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ラジオに出演して、高校時代の仲間と新潟の温泉へ

2015年3月29日

Photo3月27日はチョー早起きして、有楽町へ。ニッポン放送の朝の帯番組『垣花正のあなたもハッピー!』に出演させていただきました。2月13日に同じ局の『テリー伊藤のフライデースクープ そこまで言うか』という番組に出させていただいたときも同じテーマだったのですが、ネタは「県民性」です。 

この時期、「県民性」はけっこうメジャーなテーマになりやすいのですね。年度が替わって人が入れ替わるからです。あちこちで、新しい人との出会いがあるこの時期、そのとき格好のテーマになるのです。「どちらのご出身ですか?」「えーー、私はどこそこ県の出身で……」という話があちこちで出ますから。

 

でも、拙著の多くをすでに読んでくださっていたという垣花さんのお話はうれしかったです。「県民性」が好きというのも変ですが、強い興味を抱いているという人はかなりいることがよくわかりました。いつもお話するのですが、少なくとも血液型占い(4パターン)や星座占い(12パターン)よりは信憑性が高いと思っています。最低でも47パターンはありますからね。もちろん「占い」とはまったく違いますが、といってサイエンスでもありません。経験値やざっくりした傾向性のようなものではありますが、やはり的中率は高いのではないかと思っています。 

8時50分から9時半ちょい前まで出演し、そのあとは八重洲口の喫茶店で新聞を読んだり、原稿の構想を練ったりして過ごし、正午に「銀の鈴」に行きました。ここで高校時代の仲間4人と待ち合わせ、新潟に行くのです。新幹線の車中で昼食を兼ねた小宴会をということで、大丸地下の食品売り場をおじさん5人でウロウロ。各自の昼食と別に、ビールにワイン、つまみ用の食べ物を買い揃え、MAXときに乗り込みました。

 

予想と違い、列車は大変な込みようで指定席が取れなかったので、自由席(春休みのさ中だということを忘れていました)。当然、並ばなければすわれませんので、発車30分前にはホームに上がり並んでいました。仕切り役のMくんが「ふたてに分かれて動こう。狙いは1階の車両(MAXなので2階建て、2階より1階のほうが眺めが悪いので当然こちらのほうが籍の埋まるのが遅くなる)」と言うので、それにしたがって、すばやく動き、1号車の出入り口付近に3席×2=6席をGET!

  

L1010730発車ベルが鳴る前にもうビールの栓を抜き、さっそく小宴会がスタート。あっという間に新潟着で、そこから特急「いなほ6号」に乗り換えて白新線の豊栄まで。そこからさらに、旅館差し回しのマイクロバスで20分ほど走り、4時前には到着。月岡温泉の「華鳳」という、えらく立派な旅館でした。

 

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温泉→食事→尽きることのない話→再度の温泉という流れで、床に就いたのは12時前。ただし、日頃の生活パターンで10時過ぎには眠っていた者(Sくん)もいます。翌28日Sくんはいつもどおり、午前4時前には起床、4時からスタートする大浴場に。もう1人のMくんも早起き組みの1人で4時過ぎには早くも起床し、温泉へ。というわけで、5時半には5人中4人が目を覚まし、朝の酒盛りです。

 

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そのうちの一人N君は、この日の夕方、成田からアメリカのヒューストンに出張ということで、朝ごはん抜きでチェックアウト。Mくんも午後3時から新国立劇場でオペラ鑑賞の約束があるということで早々に引き揚げました。残った4人で恒例の社会科見学となり、今回は「豪農の館(北方文化博物館)」に。「北方文化」とは、東京から見て「北の方」という意味だそうです。

L1010742旅館からタクシーで30分足らずのところでしたが、戦前は3000人近い小作農を抱えていた豪農・伊藤文吉の屋敷(敷地8800坪、建坪1200坪、部屋数65)をそのまま改造した施設ですが、まあとにかくすごいところでした。ぜひ、ウェブサイトをチェックしてみてください。
→
http://www.hoppou-bunka.com/museum_gou.html 

 

 

