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「リゾート」の意味するもの

 福岡から東京に戻った翌7日、今度は札幌に飛びました。来年のいまごろ刊行予定の単行本の取材です。明日はまた沖縄に移動します。

 沖縄・那覇に会社の分室を設けて9カ月。この間、何度も足を運びましたが、来るたびにさまざまな新しい発見があります。「時間がスローに流れる」という言葉を最近よく見聞きしますが、それを実感するのもその一つです。

 クルマで走っていても、首都圏のように「急(せ)く」ドライバーのなんと少ないことか。信号が黄色だと、たいていのクルマが停車します。赤に変わっても強引に進むクルマが多い首都圏などとはまったく違います。優先権のない通りからメインの通りに出ようとするときなど、驚くほどの寛容さで道を譲ってくれます。クラクションの音もめったに耳にしません。

 東京に長く暮らしていると、あわてない、急がないという暮らし方を、すっかり忘れ去ってしまっているのですが、そのことの不健全さを改めて実感するのが沖縄といっていいでしょう。

 東京から来るときは、ふだんのクセというか習慣で、つい多くの仕事を持ってきます。高い送料を払って、段ボール箱にぎっしり資料を事前に送ったりもしました。ところが、那覇の空港に降り立ち、その空気に触れたとたん、仕事モードは消えてしまいリラックスモードに支配されます。そこがまた、リゾート地・沖縄の魅力なのかもしれません。
「リゾート」という言葉の語源はフランス語の“resortir”で、「再び出かける」という意味だそうです。一回こっきりで終わるのでなく、何回でもそこに行きたくなる場所──ということでしょうか。そして、その地でもう一度自分を取り戻す、もう一度自分を見つめ直す。それを実現するための空気というか土台というか、そんなパワーを秘めているのが「リゾート」なのではないかと思います。

 だとすると、そういう場所に「仕事場」を設けること自体、なんだか矛盾しているような気もします。ただ、私個人についていえば、オフィスだろうが取材で出向く出張先だろうがリゾート地だろうが、そこにはいつだって「仕事」があります。どう理屈をつけようが、それから逃げることはできません。逆に言うと、どこでも、いつでもできてしまう仕事なのです。
 ただし、仕事モードの中で仕事をするのと、リラックスモードの中で仕事をするのとでは、おのずと中身が違ってくるかもしれません。来るたびに「自分を取り戻し、自分を見つめ直す」ことができるのですから、心強いことこの上ないとも言えます。その強みをこれから先の仕事に生かしていきたい、そんな殊勝な(笑い)ことを思いました。

これぞ絶品! の「たい焼」を発見

L1020157_2  今日、福岡から東京に戻りました。 福岡は雑誌の取材で行っていたのですが、取材先のひとつで感動した店があります。それは「日本一たい焼」という、その名のとおり「たい焼」屋です。取材でお邪魔したのは太宰府市にある本店で、1年間でなんと四百数十万個も売り上げるというのですから、ハンパではありません。もちろん、ここだけでなく、九州と大阪にある14店舗の合計ですが、それにしても、各店で1日千個以上は売っているわけで、それには確たる理由があるのでしょう。

 どの店も駅の近くではなく、ロードサイドにあります。そのため客は皆、クルマで買いに来るのですが、駐車場が何十台分もあり、土日・祭日ともなると、そこがギッシリ埋まるほどです。それくらい人気があるということでしょう。

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  この店のキャッチフレーズは「たい焼にも天然モノと養殖モノがある」。魚のタイも、天然もののほうが養殖ものよりはるかにおいしいのですが、同じたい焼でも、この店のものは、他の店に比べそれくらい差があるということを主張しているのでしょう。あんこを小麦粉で包んで焼いただけの単純なお菓子ですが、この店のたい焼は、もう頭のてっぺんから尻尾の先まであんこがびっしり。粉の部分はほんのわずかで、その皮がまたカリカリしているのです。身を二つに割るとポワーと湯気がでてきますが、そのにおいを楽しみながら舌をホコホコいわせながらあんこを口にすると、もうたまりません。

私自身、根っからのあんこ系(それも粒あん!)には目がないものですから、たい焼も大好きアイテムのひとつなのです。望むらくは、「日本一たい焼」が、東京近辺に店を出されんことを!

毎日が「ハレ」の日だといいのに……

 名古屋から那覇へ飛び、3月2日から福岡で雑誌の取材に明け暮れています。福岡も、ちょっと来ない間に大きく変わっており、驚きました。もともと舌の肥えた人が多く暮らしているので、飲食店の盛衰はめまぐるしいのですが、それにしても、まあ、よくぞこれほどまでにと思うほど、新しい店が次々とできています。

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 しかし、そうした中で何十年も続いているというのはやはり胸を張っていいでしょう。中洲にあるバー「七島」もそのひとつです。ちょうど、今回滞在していた3月3日に、開店50周年を迎えたというのですから、たいしたものです。その日の西日本新聞(夕刊)にも大きく報じられていましたが、オーナーの七島啓さんはすでに76歳。本当はとっくの昔に引退するつもりだったようですが、いまなお矍鑠(かくしゃく)としており、2人の娘さん(最子さん、理子さん)とともにカウンターの向こう側に立ち、シェーカーを振っています。
この店で以前、バーテンをしていた方が独立し、すぐ近くで、バーを開いている(これがまた出色の店なのです!)のですが、その店では、師匠が50周年を迎えたその日を祝うとともに、敬意を込めて、「七島」のコースターを使っていました。それを見て、なんともほほえましいというか、こういうことがさりげなくできる弟子を持った師匠をうらやましく思いました。

 福岡というところは名古屋などよりはるかにスマートな都会です。名古屋的な田舎の部分もけっこう残っているのですが、その一方で、とにかく「遊び」を大切にするというか、遊びの価値をよくわかっている人が多いので、遊びにいった人も心地よく過ごせるところなのです。「ハレ」と「ケ」という立て分けがありますが、福岡は年がら年中「ハレ」といってもいいようなところがあります。名古屋の場合、そのあたりはきっちり峻別されており、「ケ」のほうに重みが置かれています。そのため、数少ない「ハレ」の場ではドカーンと一発とばかりに大騒ぎする傾向があるのです。
もちろん、どちらがよくてどちらが悪いということではありませんが、人間やはり「ハレ」の時間が多いほうが、何ごとにつけエネルギーも高まると私などは思うですが、いかがでしょうか。

名古屋人の気づいていない名古屋の誇り

一昨日から名古屋に来ています。24日は東海テレビの生番組「ニュース+(プラス)」に出演し、昨日は名古屋JC(青年会議所)の定例会で企画されたパネルディスカッションに出席しました。これまで何度かテレビには出演する機会があったのですが、私としてはやはり生のほうが性に合っている気がしました。というのも、録画だと、打ち合わせやリハーサルが何度もあり、そこで話したことを本番のときに話すと、自分自身の内部ではほとんど新鮮みを感じないため、いまイチ迫力に欠けるのです。

しかし、生放送だとそういう心配はありません。もちろん、事前の打ち合わせになかったテーマがその場で突然出てくることもあるのですが、それはそれで面白さがあります。見ている人も、同じことを感じるのではないでしょうか。局としては、録画のほうが編集も利くので、完成度は高くなるのかもしれませんが、「つくられた」という印象はどうしたってぬぐえない気がします。

一方、パネルディスカッションのほうは、生も生、その場の丁々発止ですから、面白いことこの上ありません。「名古屋人よ、自信を持て」というテーマで、メジャーなようでなかなかメジャーになり切れない「名古屋」、そこに住んで仕事をされている人たちも、そうした呪縛から抜け出せないという現実をなんとかできないかというのが狙いと聞いていました。
司会は地元のフリーアナウンサー渡辺美香さん、パネラーは大垣相互銀行共立総合研究所の主席研究員・江口忍さん、漫画家の江川達也さん(『東大一直線』)、そして私の3人です。江川さんなど、当日、開会前に控室で紹介され懇談しているときにわかったことですが、小学校・中学校が私と同じで、住まいも、私が当時いたところから目と鼻の先、町の名前、丁目まで同じで、番地が3つか4つ違うだけでした。たまたま世代が違うので、通学時期は重なっていないのですが、そこらの原っぱで顔を合わせたことがあったのかもしれません。

