晋三が、「総理」という立場にはまったく似つかわしくないことを改めて痛感しました。安倍個人というより、日本の政治自体が大きくレベルダウンしているのがひしひしと伝わってくる作品でした。たまには、こんな硬派の映画を観るのもいいものです。

那覇の牧志市場で不思議な人たちに出会う

2018年1月25日
正午から映画を観る予定をしていたので、その前に軽く食事することにしました。映画館の近くにある牧志公設市場の一角に、いかにもローカルっぽい総菜屋さんを見つけ、そこでクーブイリチーと魚の天ぷら、ブロッコリーとベーコンの炒めもの、ジューシーおにぎりをほんの少しずつ買い、しめて500円!

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IMG_3114映画館近くにある公園のベンチにでもすわってつまんでいけばいいやと思っていたのですが、その総菜屋さんのすぐ隣がイートインになっているではないですか。中に入ると、テーブルとイスが雑然と置かれており、そこに陣取りました。先客が一人、朝から泡盛を飲んでいます。私たちが入ったすぐあとからも次々と、総菜を手にしたお客が入ってきました。年恰好はオジーですが、沖縄の人っぽい感じはしません。

 

お互い初対面どうしにちがいないのですが、なんとはなしに話が始まります。聞くともなしに聞いていると、「埼玉から来た」「埼玉? どこだ、川口か草加か?」「草加だよ」「そうか、そうか」といった具合で、一人が身の上話を。テキトーに相槌を打ったり茶々を入れたりしながら、それなりに盛り上がっています。途中、総菜屋のお姉さんが品物を持ってくると、「おー、ちょっとお酌してよ」「ここはそういうお店じゃないさー」「固いこと言わないで。50円余分に払うからよ」。お姉さんもあきらめ顔で、1杯だけお酌をして早々に退散……。それをしおに、私たちも席を立ち映画館に急ぎました。

近ごろ「ディープ」という言葉が流行っていますが、牧志市場にもこんなディープな空間があったとは。沖縄に拠点を設けて10年。まだまだ奥が深いようで、これから先の楽しみがまた増えました。

沖縄の1月下旬から2月上旬は、いちばん寒い時期

2018年1月24日
1月下旬から2月上旬は、沖縄でも1年でいちばん寒い時期。琉球語では、この時期のことを「ムーチービーサー(鬼餅寒)」と呼ぶそうです。そして、今日1月24日は旧暦の12月8日にあたり、「ム―チー(鬼餅)の日」。この日は、どこの家庭でも、無病息災、健康長寿の祈願、また厄払いの意味を込めて「ムーチー」を食べるならわしがあるといいます。

ムーチー

なぜ「鬼餅」なのかというと、鬼退治にムーチーが使われたことに由来しているのだとか。人を喰う鬼になってしまった兄を退治するために、妹がクギ(石)を入れた餅を作り、兄を訪ねます。妹はそれを兄に渡し、自分は何も入ってないものをおいしそうに食べました。それを見た兄も餅を口にしましたが、中にクギ(石)が入っているので苦しんで七転八倒、最後は崖から落ちて死んでしまったという民話があるそうです。それが旧暦の12月8日だったことから、この日に「ムーチー」を食べるようになったのだとか。

「ムーチー」は、餅粉をこねて白糖や黒糖で味付けし、月桃の葉で巻き、蒸して作ります。デパートやスーパー、コンビニの店先(目立つ場所)に「ムーチー」と書かれたPOP広告とともに、山積みされていたのはそのためだったのですね。

沖縄の名護で“日本一早いお花見”を楽しむ

2018年1月23日
日曜日の夜から沖縄です。そして今日は本島北部、名護の西にある本部【もとぶ】町・八重岳で、“日本一早いお花見”を体験しました。着いた日の夜遅く、テレビで「本部町八重岳桜まつり」のニュースを見たからです。「桜」といっても緋寒桜(寒緋桜とも)なのでソメイヨシノとは逆、北のほうから咲き始めます。

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IMG_3010八重岳は標高450メートルほど。そのぶん多少は気温が低いのでしょう、上に行くほど開いている花びらが増えます。なかには満開の木もありました。でも、おもしろいのは、ススキと一緒にサクラが花を咲かせていることです。秋と春が同時なんて、不思議に思いませんか。平日なので、ガラガラかと思っていたら、駐車場も、山頂に上っていく道もけっこう混み合っていました。それも外国人の多いこと。近ごろの外国人訪日客は、日本の隅々まで、ホントよく知っています。

