豊玉刑務所表門──私の「マイクロツーリズム」㉑

●東京・中野区の文化財に指定されたのを記念して、旧豊多摩刑務所(監獄)表門が2日間限定で公開されました。さわやかな秋晴れの中、バスと電車を乗り継ぎ最寄り駅の沼袋へ。駅からは徒歩10分と、文字どおりのマイクロツーリズムです。朝の10時過ぎだというのに、けっこうな数の人が訪れていました。前夜NHKで報じられていたそうで、その影響もあるのでしょうね。
●刑務所の門というと、国指定の重要文化財にもなっている奈良がその美しさで有名ですが、こちらは収監された人がハンパではありません。とくに1925(大正14)年の治安維持法制定以後は大杉栄、三木清、荒畑寒村、中野重治、小林多喜二、河上肇、戸田城聖、林房雄、徳田球一、志賀義雄など多くの”思想犯”が収監されたことで知られています。近いところでは、東大安田講堂占拠事件で逮捕された全共闘の活動家79名、学生運動の指導者・藤本敏夫(加藤登紀子の夫)も。そんなマニアックな場所であるにもかかわらず、写真を撮るのもひと苦労するほどの混雑ぶり。まあ、国内では数少ないレンガ造りの建物とあれば、不思議ではありません。
●刑務所の施設で残っているのはこの表門だけで、4万坪ほどの敷地はいま、公園やグラウンドや体育館、都下水道局などの公共施設になっています。それにしても、この中野駅周辺の変わりぶりは驚くばかり。5代将軍綱吉が犬の保護施設をこの一帯に作って以来お上の所有で、近代に入ってからは国や都、区の施設が設けられてきました。ここ数年は再開発が進み、大学のサテライトキャンパスやオフィスビル、公園が作られ、いまも区役所新庁舎の建設工事の真っ最中。サンプラザも近々解体され高層ビルに建て替わるといいます。
●中野をあとにし吉祥寺の台湾料理店へ。古民家風建物の2階にあり、内装も台湾っぽい店でしたが、定食(魯肉飯&米粉湯のセット)もデザートの豆花もGOOD! 小一時間並んで待ったかいがありました。当たり前の話ですが、数日前、自宅で作ってみた魯肉飯とは段違い。帰りがけに、お店近くのスーパーで「魯肉飯の素」なるものを買ったので、またチャレンジしよーっと。(2021/11/7)

Facebook Post: 2021-11-07T08:54:06

日本で最初のデパートはエコ、SDGsでも先を行く

●朝の散歩で朝靄に接し、カラッと晴れ渡った空に雪をかぶった富士山を見て爽快な気分で足立区へ。所用を済ませたあと、上野に立ち寄りました。すると、松坂屋デパートの入口に”ご不用になった衣料品・くつ・バッグを店頭にお持ちください。お引き取り1点につき「ショッピングサポートチケット(1000円分)」または、「アプリクーポン(1100円分)」を1枚お渡しします”との掲示が。なるほど、エコやSDGsのご時勢とあれば、デパートもお高く止まってなどいられません。
●そもそも、上野の松坂屋は「ギフト解体セール」の元祖です。昭和50年代初め、外商部で大量に余った「特選海苔」をバラ売りしたのが始まりで、いつしか行列ができほどの名物催事に。いまでは、中元・歳暮シーズンの1カ月ほど経つと、全国どこのデパートでもおこなわれているのではないでしょうか。会場には缶詰、調味料、油、ハム、飲料など、食品を中心に特価品がズラリと並びます。
●実はこの松坂屋、日本で最初のデパートなのです。多くの人は、「えーっ、三越じゃないの?!」と驚かれるかもしれませんが、松坂屋の創業は三越よりなんと半世紀以上も前の1611年。最初は呉服小間物を扱っていました。老舗だけあって、階段も大理石がふんだんに使われています。エレベーターの導入、洋装の制服も一番先。デパート業界では常に先頭を走ってきた松坂屋の発祥は名古屋。名古屋は「もったいない」の原点と言ってもよい地域ですが「ギフト解体セール」の発想もそのあたりに原点がありそうです。
●ちなみに、名古屋人は松坂屋のことを「まっつぁかや」と言います。「まつざかや」より、発音するのに要するエネルギーが少なくて済むからです。「そんなバカな」と思われるかもしれませんが、実際に口を動かしてみると実感できますよ。”もったいないスピリット”はふだんからごく身近なところで実行されているのです。近ごろよく耳にするキモい」「エモい」などという若者言葉も、それに似た発想から生まれたのかもしれません。
(2021/10/25)

Facebook Post: 2021-10-25T22:04:42

3年ぶりの新宿ゴールデン街は元気でした!

●新宿ゴールデン街に行きました。3年ぶりくらいでしょうか。本降りの雨でしたが、仕事の打ち合わせとあっては仕方ありません━━な〜んて言いながら、気持ち的には”singing in the rain”です。紀伊國屋書店前で待ち合わせ、一軒目は那覇出身のママが立つ店へ。打ち合わせはグラスに手をつける前にサクサク済ませ、あとはひたすらよもやま話です。この1年半で初めてとも言える本格飲み。濃い目のチューハイ(キンミヤ焼酎)3杯は効く効く😵。
●ゴーヤチャンプル、サンマの塩焼き、鴨肉のロースト、サザエの壺焼き、ほかの小皿料理もすべてGOODでした。5、6人すわれば満席のカウンターですが、アルコール消毒もビニールの仕切りも完璧。それでも1時間で切り上げ2軒目へ。こちらはゴールデン街っぽさがまったくないこぎれいなバー。京都出身の美人ママが4年前に開いたとのこと。スピリッツ系の品ぞろえが売りのようですが、ウイスキー(シングルモルト)もばっちり。
●まずは大好きなスコットランドの「LAPHROAIG(ラフロイグ)10年」から。続いては、生まれて初めて出会ったアイルランドの「TEELING ザ・リバイバル 15年 ラムカスク」に挑戦。どちらもシングルモルトで、オンザロックにしてもらったので、あっという間にさらなる酔いが。コロナ禍のおかげで(それとも年齢のせいか?)すっかりアルコールの耐性が落ちてしまったようです。
●家飲み用にとストックはしてあるのですが、私の場合、ひとり飲みは好みでなく、なかなか封を切る機会がありません。まして、ゴールデン街のような”飲め飲め空間”に足を踏み入れると、ますますその気は失せてしまいます。雨が降っていても、狭い路地を歩く人たちの足取りはいたって軽く、コロナ禍などどこ吹く風。隅々まで元気がみなぎっていました。営業時間に制限がなければ、あと2軒くらいは行けたかも。(2021/10/14)

