月別アーカイブ: 2021年3月

“ついでに”がハマったときの幸せ感 PART2

● 窓の外を見ると、おぼろ月が。ふと思いつき、拙宅の近くに民家の庭に植わっている中でも指折りと思われる大きな桜(左右15m・高さ10m以上)があるので、見に行ってみました。月と桜━━なかなかいい取り合わせです。昨日蘆花恒春園で見た満開の桜と菜の花の絨毯も心が浮き立ちましたが、1たす1が2を超えている感じがします。
●さて、もう一つの”ついでに”は、世田谷文学館&蘆花恒春園からさほど遠くないところにある洋食レストラン。人気番組「孤独のグルメ」で紹介されていた中で「これはぜひ」と思っていた店の一つです。予約不可のため直接行ってみると、開店10分後だというのにもう何人か並んでいました。しばらく待ってランチをいただいたのですが、これが大当たり!
●最初に出される4時間煮込んだミニスープは、ジャガイモなど野菜が溶け込み、幅広かつ奥深の味わい。メインは、牛ヒレのステーキにチーズを乗せ熱いビーフシチューに落とした「ア・レ」という料理。それぞれの持ち味が生き、素晴らしいハーモニーを奏でてくれます。店は住宅街にあるため、客の大半は近くに住む老夫婦やオールドレディーのグループ。斜め向かいにテニスクラブがあるので、そのメンバーさんかもしれません。
●驚いたのは、いまどき珍しく、マッチが置いてあったこと。昔はどこの飲食店でも、レジ横あたりのカゴに山積みされていました。男性の3分の2がタバコを吸っていた時代の話です。「花もだんごも」手にすることができ、今回の”ついでに”の二段重ねはうまくツボにはまりました。こんなときの充実感は何ものにも代え難いものがあります。

Facebook Post: 2021-03-27T22:19:25

“ついでに”がハマったときの幸せ感 PART1

●今月末で終わってしまう「あしたのジョー」展に、ギリギリで行くことができました。高2のときに連載が始まり、大学に入ってからも熱読した名作。編集者になって、原作者の高森朝雄さんと絵を描いていたちばてつやさんの双方と仕事でご一緒し、不思議な縁を感じたりもしていました。
●会場の世田谷文学館、最寄り駅の京王線・芦花[ろか]公園とも初めて。東京23区で初の地域総合文学館としてオープンしたのは1995年。以前からユニークな企画展を何度か開いていたので気にはなっていたのですが、なかなか足を運ぶ機会がありませんでした。それにしても、会場内は私とほぼほぼ同じ年齢層、それも9割以上が男のおひとりさま。もちろん、連載当時の「少年マガジン」の読者でしょう。ふんだんに展示された原画を熱心に見入る、というか読み入る姿は半世紀前と変わりません。
●ジョーの絵だけでかなりお腹いっぱいになりましたが、これだけで終われないのが私の性[さが]。何をするにも、どこに行くにも、”ついでに”=コスト・パフォーマンス&タイム・パフォーマンスを考えてしまうのです。生来の貧乏性なのか、それとも名古屋で育ったせいなのか。ちなみに、マンガ喫茶もスーパー銭湯も、発祥の地は名古屋です。1カ所で2つ以上のことができるのは名古屋人の最大の喜びといっても過言ではありません。
●さて、今日の”ついでに”その1は、すぐ近くの蘆花恒春園[ろかこうしゅんえん]。徳富蘆花が生前暮らしていた家屋と庭園をベースに、東京都が公園として整備したものだそうです。日本史の教科書で代表作とセットで覚えただけの蘆花ですが、それではあんまりなので、ちょっとだけのぞいてみようと。蘆花記念館を見学して外に出ると、これが予想以上に素晴らしい公園でした。いまの季節、各種の桜はもちろん、菜の花、チューリップ、パンジー、山吹などどれも皆満開で、「気持ちい〜い!」のひとこと。広過ぎず狭過ぎずのサイズも、70歳を越えた身にとってはありがたいです。これだけでも大満足でしたが、今夏はもう一つおまけが。そちらは明日ご報告します。