江川さんも私も名古屋をとうの昔に離れてしまっており、いうならば例外的存在です。逆に、いまでも同じ名古屋に住み続けている人の場合、こうしたパターンはけっして珍しくありません。そのため、名古屋ではお互いに知り合いどうしということが非常に多いのです。その実態を知ると、名古屋がとてもではありませんが、人口が二百万人を超える大都市だとは思えないでしょう。近ごろ大流行している“隠れ家風レストラン”などというものは名古屋には存在し得ないと私は思っています。

でも、逆に考えると、名古屋のよさも、またそうした部分にあります。田舎と同じような、それこそ「隣の晩ご飯」の中身まで互いに知っているようなベタベタの間柄がいまでも存在している、それも大都市はそうそうあるものではありません。それにより、いまや全国的にも影が薄くなってしまった地域共同体も維持されているわけですから、そのことを誇りに思ってもいいのです。

沖縄と台湾の近さに、リアルな驚き

 2月9日から昨12日まで、台湾に行ってきました。といっても、那覇・台北の往復だったので、飛行時間は片道1時間半です。行きなど、1時間の時差があるので、タイムテーブル上はたった35分しかかからないわけで、沖縄と台湾とがいかに近いかを実感させられます。東京にいるときと同様、寝る前の時間帯、沖縄でNHKの「ラジオ深夜便」を聴いていると、かなりの強さで台湾のラジオ放送がかぶって聞こえてくることからもそれはよくわかります。

 台湾は2年ぶりでしたが、2月に訪れたのは初めてで、沖縄より寒かったのには驚きました。今回の目標は昨年開通して人々の間で大変な人気の新幹線(台湾高速鉄道)に乗ることです。台北と高雄をわずか1時間40分ほどで結ぶ新幹線の完成で、航空会社の国内線はどこも皆乗客が激減し、青息吐息の状況のようですが、実際乗ってみると、その快適さは日本以上といっていいかもしれません。車両は日本のものをそのまま使っていますから、台湾に来ていることを一瞬忘れてしまいそうです。

 高雄は初めて訪れた町ですが、日本の植民地だった時代の名残が台北以上に残っていますし、何より、町の中心部を川が流れているので、情緒を感じさせます。これは私の持論なのですが、川の流れている都市というのはどこか風情があります。夜ともなると、川べりの建物の灯りが水面に写り、よけいです。
 川の名前は愛河。両岸はきれいに整備されていて、夜な夜な若い恋人たちがまさに愛を語らう場としてうってつけのようです。

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 私たちが行った日の2,3日前に市内初の地下鉄が開通したようで、無料で試乗することができました。台北のそれと同じく、地下鉄の駅はどこも外光を取り入れるように設計されているので、とても開放的な雰囲気がします。日本の地下鉄も見習うといいのにと思います。

 台湾ではこれまで台北と台南しか行ったことがありません。しかし、台南よりははるかに人口も多いのに、高雄はとても落ち着いた感じがします。台北のような顕著な騒々しさはありません。サイズが適当というか、あくせくしたところがないのでしょう。港町特有の大人っぽい感じが印象的でした。

生まれて初めての砂糖作り体験

 一昨日から3日間、宮古島を旅しました。「旅」といっても、今回は個人旅行ではなく、私が以前から応援している「劇団ふるさときゃらばん」の追っかけ・応援ツアーです。だいぶ昔の話ですが、岩手県の紫波(しわ)というところまで同じような追っかけツアーに参加したことがあるのですが、今回は久しぶりでした。

 沖縄に拠点を設けたからのことなのですが、宮古島は沖縄本島とはまた異なる文化、風土があるようです。サンゴ礁に囲まれている島ですから、海岸はもうすばらしく美しいですし、何より島そのものがサンゴの化石でできているというのが驚きです。

 農業も、本島とは違い、もっぱらサトウキビ作りによって成り立っています。いまはちょうどその刈り取りの季節で、これがまたとんでもない重労働だと聞きました。畑での刈り取りを手伝うという当初の企画は結局ボツになってしまったのですが、刈り取ったサトウキビを製糖工場(といっても家内制手工業)で機械にかけて樹液を搾り取る作業のお手伝いをさせてもらいました。

L1020069  生まれて初めての経験で、大変さよりも面白さのほうが先に立ってしまったのですが、機械に通すと、茎に含まれている砂糖成分を含んだ液が搾り取られ外側のカスが排出されます。第一段階はその液をためていくのですが、それを工場の人がなめさせてくれました。なんとも甘いというか、ススキの巨大なおばけのようにしか見えないサトウキビのどこに、こんな甘い成分が隠されているのだろうかと、不思議でなりませんでした。

 不純物を取り除きながらそれを熱して、徐々にエキスを抽出していきます。最終段階でドロドロになった絞り汁を攪拌しながら乾燥させると、それが茶色をした砂糖の塊に変わっていくのです。それをひと口いただいたのですが、うまいことうまいこと! 「添加物も何も入っていないから、これはいくら食べても太りませんよ」という工場の方も話していました。ふだんだったら考えられないくらいの量を食べたのですが、胸焼けひとつしません。やはり天然自然のものだからなのでしょう。
 以前もこのブログに書きましたが、タバコや砂糖など、体にはあまりよくないといわれているものでも、天然自然であればまだ救いはあるようです。

相撲協会に疑問符

 一昨日、昨日と2日連続で大相撲を見に行きました。昨日の観戦は昨年、チケットの売り出しと同時に購入していたもの。今場所から横綱朝青龍が復帰するので予想はしていたのですが、それをはるかに上まわる勢いでチケットは売れたようで、この日の分しか取れなかったのです。ところが、ひょんなことから一昨日(20日)も相撲を観ることになり、結局連日の国技館行きとなりました。

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 しかも、一昨日は正面土俵下のたまり席だったので、大変な迫力でした。横綱の土俵入りも、目の前7、8メートルの距離ですから、それこそ汗のひとしずくまで見ることができます。対戦に負けた力士が土俵下にもんどりうって落ちたときの地響きも体感できました。
テレビ中継のアナウンサーがよく口にする「時間いっぱいとなり、最後の仕切り。両者、体が真っ赤に紅潮してきました」というのも、そのとおりだということがよく分かります。そうした意味では、あらゆるスポーツのなかで、もっとも至近距離で一部始終が見られるという点では相撲が最高といっていいでしょう。

それにしても、大相撲は昨年1年、朝青龍の欠場、時津風部屋の不祥事など、ホント悲惨な状況でした。明るい話題といえば、白鵬が横綱に昇進したことくらいで、これでは客足が遠のくのも当然です。それでも、協会関係者は朝青龍個人の問題、時津風親方だけの責任と言うばかりで、自分たちが反省している、対策を講じなければいけないなどといった言葉はただのひとこともありませんでした。

しかも、朝青龍が復帰したとたん、一気に観客が増えるのですから、ますます増長してしまいそうです。私自身、いまの理事長(北の湖)が横綱を張っていたときも、個人的には好みの力士ではありませんでしたが、この1年で、それにますます拍車がかかってしまいました。時津風部屋で、まだ17歳という若手力士が命を落としたにもかかわらず、遺族のもとに理事長が駆けつけなかったときはホント腹が立ちました。正直、「おいおい、そういうもんじゃないだろ」と言いたかったのです。

巨人軍の人気に過剰に負っていたプロ野球もそうですが、偏頗な構造を温存したまでは、大相撲もいずれ廃れてしまうのではないか、そんな危惧すら抱いています。それが杞憂に終わることを祈っていますが、相撲協会はもっともっと考え直す必要があるのではないでしょうか。