Facebook Post: 2021-10-14T09:24:26

10年間で2000点! ゴッホは生き急いだのかも

●いまから130年ほど前、上野の不忍池[しのばずのいけ]では競馬がおこなわれていたそうです。池のまわりを周回するコースで、馬券こそ売られてはいなかったものの、鹿鳴館とともに、洋装で着飾った華族やお雇い外国人たちの社交の場として大いに盛り上がったのだとか。明治天皇も訪れたことがあるといいますから、本格的なものだったにちがいありません。
●10月8日は、そのすぐ近くに建つ東京都美術館へ、「ゴッホ展」を観に。完全予約制のため密にはなっていないものの、そこそこの混み具合でした。今回の展示は、さほど名を成していない頃からゴッホに注目し、作品を収集していたという実業家夫人のコレクション(いまは彼女の名のついた美術館に保存されているそうです)の一部48点(ほかにルノワール、ミレー、モンドリアンらの20点も)。
●ゴッホの活動期間はわずか10年ほどですが、その間になんと2千点もの作品を残していると知りました。たった1日で描き上げた油絵も展示されていましたが、シロウトの私が観ても、本当に? と思うほど重厚なできばえでした。驚いたのは、これが同じ人の手になる作品なのかと思わせるほど、筆致が大きく変わっていくこと。想像をはるかに上回る濃密な時間をエネルギッシュに生きていたにちがいありません。
●会場をあとにし、御徒町方面に向けて上野公園の中を歩いて行くと、夕日がちょうど落ち始めたところ。上野動物園で6月23日に生まれた双子のパンダの名前も「暁々」と「蕾々」に決まったようです。日暮れのあとにやってくるのは暁。コロナ禍でなかなか花開けずにいる蕾[つぼみ]も、そろそろパーッと━━そんなことを思いながら帰路につきました。(2021/10/9)

Facebook Post: 2021-10-13T13:43:10

“住めば都”を実感し始める日々

●この季節、あちこちで話題になる樹木の一つがキンモクセイ。独特の香りのわりに花のほうはおくゆかしい印象で、そのギャップが魅力なのかもしれません。わが家の玄関先にも1本植わっていて、いい香りをただよわせているのは先にご報告したとおり。
●キンモクセイは漢字で金木犀と書きますが、ならば銀とか銅はあるのかしらん? そんな疑問が頭をかすめたりしないでしょうか。これがなんと、あるのですね。先日、あまりに天気がよいので、ちょっとドライブでもと思い立ち多摩湖まで出かけました。湖といっても、1927(昭和2)年に完成した村山貯水池のこと。周辺は狭山[さやま]公園として整備され、サイクリングファンのメッカになっているようです。この日は秩父の山並みも見はるかすことができ、とても得した気分になりました。
●貯水池と公園の境界を成す石堤にふと目をやると、片隅に見慣れない花が。最近はそうしたものを見るとすぐスマホで撮るのが習慣になっており、すぐシャッターを押しました。ネットで調べると、ギンモクセイとあります。しかも、モクセイとは古来こちらのほうを指すのだとか。そういえば、これもいまが盛りの百日紅(サルスベリ)ですが、こちらも千日紅(センニチコウ)というまったく別品種の花があることを知りました。乾燥させても色褪せしないのでドライフラワーにしやすいのだとか。
●それにしても驚くのは、このひと月のあいだに、いま挙げた4つの花をすべて自分の目で見られたこと。これまで住んでいた豊島区では、あちこち探しまわっても出会うことのない木や花に、ここ東久留米とその周辺では探さずとも出会える。”住めば都”と言うか。そんな経験を重ねていくと、毎日の過ごし方が、そしてものの考え方も変わっていきそうです。(2021/10/6)

Facebook Post: 2021-10-06T21:13:18

富士&満月。芸術の秋の始まりにふさわしい役者

●7月末から住み始めたここ東久留米の駅は、それまでいた東長崎から11駅、距離にして12kmほどですが、天気のよい日は駅舎から富士山が見えます。駅の構内には「富士見テラス」と名付けられた小さな展望スポットが。20日の朝、池袋行きの電車に乗る前にちょっと立ち寄ってみると真っ正面に富士の姿がくっきりと見えるではありませんか。台風が通り過ぎたあとという条件にも恵まれました。
●池袋行きの目的は、ここ1年ハマっている”映画でオペラを”というプログラムの一つで「フィガロの結婚」を観るため。この企画、最初は銀座だけでしたが、昨年は新宿、そして今年の秋は池袋でも観れるようになりました。誰もが知っているメジャーな作品とあって、前の週の3倍ほどはいたでしょうか。前回の「ラ・チェネレントラ」は観客もまばらで、風邪をひきそうでした。
●「誰もが知っている」と書きましたが、私もぶっちゃけ、タイトルとモーツァルト作ということくらいしか知りません。でも、とてもよくできたストーリーで、名作とされる所以[ゆえん]がよ〜くわかりました。
●夕刻、空を見上げると十四夜の月が。満月の前夜なので待宵月[まちよいづき]とも言うそうですが、少し欠けているのがまたイイ感じです。十五夜の22日は曇り予想なので、念のためシャッターを。でも、21日の夜9時ごろ空を見るとみごとな満月が浮かんでいるではありませんか! 富士山に満月━━と、芸術の秋を盛り上げてくれる役者がそろい踏み。さて、今年はどんな秋になるか楽しみです。(2021/9/23)

Facebook Post: 2021-09-25T08:44:45

豊かな自然に接すると脳細胞が刺激される!?

●夕食後、玄関先で一服しているとトノサマバッタが。引っ越しでほぼ2カ月が経ちましたが、なんとまあ多くの昆虫に出会ったことでしょう。カマキリ、カメムシ、コオロギ、アブラゼミ、シジミアゲハ、クロアゲハ……と、十指に余ります。そういえば、風呂場でイモリにも遭遇したことも。副都心の池袋にほど近い南長崎と、武蔵野台地の一角に位置するここ東久留米の違いと言ってしまえばそれまでですが、それにしても、です。
●やっと習慣化してきた朝の散歩では、カモの一団に出会いました。おだやかな日の光を浴びながら遊弋[ゆうよく]している様は平和そのもの。自宅から歩いて5分のところを流れる落合川。たゆとうようにゆるりと流れる場所があるかと思うと、流れの早いところもあり、それを見ているだけでも飽きません。川の脇に立つ掲示板を見ると、カモだけでなく、シギやセキレイ、オナガなど、さまざまな野鳥も棲息していると。きれいな水を求め、さまざまな鳥や魚、虫が集まるのでしょう。
●転居届けを出しに行ったとき市役所で頂戴した市のパンフレットには、「東京都で唯一”平成の名水百選”に選ばれた」とあります。たしかに、川のそちこちに水の湧き出ているスポットが。湧水地をこの目で見たのは初めてで、これには大感動。思わず動画を撮ってしまいました。
●植物も同様で、待宵草[まつよいぐさ]や芙蓉[ふよう]など、ここ半月ほどの間に目にした初めての花は枚挙にいとまがありません。そうした自然の風物に日ごと触れていると、脳細胞の奥底が刺激されるようです。今朝も、川面を「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢(あ)はむとぞ思ふ」などという、高校の古典の授業で習った和歌を思い出してしまいました。「体言+を 形容詞の語幹+み」という言い回しを忘れないようにと、教師が力説していたっけ。(2021/9/11)