L1010746ウェブサイトにはこうあります。「昭和20年(1945年)8月の終戦直後、伊藤邸土蔵内に旧日本軍の隠匿物資があるという情報で、進駐軍のライト中尉が調査に来ました。調査で会話を交わすうちに、偶然にも七代文吉がライト中尉のペンシルバニア大学の先輩であることがわかり、それ以後、ライト中尉は伊藤家(北方文化博物館)に絶大な支援を与えてくれることになります。ライト中尉は北方文化博物館草分け期の素晴らしい後援者となりました。……」

 

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アメリカの大学の先輩・後輩がよくもまあ、こんなところで、しかもこのタイミングで出会ったものだという不思議な運命を感じさせられましたが、その後、昭和63年、このライト中尉をこの地に招いたというのですから、この施設に寄せる伊藤家の思いの強さを感じさせます。

 見学を終え、バスに1時間乗り、新潟市内へ。駅前の寿司屋でランチを兼ねての酒盛り。3時ごろ、新潟を出発し、大宮まで帰る着いたときは夕方5時半をまわっていました。もちろん、新幹線の中でもワインを空けたりしたので、着いたときはもうかなりのヘベレケ状態。自宅に帰り着いたときは疲れだけが残っている始末でした。 

相変わらず大混雑の浅草ですが

2015年3月23日

Attachment月に3回ほど通っている温熱療法のため、浅草に行きました。ここ2年ほどずっとそうですが、今日もまた大変な数の外国人でにぎわっていました。「ASAKUSA」はいまや世界的なブランドですから、よくわかります。それにしても、「VISIT JAPAN」キャンペーンは大当たりのようですね。やはり円安が利いているのでしょう。

これだけ多くの外国人が足を運んでくれるのですから、地元にしてみればなんともありがたい話です。ただ、いい場所に店をかまえて外国人観光客にも入ってもらおうというのなら、少なくとも「ENGLISH MENU AVAILABLE」を掲げ、きちんとしたものを用意してほしいなぁと思います。「いまごろになって」とか、「遅すぎる」とはいいませんが、こういう地道な手間を惜しんでいてはいけないのではないでしょうか。難しいことをたずねられても、それを見せながら、「You can read……OK?」とでもいえばいいのですから。


台湾は、どんな田舎、こんな場末の屋台でというようなところのおじちゃん、おばちゃんでも日本語がほぼOK。青い目の外国人には英語でやり取りしていました。根性が違うというか、世界中どこででも商売をしてきたCHINESEの強さを感じさせられます。


その点、日本はどうなのかなぁと心配でなりません。都会はこれから先、急速にこうした準備が進むはずです。東京都も政府も必死ですから。でも、「2020」を「東京」だけで終わらせてしまうのはあまりにもったいない話ではないでしょうか。東京で競技を観るのも目的の一つにちがいありませんが、それ以上に、「日本」全国に足を運んでもらい、いろいろな場所を観て、いろいろなことを経験してほしいと私は思います。

それには、最低限の英語がマストツールでしょう。受験英語とはまったく違う中身ですから、ちょっとトレーニングすればOKのはず。

事のついでに、公共輸送機関で使われている言葉について触れておきましょう。台湾で使われている言語は、いわゆる中国語です。当然、台北市内とその周辺を走る地下鉄MRTでも、車内には中国語のアナウンスが流れています。

ただ、アナウンスを聞いていて「ちょっと長すぎないか?」と思う人もいるのではないでしょうか。よく聞くとわかるのですが、実は4つの言語が使われています。ただ最初の3つは、その違いが歴然としているときもあれば、ほとんど同じに聞こえる場合があります。要するに、中国語のバリエーションということです。

4つの言語のうち1つ目はもちろん、台湾の公用語=中国語(北京官話)です。ただし、大陸中国とは大きな違いがあります。それは、使われているのが、漢字は漢字でも「繁体字」(日本でいう旧漢字)だということです。大陸中国では「簡体字」といって、本来の漢字をもとにして作った文字が使われています。これは、中国革命のあと、教育がまだ行き届いていない状況を踏まえ、人々がより覚えやすいようにということで、共産党政府が簡略化したからです。