沖縄の大動脈・国道58号線

L1010972  高速道路で沖縄本島最大の観光スポットのひとつ「美(ちゅら)ら海水族館」に行ってきました。ギネスブックにも認定された世界一という水槽の迫力はハンパではありません。深さも建物でいえば3フロアー分に匹敵しますから、上から見ても横から見ても下から見ても大きいのなんの。真上から見るコースは予約をしないとかなわないそうで、今回はあきらめましたが、これは次回のお楽しみということで。

 すぐ近くにある今帰仁(なきじん)城跡にも足を伸ばしました。高原(といっても標高は100メートルにも満たないでしょう)の上にえんえん続く城壁を見ると、その当時(13世紀初めごろといわれる)としては大変な事業だったことが想像されます。内地の城とはまったく異なり、天守閣があったわけでもありません。しかし、その城を中心に大きな集落があったわけで、琉球王国の力が並々ならぬものであったことはよくわかります。
 その帰り道に通ったのが沖縄の大動脈・国道58号線。片側2~3車線(ときには4車線)の、それはそれは立派で走りやすい道路で、ほとんどアメリカの感じがします。東シナ海に沿って走る道で、交通量も首都圏のようにベラボウに多いわけではないので、快適そのもの。沖縄の人々の感性が鷹揚なのは、こういうところをいつも走っているからだろうなと、納得させられます。

南に下っていくにつれ、それまで小高い丘が続いていた陸側が突然平地、それもえらく広々としたエリアに変わってきます。ただ、道路との間は厳重なフェンスで隔てられており、そこが米軍基地(嘉手納)であるとわかります。走っても走ってもフェンスは続き、基地の大きさは想像を絶するものがあります。
いったんはそれが途切れるものの、またしばらくすると今度は普天間の基地、さらに南に下ると、海側に牧港(まちなと)の軍港。沖縄の人々は好むと好まざるとにかかわらず、いまなお「戦争」と隣り合わせで生きていることを改めて感じました。

沖縄というところの不思議さ

12月23日から沖縄に来ています。例年よりも暖かいそうですが、それにしても、この季節に半袖(ときには半パンもOK)で過ごせるのはなんともありがたいものです。

さて、これまで何度か来たものの、那覇市内から足を踏み出す機会がなかったのですが、昨日は初めて南部のほうに足を延ばしてみました。クルマに乗って国道331号線を走ったのですが、途中、両サイドにシュロの木が立ち並ぶところもあり、とても日本とは思えません。目的地は世界遺産にもなっている斎場御嶽(セーファウタキ)、平和祈念公園、ひめゆりの塔でしたが、なかでも斎場御嶽はなんとも不思議なところでした。

御嶽(ウタキ)とは琉球古来の聖地、本土でいえば神社のようなところの総称です。それぞれの地域にかならずそうした場所があるようで、昨日行った南城(なんじょう)市にあるのもそのひとつです。なかでも、ここ斎場御嶽は琉球開闢(かいびゃく)の神=アマキヨミが定住したとされており、ほかの斎場より格が高いとされています。

見た目はうっそうとしたただの林なのですが、中が六つのエリアに分かれています。ご神体を祀る神殿や鳥居こそありませんが、岩穴、あるいは鍾乳石など、自然そのままの場所がそれぞれ役割を持っており、そこにいるだけでなんとも不思議な気持ちになるのは、やはり聖地とされるゆえんでしょう。

いちばん奥にある三庫理(サングーイ)は拝所でもあるのですが、そこから東を見るとアマキヨミが降臨したという聖地中の聖地・久高島(くだかじま)を望むことができ、思わず手を合わせたくなります。那覇市内にとどまっているだけではけっして見えてこない沖縄、いな琉球という別世界を肌身に感じることができ、来て本当によかったと思いました。

その後に訪れた平和祈念公園も、修学旅行の生徒がかならず見学に訪れる場所のようですが、戦争の悲惨さをいやというほど感じさせられる意義ある施設といえます。沖縄はご存じのように、太平洋戦争中ただひとつ国内で戦闘がおこなわれたところです。若いうちにこうした場所を訪れることの意味を改めて問う必要があるでしょう。資料館内部の展示は一つひとつがていねいにつくられており、戦争の悲しさ、むごたらしさをいやというほど訴えてきます。これまでもこうした施設、展示を何度となく見ましたが、ここほどそれを深く感じさせられるところはありませんでした。

太平洋に面している施設全体のロケーションもさることながら、資料館の建物や公園の造作もすばらしく、そうしたものを目にすると、平和であることに対する感謝の気持ちが心の底から湧き上がってくるのは、けっして私だけではないでしょう。
沖縄は47都道府県のひとつでしかありませんが、そこはやはり本土とはまったく異質の風土、文化を感じさせる空間です。この地で長い時間を過ごせば過ごすほど、これまでつちかった感性と異なるものを得ることができるのではないかということを実感できた1日となりました。

初めての「着物」体験

L1010795  ホーチミンシティで2日間を過ごし度肝を抜かれた私たち。次の滞在地はマカオです。7月に訪れたばかりのマカオですが、また新しい大型カジノリゾートホテル(ヴェネチアン)が開業しており、一段とにぎわっていました。

 私たちが泊まったのはヴェネチアンと同じくラスベガスにもあるウィンです。事前に予約していたのはスタンダードの下手だったのですが、チェックインを済ませ部屋のドアを開けてみると、どうしたわけか、そこはスイートルームでした(料金は同じ)。145平方メートル(40畳を超える、バーカウンターバーまで付いたリビングに12畳ほどのバスルーム、マッサージ室まであります)というとてつもない広さの部屋にそれまでの疲れも一挙に吹き飛び、興奮のあまり、思わず写真を撮りまくってしまいました。

 マカオに2泊したのち12月6日に香港経由で関西空港に戻り、その日は京都に泊まりました。翌日、南座の「顔見世」を観賞するためです。京都で歌舞伎を観るということで、着物を着ていくといいのではと勝手に盛り上がっていた私。妻とともに以前から親しくさせていただいている着物屋さんにお願いし、2人一緒に着付をしてもらいました。歌舞伎が始まるのは午後4時過ぎですが、午前中には着付が終わり、昼食はそのスタイルで食べることに。

L1010832  最初のうちは慣れないため歩くのもおぼつかない状態でしたが、2時間ほど経つと、歩くくらいはなんとかこなせるようになり、段差のあるところも苦にならなくなりました。しかし、江戸時代までは、男も女もこんな姿をして活動していたわけです。おそらく、時間が過ぎていくスピードも根本的に違ったのではないでしょうか。近頃「スロ-ライフ」という言葉をよく耳にしますが、本来の「スローライフ」などとはほど遠いのではないかという気がします。
 それはともかく、南座は東京の歌舞伎座に比べるといかにも小ぶりでした。でも、サイズとしては適正規模というか、観るにはちょうど手ごろな感じがします。歌舞伎にせよなんにせよ、演劇を楽しむ場合、あまり広すぎる空間は考えものです。舞台上で役者がかもしだす熱気、それを観る側が発する熱気がほどよく混ざり合うことで、シナリオに描かれている以上の盛り上がりが生まれると思うからです。

 ニューヨークの沢竜二もそうでしたし、私が個人的に応援している「ふるさときゃらばん」という劇団の公演なども、とくにそうした感が強く、キャパが大きすぎる会場だと、せっかくの盛り上がりが薄れてしまう感じがします。

 その南座、4時過ぎに始まった夜の部がハネたのはなんと10時をまわっていました。外に出ると大変な数の人が町を歩いています。今年は空前の京都ブームだったようで、1年間に京都を訪れた人の数も5000万人を超えたというから驚きです。一つの都市でこれだけの数の人(それも9割以上は観光客のはずです)を集めるのは、世界でもまれではないでしょうか。

