投稿者「edit-house」のアーカイブ

写真展『日本の灯台』に行ってみました

2016年7月20日
午前中西新宿8丁目で打ち合わせがあったついでに、1丁目のギャラリーでおこなわれていた旧知の写真家Oさんの写真展に行ってみました。前夜、これも旧知の編集者Kさんから電話があり、雑談している中で教えてもらったのですが、ちょうど今日行く場所の近くだとわかり、行ってみようと。

残念ながらOさん自身は撮影の仕事が入っていたようで会場にはいませんでしたが、これまた35年ぶりくらいで会った奥さんが会場におられ、しばし思い出話を。日本各地にある灯台(全部で3300もあるそうです!)の中から、選びに選んだ30ほどの灯台を撮った作品はどれも皆見ごたえがありました。

つい2年ほど前に行った長崎県の大瀬崎灯台など、「こんなにきれいだったんだ」と、うれしくなりました。私たちが現地を訪れたときはちょうど霧がかかっていて、ほんのチラッとしかその姿を拝むことができなかったのです。台風が日本に近づくたびにテレビやラジオ、新聞で見聞きしている「潮岬」も初めてその姿を見ました。

灯台を撮り始めて20年ほどだそうですが、日本にはまだまだいいものがたくさんあることを知り、とても元気が湧いてくると同時に、自分も観に行ってみようという気持ちにもなりました。

このブログが本になった!

2016年7月19日

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夕方、小石川書館のIさんと社長がやってきました。今日見本が完成した単行本『「いい夫婦」の旅術』を届けに来られたのです。新刊を手にするのはいつだって感慨深いものですが、今回はひとしお。もともと本にしようなどとは考えもしていなかった素材なので、とても不思議な気がします。

そもそもはこのブログに勝手気ままに書き散らかしていた雑文を、たまたまIさんが見つけ、今年の2月、連絡をもらったが事の始まり。Iさんとは、私の大学時代の友人と高校が同じだった縁で顔見知りだったのですが、一緒に仕事をしたことはありません。年賀状を交換し合うだけのつながりが30年ほど続いていましたが、まさかこんなオファーがあるとは思いませんでした。

それでも、ブログに目を通してくださっていたというお話を聞けば、悪い気はしません。一度は世に出した文章でもあるし、うまく編集してもらえればそこそこの本には仕上がるのではないかと思いました。

それから3カ月、6月中旬までかかって、これまでアップした膨大な量の原稿を整理、修正・加筆といった作業を積み重ね、ようやく完成したのです。タイトルもいいですし、拙宅に置いてあった雑物をもとに作ってくださったカバー写真もかわいい感じで、いい本に仕上がりました。Iさんはじめ編集にたずさわってくださった方の苦労がしのばれます。本当にありがとうございます。

今年はたまたま私たち夫婦にとって結婚40周年。手前勝手ではありますが、“記念品”にしてしまおうなどとも考えています。でも、本はやはり売れてナンボのものですから、これから真剣にプロモーションを展開していく必要があります。さて、さて、どうしますか……。

「サンウルブズ」の日本国内最終戦

2016年7月2日
今日もまたなんとも蒸し暑い日でした。そんな中、午後2時15分キックオフで「スーパーラグビー」の国内最終戦がおこなわれました。チケットを買ったときから疑問に思っていたのですが、7月2日になんでデーゲームなの!? 南半球からやってくるチームに対する敬意というか配慮がまったく感じられませんよね。

この季節、この時間帯なら南半球のチームがネをあげて「サンウルブズ」にチャンスがなんて思ったわけではないでしょうが、それにしても……。ラグビー自体はもともとウインタースポーツだと思っているのですが、夏にやってもおかしくはないでしょう。でも、それならそれでせめてナイトゲームにしてほしかったですね。

試合は「サンウルブズ」の完敗。キャプテンの堀江翔太やトゥシ・ピシなど主要メンバーを欠いていたので勝ち目はなさそうだと思っていましたが、案の定でした。まあ、今年は初めてのシーズンですし、準備時間もほとんどゼロでしたから、こうした結果に終わってもやむを得ません。しかし、苦しい戦いが続く中で学び取ったことはいっぱいあろうかと思います。来シーズンはそれを糧に、もう少しいいゲームを見せてほしいですね。

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久しぶりのテストマッチ「日本対スコットランド」

2016年6月25日
dsc_0568昨年9月以来のテストマッチが先週からおこなわれています。先々週はバンクーバーで日本対カナダ。これはなんとか日本が勝ちました。先週はスコットランド戦が大阪でおこなわれ、敗戦。そして今日がスコットランドとの第2戦です。場所は味の素スタジアム。

味スタに行くのは数年ぶり。前回は陸上の日本選手権でした。観客も少ないイベントなので、なんの不満も感じませんでしたが、今日は、昨年のワールドカップで南アフリカを破るという衝撃的な結果を提供してくれたラグビー。相手も、W杯で唯一負けた相手スコットランドですから、観客数も大変な数になるでしょう。

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ただ、だからといって、中に入るのに100m以上も並ぶというのは納得が行きません。入口の数が少なすぎます。しかも荷物チェックがあり、それがたったの1カ所。そこまで行くのに、いったんチェックゲートの前を通り過ぎてから列の最後尾まで行き、そこからまた戻ってくるという非効率的な方法を取っているものですから、イライラさせられます。JRFU(日本ラグビーフットボール協会)の未熟さ、というかあまりに稚拙な運営ぶりにはいいかげんガックリ来ます。2019年のW杯、本当に大丈夫なのでしょうか。

dsc_0600今日のゲームは、日本ラグビー史上初めてという天覧試合。ハーフタイムに両陛下がロイヤルボックスに入場されましたが、私たちがすわっていた席のすぐ真上でしたから、間近でお顔を拝することができました。いつも柔和な表情をされている天皇陛下に観客も皆総立ち、温かい拍手を送っていました。

それだけに勝ってほしかったのですが、スコットランドは、フィジカルもさることながら、やはり試合の運びが格段に上です。100年以上も強い国々を相手に試合をし続けているのですから、当然といえば当然。結局、日本はトライを奪いながらも、ノートライのスコットランドに負けてしまいました(スコアは16対21)。

