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デセンツァーノからボローニャへ

2015年6月30日
早朝からホテルの前の道路一帯にワゴン車やバンが行きかっています。何かと思ってベランダから見てみると、どうやら「市」が立つ様子。朝食のため1階まで降りていくころには道路の左右いっぱいに店が並んでいました。

L1030196朝食はこれまでで最高の雰囲気のレストラン。内容はほとんど変わりありませんが、グレードが2段階くらいアップしている感じです。真っ黄色のスクランブルエッグ。コーヒーも泡が立っていて一見カプチーノ風(でも、ミルクも生クリームも入っていません)。ハムもおいしいこと、この上ありません。腹ごなしに「市」をのぞきに湖岸沿いをゆっくり散歩。アクセサリー屋さんがあり、家人はネックレスを買いました。

L1030200デセンツァーノは、観光スポットがたくさんあるわけではありません。欧米では当たり前なのでしょうが、数日滞在してゆっくりする場所です。ただ、こういう時間の使い方は、私たち日本人にはなかなかできません。イタリアに来る前に新聞で、旅行会社の広告に「北海道9日間滞在」と謳ったプランが出ているのを目にしました。行きと帰りのフライトが決まっていて、あとはすべてフリー。食事も現地で決めればOK。レンタカーを借りて出かけるもよし、旅行会社が手配したヨガとかウォーキング、写生ハイキングなどさまざまなプランに参加するのもよしといった中身です。こういうスタイルの休暇が定着すれば面白いでしょうが、どうかなぁ……という気もします。

さて、チェックアウトを済ませ、出発までの間、ホテル近くの教会や城をのぞいたあとデセンツァーノ・デル・ガルダの駅前でお茶(といっても実際はビールですが)。午後2時前の列車で最終目的地ボローニャに向かいます。途中、ヴェローナで特急に乗り換え、トータル1時間45分ほどで到着。

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ボローニャの駅は大きな駅です。私たちが下車したホームは地下3階くらいでしょうか。そこからエスカレーターで地上に出て、やっとのことで駅前の広場へ。旅行案内所がクローズしているようで、仕方なく警官にホテルの場所を聞きました。歩いていけそうなところだとわかり、スーツケースを転がしながら6、7分で到着。時間的にいちばん暑い時間帯だったので、それだけでもけっこうこたえます。

予約しておいたホテル(Hotel Internazionale)はインデペンデンツァ通りに面しているのでわかりやすく、部屋もこぎれい。ガイドブックでボローニャのページを開くと、かならず「マッジョーレ広場から歩いて」とか「マッジョーレ広場を目標に」ウンヌンというフレーズが出てきます。つまり、この町を歩くときは「何はなくともマッジョーレ広場」ということなのでしょう。私たちも夕方、ホテルの前のインデペンデンツァ通りを10分ほど歩いてマッジョーレ広場まで行ってみました。

L1030241強い日差しの中でしたが、この町は主だった歩道がすべてポルティコ(要はアーケードですね)に覆われているので、それが救いです。広場に着くと、周辺が道路工事や建物の修復工事のためほこりっぽい感じはしますが、それでも人がいっぱい。6月の中旬から、連日「野外映画会」が上映されているらしく、広場にはパイプ椅子が並べられていました。私も小学生のころ何度か経験しましたが、なつかしいですね。ポスターから察すると、明日は『カサブランカ』のようです。

L1030247L1030251_4帰りに夕食をと思いましたが、適当な店がなかなか見つかりません。ホテルの近くで小さな店があったので、そこに入りました。路上にもテーブルを並べてある、こちらではごく当たり前のスタイルです。それが3軒並んでいたのですが、不思議なことに、客の入り具合にけっこう差があります。ウエイターが片言の日本語で「いらっしゃい、日本語メニューあるよ」とかなんとかいいながら声をかけてくるところはパス。やはりスタッフが忙しそうに動いているところのほうが安心です。

この夜入った店も、道路寄りの空いているテーブルを所望したところ「予約のお客で」と断わられ、奥のテーブルになってしまいましたが、それでもあっという間に満席に。それからすると、この店を選んだのはどうやら間違いなさそうです。実際、タルタルステーキをおいしく食べさせてもらいました。さすが「肥満都市(ラ・グラッサ)」という異名を持つ町だけのことはあります。