 5月のゴールデンウイークや11月の紅葉シーズンならともかく、12月だというのに、あふれ返るほどの人でにぎわう京都。拙著『都市の通信簿』(草思社刊)の中でも書きましたが、この点では京都にはどこの都市もかないそうもありません。1200年を超える「都」ですから、それも納得というものですが、ほかの都市が見習うべきところはいったい京都の何なのか、それを追求してみるのもおもしろいかもしれません。

バイクの大群が象徴するベトナムの将来性

 ペナンを12月2日に後にし、ベトナムのホーチミンシティ(旧サイゴン)に移動しました。タンソンニャット国際空港は完成して間もないらしくピカピカでしたが、そこから車に乗って市内に入ると、そこは一気に時代を何十年か逆戻りしたような猥雑さに満ちた街並み。道路はそこそこ整備されていて、さほど問題はないのですが、目を丸くするのはそこを縦横無尽に走るバイクの大群です。

 とにかく、その数がハンパじゃありません。車1台に対しバイクの数は目分量で50~60台くらいでしょうか。その昔、といっても5、6年前のこと、台北の街中を走るバイクの多さに驚いたことがありましたが、その比ではありません。もうウンカのごとくといった感じです。

 交差点の赤信号が青に変わったとたん、端から端までズラリ並んだバイクが一斉にうなりを上げながら走り出すのですが、一瞬ドキッとします。というのも、信号が変わっても、交差点内には遅れて走ってくるバイクが何台もいるのです。かと思うと、左折専用車線(日本で言うなら右折専用車線)がないこともあり、いまのいままで道路中央を走っていたのがいきなりいちばん左側に寄ってきたりします。こうした光景を説明したくても、私のつたない文章や写真ではとても追いつきません。動画しかないといった感じです。

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 町を歩いていても、大量の排気ガスで目は痛いわノドはガラガラになるわで、もう大変です。走っているバイクのほとんどが2人乗り。なかには3人乗り、4人乗りもいます(そのうち2人はたいてい子どもですが)。なんと5人乗りまでいました。4人乗りで走っているバイクを見つけたときにびっくりして、写真を撮らせてもらったのですが、さすがに5人乗りは想定外で、目にした瞬間体が固まってしまい、シャッターチャンスを逃したのが残念です。
 道路がさほど広いわけではありませんから、よく事故が起こらないものだと感心させられます。というか、接触したりこすったりなどというのは日常茶飯事のようで、実際、私が乗っていた小型の観光バスも、交差点で止まっている最中に2、3度「キー」とか「ドスッ」という音がしていました。でも、運転手が降りていって何か言ったりするなどということはありません。そんなことをしていたら、時間がいくらっても足らないのでしょう。

 でも、本格的な事故になったら大変ではないかと思います。ほとんどの人がヘルメットをかぶっていないのですから。やっと12月14日からヘルメットの着用が法律で義務づけられるようになると聞きましたが、はたして守られるのかどうか心配されているとのことでした。
 バスなど、公共交通機関もあるにはあるのですが、バイクがあふれていますから、走ること自体がひと苦労です。ちょっとでもスペースがあればバイクがそこを目がけてあちこちから殺到してくるので、停留所に停まることさえままならい様子です。結局バイクがいちばんということで、これから先もますます台数が増えていくにちがいありません。
しかし、ホーチミンシティを走りまわるバイクこそ、この国の勢いをまざまざと感じさせる象徴といえるのはまちがいなさそうです。

滞在型リゾート──何もせずに過ごすことの魅力

 いまマレーシアのペナンというところにいます。ペナンはマレー半島の西側にあるビーチリゾートとして知られ、ここから車で2時間も走ればタイとの国境だとか。最近、日本人旅行客がけっこう目立つランカウイやヨーロッパの人たちに人気のあるプーケットなどに比べるとやや地味ですが、それでも大きなホテルがいくつかあります。

 26日にシンガポール入りし、翌日・翌々日と2日間をクアラルンプールで過ごした私たちがペナンに入ったのは昨29日。明後日まで3泊の予定ですが、日本人がいちばん不得意だといわれる「滞在型リゾート」なるものを体験しようということでやってきました。実際、昨日もホテルに付随するプライベートビーチを歩いてみたのですが、何日間も泊まっているように思える欧米人の姿が目につきました。分厚い本(多くは小説)を貸し出すサービスまであるようです。

L1010717  日がな1日海岸やプールサイドに寝そべりながら過ごしたり、マリンスポーツを楽しんだりし、夜はゆっくり食事やお酒を楽しむ、あるいはホテルの外に出てブラブラする──そんな過ごし方をするのでしょう。実際、海岸べりに立つホテルの近くには夜になると屋台がびっしり並び(その数はハンパではありません)、多くの人でにぎわっていました。

私も生まれて初めてそういう時間の過ごし方をしたのですが、これはこれでけっこう心地よいものです。なんと、エステも体験してしまったのですが、体が“ゆるむ”というのはまさしくこういうことなんだと実感できました。夢心地の3時間半はあっという間に過ぎてしまいましたが、人間、ときにはこういう時間も必要なのかもしれないと痛感したしだい。

 このペナンのリゾートに比べると、首都のクアラルンプールの都心エリアは活気にあふれています。ASEANのなかでもシンガポールと並んで発展いちじるしいマレーシア。それを象徴しているのが、私たちが泊まったホテルのすぐ近くに建つツインタワービルでした。空に向けてそそり立つ2本の高層ビル全体がライトアップされ、まるで大宇宙船といった風にさえ見え、強烈なインパクトがあります。

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NYとパリ、「食」に対する態度の違いは?

 一昨日からニューヨークに来ています。数年ぶりで訪れたのですが、相変わらず活気に満ちた魅力的な都市です。

 今回の目的は「沢竜二のオフブロードウェイ公演」を観ること。沢竜二は以前もこの欄で書きましたが、全国座長公演で初めて出会った役者さん。そのドぎつい、超アナクロといってもよいお芝居は、日本でも根強いファンがいるようです。それを昨年に続いてニューヨークでやろうというパワーに感心させられたからです。

 今年の7月、同じニューヨークで公演した中村勘三郎一座は大好評だったようですが、それとはもちろん比べものになりません。会場も、勘三郎一座のリンカーンセンターとはうって変わって、ふだんはアングラ演劇をやっているんだろうなとしか思えないちっぽけで古びた小屋ですし、装置などにもほとんどお金をかけていません。

 でも、不思議なもので、演者から伝わってくる熱気はたぶん同じレベルではないかという気がします。そして、アメリカ人の観客もそれを感じるのか、セリフも歌も理解できないはずにもかかわらず、ここぞという場面ではやはり拍手と歓声があがります。
終了後、出口で沢竜二はじめ出演した役者たちが観客を見送るのですが、全身汗びっしょりになりながら握手したり写真撮影に応じたりしているのを見ると、ここまで観にきたかいがあったと思いました。

 劇場を後にし、近くの地下鉄の駅まで歩いて行く途中、その界隈に日本料理の店がやたら多いことに気づきました。このエリアに限らず、いまニューヨークはそこここに日本料理の看板が目立ちます。聞けば千軒は軽く超えているとかで、近頃の日本食ブームは本当なんだと感じられました。

 とくに最近は、昔から定番の寿司、すきやき、天ぷらだけでなく、創作日本料理とでもいうのでしょうか、そのテのメニューを出す店が多いようで、とんでもなく値段の高い店も少なくありません。インテリアなどにもたいそうお金をかけているらしく、ホントにそういう店が長続きするのかなと、他人事ながら心配になってしまいます。

 私たちは結局、そういったたぐいのところにはまったく行かず、今年で創業120年というブルックリンのステーキ屋(ピーター・ルーガー)、グランドセントラル駅構内にあるシーフード店(オイスター・バー)など、いかにもアメリカを感じさせるような店ばかり選んで行きました。ニューヨークというところはパリなどと違い、お金を使いたくなければ、いくらでも安い店があります。テイクアウトできる店も多いので、時間がないときなどはとても助かります。