IMG_3018ソメイヨシノと違い緋寒桜は地面に向かって花が開きます。色も濃いピンクで、なかには文字どおり緋色の花びらも。しかも、頂上までだらだら昇っていく道からは東シナ海や瀬底島・伊江島が見えるので、同じお花見でもユニークな印象を受けます。何より不思議な感じがしたのは、ススキと桜が一緒に観られること。こんな面白さを体験できるのは、たぶん沖縄だけでしょう。

 

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これだけで那覇に戻ってもよかったのですが、家人のすすめで、そこから10キロ足らず、「ちゅら海水族館」の近くにある「備瀬【びせ】集落 フクギ並木通り」を見に行きました。八重岳から降りていく途中に桜の森公園というところがあり、「桜まつり」のときはここがにぎわいの中心になるのでしょう。そこを過ぎ海の方向に向かって走っているとき目にしたのが不思議なオブジェ風の地形です。名前がついている風もなく、県道84号線(通称「本部そば街道」)の脇になんとなくある感じでしたが、あまりに存在感があるので車を止め、写真を撮ってしまいました。

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さて、いい加減なナビのおかげで苦心惨憺しながらようやく「並木通り」に到着。「並木通り」というので、一本道を思い描いていたのですが、これは大間違い。一つの集落がフクギという木にそっくり囲まれており、その中を走る道の両サイドにもびっしり植わっているのです。

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海の際にあるこの集落では、防風・防砂林として、また防火林としてフクギがびっしり植えられ、その中に古い家々が立ち並んでいます。ごく普通の住宅地の中に遊歩道(住民にとっては生活道路です)があり、端から端までゆっくり歩けばたっぷり1時間はかかるでしょう。集落の入口近くに「レンタサイクル」の店があった理由がよくわかりました。沖縄は自転車にどうにもなじまないところだから、変だなぁと思っていたのです。

 

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フクギ自体は沖縄のあちこちで見られるそうですが、その多さ、密度はここ備瀬が一番だといいます。フクギは「福木」とも書くことから霊験あらたかなイメージがあるのか、最近はパワースッポトとしても人気を集めているようです。

 

 

IMG_3107でも、実際に並木道(遊歩道)を歩いてみて、心が洗われるのは間違いありません。肉厚で大きな葉の存在感は圧倒的。南国に自生する植物の力強さが伝わってきます。歩き終え駐車場まで戻る途中、海岸を歩いてみましたが、砂浜のはるか先に浮かぶ瀬底島と伊江島の間の空がほんのり赤く染まっています。日没前だけの美しい光景に、思わず見とれてしまいました。

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1日に3連チャンのイベント

2018年1月19日
スケジュールの都合で、今日はえらく忙しい日になりました。午後イチで「写真展 オードリー・ヘプバーン」@三越本店、3時から大相撲初場所@国技館、そしてそのあと6時半過ぎから「ふるさと祭り」@東京ドーム。当初は2イベントだったのですが、大相撲が飛び込みで加わったため、息つくひまもないことになってしまいました。

写真展は、最終日=22日が迫っているとあって、大変なにぎわい。

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膨大な数の写真が展示され、その多くにキャプションが付されているのですが、私は写真もさることながらこちらに心を惹かれました。その中に、
“幸福のこんな定義を聞いたことがあります。
「幸福とは、健康と物忘れの早さである」ですって!
わたしが思いつきたかったくらいだわ。
だって、それは真実だもの。“

うーん、名言ですねぇ。ほかにも、「名言」と思しき言葉があちこち掲げられており、ヘプバーンが一介の名女優ではないことに、改めて気づかされました。

それにしても、客の多さには驚くばかりです。1950年代から60年代にかけて活躍したわけですから、ファンの中心は60代以上のはず。実際、70代、80代の人も目につきました。しかも、写真集やクリアファイル、カレンダーなどのキャラクター商品を買うために、彼(彼女)たちがとんでもなく長い行列を作っているのです。まあ、我慢強さにかけては、だれもこの世代の人たちにはかなわないでしょうから、不思議ではありません。