ボローニャはほかにも「学問都市(ラ・ドッタ)」とか「赤い都市(ラ・ロッサ)」というニックネームがあるといいます。「赤」は中心部の歴史地区に軒を並べる家々の屋根の色を指していますが、第2次世界大戦後から1999年まで、この町が社会主義・共産主義の牙城であったことにも由来しているようです。

食事中、家人との話題は、長期の旅行がだんだんしんどくなってきていること。寄る年波というといささか早そうな気もしますが、やはり若い時分とは体そのものが変化してきているのは否めない、今日も朝から、明日も何時にどこそこへといったスタイルの旅はそろそろ変えなければ……ということになりました。限られた日数なので、ついつい毎日さまざま詰め込もうとするのですが、そうしたパターンにそろそろ終止符を打たなければならなくなってきたということでしょうね。でも、これがなかなか……。悲しいかな、貧乏根性がしみついてしまっているものですから。

9月の初めからは、30日間のアメリカ・イギリス旅行を予定しています。まだ、航空チケットをおさえてあるだけですが、行先は最低でも、ロサンゼルス、ニューオーリンズ、ニューヨーク、ラスベガス、ロンドンといくつかあります。イギリスではラグビーW杯を3試合観戦することだけが決まっているのですが、途中、観戦予定のない日があり、そこをどうするかということであれこれプランを練っていました。ずっと果たせずにいたスコットランド周遊も、その気になれば可能です。南部のバースやソールズベリ、コッツウォルズ地方を全部観てまわるといった選択もあります。

ただ、団体ツアーと抜本的に違うのは、すべてが自力手配なので、行動も自力になります。重い荷物を転がしながらの移動、観光スポットも、地図と首っ引きしながら自分で探す……など、手間がかかるわけですね。もちろん、それはそれで楽しみではあるのですが、家人のほうはだんだん辛くなってきたということなのでしょう。

旅の途中でリゾート地を訪れた理由

2016年6月29日
旅行の前はいつもあれこれ計画を練るのですが、今回は当初、ヴェローナに3泊するつもりでした。その次の目的地ボローニャまで列車ですぐ行けるからです。でも、直前になって、暑いさなかだし、あちこち歩けばきっと疲れるのではないかという思いがきざしたのです。

そこで、ヴェローナの3泊目は取りやめにし、近くのリゾート地でのんびりしようということにしました。調べてみると、ヴェローナから西に30キロほど行ったところ、ミラノの手前にデセンツァーノ・デル・ガルダという小さな町があります。イタリアでいちばん大きいガルダ湖の岸辺にある町で、列車で行ってもすぐなのですが、疲れてもいたのでホテルからタクシーで行こうと決めました。ホテルに頼んで手配してもらったのですが、タクシーといってもハイヤーに近いタイプのようで、値段は90ユーロとのこと。少々高くはありましたがOKということで。

ホテルを11時に出発、「ヴェローナは初めてか?」「オペラは観たか?」などと質問してきました。「夕立だったけど、上演されてよかったな」といっていました。しばらくすると、パバロッティのCDを流してくれます。えらく高尚な趣味を持ったドライバーのようで、驚くとともに感動しました。オペラなど、日常生活の一部でしかないといった感じなのです。さすがヴェローナというか。

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40分ほどでデセンツァーノのホテルに到着。荷物を預け、近くの港からこの界隈では随一の観光地シルミオーネへ。桟橋のまわりにはレストラン、カフェ、ジェラテリア、お土産物屋がびっしり並んでいます。ここにもスカラ家の城塞があり、そこをざっと見たのですが、そこから北に伸びる半島の突端近くにローマ時代の遺跡があるというので、歩いていくことに。20分以上暑い中を歩いたのですが、あいにく休みだとわかりガックリ。


ただ、帰り道に見つけたマリア・カラスの別荘と、桟橋周辺のお店がずらっと並んでいるエリアの建物がみごとな花で飾られているのが印象的でした。それにしても、ゆっくりするはずが、性懲りもなしに歩いている自分にあきれるというか。貧乏根性はやはり治りませんね。桟橋から再び船でデセンツァーノに戻り、夕食。海辺のホテル近くにあるレストランで食べましたが、またまたbuono(おいしかった)です!