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 もちろん、ニューヨーカーなりに「食」へのこだわりはあるのでしょうが、パリジャンなどのこだわりとは根本的に違うようで、そこにアメリカとフランスのお国柄、それぞれの国民性・気質の違いも出ていそうです。朝でも昼でも、とにかくゆっくり時間をかけて食べようとするフランス人。それに対して、アメリカ人はとりあえず食べられればOKという感じが強いのでしょう。ニューヨークはやはり、忙しく走りまわるビジネスマン、ビジネスウーマン向きの都会なのです。私も食べることは大好きですが、ニューヨーク流のほうが肌に合っているような気がしました。

近頃流行りの「デザイナー」なんとかに疑問

 11月3日から上海に行き、今日帰国しました。今回は成田出発(浦東空港着)ではなく羽田からの出発、しかも上海中心部に近い虹橋空港着だったので時間的にはとても楽でした。

 わずか1年半ぶりなのですが、その間に大きく変わっています。あちこちで工事をしているため、交通渋滞がハンパでなく、以前から上海の特徴であるけたたましさ(車のクラクションをガンガン鳴らす)も手伝って、とにかく以前よりいっそうゴチャゴチャしていた感がしました。聞けば、2010年に開催される万博までの間に地下鉄が一気に延伸あるいは新たに開通するとかで、その準備に躍起ということです。

 ちょうど季節が合っていたので、最初の日の夜は上海蟹を食しましたが、それより印象に残ったのは3日目に食べた四川料理でした。日本のそれと違い、本家本元・四川省の人々の基準に合わせた辛さでしたから、辛いものがめっぽう好きな私にとってはピタリはまりました。
 なかでも、川魚を油で揚げたものの上から赤唐辛子、青唐辛子、さらに山椒を合わせたソースを、魚の姿がほとんど見えなくなるほどかけた料理(名前は不詳)は圧巻。口に入れたとたん、脳天までズシンとくる辛さが襲いかかってくるショックは強烈そのもの。といって、けっして不愉快な辛さではありません。体の内側からホカホカしてくるこの辛さこそが四川料理の真骨頂なのでしょう。

 今回泊まったのは、豫園のすぐ近くにこの夏オープンしたばかりのホテルでした。近ごろ日本でも流行っているデザイナーズホテルとでもいうのでしょうか、インテリアはいちいち凝っているのですが、使い勝手がわかりにくくてたまりません。極端な話、洗面所のコックでさえ、どこをどうすれば水(湯)が出てくるのか首をかしげてしまうのです。デザイン優先の悲喜劇といってしまえばそれまででしょうが、もう少しなんとかしてほしいなと、このテのホテルに泊まるたびに感じます。

 デザイン、とくにインテリア関係、あるいはインダストリアルの分野は、姿かたちも大事でしょうが、まず何より使い勝手がよくなくては失格ではないかと、私個人は思っています。キッコーマンのしょう油さしがいかにしてつくられたかという話を以前テレビで見たことがありますが、人間の手の動きや視線のありようなどを深く、またていねいに探求してデザインされていたのを知って感心しました。それゆえ誕生してから半世紀近く経っているいまでも同じデザインでつくられています。時代や空間を超えた普遍性がそこにはあるわけです。

 最近、「ユニバーサルデザイン」という言葉をよく耳にしますが、本当の意味で「ユニバーサル(=普遍的)」であるのはやはり大変なことなのでしょう。デザイナーはともすると、見た目のカッコよさに酔ってしまうようですが、目先のカッコよさだけでは、そのとき・その場はウケても、けっしてユニバーサルたり得ないということをよくよく知っていただきたいなと思います。

ラグビー人口の減少が心配

 長い今回の旅もそろそろ終わりが近づいてきました。昨日はラグビー・ワールドカップの3位決定戦、そして今日は決勝でした。

 3位決定戦はアルゼンチン対フランス。準々決勝で南アフリカに打ちのめされたアルゼンチンですが、この日はうって変わってのびのびとしたラグビーを見せてくれました。予選プール、それも大会開幕の試合で大方の予想を裏切りフランスを破った自信もあったようです。それと、もう失うものは何もないという開き直りも幸いしたのでしょう。逆に、フランスは地元のプレッシャーがあったのか、かなり固くなっていた様子で、アルゼンチンのフィフティーンに縦横無尽に走りまわられてしまいました。

 それにしても、フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」の勇壮なメロディーの素晴らしいこと。歌っている人もそうですが、聞いているだけでも体中からアドレナリンが湧いてくる感じがします。グラウンド上の選手たちも同じでしょう。四方八方からこの大合唱が流れてくればそれこそ勇気百倍、気合も入ろうというものです。そのフランスを破ったのですから、今大会のアルゼンチンの強さは本物だったにちがいありません。

 そして、今日20日の決勝戦は南アフリカ対イングランド。ただ、内容は大試合にありがちの勝ち負け重視というか、キックによる陣地取りに終始し、残念ながらトライシーンは見られませんでした。惜しかったのは、後半、イングランドが左中間隅に走り込んだとき。トライかと思いましたが、選手がタッチラインをまたぐのが一瞬早かったため「幻」に終わってしまいました。

 結果はご存じのとおり、南アフリカの勝ち。イングランドは2連覇を逃したわけですが、表彰式で、2度目の世界一を決めた南アフリカフィフティーンに惜しみない拍手が送られたときはスタンド全体が感動を共有している感じでした。

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 ラグビーは日本だけでなく、世界的に見てもまだまだマイナーなスポーツです。サッカーから生まれたスポーツではありますが、サッカーに比べルールがかなり複雑ですし、何より肉弾相撃たなくてはならないので、競技する人の数がどうしても少なくなってしまうのでしょう。

 それにしても、いまから思うと、芝生の上でプレーするようにできているラグビーを、私が高校生の時分は土のグラウンドでおこなっていたのですから、それだけでも驚異です。最近は日本でも芝生のグラウンドが増えているようですが、それでもイギリスやオーストラリア、ニュージーランドなどに比べればまだまだでしょう。これから先、子どもの数がますます減っていく中、底辺がいま以上に狭まってしまうのではないかと心配でなりません。

よくもまあ、こんなところに……

 世界遺産としてすっかり有名になったモンサンミシェルに1泊で行ってきました。フランス国内を初めてレンタカーでドライブしたのですが、ドキドキものでした。大手のHERTZレンタカーに予約を入れておいたのですが、どういうわけか予約した日付が1カ月後になっていたため、窓口でごた着きます(幸い、オートマチックでナビ付きの車両があったので事なきを得ましたが)。

 それにしても、ヨーロッパでレンタカーを借りてドライブする場合、ナビはマストアイテムです。これなくしてはほとんどどこにも行けないといっても過言ではありません。ただ、レンタカー会社、あるいは車によって付いているナビのメーカー・種類が異なるようで、自由に使えるようになるまでがひと苦労です。初めてのときは、行きたい場所を入力するだけで30分くらいの時間は見ておいたほうが無難でしょう。

 モンサンミシェルに行くときも、現地のホテルや観光案内所、近くにあるとおぼしき有名店などの住所を入力しようとしたのですが、そのたびに挫折しました。

 ヨーロッパのナビは、まず「国」で絞ります。このあたり、日本やアメリカのナビとはおよそ感覚が違い、「なるほど、もとはといえば30カ国以上の地域だものなぁ」ということを実感させられます。国のあとは都市名とか町の名前でなく、通りの名前(ヨーロッパでは、どんなに狭い通りにも名前がついている)を入れればいいのですが、同じ名前の通りが同じフランス国内でも、パリにもあれば、リヨンにもあり、マルセイユにもある、あるいはもっと小さな無名の村にまであったりします。それを絞り込んでいくわけですが、その際スペリングを間違えるとダメですし、異なる表記で入力すると、その時点で「候補」が消えてしまいます。