日本橋からタクシーを飛ばして国技館に行くと、こちらもまた人、人、人。今日から横綱・稀勢の里も休場ということでコストパフォーマンスは大きく低下しているのですが……。このところの相撲人気はたいしたものです。

037私が応援している尾車部屋の豪風は負けてしまいましたが、今日の土俵はとても充実していました。朝乃山(今場所絶好調)vs石浦、大翔丸vs阿炎(長身でイケメンが人気のよう)、栃ノ心(体の大きさにはたまげます)vs貴景勝、御嶽海(観客の声援がすごい!)vs北藤富士、嘉風(尾車部屋)vs豪栄道、阿武咲(鮮やかな赤の締め込みが印象的)vs高安と、どの一番も見ごたえがありましたし、結びの鶴竜vs琴奨菊も大熱戦。序盤、琴奨菊の攻めをしのいだ鶴竜が最後寄り切りで勝ったのも、横綱の力を見せつけた感じで大満足。今場所はひとり横綱なので、鶴竜もかなり気合が入っています。

今日の席は西の花道のすぐ脇、目の前には場内アナウンスを流す役員がすわっております。花道の脇には呼び出し衆がひんぱんに出入りし、塩の交換や土俵のお清めに備えていたり、懸賞金を入れた袋を用意したり、結びの一番の前に打つ拍子木や弓取り式用の弓を持ってきたり、懸賞旗を準備したり……。さまざまなことをテキパキと、段取りよくこなしていく場面を間近で目にしました。それ以上に驚いたのは力士の体の大きさ。テレビの画面を通じて見てもそれは感じられますが、目の前で見ると、その迫力がまったく違います。長年大相撲を見ていますが、こんな席は初めてで、貴重な経験をさせてもらいました。

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打ち出しの櫓太鼓を聞きながら総武線に乗って水道橋まで。最後は「ふるさと祭り」です。10年前から始まったイベントですが、一度は行ってみたいと思っていました。ドームに足を運んだのは20年以上前でしょうか。前回はローリング・ストーンズのコンサートでした(2006年)。

中に入ると、予想以上の人が詰めかけています。バックネット前からピッチャーズマウンドのあたりに大きな舞台が設けられ、そこでは各地のお祭りの実演が。これが目玉のプログラムなのでしょう。その裏側から外野エリアのほとんどを占めるのが食べ物と物産品のブースです。北海道から沖縄まで全国から出展していて、どこも皆大変な人気。なかには数十人もの行列ができているところもありました。ここで飲み物・食べ物をそろえ、スタンドに座って祭りを楽しむという流れになっているのでしょうね。

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あまりの混雑ぶりにびびってしまい、早めに引き上げようと出口に向かって歩き始めたとき、舞台のほうから聞こえてくる熱いかけ声に足が止まりました。毎年秋におこなわれるという四国は愛媛県新居浜市の「太鼓祭り」がすさまじい迫力だったのです。山車も絢爛豪華で引き手の男たちも真剣そのもの。急遽方針を変更、スタンドを昇り、イスに腰かけて見惚れてしまいました。その次は「秋田竿燈まつり」で、これもまた実物を見たことがないので、この際と思い、結局7時半過ぎまでいたでしょうか。「竿燈」はさすがたいそうな迫力で、その技には脱帽・感動・拍手。

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ただ、さすがに1日3イベントは、観るだけにもかかかわらず、くたびれました。

「大北海道展」もいいけれど、豚丼はやはり……

2018年1月18日
毎年新春恒例の「大北海道展」(東京・池袋の東武デパート)が後半戦に入りました。デパートのこの種の催しといえば1週間が相場。ところが「大北海道展」は1月10日から23日までの2週間ぶっ通しですから、ハンパじゃありません。

今回は初日、それも朝イチで行ってみましたが、早くも30人以上の行列ができているブースが。昼食にと、帯広名物「豚丼」を買って帰り、自宅で食べました。もちろん、それなりのレベルではありましたが、いまひとつ物足りません。

!cid_722ab9eb-e669-4ade-9c0e-22fc5731693d@apcprd04_prod_outlookそれを今日改めて痛感しました。年に5、6回は足を運んでいる「豚っく」という、ユニークな名前の店が御徒町にあります。銀座から浅草に地下鉄で移動する間がちょうど昼飯どきだったので途中下車して立ち寄ったのですが、東武デパートに出ていた店より断然おいしいのです。値段もさほど変わりません。数年前、道東を旅したとき帯広に泊まり、やはり豚丼を食したことがあります。店の数は10を軽く超えるのですが、帯広出身の友人からあらかじめ情報を仕込んでおいたので、迷わずその店に行きました。ここもやはりおいしかったのですが、御徒町の「豚っく」はその上を行っています。