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さすがスカラ家の町──どこに行っても家紋が


2015年6月28日

L1030046今日はヴェローナ市内の観光です。しかし朝から暑いこと、暑いこと。途中までバスに乗り、アディジェ川の近くで降りると、味わいのある古い教会(サン・フェルモ・マッジョーレ教会)がありました。それを見ながら、川沿いをテアトロ・ロマーノまで歩きます。思い切りきつい階段を上らねばならず、途中で何度もネをあげそうになりました。それでも難行苦行のあとにはこの上ない楽しみが。上から見下ろす川、街の景色の美しいこと。ゆっくり下り、さらに川沿いを歩くこと10分。ピエトロ橋を渡ったところがドゥオーモです。

L1030055そのすぐ脇に見つけたお洒落なカフェで昼食を取ることにしました。入口を入った奥が吹き抜けというかアウトドアになっているのですが、まわりが壁に囲まれているので涼しいのがありがたい!

隣のテーブルのお客が少し濃いめのオレンジ色をした飲み物を飲んでいたので、ウエイトレスに何かと聞いてみると、「スプリッツ・アペロール」というカクテルだそうです。なんでもイタリアの若い人たちの間で人気らしく、氷とスライスしたオレンジをグラスに入れ、白ワイン(3)、ソーダ(1)、そして最後にアペロール(2)を注いで作る(数字は割合)のだとか。アペロール(Aperol)はハーブリキュールのブランド名です。さっそく家人がオーダーして飲んでみると、これがえらく口に合ったよう。たしかにキリっとさっぱりした感じの味で、いまどきの季節にはドンピシャリかもしれません。

カフェを出て、ロメオの家とジュリエッタの家を見たのですが、観光客が自由に出入りできるのはジュリエッタの家。13世紀に建てられた家は、中庭に出ると物語で有名なバルコニーがあり、前庭にはジュリエッタの像も立っています。

L1030082_2この像、右の胸に触ると恋愛が成就し結婚できるという伝説があり、観光客もみな胸に触っていました。ジュリエッタの家の住所にジュリエッタ宛で恋愛相談の手紙を書くと、ちゃんと返信が返ってくるという話を前にテレビで見たことがあります。「ジュリエットクラブ」という団体があり、そこのボランティアスタッフが「ジュリエットの秘書」の名で、すべての手紙に返事を書いて送っているのだとか。1年間に世界各国からなんと4万通もの手紙が届くといいますから、ハンパではありません。 

狭い路地を抜けエルベ広場に向かう途中、インデペンデンツァ広場の一角にまたまたガリバルディの像がありました。ジュゼッペ・ガリバルディは19世紀半ばにイタリア統一運動を推進し、イタリア王国の成立に貢献した軍人だそうです。1860年には、千人隊(赤シャツ隊)を組織してシチリアの反乱を援助、両シチリア王国を滅ぼしました。こうして征服した地をさらにサルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレⅡ世に献上、これがイタリア統一の原動力になったといいます。ひょっとして、シチリア島に行くと扱いが正反対なのかもしれません。シチリア島は10年以上も前から行きたいと思っているのですが、いまだに果たせていません。こういうことをきっかけに、近いうちに行って確かめてみようと、家人に提案しておきました。

ランベルティの塔に昇ろうとして中に入ると、エレベーターで行くこともできるとわかり、外で待っていた家人にメール。すぐ飛んできましたね。降りてボルサーリ門まで歩き、そこでひと休み。ホテルにはバスで戻りました。

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L1030096夕方、ホテルからタクシーに乗ってサン・ゼーノ・マッジョーレ教会を見学、そこから川沿いの道を歩き、スカラ家の建てた古城=カステル・ヴェッキオまで行きました。裏側はアディジェ川で、そこに架かる小さな橋を渡ると城全体の姿が見えます。ヴェローナとその周辺はスカラ家が支配していたので、あちこちの建物にその紋章が付いています。ちなみに、「スカラ」とは梯子とか階段という意味だそうで、紋章もそれをかたどったもの。夕食はブラ広場の一角にある店で済ませました。

ヴェローナの野外オペラに大感激!