2つ目が台湾語。台湾の中国人の多くは17~18世紀にかけて中国南部の福建省閩南【びんなん】地方から海を越えて渡ってきた人たちです。彼らがもともと使っていた言葉がルーツの台湾語は、日常どこでも耳にします。南部に行くと、一般市民はだいたい台湾語を使っているようです。

3つ目は客家【はっか】語といい、主に広東省・福建省・河西省から渡ってきた「客家」と呼ばれる人たちの言葉です。客家系中国人は台湾の総人口の6分の1を占めています。これがタイ、マレーシア、シンガポールあたりではなんと3分の1にもなるので、もう一大勢力といっていいでしょう。


そして最後は、ご想像どおり英語です。

ただ、最初の3つは発音こそ違いますが、文字にすると同じです。通常の会話では、文法構造や使用単語、表現方法にビミョーな差があるのですが、駅名のような固有名詞はすべて同じ。ですから、MRTでも、構内や車両、あるいは車内の表示は「漢字」と「英語」の2種類で済んでいます。

パカタにも紙幣がある! 当たり前か……

2015年3月10日
昨日午後の便で台北からマカオにやってきました。マカオでは今回初めて日本の「オークラ」に泊まってみました。ここの「オークラ」には、当たり前といえば当たり前なのですが、中華料理レストランはありません。あるのは和食の「山里(日本では鉄板焼きレストランの店名ですね)」とメインダイニングっぽい「TERRAS RESTAURANT 和庭餐庁」の二つ。台北の「オークラ」には中華料理レストラン「桃花林」があるのですが、日本人以外だれが利用するのだろうかと考えると、不思議でなりません。たぶん、日本からの宿泊客と現地駐在の日本人ビジネスなのでしょうね。

さて、それはともかく、今回はギャンブル三昧の2日間を過ごしました。ただし、「オークラ」にはカジノがないので、遊ぶのは隣り合わせのホテル「GALAXY」になります。ラスベガスでもそうですが、マカオでは最近は、カジノを併設していないホテルが目につきます。「FOUR SEASONS」「MANDARIN」「HYATT」「RITZ CARLTON」など、すべて超高級ホテルです。こうしたところは、宿泊と食事だけを提供し、遊ぶのはほかのホテルでというスタンスを取っているわけです。


ただ、「GALAXY」ホテルのカジノはなぜか異常に照明が明るく、遊んでいてもいまイチ落ち着きません。カジノが不健康な遊びなどとは毛頭思いませんが、それでも、もう少し“怪しげ”な雰囲気があったほうが、遊ぶ側にとって心地よいのではないかと、私は思います(はなはだ勝手な見解であることは百も承知の上でですが)。なんだかんだいっても、要は鉄火場なのですから。


それと、狭さというか広さも、遊び心を刺激する上でけっこう大事な要因です。狭すぎても息苦しさを感じ、長くいたいと思いませんし、広すぎたら広すぎたで、熱がさめやすくなってしまいます。その分、冷静になりすぎ、「早く部屋に戻って寝よう」とか「ここらでもう引かなくては」などと、理性が頭をもたげてきてしまうのです。ころあいの広さというのは、負けを忘れさせるほどではないが、かといってカジノから早く離れようという気にもさせない──適度の緊張感を保たせることをいうのではないでしょうか。もっとも、根っからのギャンブル好きである中国人にとっては、こういうデリケートなことなどまったく気にならないかもしれません。


Photo今日、初めてマカオの紙幣を手にしました。マカオのカジノで使われているのはなぜか香港ドル紙幣だけです。これも細かな理由はよくわからないのですが、香港の紙幣は発行元によって、それぞれ絵柄が違っています。ただ、どこが発行元であっても、香港ドルは香港ドル。こちらは香港でもマカオでも使えます。ところが、カジノでは、なぜか地元のマカオ紙幣は使われていないのです。そもそも、最近まで紙幣があることすら知りませんでした。というのも、ショップでコーヒーや食事をしたときの釣り銭としてしかマカオの通貨=パカタは触ったことがないからです。しかし、硬貨というのはあくまで補助通貨にすぎないので、紙幣があっても不思議ではありませんよね。こんな当たり前の事実にいまさら気がつくというのも、おかしな話です。ギャンブルに熱くなりすぎていたのかもしれませんね(笑)。