ニューサウスウェールズ州立図書館には感動

2016年5月30日
今日はメルボルンに移動です。午前10時がレンタカーのリターン時間。ホテルからは10㎞ほどのシドニー空港近くにオフィスがあるのですが、ガソリンの補給もあるので、朝8時すぐには出発。空港近くのガソリンスタンドをナビにセットし、給油を終えたあと今度はレンタカーの事務所をセット。ものの10分足らずで着くはずでしたが、最後の土壇場でナビを見誤り、まわりをぐるっと1周させられたため、30分もロスしてしまいました。それでも10時少し前に到着し、無事返却。隣接するメルボルン行き飛行機が出発するターミナルには余裕で着きました。

dsc_0393今日のフライトはLCCのJETSTAR。すんなり手続きを終え、12時15分発の便に乗り、1時35分にはメルボルン到着。LCC用のターミナルはまだ新しいせいもあってかすこぶる清潔なのが印象的です。荷物を受け取ると、すぐスカイバスに乗りました。30分もかからずにサザンクロス(Southern Cross)駅に着き、スーツケースを転がしてホテルまで。シドニーと同じ「インターコンチネンタル」ですが、こちらはまた一段と強く歴史を感じさせるクラシックな建物です。地下1階から7階まで吹き抜けになっていてロビー階があるのは2階部分にあたるので、地下1階にあるコーヒーラウンジを廊下から見下ろす形になります。

部屋の窓も吹き抜けになっている側についているので、外側の景色はまったく見られません。吹き抜け部分の天井から注ぐ日の光だけが明かりのもとですから、なんだか不思議な感じがします。

dsc_0404荷ほどきもそこそこに中心部に向けて歩き始め、お腹も空いていたので食事に。ブロックアーケードという古いショッピングビルで見つけた小さなカフェに入って済ませました。ほんの狭い店ですが、味はレベルが高く、ビーフバーガーとペンネ・ボロネーゼを2人で平らげました。

 

そのあと訪れた州立図書館には驚くとともに感動しました。まずはその建物。美術館といってもおかしくないほどの設計です。中もまた大変な広さで、3階までしかありませんが、入ってすぐのところにある開架室には机がぎっしり並べられ、そのほとんどが大学生たちによって占められています。ほぼ全員、ノートパソコン持参で調べごとや勉強に励んでいる風でしたが、よほど勉強しないと、大学にはいられないのでしょうね。

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書館に入るころから家人が「疲れた」という言葉を口に出していたので、見終えるとすぐタクシーでホテルに戻りました。そのまま家人は朝までずっと眠っていたようです。私はそのかたわらで少し仕事をこなし、さらに8時過ぎから川を渡った先にあるオーストラリア最大のカジノ「CROWN」の様子を見に行きました。こちらも大変な広さで、端から端まで5分ではききません。ここもやはり中国人の姿が目立ちますが、インド人もオーストラリア人もいますし、マレー系の人も少なくありませんでした。

「VIVID SIDNEY」はいまイチの感

2016年5月29日
今日はシドニーに戻ります。高速に乗る前に、キャンベラの動物園をのぞいてみました。豊かな自然の中にある環境的には恵まれた動物園なのですが、サービス精神に欠けているというか、どこに何がいるのかが非常にわかりにくく、疲れました。キリンはわりと早いうちにお目見えできたのですが、それくらいしかなく、あとは……。

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dsc_0370早々に動物園を出て、一路シドニーへ。夕方5時前にホテルにチェックインし、夜のナイトクルーズに急ぎました。「VIVID SIDNEY」が一昨日から始まっており、今日が最初の日曜日。ダーリングハーバーから次々とクルーズの船が出発します。私たちはいちばんシンプルなメニュー(=ディナーなし)の船。1時間でサーキュラーキー周辺のあちこちに仕掛けられた光のオブジェやライティングのほどこされたハーバーブリッジ、対岸のミルソンズポイント、オペラハウスや周辺の高い建物に投影される光の芸術の数々を堪能しました。

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ただ、家人にいわせると、色彩や造形の手法が日本人の感覚にはなじまないのではないかと。美に対する感覚がやはり違うのでしょうね。

寒い夜に、チョー寒い試合を見せた「サンウルブズ」

2016年5月28日
10時にレンタカーをチェックアウトし、キャンベラに向けて出発。いつものように、最初のナビのセッティングに手間取りましたが、なんとかクリアできました。高速道路の1本道。シドニー市内とその近郊はまだしも、50、60キロ離れたあたりからは草と木だけ。町も村もありません。もちろん人の姿もなし。ときどき牛と羊の大集団が見えますが、基本的には何もないところを走っていきます。日本の高速道路でいうサービスエリア、パーキングエリアのようなものはもちろんありますが、それとて無人のところがほとんど。キャンベラまでの間に2カ所だけ、店舗のあるところがありました。

あまりに退屈で眠気をもよおしそうになるので、途中3回ほど車を止め一服しました。夕方4時前にキャンベラに到着。さすが首都、美しい街です。シドニーもそうですが、オーストラリアの魅力は空気がすこぶる澄んでいること。車も相当の量が走っていますが、国土がとてつもなく広いので、当然かもしれません。

dsc00640ホテルは「ヒストリカル」を謳っているだけに、古いつくりです、しかし、敷地が大変に広く、1階と2階にフロアに大小の宴会場(パーティールーム)が合わせて30以上はあるでしょうか。吹き抜けの廊下部分から細い回廊が縦横に出ていて、そこに部屋があります。3階建てですが部屋数は100以上ありそうです。

 

 

dsc00648今日の朝食はレンタカーを借りに行く途中にあったカフェで買ったチキンラップにコーヒーを立ち、いや歩き食い。昼間はマクドナルドのフィレオフィッシュというプアな内容だったので、夜くらいはと街の中心部までタクシーで。首都の中心部ですから、人も多そうですし、飲食店はかなりの数ありました。たまたま前を通った中華料理の店に入ったのですが、これが大当たり。私たちが入った6時過ぎから30分ほどの間に12~13組の客が入り、ほぼ満席に。3品ほど注文しましたが、日本人の舌にも合う品ばかりでした。

dsc00613店の近くにあるバスストップから無料シャトルバスでスタジアムまで15分。途中は何もなく真っ暗な道。着いたスタジアムも昨日ほど大きくないので、目立ちない感じがします。収容人数は2万ほどでしょうか。客の入りは6分ほど。新参者でまだ1勝しかしていない「サンウルブズ」が相手ですから、地元の「ブランビーズ」もそれほど緊迫感がありません。とはいえ、プレーオフのからみもあるので、メンバー的にはほぼベストの布陣です。

結果もそのとおり。コールドゲームという言葉がありますが、66対5という大差で「ブランビーズ」の勝ち。2℃という寒さがこたえた(風が吹いていなかったのが救いですが)ゲームでした。

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ノーサイドの笛までとても待っていられず、10分前にスタジアムをあとに。冷え切った体を温めようと、ホテルのラウンジでワインを1杯飲みましたが、最悪・最低の試合でした。これで「サンウルブズ」は全18チーム中最下位に転落です。

「ワラターズ」対「チーフス」のゲームはハイレベル!