2015年6月27日
今日でローマともお別れです。出発までまだ余裕があったので、ホテルにいちばん近くにありながら一度も観ていないサンタマリア・マッジョーレ教会に行ってみます。ここもまた韓国人観光客がいっぱいでした。そこから歩いて3、4分のところにある「パネッラ」パン屋さんで朝食を取ることに。店の中と外にテーブルが。ひっきりなしにお客がやってくるのを見ても、地元では人気があるのでしょう。

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10時15分テルミニ発の特急に乗り、“ロメオとジュリエットの町”ヴェローナまで移動します。事前にTORENITALIAのウェブでチケットを買い求めてはあったのですが、座席が進行方向と逆。これが私は苦手なのです。気持ちが悪くなったりすることはないのですが、どうにも不自然というか……。ビジネスクラスの車両なので、新聞はタダで配ってくれますし、飲み物とスナック菓子も無料。ワゴンがやってきてほしい物を聞いていくのです。もちろん、ヨーロッパの鉄道には珍しく、検札もきっちりおこなわれました。

約3時間でヴェローナ(ポルタ・ヌオーヴァ)駅に到着。駅前の広場は工事の真っ最中で、タクシー乗り場がやや離れた場所に移されているようです。でも、予約してあるホテルはタクシーに乗るほど離れてはいません。実はこれがいちばん厄介で、結局スーツケースを引きずりながら、地図と首っ引きで15分ほど歩き、無事チェックイン。中心街からは離れているので、まわりは地味で静か。週末の野外オペラ開催日と重なっていて、思うようにホテルの予約が取れなかったのです。

L1020973荷ほどきを済ませるとすぐ、バスで中心街にあるアレーナ(円形闘技場)まで行くことに。噴水と公園があり、それを取り囲むようにして広がっているのがブラ広場。何かのイベントなのでしょう、新旧のシトロエン車がずらり駐車していました。私たちが見ている間にも続々到着し、なかには1930年代に製造されたとおぼしきものまであります。シトロエンは第1次世界大戦後の1919年、大砲用の砲弾製造で財を成したフランスのアンドレ・シトロエンが、ヨーロッパにおける自動車の大衆化をめざして設立したメーカーで、先鋭的な技術開発で注目されました。ただ、そうした経営手法はだいたいうまく行かないのが常のようで、いまはプジョーの傘下に入っているとのこと。

L1020975ここいら一帯はヴェローナの中心地で、レストランとカフェが軒を連ねており、どこで食べるか、決めるのが大変です。それでも、写真付きのわかりやすいメニューを店先に出している店を選んで食べました。今回も◎です。イタ飯というのはまずハズレがないので、ありがたいことこの上ありません。

食後、とりあえず街の中をぶらっと歩いてみようと、高級ブランドの店がずらりそろったマッツィーニ通りを抜けるとまたまた大きな広場が。エルベ広場というのだそうですが、土曜日ということもあって大変なにぎわいです。広場のほぼ全体にテントを張った店が出ていました。その中にあるのがランベルティの塔。まあ、高いこと高いこと。たしかに、84mの高さまで上がればさぞかし眺めもよかろうと思われます。

13~14世紀にこの町を支配していたスカラ家の廟【びょう】からサンタナスターシア教会をのぞいたところで、一度ホテルに戻ります。あまりの暑さのため、タクシーです。しばし休憩ののち着替え。オペラなので、Tシャツに半パンというわけにも行かず、いちおうジャケットを羽織り、革靴に履き替えました。

再びバスに乗ってアレーナのすぐ近くまで行ったのですが、なんとなんと、降りたとたん雲行きがあやしくなってきました。野外オペラには大きなリスクがあって、雨がひどいと中止になってしまうのです。そんなことになったら、苦労して買い求めたチケットがパア。いっときの夕立で済むことを願いつつ、とりあえず腹ごしらえをしておかなければと、ブラ広場の一角にある店へ。オペラファンがイタリア国内はもちろん、隣国のスイスやドイツからも来ているようで、どのお店も大繁盛です。

7時半ごろから案の定、猛烈な雨が降り始めました。レストランやカフェはどこも皆、店の外にもにテーブルをかなりの数並べているので、テントを張ってあるとはいえ、けっこう影響があります。軒先には、ポンチョを売りに来る人もおり、私たちもとりあえず2着買いました。