Facebook Post: 2021-09-11T15:36:39

久しぶりに髪を切ってもらい心身ともさっぱり

●かれこれ20年近くお世話になっている表参道の美容院まで、髪を切りに行きました。70日余もほったらかしにしていたので、伸び放題。すべては引っ越しのおかげ。来る日も来る日も荷ほどきに明け暮れ、日にちが過ぎてしまったというわけです。不思議なもので、家から近くても、まったく知らない店で髪を切ってもらおうという気にはなれませんでした(な〜んていうほどのボリュームはないのですが)。
●それにしても、切り終わったときの爽快感といったら、いわく言いがたいものがあります。それにしても今日は歩きに歩きました。ホント久しぶりのことです。行きは渋谷駅で降り、7月にリニューアルオープンした「東急フードショー」をひとめぐり。岐阜県中津川の老舗松月堂が期間限定で店を出していたので、名物の栗むし羊羹をゲット。そこから青山通りを表参道まで。さらに、ランチにと決めていた外苑前の蕎麦屋→原宿駅と、これだけで8千歩です!
●外苑前の蕎麦屋は軽井沢に本店がある店。秩父宮でラグビーの試合を観たあとは、かならずと言っていいほど食べに行っていました。ランチタイムの定食は、前菜(3品)とミニ天丼&ミニおろし蕎麦という組み合わせで1300円というお値打ち価格。
●歩いている途中、表参道の一角で「覚王山 フルーツ大福」の看板を見つけビックリしました。名古屋出身者にとって「覚王山[かくおうざん]」は、東京で言うと「田園調布」とか「松濤[しょうとう]」級の高級イメージがある地名(それほどでもないか)。そこで創業した和菓子の店が進出してきたようです。写真のような商品で大当たりしているようで、ここ数年で50店以上も新規出店しているとのこと(わたし的にはあまり好みではありませんが)。それにしても、東京の人がいきなり「覚王山」という文字を目にして、おーっ! と思うのかなぁ。 ちなみに、昼飯前だったので店には立ち寄りませんでした。
●家に戻ると、仙台の知人から素晴らしいものが届いていました。石巻名物の「白謙[しらけん]かまぼこ」です。震災後のボランティア活動で何度となく現地に足を運んでいる中で出会ったのですが、いまではすっかりファンになってしまいました。ちょっと肌寒くはありますが、今晩はビールがおいしく飲めそうです。(2021/9/8)

Facebook Post: 2021-09-09T18:02:39

どこのリゾート地かと、一瞬錯覚してしまいそう

●心地よいせせらぎの音。水面をたゆとう朝もや。満開のサルスベリ。サルビアにカンナ。家から歩いて5分足らずのところに、リゾート地を思わせるような自然の景色がありました。朝から30℃近い暑さが続く中、その辛さを忘れさせてくれる自然との出会い。引っ越しのドタバタ劇もようやくピリオドを打ちつつあるようです。
●自慢ではなく、70年余の人生で「疲れ」とはほとんど無縁で過ごしてきた私。でも、今回の引っ越しはそういうわけには行きませんでした。原因はただただ荷物の多さ。買った物、頂戴した物を問わず、いつかは何かの役に立つという思い込みが強いため、なんでもキープしておく癖(へき)があるのです。引っ越し準備のさ中、カミさんからそれを指摘されても耳を傾けませんでした。物質的に恵まれない環境で育った身にとって致し方ないことなのでしょう。
●もちろん、男特有の収集癖も影響しています。旅先で訪れた博物館・美術館などの入場券、各地の観光パンフレットやエリアマップ、宿泊したホテル・旅館のステーショナリー……。なんと中学生の頃からそれは始まっていたようで、修学旅行で泊まった箱根の冠峰楼やら東京・本郷の鳳鳴館のリーフレットには自分でもビックリ。当然、量もハンパではありません。ただ、昨年春からうち続くコロナ禍の中、そうした物を泣く泣く😢処分してきたので、多少は救われているのかも。
●それでもまだ捨て切れずにいるものもあります。いずれFBでも披露しようかと思っていますので、楽しみにしていてください(笑)。まあ、こんなことを書けるようになったのも、疲れがかなり癒えてきた証でしょうね。(2021/8/28)

Facebook Post: 2021-08-29T06:20:46

段ボール箱との格闘にようやくピリオド

●いつの間にかツクツクホウシやミンミンゼミ、夜になればコオロギの鳴き声がするようになりました。17年間住んだ豊島区から東久留米市に引っ越し、今日で35日。なにせ引っ越し作業自体を2回に分けておこなうほどで、最初の3週間は山のように積まれた段ボール箱がなかなか減らず、途方に暮れる始末。しかし、ここ1週間で一気に加速がつき、最終段階までたどり着きました。●我が愛するキリンの母子(母親の背丈が2m近いぬいぐるみです!)の“定住地”も絵・版画・ポスターの額を掛ける場所も決まるなど、やっとひと息つけた感じがします。前の家を離れるにあたっては、物を捨てるのを基本スタンスにしつつも、引っ越し先での住まい方がどうなるかわからないので、「こんなもの……」と思った物もかなり持っていきました。実際、こちらで粗大ゴミをほぼ毎週出しつつも、その一方で思わぬ役に立ったものもあります。●それにしても70歳を越えてからの引っ越しはやはりキツい! それでも、考えようによっては新しい空間をゼロから作り出す作業は本を書くのと同じ。来る日も来る日も朝から同じようなことの繰り返しが続きましたが、疲れはしても飽きることはありませんでした。やはり“趣味・引っ越し、特技・荷造り”の性分は変わっていないようです。●日一日とテンションも上がり、おいしい十割そばの店に行く余裕と。今週半ばには来客の予定もあるので、それがとりあえずの最終ゴール。でも、新しい暮らしが始まると、あちこちで不都合が出てきたりするのが常で、まだまだ油断はできません。一日も早く「住めば都」の心境を味わえるようになりたいものです。

Facebook Post: 2021-08-22T21:27:21

マンゴー🥭に桃🍑、そしてりんご🍎ジュースが

●お中元の季節といえばそれまででしょうが、同じ日に集中すると何やらメッセージ性を感じてしまいます。”齢[よわい]70の引っ越し、がんばれ”と。5月の連休明けから始めた準備もそろそろゴール間近。ここ半月は荷造りも本格化し、悲鳴をあげかけていた体にはありがたい差し入れで、疲れも吹き飛びそうです。昨日は気温も35℃近くまで急上昇、ホント救われました。
●それにしてもこの年齢での引っ越しは…。予想はしていたものの、階段の昇り降りのキツさといったら。昨年の2・3月も、6千冊の本を処分するため同じような毎日が続きましたが、今回ほどではありませんでした。コロナ禍の自粛生活が知らずしらずの間に足腰を弱めていたようです。
●引っ越し先の収納能力を考え、今回は2千冊の本を処分。読まないまま別れを告げるものも多く、断腸の思いがします。いまの家には17年間住みましたが、よくもまあここまでというほど、物が増えていました。そちらも捨てたり人に譲ったり、はたまたメルカリで売ったり。ただ、それなりに楽しめたのが救いかも。
●3時のおやつにマンゴーをいただきひと息ついているところに、「ごっくん馬路[うまじ]村」が届きました。実はこれ、私の大好物。ゆず+ハチミツの清涼飲料で、冷えるまで我慢できず、ごっくんしてしまいました。以前はガラス瓶に入っていましたが、アルミの容器入り。個人的にはガラス瓶のほうが好きですが、そんなことを忘れてしまうほど、さわやかでおいし〜いんです。銀座の「おきゃく(高知県のアンテナショップ)」に行けばいつでも買えますよ。明日は桃とりんごジュースでがんばろう!(2021/7/11)