 ようやくモンサンミシェルをそのナビに合ったスペリング・表記で入力し終えると、あとは簡単。黙っていても、目的地まで連れて行ってくれます。高速道路の走りやすさといったらありません。日本のように、大型トラックが追い越し車線を走るなどということは、法律で禁じられているのでしょう、まずあり得ませんし、追い越しを済ませた車はさっさと走行車線に戻っていきます。日本よりはるかに高速で走っているのに、それによる怖さを感じないですむのは、そうしたマナーのよさによるものでしょう。

 それにしても、モンサンミシシェルは本当に素晴らしいところで、さすが、「世界遺産」の名に恥じない感じがしました。高速道路上から尖塔がはるかかなたにちらっと見えたとき、早くも「おーっ」と声をあげてしまったのですが、高速を降り一般道に入ってから、その姿がしだいに大きく見え隠れしてくると、神々しささえ感じます。この地をめざしてヨーロッパの各地から歩いてやってくる敬虔な信仰者が、遠くからその姿を目にしたときの喜びはいかばかりだったかと思うと、想像を絶するものがあります。

 こんな大きな建物をそれこそ1000年近くかけてつくってしまうパワーがいったいどこから出てくるのでしょう。同じような建築物のひとつにバルセロナの「サグラダファミリア」がありますが、キリスト教がヨーロッパ社会の奥底深く根づいていることを実感できる格好の見本であるような気がしました。

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お金持ちの町、いや国=モナコ

 今日から1週間ほどパリに滞在します。10月9日にマルセイユを発ってモナコに移り3泊。そして今朝ホテルをチェックアウト後、パリにやってきました。いずれも鉄道での移動です。私たちがイメージするのと違い、鉄道はゲルマン民族のドイツよりラテンの血が濃いフランスのほうが、なぜか時間も正確です。

 マルセイユ・モナコ間は急行列車で3時間弱、モナコ・パリ間はTGVで5時間半。TGVは日本の新幹線より速いそうです。モナコからサンラファエルという駅までは、急行とほとんど同じように多くの駅に停まっていくのですが、サンラファエルからパリまでの3時間はノンストップですから、いこと、速いこと。

 大きな荷物をかかえた旅行客が多いので、駅での停車時間も日本よりはるかに長いようでした。マルセイユからモナコに向かう急行列車に乗ったときにそれを知った私は、TGVでもそうだろうと推測し、マルセイユに停まるころ、ホームにちょっと降りてタバコでも吸おうかなと思っていたのですが、マルセイユには停まることなくパリまで一気。結局5時間半、禁煙を強いられてしまいました。

 それはともかく、モナコは、国中がアミューズメントパークのようなところです。タクシーは皆ベンツ230Eですし、ベントレーのクーペ、ポルシェのカイエンなどの超高級車、マセラッティやランボルギーニといったスーパーカーの類がごくフツーな感じで走っています。小ぎれいな街に建つ建物の多くはクリーム色に統一され、歩いている人の人相風体も見るからにリッチな様子。同じ南仏コートダジュールでも、マルセイユとはかなり趣が違います。

 ただ、カジノで有名なモナコですが、これだけはラスベガスのほうが数段上を行っている印象を受けました。とくにヨーロッパの上流階級の社交場といわれるグランカジノはそうです。もったいぶっているというか、そんなに構えなくてもいいんじゃないのと言いたくなりました。だいたい入場料(10ユーロ)を取ること自体、うなずけません。ルーレットを見ていても、ひと勝負ひと勝負のペースがのろく、エンタテインメントとしてはいまイチの感じがぬぐえませんでした。

 グランカジノ以外にもいくつかカジノがあるのですが、そちらはもう少しアメリカ的なカジュアルさがあって、親しめます。モナコはカジノよりやはり「ヨーロッパのお金持ち」がかもし出す雰囲気を楽しむところのように思えます。

 ひとつだけ、モナコの意外な穴場をお教えしましょう。それは海洋博物館です。世界的に見ても一、二を争うほど昔につくられたもので、博物館といってもその半分は水族館が占めています。しかし、惜しみなくお金をつぎ込んでいますから、その内容の濃いこと。

世界陸上なのにスタンドはまばら

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 この24日から9月2日までは、暑い暑い大阪です。9日間に及ぶ世界陸上を堪能しようと、2年前から計画を練っていました。2年前の8月、フィンランドのヘルシンキで見た世界陸上では、為末大選手が400メートル障害でみごと銅メダルを獲得するのを目の当たりにし、感動しましたが、今度はそれを日本で経験したいと思ったからです。しかも、ヘルシンキではわずか2日間しか観戦できなかったのですが、今回は地元だから、毎日だって見られると思い、大枚はたいてチケットを手に入れました。購入したのはなんと半年以上前、なんと昨年秋のことです。

 そして、いざ開幕。今日まで銅メダルどころか、期待されていた選手が予選で次々敗退しています。なかにはまったくパフォーマンスを見せてくれなかった選手もいます。地元だから、蒸し暑いのには慣れているなど、地元の有利さを唱える論調が大会前からたしかに目についてはいましたが、そこまで世界は甘くないだろうとひそかに予想していたとおりの結果になっています。

 それに、日本の場合、陸上競技がまだまだ根づいていません。野球やつい最近までのサッカー、バレーボールなどに比べるとよくわかりますが、世界陸上のような最高レベルの選手が勢ぞろいしている大会であるにもかかわらず、観客席には空席が目立つのです。陸上競技はルール的にはごく単純で、とにかくわかりやすいはずなのに、なぜこうまで客の入りが悪いのか。それはやはり、文化としてのスポーツが日本という国には根づいていないからでしょう。スポーツといっても、しょせんは「スター」や「有名選手」を通じてしか認知されれていないのです。

 たしかに、どんなスポーツにもスターや有名選手はいます。でも、日本の場合、人々の興味関心の方向があまりにそうしたものに偏りすぎてはいないでしょうか。サッカーにしてもさしてレベルは変わりません。それでも最近は、みずからプレーする人が増えているからまだましになったのだと思います。でも、Jリーグのチームはほとんどが赤字経営ですし、それを市民が応援するというケースはほとんどないようです。スポンサー企業におんぶにだっこというところばかりです。浦和レッズや鹿島アントラーズなどは例外的な存在でしかないのです。本来、この種のプロスポーツはもちろん、日常生活の中にどこまで根付いているかによって、人々の愛着の度合もことなってくるわけで、その意味では日本はまだまだなのでしょう。

モンゴルでお勉強

 8月12日から6日間、モンゴルに「研修」で出かけました。現在日本経済新聞で堺屋太一氏が小説「世界を創った男」を連載中ですが、その堺屋氏が首都ウランバートルで開催するセミナーへの出席が目的です。昨年(2006年)、チンギス・ハンによる世界統一800周年を記念してユニークなイベントが大々的に開催されました。当時チンギス・ハンが率いていた軍団を模した500頭の騎馬軍団が繰り広げるパフォーマンスです。今年もそれがひきつづきおこなわれているため、世界各地から見物客が訪れていました。私たちの研修旅行にも最終日にその見学が組み込まれていたのですが、聞きしにまさる迫力でした。

 モンゴルといえば何より、広大な草原と、どこまでも青い空です。この催しが開催されたのも、ウランバートルから車で1時間ほど走った郊外。モンゴルは、ウランバートルこそ都市化が進んでいますが、それでも都心から30分も走ればそこはもう住宅もまばら。見えるのは、伝統的な住居=ゲルばかりです。もともとが遊牧民の国で、人々はゲルに住まいながら羊や牛を放牧し、しばらくたって草がなくなったら、次の放牧地をめざして移動します。だから、隣人といっても、何十キロも離れたところに住んでおり、次に会うのはいつのことやらもわかりません。こういう社会では、朝晩の挨拶といっても、家族の間ならともかく、隣人どうしではないに等しい。挨拶の言葉はとおりいっぺんの「おはよう」とか「元気」といったものではんく、きわめて具体的な内容をともなっています。「水の出ぐあいはどうだ」とか「どこか、いい草の生えてるところを知っているか」といったぐあいなのです。