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客も最近は国際的になっており、これまで中国人、韓国人、タイ人、インド人のそれぞれ数人連れグループと出会ったことがあります。SNSとかでどんどん広がっているのでしょう。

明日の夜は東京ドームでいまおこなわれている「日本ふるさと祭り」に行ってみるつもりですが、ひょっとしてそこでも豚丼に出会うかもしれません。でも、2日続けてとなると、ちょっと気が引けますね。北海道にはまだまだほかにもおいしいものがいっぱいあるのですから。

富士山、スーパームーン、雪、そして孫のインフルエンザ

2018年1月4日
本当は今日から3泊4日で台北に行く予定でした。ところが、一緒に行くはずだった孫の一人がインフルエンザとわかり、急遽中止に。飛行機やホテル、旅行保険のキャンセル手続きに、昨日の夕方から今日の午前中いっぱい忙殺されました。

まあ、それはそれとして、1月2・3日の京都出張も無事終了。なかでも、2日の夜にスーパームーンを見られたのは幸いでした。東京を出たときは大変な好天で、新幹線から見えた富士山もいつになくくっきり。やはり、冬の空、それもお正月の時期は抜けが違います。

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しかし、西のほうから天気が崩れ始めていたようで、京都に着いたころは空もどんより。それでも、ダメ元でスーパームーンを見に、夕食のあと外に出てみました。ホテルの玄関には「根引きの松(京都独特のお正月の松飾り)」といって、根がついたままの松が飾られていますし、下に降りた駅前のロータリーには毎年恒例の華道各流派による大きな生け花が展示され、新春の情緒たっぷり。

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さて、お目当てのスーパームーンは──。少し北に渡ったところで夜空を見上げると、ほんの5分ほどの間でしょうか、雲間からすっと姿をあらわしたのです。思わず、スマホで撮ってしまいましたが、一眼レフや望遠を使って撮るような写真にはなりません。でも、それもまたよしではないかと思います。夜空に浮かぶ月だけを被写体として捉えるのは、好事家やプロに任せればよいわけですから。ただ、さすがスーパームーン。いつもの満月より大きく、明るさも強いのがよくわかります。

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3日の昼は、京都市内でも最北部にある高雄周辺での仕事でしたが、お昼近くから気温がどんどん下がり、雪が降り始めます。帰りがけに写真を撮ってみたのですが、スマホのレンズでも、それをしっかりとらえていました。ところが、バスで駅のほうまで下りていくと、雨の降った形跡はあっても、空はウソのように晴れ、気温もけっして低くはありません。同じ京都市内で、駅から15キロも離れていないのに、400近くメートル上っただけで、こうまで天気・気温が変わってしまうのですね。

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というわけで、株式投資の世界では“戌笑う”とも言われる2018年は悲喜こもごものスタート。この先「笑える」ようなことが続けばいいのですが。さて、どんな年になるでしょうか……。

ラスベガスに誕生したNHL新チームの試合を観戦

2017年12月23日
クリスマス休暇前のラスベガスはホント、空いています。宿泊料金も1年中でいちばん安いのではないでしょうか。ホテルの中も、また外に出てもそれほど混んでいません。昨年来たのは、クリスマスから大みそかにかけての時期だったため、どこもかしこも人、人、人。今回はそれがなかっただけでも、まったく疲れずに済みました。

今回のラスベガス訪問のメインはNHL(アイスホッケー)の観戦です。ラスベガスはこれまで長い間、プロスポーツのチームがない都市でした。人口が100万をはるかに超えているのにプロスポーツのチームがないのはラスベガスだけ。それが今年からNHLの新チーム「ベガス・ゴールデン・ナイツ(VGK)」がフランチャイズを置きました。今年4月に完成した「T-mobile arena」が本拠地で、これがまたたいそう立派な施設。外側はさほどでもありませんが、内装がなんとも格好いいのです。