“ロマンチックな観光スポット”のはずなのですが

2015年3月8日

一昨日、台中のランタン・フェスティバルに行って正解でした。昨夜の混雑ぶりは大変なものだったようです。おまけに、城内に展示されている巨大な羊の像の首から上の部分が地上に落っこちてしまい、修復工事までおこなわれたとのこと。さぞかし騒ぎになったにちがいありません。

L1010642さて、台湾の観光ガイドのどれを見ても、「デートスポットとして人気」とか「台北からわずか40分。日常の喧騒から離れて散策してみるのも……」とか書かれているのが淡水です。たしかに、名前もそれっぽいですし、実際、私たちが泊まっている中山からもMRTで40分足らず。

たまたま日曜日だったこともあるのでしょう、まあ、人、人、人でした。駅のすぐそばから始まる老街(旧市街)など、身動きが取れないほどでした。道路幅が狭いのでよけいです。

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そこで、海に近い川岸の遊歩道に移動したのですが、こちらはまた飲食店、みやげ物店、ゲームセンターや射的場などがびっしり並び、さながら夏の湘南海岸の態。カップルもいるにはいますが、それより家族連れ、グループ連れのほうが圧倒的に目立ちました。

ロケーション的には間違いなしに「デートスポット」です。前にはゆったりした川があり、対岸には美しい姿の山(=観音山)。その間を小ぶりの白いフェリーがゆっくり渡っていきます。夕日の名所でもあるらしく、天気さえよければもう最高でしょう。

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ただ、日曜日の午後とあって、日本でよく目にする“団体の中国人”的な光景がそこにはありました。もっとも、ここは台湾ですから、私たちのほうが部外者なのですが……。それに、いまさらロマンチックな雰囲気を求めてきたわけでもないので、そんなことはちっとも気にはなりません。

川岸の遊歩道から老街に戻り、しばらく歩くと有名な店が。「蝦倦(エビ巻き)」が名物で、長い行列ができていました。

L1010655そこからしばらく歩くと、マッケイ博士の銅像があります。札幌のクラーク博士のような存在だったらしく、台北の街中にもその名前を冠した病院がありましたが、こちらがその発祥の地だそうです。

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そこから坂を登っていくと、ようやく「ロマンチック」な雰囲気を漂わせたエリアに到達。教会、最初に開いた医院、旧関税事務所などが点在するあたりは、人通りも少なく、建物もクラシックな雰囲気をただよわせており、散歩するには絶好でしょう。

ミッション系の大学の校舎を過ぎると急な坂道を下ります。そこにあるのがこの界隈最大の観光スポット・紅毛城。旧イギリス領事館だった建物ですが、それ以前は川岸の防衛を担う要塞だったといいます。ズラリと並んだ大砲がその時代をしのばせます。城を見終えるとはや夕刻。バスで淡水まで行き、MRTで都心まで戻りました。

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といってもホテルではなく、雙連で降り、前夜も行った寧夏夜市で早い夕食を取ろうと。さすが時間も早かったので、前夜ほどの混雑ではありません。今回まだ食していない「粽」や「下水湯」などにトライしてみたかったのですが、その前に「芋丸」です。昨夜は50人近い行列であきらめたのですが、今日はそれほど多くはありません。それでも、20人以上は並んでいたでしょうか。

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芋丸には2種類あり、ふかしたサツマイモを練って丸くしたものをさっと揚げたのと、中にゆで卵の黄身と肉鬆を詰めて揚げたもの。最初は前者をオーダーしたのですが、やはり後者のほうがおいしそうだったので、変更してもらいました。揚げ立てをその場でトライしてみましたが、これも上々の味でした。

デザート的なメニューですが、こんなところで順番にこだわる必要もありません。次は「粽」です。夜市の端っこに近いあたりにある屋台の看板に「粽」と「猪腸湯」の文字を見つけ、おばちゃんの前にすわりました。発音ができないので、看板を指さしての注文です。こちらもまたまたおいしく、十分に満足。帰りがけ、これまた前夜も買って帰った「紅豆芝麻湯圓」を。ホテルでゆっくりいただきました。