Facebook Post: 2021-07-11T06:55:41

今週は、自分でUBER EATSしてしまいました

●「銀座」の名がつく商店街・繁華街は、全国に350ほどあるのだとか。私がいま住む東京・豊島区にも、ショボいとはいえ「長崎銀座」があります。生来外出好きの私にとって銀座は格別。憧れがあるのでもなければコンプレックスを抱いているわけでもないのですが、銀座に用事があると、なぜか気持ちがはずんでしまいます。6月22日は、3カ月に一度受信しているクリニックの予約が12時。その前に築地に立ち寄り、最近知った海苔弁当の店で夕食をテイクアウトしようと、開店(11時30分)少し前に行くと早くも行列が。3種類4個をリュックに入れると、自前のUBER EATS に変身です。
●当初は、このあと築地(銀座ではありませんよ!)木村屋で名物のあんパンとカレーパンを買って帰るつもりでしたが、なんと6月17日をもって閉店。残念なことをしました。仕方なく、”二番手”のSwan(銀座2丁目)で惣菜パンをいくつか買うと、開店ウン周年の記念品が。ありがたく頂戴しました。名古屋出身の私、この種の景品にはめっぽう弱いのです。
●話のついでに、20日の父の日のことも。ヒマワリの花、キリン一番しぼり、トップスのチョコレートケーキ。ヒマワリの花をいただきました。うれしいですね〜。とくにトップスは、51年前に上京して以来のファンなのでテンションが大幅アップ。構造上、このケーキは両端がいちばんチョコレートを楽しめるようになっているのですが、孫に先を越されてしまいました。
●そう言えばその前日も、ジムの帰りに池袋のデパートで開催されていた「福岡よかもんフェア」へ。お目当ては銘菓「博多通りもん」です。誕生してまだ30年も経っていないのですが、2001年からまで20年連続モンドセレクション金賞を受賞しており、07年以降は最高ランクの特別金賞。『博多学』の取材で福岡市内を駆け回っていたころはさほど有名でもなかったのですが、その後あっという間にメジャーに。東京で手に入れるには、この種のイベントに足を運ぶしかありません(もちろん通販もありますが、博多の香りがもの足らない感じがして)。値段も安いのでおすすめです。ついでに買った「ごまサバ弁当」も美味でした。(2021/6/23)

Facebook Post: 2021-06-23T22:55:11

宮城・気仙沼のソウルフードにトライしてみましたが……

●先週土曜日、ジムの帰りに昼食用のパンでも買おうと、池袋の駅近くにある店に向かいました。するとその手前に宮城ふるさとプラザが。そうだ、カミさんの好物「萩の月」でも買ってあげようと、中に入ってみたのですが、ホヤの特売コーナーはあったものの、「萩の月」は探しても見当たらず。月に2、3回、不定期で販売すろといいます。前回買えたのはラッキーだったということですかね。
●あきらめて帰ろうとしたとき目に飛び込んできたのが気仙沼の”ソウルフード”と言われるクリームサンド。いまのNHK朝ドラの舞台にもなっている気仙沼にはなんとなく親近感があり、クルミとゴマの二つをつい買ってしまいました。地元で買うより5割高いのは輸送コストを考えれば当然かも。家に帰って食べてみましたが、味はいまひとつでした。
●その原因の一つはマーガリンを使っていることでしょう。マーガリンに含まれるトランス脂肪酸は、過剰摂取すると心筋梗塞など冠動脈疾患を増加させる可能性が。それを知った四半世紀ほど前から、値段は高くてもバターに変えましたが、同種同類の商品で安いものは、たいていマーガリンが使われています。
●それにしても、池袋の人出の多さといったら。緊急事態宣言下にあるとはとても思えぬ混雑ぶり。半月ほど前にワクチンを接種しましたが、 来週2回目を打つまでは丸腰状態なので、油断は禁物。昨日・今日と(真)夏日とあって、マスクが息苦しくてたまりませんが、明日9日は高校の同窓・同期の友の展覧会で、銀座まで足を運ぶ予定です。(2021/6/8)

Facebook Post: 2021-06-08T22:04:10

2日連続で文化漬け──私の「マイクロツーリズム」⑳

●初夏の心地よい日を浴びながら自宅を離れ、文化にひたってきました。6月1日は目白の自由学園明日館で講演会、そして昨日は上野・国立博物館の鳥獣戯画展。講演のタイトルは「歴史的建造物の楽しみ」。この種の建物はときおり、修復作業のため大々的な工事がおこなわれます。工期もハンパない長さです。
●私のような貧乏性は、そうした場面に出くわそうものなら、「せっかく来たのに」とガックリきてしまうのが通例。何年か前、奈良の唐招提寺を訪れたときがそうでした。でも、講師の明日館副館長・福田竜さんはそうした受け止め方をやんわり戒めてくれました。そうしたときにしか目にすることのない景色に触れられることもあれば、建物の骨組みなど、ふだんなら見られないものに接する楽しみもあると。
●フランク・ロイド・ライトの設計であまりに有名な明日館も今年で築後100年。たびたび存続の危機に瀕しながらも保存が決まり,重要文化財に指定されてからは動態保存=使いながらの保存に取り組み、多くの人が訪れる施設に生まれ変わったといいます。春のお花見会、結婚式、テレビドラマやCMの撮影など、利用のされ方も多様。近代建築物なので、神社仏閣よりつぶしの利いた利用のされ方が可能なのでしょう。
●鳥獣戯画は、小学3年の孫にせがまれてのこと。期間が緊急事態宣言とすっかり重なってしまったため、一時はあきらめていましたが、なんとか予約できました。会場は予想より混んでいましたが、それもそのはず、全4巻一挙公開は史上初ですから。第1巻は長さ11.5メートルを越える巻物ですが、それを”動く歩道”に乗ったまま観られるというアイデアも大ウケ。もっとも孫は、観覧後のお土産買いのほうが楽しかったようですが。(2021/6/2)

Facebook Post: 2021-06-04T09:55:53

桃・栗3年、柿8年……といいますが、ビワは?