2016年5月27日
朝はサーキュラーキーの西側にあるロックス一帯を歩いてみました。イギリス人が最初に上陸した場所だそうです。古いレンガ作りの建物が多く、目の前に架かるハーバーブリッジが一段と大きく見えました。ホテルで食べた昨日の朝食が値段(42ドル×2)とまるで見合っていないので、今日は外でと思っていたら、1軒、おいしそうな店を見つけました。そこで、ツナサラダ、バナナパンケーキ+カナディアンベーコン、コーヒー、カプチーノを注文。これでしめて29・5ドル。十分に満足です。オーストラリアの食事は総じて薄味に仕立ててある印象がします。

dsc_0224北のほうに向けてさらに歩くと、坂の上り下りが多いことに気がつきました。古い教会のすぐ隣が高層ビルだったり。それが中心街の特徴なのですが、といって不調和な感じはしません。

一度ホテルまで戻り、ひと休みしてまた植物園に。海沿いの道をオペラ劇場方向にぶらぶら歩いていくと、美しいフォルムのオペラ劇場がどんどん間近に迫ってきます。ロケーションのせいもありますが、風が強く、写真を撮るのも大変。

今夜から始まる「VIVID SIDNEY」の最終準備も着々と進んでいるようです。植物園も今年から会場になるらしく、1万個のLEDライトで作ったトンネルのようなものができています。明後日の夜、見るのが楽しみになってきました。

埠頭のすぐ横にあるオペラ劇場の付属施設とおぼしき巨大なカフェの先にさらにいくつもの店が並んでいたので、その中の1軒に入りしばし休憩。アペロール・スピリッツ、ラズベリー風味のヴァージンモヒートを飲みました。帰りも植物園の中を抜け、総督公邸の横を通ってホテルに。

今夜は「スーパーラグビー」の観戦なので、その準備をしてサーキュラーキーのバス停まで歩いていきます。サポーターと思しき服装のお年寄り3カップルがいたので、勝手に“あたり”をつけ、6人が乗り込んだバスに。目的地のムアパークに着くと、広大な敷地に大きなスタジアムが2つ、さらにシネコンや劇場もあるようでした。今夜はクリケットもビッグゲームがあるらしく、あたりはごった返しています。

dsc_0282ラグビー専用のAlliantzスタジアムは4万5千人収容。中に入ると、私たちの座席は前から7列目、しかもほぼハーフウェーラインのところ。ただ、試合が始まって気がついたのですが、あまり前のほう、しかもグラウンド上とさして変わらない高さで見ても、全体の様子はつかみにくいときがあります。

試合はオーストラリア・カンファレンスの1位・「ワラターズ」(シドニーが本拠地。チーム名は「赤い花」の意)とニュージーランド・カンファレンスの1位・「チーフス」(ともに今日時点で)どうしの対戦。さすがハイレベルです。「チーフス」のジャージはえらく派手で、黒地にタトゥーを思わせるような幾何学模様が胸の上とおへその上あたりに染め抜かれています。

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「ワラターズ」のキャプテン7番(マイケル・フーパー)、ウィング(イズラエル・フォラウ)など、W杯でおなじみの顔がいくつも見えます。「チーフス」のキッカーを務めるダミアン・マッケンジーが蹴る前に見せるルーティンで、最後に浮かべる不敵な笑いが大ウケしていました。

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試合は45対25で「ワラターズ」の勝ち。終了後はおそらく主催者が用意していると思われる無料のシャトルバスでホテル近くの停留所まで戻りました。このシャトルは、試合の入場券を持っている人はだれでも無料。さすが、ラグビーの先進国!

 

“世界一ぜいたく”なキリン

2016年5月26日
時差がないというのは本当に楽です。朝も普通に目が覚めました。タバコを吸うために1階まで降り、外に出ると、ちょっと肌寒い感じがします。いつ雨が降り出してもおかしくない、どんよちとした曇り空。今日は動物園に行く予定をしているのに、大丈夫だろうかと心配になりました。

朝食を済ませ、サーキュラーキーまで。タロンガ動物園は私たちが泊まっているホテルの、海をはさんだ向かい側にあります。船で行くことはわかっているのですが、今日はあとの行動を考え、パスを買いました。「opal」というカードで、1枚20オーストラリアドル。これで乗り放題なので回数にもよりますが得ですし、何より乗るたびにチケットを買う手間が省けます。

dsc_0104どんより曇っていた空がとうとう泣き出したようです。大きなフェリーに乗って10分少々で到着。桟橋を降りたところにバスが待っていて、動物園の門まで行けます。今年で開園100周年というタロンガ動物園。雨にもかかわらず、小学生・中学生など、子どもの集団がたくさん来ていました。

ここのキリンは素晴らしいロケーションのところに4頭います。しかも、バックに世界遺産のオペラハウスとハーバーブリッジがあるのです。アメリカ西海岸サンタバーバラのキリンも太平洋がバックでしたが、ここは海だけでなく素晴らしい眺めが背景。高層ビルもタワーも見える動物園というのは世界でもそうはないでしょう。こんないい場所で飼われているのをほかの動物園のキリンが知れば、さぞかしうらやましく思うにちがいありません。

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チンパンジーもゴリラものびのびしていましたし、3頭の家族でゾウが水浴び・泥浴びまでしている場面にも遭遇。アフリカのサファリで目にして以来のことで、とてもうれしくなりました。こんなことが可能なつくりになっている動物園は初めての経験です。