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どうりで、台湾から日本に多くの人が来るはずです

2015年3月7日
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台湾に来るとかならず立ち寄るお茶屋さんがあります。忠孝復興という駅の近くにある「和昌茶荘」というお店ですが、いまの店主のお父さんのころから出入りしているので、もう20年近くのお付き合いでしょうか。今日もそこに行って凍頂烏龍茶のパックや高山茶など、買い込みました。

そのあと立ち寄った「誠品書店敦南店」(忠孝敦化駅近く)という、いま台湾全国で勢いを伸ばしている本屋さんに行きました。日本でもあちこちで真似されていますが、書店とこじゃれたカフェ、あるいは雑貨品、文房具屋、骨董品、民芸品屋、インテリア・家具、カルチャーセンターなどを複合させた、ちょっとお洒落なショッピングモールになっています。

しかも、ここは台湾で初めて24時間営業を始めた書店だそうで、宵っ張りが多い台湾神の間ではとても重宝しているとのこと。1989年の誕生といいますから、もう25年以上経っていることになります。

その書店で驚くものを見つけました。旅行ガイドの本を集めたコーナーです。そこには日本の旅行ガイドが、よくもまあというくらい数多く並べられていました。しかも、その内容たるや、精緻をきわめています。日本人でも知らない人がいてもおかしくない、かなりマニアックなところまでカバーしているのには感心しました。

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最近、東京でも沖縄でも、それこそ日本のどこに行っても台湾、あるいは中国の人の姿を見かけますが、「なるほど、こういうガイドを読んでから来ているんだ」と納得させられました。タイトルも『東京達人天書』とか『沖縄王』とか、そのものズバリといった感じです。

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Photo_3試しに、浅草の項を見てみました。「雷門」「浅草寺「仲見世通商店街」「伝法院通」「合羽橋道具街」はもちろん、有名な店(たとえば浅草今半、鮨よしだ、大黒屋天麩羅、駒形どぜう、前川、色川、犬印鞄製作所、時代屋など)、さらに「人力車」「屋形船」まで掲載されています。天ぷらで有名な「三定」の説明には「一に浅草、二に観音、三に三定」などという、私も知らないような言葉も出ていてビックリ。

銀座、浅草、渋谷、新宿、池袋、赤坂、原宿、青山、六本木といったメジャーな場所だけではありません。お台場、汐留、恵比寿、代官山、中目黒、自由が丘、下北沢、中野、秋葉原、上野、吉祥寺、築地など、渋いエリアまで漏れなくガイドされてしまっていました。どこに行っても「台湾語」や「中国語」「広東語」を耳にするはずです。

ついでに『沖縄王』のほうものぞいてみました。私の会社の分室がある「首里」の項に沖縄料理の店「富久屋」が出ていたのには、目が点になりました。国内の観光客でも、かなりの通【つう】というかリピーターでも知らないはずの店です。ここまでカバーしているとは!!! たしかに、那覇の国際通りで、夜すれ違う旅行者の3分の2は台湾、中国からの人たちですものね。なんでも、週に1回だか2回だか、クルージングの船が那覇の港に立ち寄り、3~4000人の乗客が降りるという話をタクシーの運転手さんから聞いたことがあります。そういう人たちが、先のようなガイドブックを手にしながらあちこち行くのでしょう。

本を子細に見てみると、裏表紙には香港での値段も出ていましたから、同じ内容のものが香港でも売られているわけです。大陸にも出回っているかまではわかりませんが、少なくとも北京や上海あたりでは売られているのではないでしょうか。

今日の夜は台中でランタン・フェスティバル

2015年3月6日

明日・明後日は土・日なので混みそうということで、今日、台中の「ランタン・フェスティバル(台灣燈會)」に行ってきました。ランタン・フェスティバルという名称から、昨日楽しんだ「天燈」と一緒くたにされることも多いようですが、これはまったくの別物です。ただ、その起源は、おそらく「天燈」にあるのではないでしょうか。「平渓天燈祭」がおこなわれる時期に合わせ、台湾のほぼ全域でおこなわれるイベントのようですから。