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オペラでも野外での公演となると、日本ではなかなか経験できるものではありません。ヴェローナという古い町の魅力もさることながら、今回ここを訪れた最大の目的はこれです。幸い、食べ終わるころには夕立もほぼ止み、アレーナの入口でしばらく待機させられましたが、ようやく中に入ることができました。今日の演目は『アイーダ』。客席まで歩いていく間、そのセットに度肝を抜かれました。野外で高さや幅に制限がないので、思い切り大きく作ってあるのです。しかも、舞台はメッチャ広く、役者の動きもダイナミック。雨あがりの澄んだ空に月、星が冴え、その下で縦横無尽に繰り広げられるオペラの演技に感動したのはいうまでもありません。

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ローマに韓国人観光客が多いのはなぜ?。

2015年6月26日
今日は郊外のアッピア街道に行くつもりでいたのですが、ボツになってしまいました。というのも、前は走っていた現地直行のバスがサービスをやめてしまったからです。アッピア街道は1960年のローマ・オリンピックでマラソンコースとして使われました。そう、エチオピアのアベベが裸足で走って金メダルを取った大会です。

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代わりに、ホテルからも近いボルゲーゼ公園に行くことにしました。事前の調べで、その一角に市営の動物園があるとわかったので、キリンとも対面できることに。キリンたちはずっとマイペースでエサを食べていました。

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動物園を出て、シエナ広場からピンチアーナ門へ。古代ローマ時代そのままといわれるだけあって、まわりの建物とは色が違います。その脇を抜けるとヴェネト通りが始まります。すると、すぐ右に、かの有名な「ハリーズバー」が! ヴェネツィアにある本店は、エリザベス女王とかヘミングウェイとか、たくさんの著名人が訪れたという伝説の店ですが、その支店でしょうか。これは望外の偶然で、たしかに、たたずまいといいウェイターの立ち居振る舞いといい、どこかハイブローな匂いがします。家人はパスタ、私はカルパッチョを注文、居心地のよさにうっとりしながらいただきました。

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そこから坂を下り、もともとは宮殿だったというアメリカ大使館の前を通って、まずはバルベリーニ広場まで。そこに至るまでの通り沿いには、いまはどうか知りませんがかつては一流だったと目されるホテルがずらっと並んでいます。しかし、広場から先はどちらの方向に行っても下町っぽい雰囲気の通りばかり。私たちは坂を上って、スペイン広場の方向へ。今日もまだまだ暑くなりそうです。

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上からスペイン広場を見下ろすと、噴水を取り囲むようにえらい数の人が集まっています。ただし、日蔭になる場所にいるので、よけい密集度が高い感じがします。噴水の前にある店でポロシャツを購入、またまた高級ブランドの店がズラリと並ぶ有名なコンドッティ通りを歩きました。ガイドブックの地図では、通りが終わるあたりにサンタマリア・マッジョーレの店があるはずなので、立ち寄ってみることに。
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ところがあたりを回ってみてもありません。『地球の歩き方』の地図に出ているのと場所が違っていた(このケースは多いですよ!)ため少し往生しましたが、やっと見つけることが。店員が2人とも韓国人で、お客も韓国から来ている人ばかりだったのには驚きました。そういえば、ローマはどこに行っても、個人・団体を問わず、韓国の人が多いようです。愛用のシェービング・フォームを買い求め店を出ましたが、それにしても、なんでまた韓国の人がこうも多いのでしょうか。韓国はキリスト教徒(ただしプロテスタントのほうがカトリックの倍)が多いので、その本家本元であるイタリアに引き寄せられるのかも……などと想像してみたのですが、果たして正解は。

一度ホテルに戻るため、タクシー乗り場まで行こうとすると、ジェラートを食べながら歩いている人がやたら目につきます。それも男性の姿が多いのです。このあたりに有名なジェラテリア(アイスクリーム屋さん)でもあるのかと探してみると、ありました、ありました。ガイドブックにも「ローマっ子のファンが多い」と紹介されている「チャンピーニ」という店です。

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買って口にしてみると、たしかにおいし~い! なぜか、ローマを歩いていると、このジェラートがほしくなるのですね。日本で食べるジェラートは甘さが過剰で、途中でイヤになってしまうのですが、ここではそんなことはありません。レシピは同じでも、やはり空気が違うのでしょうか。

夕方までしばし部屋でひと休み。エアコンの効いた部屋のなんと心地よいことか! 昔はイタリアでも、エアコン完備のホテルは珍しかったようですが、温暖化が進む近ごろはそうでもないようです。