 狭い島国・日本のように、相手の心の機微を推測しながら……などという挨拶など存在しないわけで、そうなればどうしたって、細かなことを気にしてなどいられなくなります。横綱・朝青龍が日本の相撲の伝統がわかっていないとか、横綱の品格がウンヌンなどと批判する向きがありますが、そうしたこととはおよそなじまないのがモンゴルの人々なのです。そうした、歴史と風土に裏打ちされた価値観や風俗・習慣にまで目を向けずに、日本で相撲を取っているのだから……とやみくもに批判してもナンセンスなのではないかという気がするのだがどうでしょう。

 それにしても残念なのは、これだけ近いところにこれほど素晴らしい国があるのに、日本人の観光客がまだまだ少ないということです。たしかに、日本人の大好きなブランドものを買える店は皆無です。テレビで紹介されるよう世界遺産もありません。しかし、そこには、スケールの大きな自然があり、そして普遍性を秘めた世界王国の土台となるものの考え方がまだ根づいています。そうしたものを体感できる場所は、世界広しといえども、なかなかないのではないかと思うのですが。

都内でも楽しめる夏休み

 8月、東京都内のホテルはどこでもそうらしいのですが、客集めに知恵を絞っているようです。たしかに、考えてみれば、東京の人は皆、7・8月はどこか遠くに遊びに出かけてしまっていますし、かといってビジネスも小休止といった時期ですから、客室も宴会場もほとんど閑古鳥が鳴いているという塩梅なのでしょう。そこで、各ホテルでは格安の宿泊パッケージを企画したり、個性的イベントを催したりなど、一人でも多くの人が来ておかねを落としていってくれないかということになるわけです。

 そうした中、「これは、なかなかやるじゃないの」と思わせる企画を打ち出しているのが老舗の帝国ホテルです。「Imperial Jazz complex」と名付けられたこの催し、大阪の帝国ホテルでもおこなわれているらしいのですが、東京では8月9・10日の両日、ホテル内の宴会場やバーなどを利用し、ビッグバンドやソロシンガー、デュオやトリオ、クインテットなど、ベテランから若手までうちそろって、ジャズの競演を繰り広げるのです。チケット1枚買えば、好きな時間に、好きな場所で、好きな演目も楽しむことができる仕掛けになっているのですが、概してわがままな人の多いジャズファンにはたまらない企画ではないかと思います。敷居の高そうな帝国ホテルもこの2日間はジャズ一色で覆われ、その合間を縫ってお酒や冷たい飲み物を飲んだり、ときには値の張るレストランで食事をしたりなどして、つかの間ではあるが、いつもとはちょっと違った時間を過ごすことができるわけです。

 私も9日、仕事をなげうって、午後から出かけ、よる8時までジャズのシャワーをたっぷり浴び、大いにリラックスすることができました。終わってからはホテルを出て、銀座で焼鳥を食べ焼酎を飲み、1日ゆっくり過ごせたのですが、大きな鯉城でのコンサートとなると大仰になってしまいますし、ライブハウスも、出演するのは単一のバンド(シンガー)ですから、よほどでないと足が向かないものです。それが、ホテルの一角でジャズのつまみ食いが好きなようにできるのですから、これほどありがたいことはありません。来年もぜひまたと思いながら、エアコンの効いた帝国ホテルの一室で熟睡できました。

ラスベガスを追い越したマカオのカジノ

 毎年この時期は「香港ブックフェア」がおこなわれます。ここ数年、かならず顔を出すようにしているのですが、行くたびに香港の人々の熱気にアテられて帰ってくるわけで、今年も例外ではありませんでした。

 それにしても、香港の人々がそれほど読書好きなのかなという疑問があります。地下鉄に乗っても、日本の車内のように、本を呼んでいる乗客の姿など、まず見かけたことがないからです。そのわりに、ブックフェアの会場は人、人、人であふれ返り、通路をまっすぐあることもままなりません。会場もいくつかに分かれていて、そのどこもがそうした状態なのです。ちょうど夏休みの真っ最中だから家族連れも多い。ただ、フェアで買い込んだ大量の本を、人々はいつ、どこで読んでいるのかがわかりません。

 香港の帰途、フェリーで1時間足らずで行けるマカオに立ち寄ってみました。マカオといえば、町中に世界遺産があるところとして知られていますが、近頃はそれよりカジノで有名になっています。昨年はなんと、ラスベガスを上まわる売上をあげたとかで、いったいどうなっているのか、自分の目で確かめてみようと思ったのです。

 ちょうど週末にかかっていたせいか、香港発マカオ行きのフェリーも、1便待たなければ乗れないほどでした。港に着くと、中国本土から次つご到着するフェリーも混み合っていたらしく、なかなか下船できません。定時より20分ほど遅れてようやく船を下りると、各カジノホテルに客を乗せていくための無料バスでごった返していました。それでなくても暑いところへもってきて、大変な人いきれで、あたりは灼熱地獄さながらです。

 最近マカオでギャンブルを楽しみにやってくる客の大半が行くのは、アメリカ資本のカジノです。ウイン(Wynn)など、ラスベガスとまったく同じ形の建物ですから、言われなくてもすぐにそれとわかります。サンズ(Sand’s)は宿泊施設こそありませんが、広大なスペースのカジノを誇っています。マカオの場合、昔からあるカジノはスペースが複数のフロアに分かれていて、迫力の点でいまイチなのですが、ウインなど(また8月下旬にオープンするヴェネツィアンもそうらしい)はワンフロアーにすべてまとまっているため、まさにラスベガスそのものなのです。

 それにしても中国人のギャンブル好きはハンパではありません。ラスベガスのカジノもここ数年、中国人の客が目立ちますが、ここは中国と目と鼻の先という近さもあって、9割以上が中国人の客です。しかも、老若男女を問わず、かなり熱いのです。中国人にとってはギャンブルもまたお金儲けの一手段なのでしょう、けっこうギラついているのです。それがラスベガスとは決定的に違う点なのですが、それさえ覚悟しておけば、マカオはマカオでおもしろいと思います。

 9月からは関空からもマカオに直行便が飛ぶそうです。そうなると、日本人の客もかなり足を向けそうです。家族連れで楽しめるかどうかは別として、ギャンブル好きにはたまらないでしょう。

新著が一挙2点、書店に!

昨日、ここ半年ほどかかりきりだった新著『日本全国 都市の通信簿』がようやく草思社から上梓されました。取材は昨年夏からスタートし、原稿を書きはじめたのが今年に入ってからです。2~4月の3カ月間は取材と執筆が重なっていたので、かなりしんどかったのですが、旅に行くのは何より好きですから、それだけは救いでした。

 取り上げたのは35都市で、政令指定都市のすべて、県庁所在地のほとんどをカバーする内容になりましたが、同じ日本でありながら、都市ごとに顔も違えば、人々の気質も違います。その違いをあれこれ、私の独断と偏見で切り刻んでみたわけです。ちょうど5月末に、4年前に出した『出身県でわかる人の性格』が新潮社で文庫化されたこともあって、ひと月足らずの間に2点、新しい本が並び、充実した気分ではあります。退院後も続けている「断糖」生活にもだんだん慣れ、かつてのように、1日1回は餡子(それも粒餡にかぎる)もののお菓子を口にしないと落ち着かないといったようなこともなくなりつつあるのはそのせいかもしれません。