 

 

L1010489日中は迪化街に行ってみました。MRTの駅からやや遠くこれまで一度も行ったことがなかったので、今回は初めての挑戦。ホテルからタクシーで3メーターほどでたいした距離ではなかったのですが、さすが19世紀半ば、清朝末期の時代に開けた街ということで、旧市街のなかでも突出した感じがします。

 

20世紀の初め、台湾は日本統治下にありましたが、この当時は台湾全土から乾物、漢方薬、茶、布などを扱う商店が集中、大規模な商業エリアを形成していたといいます。通りの左右にバロック調の建築物が並び、裕福な商人たちが店を開いていました。

 

その入口にある永樂市場からスタートしました。建物自体はたぶん8階建てで、4階までがショッピングフロア。5階だか6階には演芸場がありました。きっと、ここで仕事をしている人たちのための施設なのでしょう。

 

 

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L1010508_2下の方は1階と4階が食べ物屋で、4階のほうはフードコート風の造り。まず1階の入口を入ってすぐのところにある「林合發油飯店」で、今回念願の「油飯」を買いました。「飯店」と名乗ってはいますが、実際は売店です。売り場には行列ができており、お目当てはだれもが名物の「油飯」。ずっしりとした重さに驚きました。調べてみると、なんと600グラムだそうです。本当は、「少な目」とか「半分の量で」といった具合に注文すればいいそうですが、台湾語がわからないので仕方ありません。

 

 

 

 

 

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それを手に持ってエレベーターで4階まで上がります。日本語の上手なお姉さんの誘いに応じ、水餃(水ギョーザ)と炒麺(焼きそば)を注文。水餃はこれまで食したなかでいちばん美味でした。中身もぎっしり詰まっていて、皮とのバランスも抜群です。炒麺の味付けもユニークでした。

 

降りて会館を出ると、まわりには屋台風の飲食店がびっしり。しばらく行くと「青草茶 茅根茶 苦茶」の看板が。滋生青草店です。そこで、風邪予防に最高という「苦茶」を呑んでみたのですが、まあ、苦いこと苦いこと。あまりの苦さに途中であきらめ、歩き始めました。
迪化街を北に向かうと、両側に「医食同源」の国らしく、漢方関係の食材を売る店がびっしり。しかも、北へ上がれば上がるほど建物が古くなります。そこらまでは観光客も足を延ばさないからでしょう。

 

 

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もうここまでかというところまで北上したところに突然、こじゃれた店がありました。それが李香亭という餅(お菓子)屋さん。中秋節や旧正月の前になると、長蛇の列ができるほどの老舗だそうです。「平安亀」という名のお菓子は、亀の甲羅を型どり、中央には寿の文字。ピーナッツ風味の生地の中に胡麻餡が入っています。地元の人に人気があるのは「平西餅」。これは、オリジナル、ミルク味、カレー味の3種類ありました。

 

 

L1010504_2この店を右折すると、日本の昭和30年代を彷彿させる一角につきあたります。途中「家庭理髪」という看板がありました。どうやら、家の一角を使って散髪をしてあげている店のようです。それにしても、写真右上にある看板の「山本頭」とはなんのことでしょうか。

さらにそのまままっすぐ進むと民楽街。そこを北に上がったところが民権路で、上には高速道路が走っています。右に曲がってすぐにMRTの大橋頭駅が。「大橋」とは、すぐ西にある台北大橋のことのようです。したがって「大橋頭」とは「台北大橋のとっつき」といった意味でしょうか。

 

ホテルに戻り、ネットで「山本頭」を調べてみました。なんと「山本」は連合艦隊の司令長官「山本五十六」のことでした。「山本頭」自体は、職人さんなどに見られる丸刈りのことだといいます。ちなみに、「平頭」は角刈りだそうです。

 

 

さて、少し早目に台中までということで、MRTで台北車站まで行きました。ところが、午後3時過ぎだというのに、構内は大変な混雑です。なかでも高鐵(新幹線)の切符売り場にはえらい行列が! 「えーー、これ、みんな、台中へ行くわけ?」と思いつつ自動販売機で乗車券を購入。