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帰るころには雨もすっかりあがっていました。動物園から市内に戻るフェリー埠頭まで行くバスの待ち時間が長かったので、路線バスで市内中心部まで行くことに。ハーバーブリッジを渡り、ワインヤード(Wynyard)というところまで30分もかからずに着きました。そこからぶらぶら歩いてピットストリートの路上モールまで。この一帯はユニクロ、H&M、ZARA、FOREVER 21など、若者向けの店が軒を連ねています。

dsc_0196ランチをと、老舗のデパート=デイビッド・ジョーンズ(David Jones) の地下食品売り場へ。イートインの店がいくつかあり、その一つで食べました。昨日のフードコートとは一変、大人というか、引退したお年寄りというか、そういう人たちにフィットしていそうな感じです。値段も地上店とさして変わらず、しかもレベルは上。私が注文したフィッシュ&チップスも、フィッシュが、食べやすいように、あるいは油が中までくまなくまわるようにするためか、3、4片に小分けしてあり、イギリスとはずいぶん違います。味もそのせいか繊細な感じでした。

地上に上がったところにハイドパークという大きな公園があったので、そこに行ってみました。もともとは競馬場だったところを公園にしたようで、美しい噴水や教会ともマッチしていたのが印象的です。

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評判にたがわず美しいオーストラリア

2016年5月25日

初めてのオーストラリアです。きれいなところです。空港でのもろもろの手続きがあっという間に終わったのが何より素晴らしい! 入国はまずパスポートを読み込ませます。すると、小さなカードが出てくるので、それを係官のいるブース横の機械に差し込めば完了。ここまでわずか5分足らず。当然パスポートにスタンプも押されません。アメリカの入国手続きもこうあってほしいなぁと心底思いました

預けた荷物を受け取ると、次は税関。先ほどの機械に差し込んだカードと、機内で書き込んだ簡単な書類を渡せば一切終了。あとは市内への交通機関を選ぶだけとなります。ターミナルビルの外に出ると、やはり成田を出てきたときとは違いやや肌寒い、というか涼しかったですね。日本でいうと10月下旬といったところでしょうか。

dsc_0032私たちのホテルは、エアポートエクスプレスという電車で5つ目の駅サーキュラーキー(Circular Quay)で降りて徒歩5分のところ。まだ午前10時前だったので、とりあえず荷物だけ預け、部屋はあとでということになるかと思っていたら、あにはからんや、部屋にも入れてくれました。荷ほどきを済ませるとさっそく、ホテルにすぐ近くにある王立植物園へ。海っぷちに位置しているのですが、きれいに整備されているのはやはりイギリス流。

dsc_0080 植物園からタクシーで中心部にあるQVB(Queen Victoria Building)へ。1898年に建てられたビルですが、現在はショッピングモール。4階建ての中央部は完全な吹き抜けで、外壁に沿って回廊があり、そこに店が並んでいます。地下はその周囲にある新旧の建物いくつかとつながっており、巨大な地下街になっていました。

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dsc_0060その中にフードコートがあったのですが、大変な広さで、KFCやサブウェイなど有名ファストフードチェーンの店のほか、和食(寿司、ラーメン)、中華、ピザ、インド、メキシカン、トルコ料理など、30近い店ほどがまわりを取り囲むスタイル。そこをあとにし、すぐ近くのタウンホールと聖アンドリュース教会を見てタクシーでホテルに戻りました。家人はベッドで爆睡。私はといえば、もちろん仕事。

夜になり、ホテルからタクシーで15分ほどのところにあるカジノに行ってみました。平日のため空いていましたが、雰囲気もマシンもラスベガスと遜色ありません。この日は特別に空いていたようですが、それはショーがなかったせいもあるようで、ふだんはもっとごった返しているそうです。2時間ほど軽く遊んで帰りました。

初乗り運賃さえ下げればOKなのか?

2016年4月5日
「あっ、そこで止めてください」と運転手に声をかけた瞬間、メーターが1000円から1090円に。東京でタクシーに乗っているとよく経験するできごとです。ポケットにしまった財布をまた取り出し、100円玉を1つ付け足して払うハメにおちいるのですが、それより何より不愉快なのはメーターの刻みが「90円」と大きいことです。「だから、タクシーはイヤなんだよなぁ」。これがかりに「20円」とか「30円」だったら、そういう気分にはなりません。

今朝の朝日新聞1面、それもトップに、「タクシー初乗り、東京400円台も 距離縮め、来春にも」という記事が出ていました。「2キロ730円」という現在の初乗り料金を、「1キロ強で400円台」に下げ、「高齢者や子連れ客らに、買い物などの近距離でも気軽に乗ってもらう」ようにするためだそうです。

初乗りが下がれば乗りやすくなるのは間違いありません。歩いて13~14分を超えるかどうかがタクシーに乗る・乗らないの目安になるのも、経験上わかります。雨でも降っていればいいところ10分でしょう。しかし、これだけがタクシーに乗る決め手なのかというと、違います。私はむしろ、初乗り距離を過ぎてから加算されていく金額の幅がけっこう影響すると思っているからです。

東京のタクシー業者にこうした感覚がないのはなんとも不思議な気がします。先日、ミラノでタクシーに乗ったとき、なんと10セント単位で上がっていくのを経験しました。10セントといえば13円です。これほど少額の刻み幅は私にとっても初めての経験です。もちろん、13円ですから距離は短いですよ。ただ、メーターが上がっていってもそれほど気になりません。まして、血圧が上がったりイライラしたりすることなど一切ありません。

ロンドンなど、初乗り運賃の実質は東京の約4倍です。これをもとに「いや、東京のほうが断然安い」といわれれば、たしかにそのとおりかもしれません。でも、その後の加算による刻み幅は「32円」です。距離と金額を比べると、東京のほうがわずかに割高なのですが、小さく刻まれている分、不愉快な気分を味わうことはありません。

先の記事によると、「大手の日本交通は(中略)、初乗り距離を1・059キロに縮め、運賃は410円。その後、235・25メートルごとに80円を加算し、2キロ時点で730円とする」とのこと。「90円」から「80円」にほんの少しだけ刻み幅が減るようですが、私の感覚からするとまだ不十分です。初乗りは「1キロで400円」ポッキリ、加算は「60メートル程度で20円」くらいが妥当でしょう。いまの初乗り730円に到達するまでの距離はほとんど同じですから、問題ないはずです。

見かけの金額の差は60円。小さな子どもを育てている親にとって、60円あればお菓子の1つ、2つ買い与えることができます。運賃改定の趣旨が「少しでも利用しやすく」ということなら、そうした現実も踏まえた上で料金体系を考えてほしいものです。