●朝、拙宅2階の仕事場から庭に目をやると、黄色いものがチラッと見えました。「ひょっとして……」と、急いで下に降り木の下まで行くと、小粒ですが、なんと20個近くビワの実が成っているではありませんか! ”淡い夢”がかなったのがうれしく、シャッターを押しました。
●琵琶は私の大好きな果物の一つです。リンゴやバナナのように年がら年中食べられるのとは真逆で、5月半ばから6月にかけて、ほんのひと月ほどの間しか食べられません。貴重感・稀有感という点では、名の知れた果物の中でもかなり上位にランクされるでしょう。
●10年ほど前だったか、家で食べたビワの種を遊び半分で庭に埋めたところ、すくすくと育ち、いまでは5メートルほどの高さに。剪定[せんてい]など、とりたてて手入れをしていたわけでもないのに、その成長ぶりには感心していました。とくに、葉っぱの大きさは驚くばかり。でも、実は成らないだろうと思っていたので、正直びっくりしました。ちなみに、「桃栗三年、柿八年」といいますが、そのあとは「琵琶は九年で成り盛り、梅は酸[す]い酸い十三年、柚子[ゆず]の大馬鹿十八年」と続くそうです(諸説あり)。
●「少し間引いてやらないと大きくならないんじゃない」と家人が言うので、明日は脚立を使って手を伸ばしいくつかもぎ取っておきましょう。食べられるかどうかなどは二の次、とはいいつつも、多少は期待しています。結果は後日。(2021/5/31)

Facebook Post: 2021-06-01T08:56:40

映画「いのちの停車場」が教えてくれた人間愛の重み

●東映の会長をされていた故岡田裕介さんとのご縁で、「いのちの停車場」の試写を観させていただきました。東京の大学病院を辞め故郷・金沢にある在宅医療専門の「まほろば診療所」に移った女医(吉永小百合)が主人公。
●末期ガンや難病にさいなまれる人が人生の最期を迎える病者が選択する在宅医療では、治療する側・される側がそれぞれのホンネがぶつかり合います。病者の生き方を第一に考える「まほろば」のスタンスは、治療・救命を重視する通常の医療とは大きなへだたりが。病[やまい]を媒介として生まれる家族愛にも通じる絆、治る・治らないとは別次元の、人間のありようを深く考えさせられました。「まほろば」とは古語で、「素晴らしい場所」「住みやすい場所」「楽園」などを意味する古語。でも、それと病気が治ることとはイコールではないようなのです。
●1年以上にわたって私たちを苦しめているコロナ禍に対処する首相の言葉、話しっぷりは「覚悟に欠けている」と批判されますが、それより以前に、人としての「愛」が感じられません。見えるのは、「何がなんでもオリンピックはやる!」という姿勢ばかり。3回目の緊急事態宣言の中途半端な期間設定にはそれがさらに露骨に出ています。
●と怒りたくても、それをどこにぶつけたらいいのやら。政府がどんな方針を打ち出そうが、都が何を要請しようが、最後の砦は自分を守る意思と行動。まずは免疫力のアップですね。試写会のあと手土産で頂戴した松花堂弁当は、見ただけでパワーをもらえそうな感じがしました。それにしても、こんな贅沢なお弁当があったとは!(2021/4/24)

Facebook Post: 2021-04-25T09:47:38

最後の宿・草津にはガッカリ──中山道バスツアー⑥

●琵琶湖の東岸、近江富士の脇から日が昇り始めました。ツアーもいよいよ終わりに近づき、6日目の今日は電車での移動。琵琶湖畔のホテルを出発、JR大津駅から草津駅へ。草津は中山道と東海道とが分岐する交通の要衝で、本陣・脇本陣が2軒ずつ、旅籠が70軒以上という大きな宿でした。
●いまも江戸時代の立派な姿をとどめる本陣は、現存する中では最大規模。吉良上野介、浅野内匠頭[たくみのかみ]、土方歳三、徳川慶喜など、誰もがその名を知っている人物も宿泊しています。しかし、残念なのは周囲の光景。隣も向かいも、いま片っ端から高層マンションが建設されているのです。街並み保存とは真逆の状況にガッカリしてしまいました。
●たしかに、大阪梅田からJRで1時間以内、本陣のあるあたりは駅から徒歩圏内ではありますが、これはないでしょう。江戸時代を彷彿させる建物も何軒か残ってはいるものの、街道としての味わいは台無し。観光より開発を重視する姿勢が露骨に感じられます。逆に言えば、観光をアテにしなくても経済的に成り立つのが草津なのです。
●いささか興をそがれた心持ちで大津に戻りましたが、午後訪れた三井寺[みいでら](正式には園城[おんじょう]寺)を歩いたことで持ち直しました。比叡山延暦寺と何百年にもわたって争いを続けたことでも知られていますが、豊臣秀吉、毛利輝元、徳川家康など、錚々たる武将の寄進した建造物が境内各所に。高台院(秀吉の正室)の寄進によって建てられた金堂は国宝で、その姿は優雅のひと言。(2021/4/15)

Facebook Post: 2021-04-17T21:01:49

半世紀ぶりに訪れた大井と醒ヶ井──中山道バスツアー⑤

●昨日は馬籠宿から中津川宿を経由し、大井宿(恵那市)の旅館「いち川」泊。江戸時代は40軒ほどあった旅籠[はたご]のうち、いまでも続いているのはここだけなのだとか。夕食のときは、14・15・16代目の女将がそろって挨拶。客は私たちのツアー参加者だけ─それもおそらく久しぶりだったはず─でしたから、けっこう気合いが入っていました。
●今日は美濃路をさらに西へ。まずは、中山道三大難所の一つ木曽川の渡しがあった太田宿。幕末期に水戸天狗党の首領・武田耕雲斎も訪れたという本陣と脇本陣(国の重要文化財)をじっくり見学しました。木曽川もここまで下ると、川幅もぐんと広くなります。日本ライン下りの出発点で、小学生のとき家族で来たことを思い出しました。終点の犬山で下船し、川原で昼のお弁当を食べた記憶があります。お弁当といえば今日の昼食は、その名も「和宮御膳」。和宮が太田宿に泊まられたとき本陣で供された食事の一部を再現したものなのだとか。
●太田宿の次に訪れたのは垂井[たるい]宿。ここに立ち寄ったのは、たぶん時間調整のためでしょう。ツアーには、そうしたネックがあることを覚悟しておく必要があります。その次に訪れた醒ヶ井[さめがい]宿のほうがよほど見でがありました。この町に昔からある養鱒場を、中学生の頃だったか家族旅行で訪れたことがあるので、55年ぶりです。
●中山道をしのばせる建物などは皆無ですが、夏でも涼しさを感じさせるというバイカモ(梅花藻)が自生する清流=地蔵川の素晴らしいこと。「古事記」にも登場する透き通るような流れを見れば、旅人も疲れが吹き飛んだのではないでしょうか。醒ヶ井から大津のホテルまでは、夕刻にもかかわらずすんなり。夕食は滋賀県が本家のチャンポン亭で済ませました。(2021/4/14)

Facebook Post: 2021-04-16T21:23:00

木曽路のハイライト=妻籠と馬籠──中山道バスツアー④

●ツアーもあっという間に中日[なかび]。今日の目玉は木曽路を代表する観光スポットでもある妻籠[つまご]宿と馬籠[まごめ]宿です。このあたりは、桜より花びらがふっくらしている花桃が満開。白、薄紅色、その二つが混ざり合ったものと、バラエティーにも満ちています。雨模様の空に、鮮やかさもひとしおでした。
●さて妻籠は、全国で100を超える重要伝統的建造物群保存地区の嚆矢[こうし]。1976年9月といいますから、半世紀近くも前に、「売らない・貸さない・壊さない」を基本スタンスにして街並み保存をスタートさせました。電柱をすべて家屋の裏へ回して隠すなどして、江戸時代の街の姿を復元したのだそうです。
●いまでは当たり前の電線地中化ですが、その技術がなかった当時としては、日本で初めての試み。欧米では観光地・市街地を問わず、電柱は目に見えないのが当たり前なので、空間全体がスッキリしています。自動販売機やケバい看板がないのも、それにひと役買っているはず。
●それにつけても、妻籠の先見性には脱帽です。お隣の馬籠や奈良井もそれに習って街並み保存に努め、宿場町としての魅力をいまに保っています。妻籠も馬籠も、家々は出梁[でばり]造りの二階屋、竪繁(たてしげ)格子、卯建[うだつ]など、江戸時代のまま残され、”とってつけた感””人工感”がありません。インバウンドといっても、欧米からの観光客が多いのも、そのあたりに深い共感を覚えるからでしょう。馬籠で食べたランチ=純日本風の栗おこわ定食も、どこか国際性を秘めているように感じました。(2021/4/13)