 でも、荒木先生に言わせれば、「糖」というのは麻薬と同じで、いったんとりこになるとそう簡単には断ち切ることができないのだそうです。要するに「中毒」症状を呈しているわけで、糖抜きの食事に慣れるには、56歳になる私の場合で、少なくとも2年間はかかるといわれました。スタートして1カ月しか過ぎていないのですから、先はまだまだ長い。それでも今日で1カ月間、お米(パン、うどん、そば、スパゲティなども含めた一切の炭水化物)を口にしていませんから、私にとっては画期的なことです。

 ただ、実際に歩くのはホント大変です。歩くこと自体はけっして苦ではありませんが、どこを、どう歩くかで悩むのです。自宅から会社までの25分(往復で50分)はいいとして、問題は、それにプラスしなくてはならない1時間10分~1時間40分をどのように確保するかです。仕事の打ち合わせで外に出るとき、余分に時間をとって、ふた駅前で電車を降りて歩いたり、あるいは打ち合わせ後の帰路をすべて歩いたりなどしてクリアーするしかないようにも思えます。春や秋ならまだしも、この時期のように、毎日30度近くまで気温が上がる日中ともなると、歩けば汗びっしょりになるから着替えを用意しなくてはなりませんし、さまざま面倒なことも伴います。

 外食もあるから、それも苦労のタネになる。糖を使っていないメニューを探すとなると、それはそれは悩まされます。明らかに糖が入っていることがわかるのは簡単に除外できますが、実際には“隠れ糖”を含んだものが圧倒的に多い。ミリンやら酢やら味噌やら、調味料にも糖を含んだものばかりなのです。そうしたものを除外していくとなると、選べるメニューはかなり限定されます。そこにこの方法のつらさ、しんどさがあるのですが、逆に、大丈夫なものをいかに探し出すかということを楽しみにしていくしかなさそうです。

日本全国 都市の通信簿 ──主要35都市を採点する

著者:岩中祥史
価格:1470円
[草思社・2007/07]

日本全国の主要都市を「行ってみたい度」「住んでみたい度」「刺激度」「いやされ度」「ガックリ度」の5分野から独断と偏見で採点。転勤・出張・観光で訪れる前に必読。あわせて、「都市化」の是非を考えるよすがにも。

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再び始まった「断糖」生活

 兵庫県加古川市にある「崇高クリニック」に、今月6日から“入院”しています。といっても、ここは普通の病院とはかなり趣が違い、病院のベッドで眠れるのは夜だけです。日中ベッドでゴロゴロしていたりすると、院長の荒木先生から厳しく叱られます。「外に出て歩きなさい」と。歩くことで、臀(でん)筋と大腿筋を増やし、鍛え、体内に必要以上に蓄積されている「糖」=炭水化物を少しでも消費するように努めるのです。

 荒木先生の『断糖宣言!』という著書をつくったのは昨年の5月ですから、ほぼ1年前のこと。「断糖」というタイトルを思いついたのが大好物のドラ焼きをほおばりながらだったのはなんとも皮肉なことですが、それ以来、日常の食生活から、自分ではかなり「糖」を追放したつもりでいました。だが、しばらくするとだんだん気がゆるみ、気がつくと芋ヨウカンを肴(さかな)に芋焼酎を飲んでいたらいなど、とんでもないことをしでかしていたりします。

 ただし、この場合誤解してはいけないのは、体に悪いのは芋焼酎ではなく、芋ヨウカンです。焼酎のほうは蒸溜酒ですから、原材料にもともと含まれている「糖」はすべて飛んでいってしまっており、度を越さない限り、体に悪さをすることはありません。だが、芋ヨウカンの場合は芋に糖分が含まれていますし、加工途中でさらに砂糖を加えるため、ますます糖分が体内に蓄積されることになります。糖こそは、肥満、高血糖、高血圧、過剰な中性脂肪など、メタボリックシンドロームを引き起こす諸悪の根源なのです。

 私の場合も、入院して2日目の糖負荷検査で、食後の血糖値が異常に増え、しかも、1時間半たっても2時間たってもいっこうに下がらないということがわかりました。また、6時半には夕食を済ませ、その後何も食べていないのに、寝る前の血糖値が110も120もあり、朝起きたときそれがほとんど下がっていなかったり、へたをすると、就寝前の血糖値より翌朝起床時のほうが高かったりなど、インスリンの分泌がメチャクチャになっていることも判明しました。このまま放っておいては危ないということで、さっそく断糖食+運動(歩き)の生活が始まりました。

 病院がある場所は周囲にほとんど何もないので、毎日、歩いて15分の東加古川駅または歩いて35分ほどかかる加古川駅から電車に乗ってあちこち出かけ、1時間から2時間、日によっては3時間ほど歩くという毎日を送っています。おかげで体重は入院時より5キロほど減り、朝起きたときの重苦しさも消え、すかっと目覚められるようになりました。この生活があと5日間ほど続くのですが、問題はむしろ退院した後です。今度こそ、昨年の轍を踏まないようにしなければなりません。それには、かなり過酷な日々を送ることになるでしょう。

最新版 新・六星占術の極意

著者:細木数子
価格:680円
[イーストプレス・2006/07]

あなたの身の上に起こる出来事にはすべて「原因」がある。なかでも、自分で気がつかないうちに積まれていく「原因」ほど怖いものはない! そんな28個の「因果の法則」を分析。1986年刊『六星占術の極意』の21世紀版、通算で100万部を突破! お手軽に持ち歩ける文庫サイズになりました。

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最新版 新・六星占術の魂生

著者:細木数子
価格:680円
[イーストプレス・2006/07]

あなたは自分の魂を傷つける生き方をしていないか!? 人間生命の原理原則を踏まえた生き方を貫けば、現代人を取り巻いているさまざまな病魔からも逃れられる。『新・六星占術の極意』とセットでお読みになり、幸せの軌道をみいだした人もいっぱい! お手軽に持ち歩ける文庫サイズになりました。

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改訂新版 よくわかる仏事の本・全7冊

旧シリーズと合わせ総計40万部のベスト&ロングセラー あなたの家の宗派の教えと、冠婚葬祭のノウハウがよくわかる! 一家に一冊必携の本。


浄土真宗
監修:中西智海
価格:1575円
[世界文化社・2005/07]

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臨済宗
監修:松原哲明
価格:1575円
[世界文化社・2005/10]

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浄土宗
監修:福西賢兆・岡本圭示
価格:1575円
[世界文化社・2005/10]

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天台宗
監修:末廣照純
価格:1575円
[世界文化社・2005/10]

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日蓮宗
監修:松村寿厳
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[世界文化社・2005/07]

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曹洞宗
監修:桜井秀雄
価格:1575円
[世界文化社・2005/07]

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真言宗
監修:池口恵観
価格:1575円
[世界文化社・2005/07]

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名古屋人と日本人

著者:岩中祥史
価格:1365円
[草思社・2005/03]

「勤勉・節約・工夫」をモットーにする名古屋がいま注目されている。地味でダサイという評価を逆転し、日本で唯一経済活況を呈する、名古屋の底力に日本中が驚異の目を向けている。なぜ名古屋は強いのか。名古屋育ちで「名古屋学」の第一人者である著者が、誰も知らない名古屋の秘密に奥深く分け入り、現代日本人が失いつつある良き伝統の回復を訴える痛快エッセー。

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博多学

著者:岩中祥史
価格:580円
[新潮文庫・2003/09]

「転勤したい都市ナンバー1」という福岡(博多)の魅力、博多人気質についてここまで徹底的に分析したものはありませんよ。なにせ、地元に人も知らなかった、気づかなかったということが続々出てきます。大学進学、転勤・出張前にぜひご一読を!

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幸せになるための先祖の祀り方

著者:細木数子
価格:1365円
[KKベストセラーズ・2003/03]

あなたが生きていることの根本にある先祖への供養をないがしろにしたままでは、幸せな人生を歩むことは無理。「六星占術」の根本にある、先祖への感謝、正しい供養の方法がやさしく解き明かされています。

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