やっぱり私は「花よりダンゴ」かと思いきや

2016年4月3日
3、4日前から東京も桜が満開。都内では昨日・今日と、お花見渋滞があちこちで起こっているといいます。今日は日曜日ということもあって、そんな都内を家人と2人、車で“パトロール”してみることにしました。といっても、メインの用件は門前仲町に住む長男一家にイタリアのお土産を届けること。午後2時過ぎに家を出て、途中、学習院大学正門や新江戸川公園といった、渋滞までは引き起こさない道も通沿いにある桜の名所も見ました。混雑していそうな皇居前はナビのおかげで回避し、すんなり目的地に到着。

dsc00232そのあと、まっすぐ帰るのももったいないので、「羽二重だんごでも食べたいね」という話になり日暮里へ。途中、言問橋など隅田川の周辺は大変な人出のよう。幸い、どこでも渋滞にはひっかからず日暮里駅近くの店に。閉店の1時間ほど前でしたが、席もすぐに空き、2本で540円というチョーぜいたくな羽二重だんごをいただきました。何かの催しでたまにデパートに出店した機会に出くわして食べたことはありますが、本店で食べたのは初めて。一段とおいしかったです。

やっぱり私は「花よりダンゴ」だなぁ、などと納得しかけたのですが、日暮里駅といえば谷中霊園の目と鼻の先。墓園を“桜の名所”と呼んでしまっていいのかという疑問もありますが、店と線路をはさんだ反対側にある墓園まで足を延ばしてみました。上野公園のすぐ近くなのですが、こちらは喧騒とはまったく無縁。みごたなまでに花を咲かせた桜の木が並ぶ道をゆっくり歩き、堪能しました。枝ぶりの大きな、しかも下まで垂れ下がっている桜はやはり何物にも代えがたい美しさで迫ります。うっとりした顔で桜を楽しむ外国人の姿も目につきました。私たちも「花よりだんご」で済まずによかった!

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dsc00242再び日暮里駅までとって返し改札の前を通り抜けようとすると、大きな「谷根千MAP」が掲示されていました。駅から谷中・根津・千駄木周辺の見どころ、お店などが、細かな道筋とともに大きな文字で書かれているのですが、ふと、「これじゃ外国人にはなんの役にも立たないだろうな」と思ってしまいました。そう、英語といえば「MAP」の文字だけで、あとは全部日本語。たまたま地図のすぐ前をノルウェーからやってきたとおぼしき観光客の一団が通り過ぎていきましたが、「MAP」に目をやることはありませんでした。改札を抜け駅構内に入っても、とまどっている様子がありあり。こちらは英語の表示が随所に見受けられたのですが……。

そういえば、一昨日、浅草に行ったときも同じような事例に出くわしました。というか、どこに行ってもその種のことが多いのですが、肝心な部分でインバウンド(=外国人旅行客)向けの案内表示が欠けてしまっているのです。

たとえば、浅草には東京METROと都営地下鉄の2路線の駅がありますが、2つの駅はつながっていません。そのため、多くの人がとまどってしまうのでしょう、ときどき「都営浅草駅へは階段の裏の通路を」などといった類の案内表示が貼られています。要するに、最初の設計段階ではそうした情報が欠けていたため、あとになってから手作りしたわけです。ところが、そうなるともうダメで、日本語の表示しかありません。日本人よりもっと不案内な外国人にとっては不自由きわまりないことになってしまうわけです。

「トイレ」「雷門・浅草寺方面」といった簡単明瞭な表示はほぼカンペキです。しかし、実際に営業している中で、予想外に質問が多かったりすることには臨機応変に対処するしかありません。日本人だけが相手なら、口頭でも手書きの表示でも対処できますが、中国語や英語、スペイン語しか話せない人たちにとってはまったく意味がありません。しかも、それが東京でもいちばん外国人観光客がやってくる浅草での話です。これがちょっと郊外の駅や地方の観光スポットならどうなるのか……と、不安になるのは私だけではないはず。日本ならではの“親切”がかえってアダになってしまっているのではないでしょうか。

外国のほうがこういうことははっきりしています。「自分でなんとかしなさい」ということになっているからです。たしかに不親切ですし、トイレを探しているようなときそうした状況におちいってしまうと大変です。日本と違い(といっても、浅草などまだまだですが)バリアフリーがまだ十分に発達していない国で、大きなスーツケースを引きずりながら乗り換えに四苦八苦させられると、泣きたくなります。空港はともかく、鉄道駅ともなると、ほとんどの国はまだまだ厳しいものがあります。

ただ、それはそれ。自力で問題を解決するしかないとなればその覚悟ができ、心の準備もするでしょう。しかし、「おもてなし」の国・日本となれば、やってくる外国人観光客の期待度はおのずと違います。そうした事態まで見すえてのインフラ作りを考えなくてはならないのですから、大変は大変。でも、徹底してやるしかなさそうです。外国人旅行客にはまったく意味をなさない、「白線の内側までお下がりくださ~い!」とか「ただいまの時間整列乗車をお願しておりま~す!」といった駅ホームでのアナウンスより、そうしたことにエネルギーを差し向けたほうがいいのではないかと思ってしまいます。

生まれて初めて「大使館」なるところに

2016年3月31日
昨日イタリアから帰国したばかりだというのに、もう次の旅行のことを考えています。というか、考えざるを得ない状況をみずから作り出してしまいました。ターゲットはキューバ。ある旅行会社が、自社主催の「キューバツアー」の説明会をおこなうという話を聞きつけた家人と相談し、申し込んでおいたからです。イタリアから帰ってきたすぐ次の日であることはわかっていましたが、開催場所が「キューバ大使館」というのに惹かれてしまいました。私のような者が大使館に足を踏み入れるなんて、こんなことでもないかぎり生涯ないだろうというスケベ心もありました。

大使館のある場所は地下鉄で1本、赤羽橋という駅から歩いて数分。これまで私が遠目から見たことのあるアメリカ大使館やイギリス大使館、イスラエル大使館やベルギー大使館と違い、なんの変哲もないオフィスビルにそれはありました。1棟丸ごと借り切ってはいるのですが、ビル自体は地味もいいところ。あえて弁護すれば、社会主義の国、しかも発展途上の国ですから、それほど立派なところは借りられないということでしょうか。

会場は2階で、旅行会社の社員と別に、大使館のスタッフも3人ほどいました。スタッフの1人がキューバという国の概要をパソコンによる映像を見せながら陽気に楽しく話してくれたあと、旅行会社の担当者がツアーの内容について説明。キューバの名産コーヒーをふるまってくださいましたが、たしかにおいしかったです(もう一つの名産である葉巻はいただけませんでしたが)。