夜になって、ホテル近くの日本料理店まで行ってみました。ローマを離れると、イタリアでは日本メシにありつける可能性がぐっと低下するからです。中に入ろうとすると、「ご予約は?」と聞かれました。「いいえ」と答えるとしばし待たされ、「9時半まででしたら」という条件付きでOKが。行ったのは8時少々前だったので、大丈夫ですと答え着席。カツ丼やらソバを食べて、なんとなくお腹が落ち着きました。私たちが食べている間も、予約客がどんどん入ってきます。それも日本人はゼロ、すべてこちらの人なのです。海外の日本食ブームはいよいよ本物になりつつありますね。

ジャニコロの丘は“一服の清涼剤”かも

L10207852015年6月25日
午前中はバスでテヴェーレ川を渡った先にあるジャニコロの丘まで行きました。ふもとまでは簡単に行けたのですが、丘に上がっていくバスの停留所がどこにあるのか、またどの路線に乗ればいいのかがわからず右往左往。ようやっと見つけ出し、5分ほどで到着。パティオの泉という噴水を横目に見ながら、もう少し上ったところが丘のいただき。ここからはローマが一望のもとに見渡せます。緑が豊かで空気もきれい、町中の喧騒がウソのように思えるゆったりした場所で、とてもくつろいだ気分になれました。ここは穴場ですね!

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しL1020791ばらくのんびりし、バス停まで戻る途中に大きくて立派な像が建っています。イタリア建国の父ともいわれるガリバルディです。バスでふもとまで降りランチにしようとしたのですが、予定していた店が店仕舞いしてしまったのか、探せど探せど見つかりません。看板だけは出ているのですが……。このあたりがガイドブック頼りのつらいところです。仕方なくその近くの店で食べましたが、暑い中を歩いたダメージはけっして小さくありません。

L1020795しばし体を休めたあと再始動。最初にバスを降りたトラステヴェレ病院近くの通りを東に渡りしばらく歩くとタバコ工場が。その向かい側がサンタ・チチェーリア・イン・トラステヴェレ教会です。細い路地を川に向かっていくと、真ん前に小さな中洲がありました。中洲全体が隔離用の病院だったようです。それを左に見ながらパラティーノ橋を渡ると「真実の口広場」。その先にはフォロ・ロマーノが広がっていました。

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カンピドーリの丘を抜けオッタヴィアの列柱や、シーザーが作ったというマルケルス劇場などを見たところで今日の観光はジ・エンド。まあ、よく歩きました。

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いつものことですが、夕方でも夜でも、ホテルに戻るとまずは仕事を片付けます。メールをチェックし、私が目を通さなければならない原稿が送られているときは、プリントが必要です。ホテルにビジネスセンターが備わっている場合は、USBにデータを写し、それを持ってセンターに行けば事足りますが、ない場合は別の手立てを講じなくてはなりません。まず、プリントしたいデータファイルを添付したメールをホテル気付で自分あてに送ります。そして、フロントでそのファイルをプリントしてもらうのです。海外にはそもそも、日本のようなコンビニがないので、こういう手を使うしかありません。それでも、かつてのように日本から国際FAXで送ってもらっていたのに比べれば断然便利にはなりましたが。


ころあいを見計らってフロントまで取りに行くと、クリスティーナさんが「お元気ですか」というつもりで「お天気ですか?」と聞いてきたので、大笑いしました。「テではなくてゲです。おゲンキですか、ね」。でも、さっそくそういう接し方をしてくれるのが楽しいですね。

夕食はホテルのすぐ近く、またまた屋外で食べられる店にしました。ウエイターが案内してくれたテーブルの隣はロシア人とおぼしき男性が2人。よくしゃべりよく食べる2人で、ワインと一緒にスパゲティーを2皿(2人で4皿!)も平らげています。もちろん前菜で、メインは別に注文しているのでしょうが、私たちが食事を終わった時点でも、まだサラダか何かをパクついていました。勘定を済ませ、「スパスィーバ!」といって席を離れようとするとにっこり笑顔で応えてくれます。「ありがとう」という言葉はホント便利です。

どこに行っても飽きることのない町!