Facebook Post: 2021-04-15T22:36:24

信州の真ん中を横断──中山道バスツアー③

●今回のツアーは長野県のど真ん中をほぼ東西まっすぐに横断します。いまは鉄道や車があるので、さほど困難もなく行き来できますが、江戸時代はただただ歩くだけ。それを追体験しようと、実際に中山道を歩いて楽しむ人もいるようです。今回はA地点からB地点まで、次回はB地点からC地点までといった風に、何年もかけて全行程を歩くのだとか。
●ただ、江戸時代の中山道の道筋どおりに歩こうとしても、実際には道が消失してしまっている箇所が少なくありません。近代に入り、鉄道や道路を整備するとき、もともとあった道を埋めたり壊したりしたためでしょう。道は残っていても建物や施設の一部あるいはすべてが姿を消しているケースも。その地の人々、自治体がどのような意識を持っていたかがいまになって問われているのです。
●さて、今日は御柱[おんばしら]で有名な諏訪大社下社秋宮[しもしゃあきみや]、木曽路の入口・贄川[にえかわ]宿の関所、奈良井宿がメイン。諏訪大社の境内に立つ御柱を見たときは、こんなに太くて長い木を4本も、最大斜度35°という坂を、それも長さ100mにわたって落とすことを想像すると、怖くなりました。
●奈良井宿は、長さ1kmにわたって古い街並みがそっくり残されているのが圧巻。東海道にはこれほどまでに往時の姿をとどめている宿はありません。ポイントは電柱と電線を見えなくしていること。観光地としての”本気度”がよくわかります。ただ、コロナ禍が始まる前は多くの人が訪れていた奈良井宿もいまはひっそり。飲食店や土産物店も8割かたは閉じていますが、なんとか持ちこたえてほしいものです。(2021/4/12)

Facebook Post: 2021-04-14T23:09:34

上州は桜が満開でした──中山道バスツアー②

●今日は上州路をたどります。高崎を出て軽井沢を通過。軽井沢が宿場町だったとは、今回初めて知りました。最初にバスを降りた板鼻[いたはな]宿は、幕末期、皇女和宮が14代将軍家茂[いえもち]に嫁ぐに際し、京から江戸に向かう途中で宿泊した町。中山道を選んだのは、東海道に比べ人通りが少なく警護がしやすい、一般の往来の妨げになる影響も少ないためだとか。行列は3万人とも5万人とも8万人とも言われますが、いずれにせよ当時としてはとんでもない数。街道沿いの村は上を下への大混乱だったそうです。
●2カ所目の安中[あんなか]宿では、当時の下級武士が住んだという長屋がユニークでした。彼らが心身鍛錬のためにおこなった「遠足[とおあし]」が、日本のマラソンの始まりなのだとか。のどかな環境の中、そうしたことでもしなければ体がなまり、武士としてのアイデンティティーまで失ってしまったかも。
●3カ所目の追分宿は、中山道と長野方面に向かう北国[ほっこく]街道との分岐点。遊歩道が整備され、ここまで訪れた宿のうちではもっとも風情がありました。追分宿から上州を過ぎ碓氷峠を越えると信州軽井沢。軽井沢が宿場町だったとは! 昼食は千曲川畔にある創業104年の川魚料理店。塩名田[しおなだ]宿はいたるところ桜が満開で、はからずも今年二度目のお花見に。
●そのあと望月宿、和田宿を経て、下諏訪宿がこの日の宿泊地。湖畔はきれいに整備され、桜並木もいまを盛りと咲き誇っています。標高が平均1100mの長野県ですから、到着した時間帯がちょうど日没と重なり、湖畔からのながめは最高。明日も好天に恵まれそうです。(2021/4/11)

Facebook Post: 2021-04-13T22:14:50

埼玉で新発見──中山道バスツアー①

●先週の土曜日から「中山道69次バスツアー」に参加しています。コロナ禍の中、6泊7日という長丁場。不要不急もいいところですが、ままよとの思いで出発しました。中山道の宿場で知っているのは木曽の妻籠[つまご]、滋賀県の草津くらいのもの。最初の宿場が板橋だと知ったのも、つい何年か前のことです。
●昨年12月の「東海道53次バスツアー」と同じく、東京駅から出発し起点の日本橋へ。しかし、次の下車地が埼玉県の蕨[わらび]だったのには驚きました。いまでこそ東京駅から電車で30分ほどですが、日本橋からの距離は4里少々=約20km。初日に歩く距離としては頃合いなのでしょう。浦和や大宮をしのぐ宿場だったのは当然かも。
●3カ所目の埼玉県桶川[おけがわ]も、蕨ほどではないものの、宿場町の痕跡は希薄です。東海道より川止めのリスクが少ないので、西から江戸にのぼる際は中山道を選ぶ旅人も多かったとのこと。それでも”裏街道”のイメージはぬぐえません。この日最後の訪問地・深谷は渋沢栄一の生誕地としてすっかり有名に。生まれ育った家、駅前と、そこかしこに銅像・石像が。古希や喜寿を祝って贈られた建物が東京から移築されたりなど、町は渋沢一色なのですが、中山道との結びつきとなるといまひとつの感があります。こうして初日は、”埼玉新発見”に終始しました。
●1日目の宿泊地は群馬県高崎。ここも初めて訪れた町でしたが、さすが中核都市、たいそう繁栄しているようです。「どの路でも足の向く方へゆけば必ず其処に見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある」とは、国木田独歩「武蔵野」の一節。ツアーなので、足は向かわされてしまうことになりますが、それでも「獲物」にはありつけるはず。ガンバロ〜!
(2021/4/10)

Facebook Post: 2021-04-12T21:28:56

人間の体はコンディション維持に手間がかかる

●日本国内では最高のプレーが観られるラグビー・トップリーグも今年が最後。コロナ禍の中、テレビで中継と録画をしっかり楽しんでいます。2019年のW杯で活躍した海外の一流プレーヤーの参戦もあり、リーグ全体のレベルが大幅アップ、先週末も素晴らしいゲームを観られました。全勝どうしでぶつかったサントリーvs.クボタ。司令塔ボーデン・バレットのトライでサントリーが勝ちましたが、胸がスカッとしました。
●一方、ヨーロッパのチャンピオンズカップもいよいよスタート。各国のクラブチームどうしで覇を競う(サッカーのUEFAチャンピオンズリーグのようなもの)大会ですが、その1回戦で、松島幸太朗の所属するフランスのASMクレルモンがイングランドのワスプスと対戦。松島がトライを決めて勝ち、試合終了。バレットも松島もW杯で大活躍したので、ファンならずとも顔には見覚えがあるでしょう。
●昨日は早起きして庭に出てみると、ハナミズキがひと晚でほぼ満開に。拙宅の裏に生えているジャスミンも花が咲き始め、あたり一帯、いい香りがただよっています。写真のソロモンシールなど、何も手入れせずとも毎年こうして咲いてくれるとは、ありがたい花ですね。
●ただ、人間の体はそういうわけにはいきません。この1年間、運動量が大きく減っているのは間違いなく、そのうちツケがまわってくるのではないかと気がかりです。昨年はシーズン早々で打ち切りとなったラガーマンたちも、コンディション維持が大変だったはず。それでも目標が明確な分、シーズンが佳境に入り、鋭いプレーを見せてくれています。この先ますます楽しみになりました。