終わって外に出ると、大使館の真ん前にある小さな公園の桜が満開。通りを渡った先にある公園の桜と菜の花も満開で、それだけでもやってきた甲斐はありました。

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BEGINの25周年コンサートで国技館へ

2016年3月20日
私たちが追いかけているBEGIN。その25周年記念ツアー(『「Sugar Cane Cable Network」ツアー2015-2016』)の最後のコンサートが、両国の国技館でありました。BEGINと国技館という取り合わせが好奇心をくすぐります。

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挨拶代わりの1曲を歌い終えると、ボーカルの比嘉栄昇が「今日のコンサートは、フェスみたいなものです。最初から、とっ散らかっていきたいと思います」といいながら、アルコール度数43度の泡盛をコップになみなみと注いで水割りを作り、メンバー3人がそれを手に。「まずは、乾杯です」との合図で一気飲み。音楽ライブとしては珍しいスタートですが、こういう気取らない雰囲気がいいですね。

『恋しくて』『涙そうそう』などの名曲から、ブラジルのカーニバルで演奏される「マルシャ」(このところBEGINはこれにすっかりハマっているよう)のメドレーまで、ほとんど切れ目なしの演奏に、国技館であることを忘れてしまうほど興奮してしまいました。

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朝日新聞に、参院選挙区の「合区」についてコメント

2016年3月20日
今年7月の参議院選挙から、これまで全国で47あった都道府県の選挙区で「合区」が実施されます。有権者の数と定員があまりにアンバランスで、平等を損ねてしまっているというのがその理由です。朝日新聞がそのことを取り上げ、さまざまな分野の人の意見を交えながら、その是非を考えてみようという趣旨の記事です。

その記事に私のコメントが掲載されたのでご紹介しておきましょう。切り文になってしまう点はご了承のほど。

(略)
県民意識は、どうやって醸成されてきたのだろうか。
1871(明治4)年の廃藩置県による3府302県の設置後、統廃合を繰り返し、47都道府県の姿と重なる県域がほぼ確定するのは1888(明治21)年のことだ。線引きは一筋縄ではいかなかった。
旧藩は領地の広さも石高も大小さまざま。加賀百万石のような大藩から市域程度の小藩まで、モザイク状に存在した。官選の知事を派遣した明治政府は、膨大な飛び地や複雑な境界の整理を急ぐ必要に迫られた。
中央大文学部の松尾正人教授(日本近代史)は「県域をいじりだしたらきりがない。薩長出身者ら新政府首脳は各藩の内情には疎かった」と指摘する。「47」の枠組みが固まる過程で、徳島県が高知県に、鳥取県が島根県に統合したり、独立したりした。旧藩と異なる県の名前を採用したケースも多く、歴史的にわだかまりも残した。
「出身県でわかる人の性格」の著者、岩中祥史(よしふみ)さん(65)は「多くの長野県民は自分を信州人と言う。県歌『信濃の国』を歌える人は多いが、県域全体をカバーする企業や団体の名に長野を冠する例は少ない」という。旧筑摩県(県庁所在地は松本市)と統合した経緯が尾を引いているというのだ。
それでも47の枠組みが100年以上続いたことで、「県民性」はすっかり定着した。お国自慢やふるさと再発見をテーマにした読売テレビの人気番組「秘密のケンミンSHOW」は10%以上の視聴率を稼ぎ、各県の県民手帳は人気商品だ。
岩中さんは「旧藩とは異なる姿になった県境の多くも山や川など地理条件で区切られ、限られた風土の中で脈々と育まれた共通の気質は方言とともに地元住民のアイデンティティーになっている」と解説する。
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記念すべき「サンウルブズ」の第1戦を観戦

2016年2月27日
今年から「スーパーラグビー」に日本チーム(「サンウルブズ」)の参加が決まったのは昨年の秋。ワールドカップで見せた大健闘の余韻がまだ残っている時期でした。

「スーパーラグビー」といえば、南半球に本拠を置く16のプロチームが3つのブロックに分かれて覇を競うもので、毎年7月から8月(南半球では真冬)、プレーオフが始まるころは、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの3カ国では、各チームのサポーターのテンションもかなり高まるそうです。準決勝、決勝ともなれば、開催地のスタジアムは満員札止め、入場券もプレミアがつき、簡単に手に入らない状況になるとも。日本でもJ-SPORTSが全試合を生で中継しており、画面からも興奮がひしひしと伝わってくるくらいですから、生で観戦すればさぞかし……といった感じがします。

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オーストラリアなど、これとは別に「NRL(ナショナルラグビーリーグ)」、さらにラグビーから派生した「オージーボール」という競技もおこなわれています。また、「スーパーラグビー」が終わると、8月・9月は「ラグビー・チャンピオンシップ」。こちらは、南半球4カ国の総当たり対抗戦です。ざっくりした「ラグビー」ファンの数となると、日本の比ではないでしょう。もちろん、オーストラリアには日本と違い、野球はほとんど根づいていませんし、相撲もなければバレーボールもありません。それ故、単純に比較するのはむずかしいのですが、ラグビーだけにかぎれば、むこうのほうがはるかに先を行っています。

ラグビーファンというのは昔から、サッカーのように大衆化するのをこころよしとしない、おかしな気質がありました。サッカーは労働者、ラグビーは貴族のスポーツという、いまの世の中ではまったく理解されない“伝統”のせいもあるのでしょうが、もはやそんなこともいっていられない状況に関係者が気づいたのが1990年代。そこからラグビーは一気にプロ化し、いまではれっきとしたスポーツビジネスにもなっています。ただ、それまで長らく、大衆化を実現するための努力を怠ってきたがために、サッカーにはまったく追いついていないというのが現実です。

日本の場合、プロ化がさらに遅れを取ったのは、大学とか高校レベルでのラグビーが曲がりなりにも国民行事化(もちろん、野球の比ではありませんが)していたため。“ラグビーはアマチュアの最後の砦”といった式の考えがけっこうしつこく残っていたからです。気がついたときは、それまでさほど大きな差のなかったサッカーのはるか後塵を拝するという状況になっていました。

それでも、今世紀に入ると諸外国にならい、それまで「社会人」というくくりでおこなわれていたのを、「トップリーグ」という形でセミプロ化し、ここまでなんとかやってきました。しかし、ファンの厚さという点では悲惨で、プレーオフの準決勝、決勝になっても観客は1万そこそこ入ればいいほうでした。