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広島カープの本拠地であるマツダスタジアムの最大の特徴は、球場の周囲をひと回りできるコンコースですが、それとまったく同様、ここにもアリーナ全体をぐる~っと一周するコンコースがあります。もちろん建物の内側なのですが、その開放感といったら! 座席のスペースはそれほど余裕があるわけではありませんが、空間全体から感じられる居心地のよさは指折りではないでしょうか。

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このアリーナではボクシングやプロレスなどの格闘技、バスケットボールなど、ほとんどの室内スポーツが楽しめるそうです。場所も空港からさほど遠くない「New York New York」というホテルのすぐ北側で、ラスベガスのどこからも便利に行き来することが可能。これから先、さまざまなビッグイベントがおこなわれるのでしょう。

試合はVGKのほぼワンサイドでしたが、観客のすさまじい応援ぶりが印象的。唯一のプロスポーツチームだけに、熱の入り方が違います。フランチャイズというのは本来、こういうものを言うのだろうなと、改めて感じた次第です。

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今回のラスベガス旅行には、大きな反省点があります。カナダのeTA取得忘れもそうですが、個人旅行慣れによる落とし穴にはまってしまったことです。ツアーやパッケージであれば、チケットを購入する時点で旅行代理店や航空会社からそうした注意がなされます。ところが、いつものクセで、すべて自力で組み立てようとしたのが失敗でした。よくよく考えてみれば、東京とラスベガスの往復とホテルの予約だけですから、自分であれこれする必要などまったくなかったのです。

私が組み立てたフライト+ホテルとそっくり同じパッケージが売り出されていたことに気づいたのは、自力ですべて手配を終えてから。しかも、空港とホテルの送迎付きで価格も10万円以上安いのです。たしかに、1カ所に行って戻ってくるだけなら、ツアー以前というか、あつらえのパッケージを見つければそれで充分だったというわけです。

バンクーバーでのカナダ入出国→アメリカ入国は一瞬

2017年12月20日
12月20日、予定よりまる1日遅れでバンクーバーに到着すると、アメリカ行きの便に乗り換えます。しかし、これがまた予想をはるかに上回るスムーズさ。たしかに、形式的はカナダにいったん入国するのですが、出国もそれと同時。そして、すぐそのままアメリカへの入国手続きになるのです。

アメリカ入国も、人がほとんどいなかったため、ものの10分足らずで終了し、そのまま搭乗ゲートに急ぎます。そして、予定していた13時30分発の便でラスベガスへ。夕刻ラスベガスに到着し、ターミナルから出ると、外は猛烈な風が吹き荒れていました。ラスベガスはもともと砂漠ですから、目の前が一瞬見えなくなるくらいの砂が舞っていましたが、無事ホテルに到着。今回泊まる「Wynn」というホテルの特徴と言ってもよいゆったりした空気が改めてありがたく感じられました。

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このホテルはかつて「Mirage」を作って人々をあっと言わせた伝説の人スティーブ・ウィンが、「自分の理想はこんなものじゃない」と言って建てたもの。それだけに、ロビーまわりも部屋もレストランも、カジノもすべてに彼の思想が行き渡っています。もう10年以上前の話ですが、ウィンはそれでも満足しなかったようで、その4年後、「Wynn」に隣接した敷地に「Encore(アンコール)」という名のホテルを作りました。「Encore(=「もう一丁!」」です。

!cid_4857d242-4b4c-4a6e-8d14-6797fc3bc419@apcprd04_prod_outlook今回初めて、「Wynn」から「Encore」のほうに足を延ばしてみたのですが、たしかにかなり趣が違います。「Wynn」ももともと、カジノ特有の鉄火場的な匂いが希薄ですが、「Encore」はガツガツした雰囲気がまったく感じられず、ゆったり、落ち着いた時間が流れているように思えました。といって気取った風はありません。成熟したおとなの遊び場とでも言うのでしょうか。ある程度年齢を経た人には、こちらの雰囲気のほうが心地よいだろうなという気がします。ランチ(遅い朝食)を摂ったカフェの食器にも、そんな風情がよくあらわれていました。

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「Wynn」の真ん前に「ファッションショー・モール」というラスベガス最大のショッピングモール(デパートが6つも入っている!)があるのですが、そこではクリスマス前のバーゲン一色。どのデパートも、どの店も4~6割引きです。一年でもっとも安く買える時期なのですね。私たちも孫の洋服とか、大量に買ってしまいました。

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