Facebook Post: 2021-04-09T22:08:16

きちんとケアしてやれば、花は裏切らない

●外出らしい外出もしないまま過ごしたこの1週間。それでは体によくなかろうと、近くの哲学堂公園まで歩いてみました。桜もそろそろ散り始めてきたせいか、人影もまばら。しかし、公園の中は季節の花が競い合うようにして咲いています。
●それにしても、公園の名前としてはなんともユニークだと思いませんか? そもそもは、哲学館(現東洋大学)の創設者である井上円了が、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀る「哲学堂」をいまの地に建てたのが始まり(その後この建物は「四聖堂」と改められた)で、それがそのまま公園の名になったのだとか。園内には唯物園・唯心庭だの、真理界、哲理門だの、いかにもそれっぽい名前の建物や石像・灯籠などが全部で77もあります。だからといって、頭が哲学し始めるわけではありませんが(笑)。
●家に戻ってみると、拙宅の狭い庭も”花博覧会”状態に。沈丁花、レウィシア(岩花火)、プリムラ(桜草)、マーガレットが、鉢の中ではありますが、小さな花びらが懸命に咲いています。いちばんうれしかったのは、昨年、隣区の農協園芸売店で買った藤。上品な紫色の花が輝いて見えました。鉢植えが2年続いて咲くと、なんだか得をしたような気がします。
●そういえば、沈丁花も岩花火も桜草もマーガレットも皆、鉢植え2年目。きちんと手入れしてやれば期待を裏切らないのですね。木や草花は、人間より正直なようです。昨日の朝日新聞にニューヨークタイムズのコラムが転載されていましたが、タイトルは「パンデミック宣言1年 自然守ることが人類守る」。野生動物を食べること、その販売を野放しにしていること、森林破壊により都市化を進めることの三つをストップするのが「真に持続可能なワクチン」であると主張しているのですが、そのとおりかも。

Facebook Post: 2021-04-03T09:40:59

“ついでに”がハマったときの幸せ感 PART2

● 窓の外を見ると、おぼろ月が。ふと思いつき、拙宅の近くに民家の庭に植わっている中でも指折りと思われる大きな桜(左右15m・高さ10m以上)があるので、見に行ってみました。月と桜━━なかなかいい取り合わせです。昨日蘆花恒春園で見た満開の桜と菜の花の絨毯も心が浮き立ちましたが、1たす1が2を超えている感じがします。
●さて、もう一つの”ついでに”は、世田谷文学館&蘆花恒春園からさほど遠くないところにある洋食レストラン。人気番組「孤独のグルメ」で紹介されていた中で「これはぜひ」と思っていた店の一つです。予約不可のため直接行ってみると、開店10分後だというのにもう何人か並んでいました。しばらく待ってランチをいただいたのですが、これが大当たり!
●最初に出される4時間煮込んだミニスープは、ジャガイモなど野菜が溶け込み、幅広かつ奥深の味わい。メインは、牛ヒレのステーキにチーズを乗せ熱いビーフシチューに落とした「ア・レ」という料理。それぞれの持ち味が生き、素晴らしいハーモニーを奏でてくれます。店は住宅街にあるため、客の大半は近くに住む老夫婦やオールドレディーのグループ。斜め向かいにテニスクラブがあるので、そのメンバーさんかもしれません。
●驚いたのは、いまどき珍しく、マッチが置いてあったこと。昔はどこの飲食店でも、レジ横あたりのカゴに山積みされていました。男性の3分の2がタバコを吸っていた時代の話です。「花もだんごも」手にすることができ、今回の”ついでに”の二段重ねはうまくツボにはまりました。こんなときの充実感は何ものにも代え難いものがあります。

Facebook Post: 2021-03-27T22:19:25

“ついでに”がハマったときの幸せ感 PART1

●今月末で終わってしまう「あしたのジョー」展に、ギリギリで行くことができました。高2のときに連載が始まり、大学に入ってからも熱読した名作。編集者になって、原作者の高森朝雄さんと絵を描いていたちばてつやさんの双方と仕事でご一緒し、不思議な縁を感じたりもしていました。
●会場の世田谷文学館、最寄り駅の京王線・芦花[ろか]公園とも初めて。東京23区で初の地域総合文学館としてオープンしたのは1995年。以前からユニークな企画展を何度か開いていたので気にはなっていたのですが、なかなか足を運ぶ機会がありませんでした。それにしても、会場内は私とほぼほぼ同じ年齢層、それも9割以上が男のおひとりさま。もちろん、連載当時の「少年マガジン」の読者でしょう。ふんだんに展示された原画を熱心に見入る、というか読み入る姿は半世紀前と変わりません。
●ジョーの絵だけでかなりお腹いっぱいになりましたが、これだけで終われないのが私の性[さが]。何をするにも、どこに行くにも、”ついでに”=コスト・パフォーマンス&タイム・パフォーマンスを考えてしまうのです。生来の貧乏性なのか、それとも名古屋で育ったせいなのか。ちなみに、マンガ喫茶もスーパー銭湯も、発祥の地は名古屋です。1カ所で2つ以上のことができるのは名古屋人の最大の喜びといっても過言ではありません。
●さて、今日の”ついでに”その1は、すぐ近くの蘆花恒春園[ろかこうしゅんえん]。徳富蘆花が生前暮らしていた家屋と庭園をベースに、東京都が公園として整備したものだそうです。日本史の教科書で代表作とセットで覚えただけの蘆花ですが、それではあんまりなので、ちょっとだけのぞいてみようと。蘆花記念館を見学して外に出ると、これが予想以上に素晴らしい公園でした。いまの季節、各種の桜はもちろん、菜の花、チューリップ、パンジー、山吹などどれも皆満開で、「気持ちい〜い!」のひとこと。広過ぎず狭過ぎずのサイズも、70歳を越えた身にとってはありがたいです。これだけでも大満足でしたが、今夏はもう一つおまけが。そちらは明日ご報告します。