そこに大きなインパクトを与えたのが「2019年のW杯開催地決定」と昨年のW杯での「南ア戦勝利」です。それによってラグビーの注目度が一気に高まり、ファンも激増しました。ところが、悲しいかな、スタジアムひとつとっても、聖地・秩父宮でさえ2万5千弱しか収容できません。高校ラグビーの聖地・花園のほうは3万人で、こちらのほうが大きいのです。

しかも、秩父宮は開催試合の数が多すぎるため、毎年、準決勝・決勝がおこなわれる1月から2月にかけての時期は芝の傷みがひどく、「よく、こんなところで最高レベルの試合をするなぁ」と、ファンも嘆くようなありさま。W杯開催を機に建て替えられることになりましたが、肝心の本番には間に合わないそうです。

ラグビー専用のスタジアムを作るには、一定数以上のファンが、継続的に観戦しに来るという見込みが立たないとむずかしいのはよくわかります。一時のブームで終わってしまっては、W杯のあとはいつも閑古鳥、維持費ばかりがかさむという事態になりかねません。そうした悲惨な状況におちいらないようにするためにも、ラグビー関係者は真剣に悩んだはずで、それが「スーパーラグビー」への参入にもつながったのでしょう。

世界レベルの試合が、日本的にはシーズンオフの時期(3月から7月半ば)に見られるとなれば、まずはコアなファンが足を運ぶはずですし、そこからさらなる広がりを見せれば、そのまわりに新しいファンも生まれてきます。最初はにわかファンであってもかまわないわけで、その心さえつかめば持続するからです。

ただ、そうした大事な時期のただ中に置かれているわりには、関係者の対応がまだ追いついていません。今日も、日本のラグビー史に大きな足跡を刻む一大イベントであるわりには、どうにもおとなしすぎる感じがしました。女性の群舞と太鼓くらいだけというのはさびしすぎるでしょう。小型飛行機でも飛ばして空からラグビーボールを投げ落とせとはいいませんが、もう少しやりようがあったように思えるのです。

スケジュールの点でも気がかりなことがあります。日本での開催は全部で5試合なのですが、5月7日と7月2日のゲームも、冬場と同じ昼間のキックオフが予定されています。5月はまだしも、真夏の7月(南半球は1月!)、それも昼間に、南半球のチームを迎えて試合をやるつもりでいるのでしょうか。「仮」のスケジュールだとしてもお粗末すぎるというか、ホスピタリティーがまったく感じられない設定です。「お・も・て・な・し」はオリンピックだけではないはず。国際試合なのですから、どんなスポーツであっても、まずはファン、そして相手チームのことを考えてあげるべきではないでしょうか。

もうひとつ、腹が立ったことがあります。こうしたハイレベルの試合ではかならずシーズンガイドとかゲーム出場メンバーを紹介したガイド(小冊子)が販売されるのですが、「シーズンブック」なるシロモノが、月刊誌『ラグビーマガジン』の付録と中身がそっくり同じだったこと。表紙だけを差し替えて売られていたのです。しかも1000円でです。『ラグビーマガジン』の4月号は付録込みで980円。いったい、なんなんでしょうか!! こういうファンを愚弄するような姿勢が垣間見えるようでは、先行きが大いに心配です。

l1060291今日の、記念すべき試合は、予想どおり「サンウルブズ」の負けでしたが、まだまだ緒戦。チーム作りも遅れを取り、選手もコーチも、そのほかのスタッフも陣容が十分整っていないという現実もあります。今シーズンは仕方ないにしても、少なくとも、来シーズンまでには十分な体制を整え、「ラグビー」にもっと光が当たるような流れを作ってほしいですね。

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これで3回目の「大人の修学旅行」

2016年2月15日
おととい・昨日と、1泊2日で「大人の修学旅行」に行ってきました。いかにもとってつけたような“エクスキューズ”を感じさせるネーミングですが、今回は文字どおりの内容。メンバーは例によって高校時代の同期生で、私も入れて6人。そのうちの1人・Yくんがたまたま江ノ島に「別邸」を購入したというので、そこに泊まらせてもらいつつ、近くの鎌倉、そしてご当地・江ノ島を見てまわろうという計画です。

13日(土)朝10時半に横須賀線・北鎌倉駅に集合。前夜までは「曇、午後から雨」という予報報でしたが、明けてみれば温かな日差しがいっぱいで、風もない、絶好の修学旅行日和です。

l1050996まずは駅から歩いてすぐの円覚寺【えんがくじ】。続いて建長寺へ。名前は知っていましたが、やはり実物はすごい! 地元に住むMくんの解説付きでの見学ですから、「なるほど」「そうだったのか」の連続。

境内のいちばん奥にあるのが「半僧坊」。山の中腹にあるので、そこまで登っていくのが大変でした。でも、お天気がよければここから富士山も見えるといいます。すぐ下には鎌倉学園中学校・高等学校の校舎とグラウンドが。たしか、堺正章とかサザンの桑田佳祐の母校ですよね。
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l1050991昼食は近くの「新とみ」で。ラーメン屋さんが本業であるにもかかわらず、なぜか寿司もあり、これがまた上出来の味。鎌倉らしさには欠けますが、あまりのおいしさにもう一皿、もう一皿と追加。もちろん、ビール、日本酒をぐいぐい空けていくメンバーもおり、けっこうな金額を使ってしまいました。

そのあと、駆け込み寺、縁切り寺だったことで知られる東慶寺から海蔵寺へとぶらぶら歩いたあと、夜に備えての買い物。といっても、自分たちで作るわけではありません。ワインやらビールやらおつまみになる食べ物をしこたま買い込みました。

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江ノ電で江の島まで移動し、初めて見るYくんのセカンドハウスに一同感動。不動産の買い物が上手なYくんですが、ここは出色の物件といった感じがします。雨が降り出す中、すぐ近くの高級ファミリーレストランに夕食へ。例によって食べるわ食べる、飲むわ飲むで、ワインを3本、空っぽに。帰るころには雨もあがり、上機嫌でYセカンドハウスに戻りました。あとは例によって、遅くまで大盛り上がり。