 

L1010523_3台中までは1時間ほど。5時前には到着しましたが、予想以上の人出です。広大な敷地に所狭しと光のオブジェが並べられているのは壮観のひと言。この時間はまだ明るいのですが、あと1時間ほど経てば暗くなりますから、さぞかし美しいにちがいないと期待を抱かせます。

 

写真をご覧いただけばおわかりのとおり、これでもかこれでもかといった感じの、光、光、光。「燈會」などという平凡なネーミングではとても追いつかない感じでした。会場内には2カ所、野外フードコートのようなスペースがあり、ここはもう完全な夜市状態。どこも皆、大変な人でごった返していました。

 

 

 

 

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今回のメインイベントは「平溪天燈」

2015年3月5日

今回は台北で同じホテルに5泊しますが、朝食込みにしませんでした。街中で食べたいと思ったからです。


L1010429今日がその最初。MRT雙連駅まで歩くと、その脇に青空市場があります。両脇にびっしり店が並んだ細い道をぶらぶらしながら物色していると、狭い路地の一角に、おじさん・おばさんの夫婦でやっているお粥の店が
。

「粥BAR」の看板には笑ってしまいました。メニューは10種類で、鶏肉と魚仔とあと皮蛋を足すかどうかの組み合わせ。「請付◎款」なので先払い。待つこと30秒。出されたお粥は最高でした。

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店を出たところに「潤餅」の専門店があり、そこで家人が1個買ってきたのを立ち食い。こちらも美味でした。

ホテルに戻り、午後からは西門へ。MRT中山駅でパス=EASY PASSを購入。100元のデポジットを払い、そのあと好きな金額を足して作るシステム。日本のsuicaと同じようなものですが、大きな違いは運賃が2割引きになること。とてもありがたく、suicaも見習ってほしいものです。新しく開通した地下鉄で2駅目が西門です。前にも来たことはありますが、相変わらず若い人の姿が目立ちます。その昔行ったことがある「阿宗麺線」の店のあまりの変貌ぶり=大発展に驚きました。

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私たちが入ったのは路地にある小さな店。おばあさん一人と息子夫婦+お手伝いさんが。説明なしの壁貼りメニューから、米苔目と魯肉飯(小)。まったく言葉が通じない店でしたが、ジェスチャーと指差しでなんとか突破しました。

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西門からMRTを乗り継いで動物園駅。空は雨模様で、気温もけっこう低く、寒いくらいです。ここが、今回のメインイベント=「平溪天燈」への出発地点。次々と出発するバスに乗り込みます。平溪線という人気のローカル鉄道で行く手もあるのですが、インターネットで調べると、かなり混雑するようですし、時間も遅れたりするというので今回はパスしました。

会場は台北市を取り囲むようにしてある新北市平溪の十分広場。新北市は「新しい台北市」の略だそうで、人口(396万)は台北より多いとのこと。以前行った烏来の温泉もこの新北市内にあります。

その平溪でおこなわれるのが「天燈」。気球と同じ原理で作った紙製の天燈(=ランタン)の外側に、自分の願いを書き込み、夜空に飛ばすというものです。毎年、旧正月から15日目、最初の満月の日=元宵節の夜に開催され、10万もの人たちが観に訪れるといいます。

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台北市内を出て郊外に出ると、どんどん上っていくのがわかります(平溪の標高は600mほど)。それにつれて空も雲でいっぱい。現地はどしゃ降りかも……と不安に駆られながらの小1時間でしたが、あにはからんや
、そうでもありませんでした。

始まるまで2時間以上もあり、その間、近くの商店街(十分老街)をぶらついたり立ち食いをしたりしながら時間をつぶし、会場に。そのすぐ手前に「台湾のナイアガラ」と呼ばれる「十分大瀑布」があるのですが、この日は残念ながらクローズしており、そこへの入口にある、滝もどきで我慢するしかありません。