2015年6月24日
今回は、前回来たとき行けなかったスポットを中心にと思っていたので、まずはナヴォーナ広場をめざして路線バスに乗りました。停留所の名前がわからないので、当てずっぽうで降りたものの、広場らしいものは見えません。実際はバス停のすぐ近くにあったのですが、方向を間違えて歩いてしまったため、カッチェレリア宮の前を過ぎ、気がついたときは、目の前にサンタンジェロ城がありました。まあ、ローマはどこに行っても楽しめるでしょうから、こうした無駄歩きも全然気になりません。

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テヴェーレ川のたもとにある美しい姿をしたサンタンジェロ城ですが、橋を渡って城の真ん前を右に曲がると最高裁判所の建物が。その前にある別の橋を渡って、ようやくナヴォーナ広場にたどり着きました。これは余談ですが、その昔「ナボナはお菓子のホームラン王です」というコピーをよく見聞きしましたよね。ジャイアンツの王貞治がシロウトっぽく語るのがうけていたようです。東京・自由が丘の亀屋万年堂が製造・販売していた「ナボナ」というお菓子(巨人嫌いの私は、もちろん食べたことなどありません!)のCMでしたが、その元になった場所です。

有名な「ムーア人の噴水」「四大河の噴水」「ネプチューンの噴水」を見たあと、近くにある世界最大の石造建築物パンテオンへ。いちいち感動していたらキリがありませんが、まあなんとも美しい建物でした。

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そこからさらに東へ歩き、コルソ通りを右に曲がった正面がヴェネツィア広場。ここもまた世界中からの観光客でにぎわっています。広い通りを渡ってヴィットーリオ・エマヌエーレⅡ世記念堂まで上ったあと、トッレ・アルジェンティーナ広場というローマ時代の遺構へ。ここらで疲れもピークに達した感じでホテルまで戻ります。

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L1020732_2夕食はホテルの近くで探しました。「日本語のメニュー、ありますよ」「こんばんは」と、どこで習い覚えたかわからない日本語で店員が声をかけてくる店は敬遠し、自力で、カンを頼りに探した店を選びます。アウトドアの席につかせてもらいました。マグロのカルパッチョとか何品か食べましたが、どれも皆美味でした。

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今回はテルミナ前のUNAホテルに泊まっているのですが、そのフロントに、気さくでとても好感が持てる女性がいます。名札にはクリスティーナとあります。昨夕、私たちがチェックインしたときも今日も、明るい魅力的な笑顔で応対していました。仕事もできそうな印象です。片言のイタリア語で「元気?」と声をかけたら、「それ、日本語ではどういうのですか」と質問されたので、「お元気ですか?」というのだと教えてあげました。

首都ローマで、いきなりのミステリー

2015年6月23日
午後7時前にローマ・フィウミチーノ空港(レオナルド・ダ・ヴィンチ空港)に到着。入国手続きと荷物の受け取りに1時間ほどかかりました。ホテルはテルミナ駅のすぐ近くなので、レオナルド・エクスプレス(ノンストップの列車)を利用するのがベストかと思い、切符売り場に。すると、販売員が「次の列車まで20分待たなくちゃいけない。乗ってから30分。テルミナ駅は大きいから、降りてから出口まで10分。なんだかんだで1時間以上はかかる。なら、シャトルバスに乗らないか。いま5人待ってるけど、あなたたちが2人だから7人。ほら、もう1人来たよ。8人そろったらすぐ出発できる。30分で着くから」と、そちらをすすめてきます。値段は列車より1ユーロ高い(=15ユーロ)のですが、まあ、いいかとチケットを買いました。

私たちも含め8人で、1階の駐車場に止めてあったマイクロバスまでぞろぞろ歩いて行ったのですが、やっとわかりました。「白タク」ならぬ「白バス」ですね。それにしても、なんで鉄道の切符係がそういうあやしげな「白バス」に客を誘うのか、不思議でなりません。もちろん、歩戻しがあるのでしょうが、でも……といった感じです。プルマン(通常のバス)なら6ユーロ。もちろん、定時の発車ですから、それまで待つのが大儀ではあります。それに比べると白バスのほうはお客さえそろえばすぐ出発ですから、楽は楽なのですが。


首都、それも世界のローマだというのに、このテの話には事欠きません。機中で読んでいたガイドブックにもそうした話がゴマンと出ていました。「こういう手でだまされた」「集団すりに遭った」など、油断もスキもないといった感じです。旅行中無事ならばオンの字といった書き方がなされていて、明日から市内のあちこちに行こうと思っているのですが、さてさて、どうしたものやら……。