那覇市内に残る唯一の自然林

2016年1月31日
昨日の雨がウソのように、今日は朝から晴れ渡っています。沖縄に来るたび、どこか一つでいいから新しいスポット(観光でもグルメでも)を見つけて帰りたいと願っているのですが、今日はそれを2つクリアできました。

1つ目は、那覇市内でも一等地といっていい泉崎(県庁・市役所の近く)にあるカフェ。もともとは浦添のアメリカ人用住宅の一角で営業していたケーキ屋さんだったのですが、その後大発展したようで、大きな店舗を構えています。それもケーキだけでなく、パン全般。さらに、普通の料理も食べられるカフェに様変わりしているようです。浦添時代の面影はまったくありません。

中は広々しており、天井も高く開放的な雰囲気。朝7時半からオープンしているそうで、なるほど、ここなら気持ちよく食べられそうです。パンケーキをベースにしたブランチっぽいメニューを選びましたが、さっぱりした味わいが印象的。

そのあと、絶好のドライブ日和に敬意を表し、首里の一角にある「末吉公園」というところに立ち寄ってみました。「那覇に残る唯一の自然林」というのがうたい文句のようです。丘陵を覆う森林を利用して作られた広い公園はアップダウンの連続。「森の探検ウォーキング」などという催しがおこなわれているのも当然かもしれません。

駐車場から公園全体を見渡すと、木々がうっそうと生い茂っています。その先には東シナ海も見え、いかにも「オキナワー!」といった景色が。さっそく歩き始めると、目の前にいきなり急角度の下り階段です。「降りるのはいいけど、最後はこれだけの登りがあるんだろうな」と、不安を抱きながら歩き始めました。

すぐに遭遇したのが1本の寒緋桜。全体の半分ほどが清楚な花を咲かせており、いながらにしてお花見ができました。園内のどこかにまとまった桜並木でもあるのでしょうが、とりあえずはこの1本。でも、今年初めて見た桜に大満足です。

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階段を下り切ったあたりで、川のせせらぎのような音が聞こえてきます。ふと前を見ると石でできた橋が架かり、その下に小さな川が流れていました。安謝【あじゃ】川といい、そこから山間【やまあい】に向かっていくと、途中に滝もあります。夏に来ればさぞかし涼しく感じられるのではないでしょうか。

一度大きく下ったあとはゆるい上りがずっと続いており、「これなら最後でガックリということはなさそうだ」とひと安心。ただ、ここまで歩いてくる間、どこにも「案内図(マップ)」がないのが気になりました。どこをどう歩いているのか、さっぱり見当がつかないのです。子どもたちも来るだろうに、いささか心配になりました。もっとも、観光スポットらしい派手派手しさには欠ける場所で、来ているのは那覇市民ばかりのようでしたから、そうした心配は無用なのかもしれませんね。

座喜見城跡で聞いたおじいの講義

2016年1月28日
一昨日から沖縄にやってきています。沖縄ももちろん冬ですからふだんよりは気温も低いのでしょうが、それでも東京の寒さに比べればウソのよう。今日は風もなさそうですし、日中は晴れの予想だったので、遠出してみました。

最初に行ったのは宜野湾市にあるタコス専門店「メキシコ」。前回行こうとしたときは、あいにく定休日だったため入れませんでしたが、今日は大丈夫。ネットの情報ではランチタイムはえらい人気のようなので、少し早めに到着、車も楽に止められました。

l1050772中に入ると、メニューも何もありません。そう、「タコス」だけなのです。店の隅にドリンク類の入ったケースがありますが、こちらはセルフサービスですから、テーブルに案内され、タコスの皿数だけを告げれば完了。ひと皿4個入りのタコスは、ふだん食べ慣れているのと違い、軽く揚げた感じの皮に乗っかっています。カリッとしていないため、マイルドな触感といいますか。たしかに、おいしいタコスで、人気のほどがよくわかります。

そこをあとにし、一路北に向けて車を走らせました。目標は、島内で唯一行ったことのない城=座喜味【ざきみ】城跡です。58号線を30分ほど走ると、これまで何度もその前を通っている「道の駅・喜名【きな】番所」というところがありました。立ち寄って情報を仕込んでいこうと駐車場に車を入れたのですが、道の駅につきもののレストランや土産物屋がありません。

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唯一あるのは「読谷村【よみたんそん】村役場」という古い看板の奥にある建物。「案内所」の文字があったので中に入ってみました。すると、上品な感じをただよわせた女性が出てきて、「ここは、全国で10か所しかない、レストランも土産物屋もない道の駅なんです」と。そのあと、周辺の案内も含め、親切にレクチャーしてくださり、座喜味城跡に向かいました。

道路沿いもこぎれいというか、いかにも財政的に豊かなところなんだろうなという印象を受けます。読谷村は全国でもっとも人口が多い村(4万以上)とのこと。首都圏からもけっこうな数の人が移住しているようです。村の特産は焼物だそうで、「○○窯」と書かれた看板が目につきます。そうした趣味を持つ方々が移り住んできたのでしょう。
座喜味城は、これまで訪れたことのある首里城や今帰仁【なきじん】城、中城【なかぐすく】城、勝連【かつれん】城よりはるかに小じんまりしていたようです。きれいな石垣が特徴で、沖縄本島内にある城のなかでも古いほうだとか。観光客もボチボチ訪れていましたが、本土の城のように周りに多くの店があるわけでもなく、渋い感じがします。石垣の周囲には松(リュウキュウマツではない!)が植えられており、そこだけ切り取ってみると、「ここが沖縄?」と首をかしげたくなるはずです。

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ひととおり見終わって駐車場に向かう道の途中、ベンチに腰かけて大きな葉っぱを一心にハサミで切っている男性がいました。何をしているのか聞いてみると、月桃の葉を切っているといいます。切った葉を焼酎につけて2、3カ月すると、とても重宝する薬になるのだとか。日がな一日、ここで月桃の葉を切っているというのです。座喜味城を訪れた観光客にそれをプレゼントしているようで、「自分を育ててくれたこの村へのお礼」のつもりと話していました。

l1050791月桃の葉は爽やかな芳香があり、防虫、防カビ、抗菌、鎮静、保湿、消臭などの効果があるとのこと。ポリフェノール(過剰な活性酸素の働きを抑制する働きがあるので動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞の予防に効果があるとされる)が含まれているので、健康茶としても売られています。沖縄ではたいていの家で庭に植えられ、お餅を包むのにも使うとか。男性がすわっているベンチのまわりにも、たしかにあちこち生えていました。

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