時間が経つにつれ、どんどん人が集まってきます。日本人の姿も目につきますが、それより多いのが青い目の人たち。「天燈」はいま、世界的にもユニークなイベントになっているようです。打上げは夜6時過
ぎから8回に分けておこなわれ、1回あたり250個が夜空に上がっていきます。今回最大のものはなんと高さ8メートル。この「天燈」のイベントを考案した方とその娘さんの二人で作り上げたとのことです。

L1010470台北市と新北市の2市(=合わせて「雙北」という)合同による天燈もありました。いま台湾では、この隣り合う2つの市が、国全体の牽引力になっているようで、いかに連携し合っていくかが大きな課題になっているからです。2人の市長がそれぞれ「雙北合作 神采飛羊」「雙北合作 天佑台灣」という文字を赤い墨汁で書いていました。

イベントのMCが大きな声で「さあ、いよいよ上がります。1、2、3!」のかけ声とともに一斉に夜空に上がっていく様は壮観、そしてなんとも幻想的でした。

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2回目まで見て、帰ることにしました。これからますます混み合ってきそうな感じがしたからです。行きもそうでしたが、帰りのバスも冷房がガンガンに利いています。なんでも、バスの中のエアコンが利かず体調を悪くしたりする人が出ると、バス会社の責任が問われるのだそうで、それを防ぐために、外気温に関係
なく冷房を全開にしておくのだとか。でも、寒かったです。


途中の停留所の名前が前の電光掲示板に次々と出てくるのですが、「菁桐坑」とか「五坑」とか「深坑」など、このあたりでかつて石炭が採れたことを偲ばせる名前が次々に。石炭産業が1970年代を過ぎ急速に衰え
、十分の町がすっかりさびれてしまったのをなんとかしたいということで始まったのが「平溪天燈」の由来だそうです。なるほど、と思いました。日本の“消滅”しかかっている町や村も見習いたい話です。

台湾グルメ旅に出発、1日目の夜は?

2015年3月4日

L1010410何度来ても思うのですが、台湾はやはり近い! 時差がマイナス1時間なので、よけいそれを実感します。

午前9時20分のANA便に乗り、12時過ぎには台北松山空港着。午後1時過ぎにはホテルでチェックインしていました。

予報と違い気温が低く、いつ降り出してもおかしくない空模様。夕食も近場でということになり、ホテルから歩いて5分ほどの「青葉餐庁」という店に行きました。事前に読んでいたユニークなガイドブックに、この店の名メニュー「卵焼き」が出ていたからです。

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店は、台湾では珍しいけっこうきちんとした造り。日本のビジネスマンの接待・打ち合わせ用に使われているという、ガイドブックの説明に納得。味も、日本人向けにアレンジされているそうで、たしかに、「炒四糸」も「炒空芯菜」も、皆GOODでした。

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最後の麺も、おまけで出されたデザート「緑豆湯」も◎でした。何より、ボリュームが半分になっているのがありがたかったです。

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タッチの差でウィリアム王子と……

2015年3月1日

単行本のインタビュー取材で宮城県の石巻を訪れました。場所は石巻日日【ひび】新聞の資料館的な施設=「絆の駅NEWSee(ニューゼ)」。私が着いた3時間ほど前まで、イギリスのウィリアム王子が同じ場所を訪問されていたと聞きビックリ。

インタビューは2階のカフェでおこなったのですが、同じテーブルに、小さなトレーに乗ったティーカップが置かれていました。「すみません、こちら、片付けていただけますか」とお願いしたところ、お店の人が「いえ、これは今日1日だけ、このままに……」。「ひょっとして、王子が飲まれたカップとか」というと、「そーなんです!」。

さっそくカメラを取り出しシャッターを押してしまいましたが、このイスにすわるのは遠慮しました。まだ王子のオーラがそのあたりに残っているような感じもする中、インタビューはさくさく進み、予定より早く終えることができました。

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家に戻り、ネットをチェックしてみると、資料館の館長・武内さん(1月にインタビューさせてもらった方)が、王子を相手に汗をかきながら説明しているニュース映像や写真がいっぱい。当然、本国のBBC→http://www.bbc.com/news/uk-31681184でも報じられていました。

なんだか不思議な縁を感じてしまい、今年の9月に予定しているイギリス行きが急に待ち遠しくなりました。