Facebook Post: 2021-03-26T19:38:00

50年間ひいきにしていた洋服屋さんが閉店

●みごとに咲きそろった我が家のチューリップをはじめ、ここのところ、いつ、どこに行っても花が楽しめる毎日。つい1年前まで、ひどあときは早朝から深夜まで18〜19時間、国内・海外どこにいても原稿に追われ、そうした生活とはほとんど無縁だったのがまるでウソのようです。その分実入りも減りましたが、それを補って余りある精神的余裕は、何物にも替えられません。
●そんな毎日を送っていればこそ、街を歩いていても四方八方に目が行き届くように。昨日も、ここ10年近く通っているかかりつけ医のある銀座まで行くと、「テイメン(テイジンメンズショップ)」の看板が目に飛び込んできました。しかも、「閉店セール」の貼り紙が! そういえば2〜3週間前だったか、新聞でそのニュースを知り、驚いたんだっけ。この1年、衣料品の売れ行きが大幅に減っているからのようです。
●帰りに、ちょっと寄ってみると、品数もすでに残り少なく、なんともさびしい感じが。せっかくだからと、”記念”にスタンドカラーの白いシャツを1枚購入(なんと50%OFF)しました。「テイメン」のタグがついているので、メモリアルにもなりそうです。考えてみると、上京して以来ずっとですから50年のお付き合い。ボタンダウンカラーの白シャツはずーっとこの店で買っていました。
●コロナ禍が始まって1年間。これまで足を運んでいた飲食店にも、残念ながらクローズしてしまったところがいくつかあります。ホテル・旅館、おみやげ店、運輸・航空など、旅行関連の業界も事情は同じ。”最後の絆”とも言えるオリンピックもいまや風前の灯。この先さらに苦境が続いても、なんとか頑張っていただきたいものです。

Facebook Post: 2021-03-24T08:50:37

”おいしい神戸”を楽しむのも仕事!?

●今あちこちでやり玉にあがっている会食とは違いますが、仕事でおいしいものが食べられるという機会はそうそうありません。3月16日の午後は「北前船研究交流セミナー」。その最後のセッションのテーマが”食都神戸”でした。100%地場の産品で構成した食事を観光客にというコンセプトで、会場のホテルオークラが考案したメニューを試食するのが参加者の仕事。
●前菜、メイン、デザート各ひと品ずつでしたが、どれも皆”tres bien!” でした。神戸というとビーフくらいしか思い浮かばない私、シイタケもあれば菊菜もある、山椒までもが神戸産と知り驚きました。もっとも、オークラのシェフの手にかかれば、どんな素材でも”別もの”に仕上がるのかもしれませんが。日本酒はもちろん地元の灘(ここも神戸市)ですし、一緒に出された地場のワインもイケていました。
●今回のセミナーが神戸でおこなわれたのは、兵庫津[ひょうごのつ]という、古くからあり由緒も深い港が日本遺産「北前船寄港地」の一つに追加認定されたため。世界中に知られている神戸港のルーツは北前船も出入りしていた兵庫津なのです。この先、「歴史」は観光の強力なキーワードになりそう━━それを改めて実感しました。これからは、単なる物見遊山ではなく、歴史を取り込んだ観光が注目される時代がやってくる
●それにしても、自治体としては兵庫(県)のほうが上位なのに、知名度は神戸(市)のほうが数段上。神奈川(県)と横浜(市)の関係とよく似ており、どちらも「港」がらみというのも不思議な気がします。

Facebook Post: 2021-03-19T07:27:22

神戸・元町は和洋中の混在が魅力

●前夜泊まった姫路から、本来の目的地・神戸随一の繁華街=元町・三宮までは、JRの新快速で40分ほど。元町から三宮にかけての一帯は神戸でもいちばん早く「外国」が入ってきた場所だけに、どことはなしにあか抜けた空気が流れています。その一角、アーケードのかかった商店街にある「サントス」という喫茶店(カフェではありません!)に行きました。外観やメニューの構成は昭和っぽいのですが、中はこじゃれた雰囲気が。
●目的は、この店の名物ホットケーキ(パンケーキではありません!)です。オーダーしてから作り始めるので、テーブルに届くまでおよそ20分ほど。でも、その甲斐はありました。もっちりしすぎない、口全体にしっとりしみ入ってくるような粉の加減が、すばらしく心地よいのです。私が半世紀以上昔初めて口にしたホットケーキとそっくりだからかもしれませんが。
●店を出て道一本南に下ったところが南京町。いわゆる中華街ですが、横浜ほどには大きくありません。食欲をそそる香りがただよっていたものの、ホットケーキでお腹いっぱいの私はパスし、三宮方面に向けさらに歩きます。デパートも映画館も、コンビニも皆、元町のイメージにかなった顔をしているのが面白い。
●ただその一方で、元町には別の一面も。駅のすぐ近く、高架の線路沿いにある細い路地は、飲み屋や食堂(レストランではありません!)、雑貨店などがごちゃごちゃと並ぶ”昭和の日本”そのもの。駅から離れるにつれ、先のようなあか抜けした町並みが目につくようになります。それを象徴するのが、神社と教会(といっても結婚式場ですが)、真っ赤な鳥居とレンガ風の外装をした店の大接近。それもまた、多くの人を惹きつける要素なのかもしれません。三宮のデパ地下で、神戸に来るとかならず買い出しに行くピロシキ屋さんへ。夜食用に2個ゲットしました。

Facebook Post: 2021-03-17T11:38:37

3カ月ぶりの新幹線で兵庫県の赤穂へ

●今日・明日は神戸で「北前船セミナー」。せっかくの機会なので、ついでに赤穂まで足を延ばすことにしました。朝6時過ぎに家を出て、品川から3カ月ぶりの新幹線で姫路まで。姫路からレンタカーを借り、赤穂までは1時間ほどです。素晴らしい晴天で、新幹線の車窓から富士山のいただきがくっきり。名古屋を過ぎると伊吹山も見えました。それだけでもエキサイティングな気分になるのが「旅」の面白さ。目的地だけでなく、途中もなおよしなのです。
●「忠臣蔵」ばかりが有名な赤穂ですが、それ以外にも塩作り、1616年に完成し江戸・福山と並び称された上水道など、興味をそそるものが少なくありません。私の関心は、赤穂の塩が江戸時代、大坂を出航した北前船で北陸・東北まで運ばれていったこと。その途中で寄港したのが市の東部にある坂越[さこし]です。港は、瀬戸内海から奥深く切れ込んだおだやかな湾の内ふところにありました。
●ほぼ当時のまま保存されている街並みは、端から端まで歩いて回っても30分足らずほどの狭さ。歴史を大切にしようという住民の素朴な思いがそこここに感じられました。案内所のスタッフが、「ここはスケッチに来られる方が多いんです」と話していたとおり、絵になるスポットも少なくないようです。もう1週間あとなら、北前船船主の奉納した絵馬が奉納されている大避[おおさけ]神社、そのすぐ隣、船岡園の桜も満開だったのでしょうが、残念!
●赤穂の街中に戻り、浅野氏が主だった赤穂城跡へ。明治維新でほとんど取り壊されてしまい、いま復元の最中だといいます。城跡のすぐ近く、大石神社参道の左右にずらりと並ぶ赤穂義士石造群は圧巻でした。姫路まで戻り夕食を食べに出たものの、この町は食がいまイチ。30分以上も歩き回りましたが、結局ラーメン+餃子で手打ち。坂越を離れる前、地元でふんだんに獲れるカキ尽くしのランチを堪能(そろそろシーズンも終わりですからね)しておいてよかったぁ。帰りがけに買った名物の塩餡最中も。

Facebook Post: 2021-03-16T11:47:02