Facebook Post: 2021-03-26T19:38:00

50年間ひいきにしていた洋服屋さんが閉店

●みごとに咲きそろった我が家のチューリップをはじめ、ここのところ、いつ、どこに行っても花が楽しめる毎日。つい1年前まで、ひどあときは早朝から深夜まで18〜19時間、国内・海外どこにいても原稿に追われ、そうした生活とはほとんど無縁だったのがまるでウソのようです。その分実入りも減りましたが、それを補って余りある精神的余裕は、何物にも替えられません。
●そんな毎日を送っていればこそ、街を歩いていても四方八方に目が行き届くように。昨日も、ここ10年近く通っているかかりつけ医のある銀座まで行くと、「テイメン(テイジンメンズショップ)」の看板が目に飛び込んできました。しかも、「閉店セール」の貼り紙が! そういえば2〜3週間前だったか、新聞でそのニュースを知り、驚いたんだっけ。この1年、衣料品の売れ行きが大幅に減っているからのようです。
●帰りに、ちょっと寄ってみると、品数もすでに残り少なく、なんともさびしい感じが。せっかくだからと、”記念”にスタンドカラーの白いシャツを1枚購入(なんと50%OFF)しました。「テイメン」のタグがついているので、メモリアルにもなりそうです。考えてみると、上京して以来ずっとですから50年のお付き合い。ボタンダウンカラーの白シャツはずーっとこの店で買っていました。
●コロナ禍が始まって1年間。これまで足を運んでいた飲食店にも、残念ながらクローズしてしまったところがいくつかあります。ホテル・旅館、おみやげ店、運輸・航空など、旅行関連の業界も事情は同じ。”最後の絆”とも言えるオリンピックもいまや風前の灯。この先さらに苦境が続いても、なんとか頑張っていただきたいものです。

Facebook Post: 2021-03-24T08:50:37

”おいしい神戸”を楽しむのも仕事!?

●今あちこちでやり玉にあがっている会食とは違いますが、仕事でおいしいものが食べられるという機会はそうそうありません。3月16日の午後は「北前船研究交流セミナー」。その最後のセッションのテーマが”食都神戸”でした。100%地場の産品で構成した食事を観光客にというコンセプトで、会場のホテルオークラが考案したメニューを試食するのが参加者の仕事。
●前菜、メイン、デザート各ひと品ずつでしたが、どれも皆”tres bien!” でした。神戸というとビーフくらいしか思い浮かばない私、シイタケもあれば菊菜もある、山椒までもが神戸産と知り驚きました。もっとも、オークラのシェフの手にかかれば、どんな素材でも”別もの”に仕上がるのかもしれませんが。日本酒はもちろん地元の灘(ここも神戸市)ですし、一緒に出された地場のワインもイケていました。
●今回のセミナーが神戸でおこなわれたのは、兵庫津[ひょうごのつ]という、古くからあり由緒も深い港が日本遺産「北前船寄港地」の一つに追加認定されたため。世界中に知られている神戸港のルーツは北前船も出入りしていた兵庫津なのです。この先、「歴史」は観光の強力なキーワードになりそう━━それを改めて実感しました。これからは、単なる物見遊山ではなく、歴史を取り込んだ観光が注目される時代がやってくる
●それにしても、自治体としては兵庫(県)のほうが上位なのに、知名度は神戸(市)のほうが数段上。神奈川(県)と横浜(市)の関係とよく似ており、どちらも「港」がらみというのも不思議な気がします。

Facebook Post: 2021-03-19T07:27:22

神戸・元町は和洋中の混在が魅力

●前夜泊まった姫路から、本来の目的地・神戸随一の繁華街=元町・三宮までは、JRの新快速で40分ほど。元町から三宮にかけての一帯は神戸でもいちばん早く「外国」が入ってきた場所だけに、どことはなしにあか抜けた空気が流れています。その一角、アーケードのかかった商店街にある「サントス」という喫茶店(カフェではありません!)に行きました。外観やメニューの構成は昭和っぽいのですが、中はこじゃれた雰囲気が。
●目的は、この店の名物ホットケーキ(パンケーキではありません!)です。オーダーしてから作り始めるので、テーブルに届くまでおよそ20分ほど。でも、その甲斐はありました。もっちりしすぎない、口全体にしっとりしみ入ってくるような粉の加減が、すばらしく心地よいのです。私が半世紀以上昔初めて口にしたホットケーキとそっくりだからかもしれませんが。
●店を出て道一本南に下ったところが南京町。いわゆる中華街ですが、横浜ほどには大きくありません。食欲をそそる香りがただよっていたものの、ホットケーキでお腹いっぱいの私はパスし、三宮方面に向けさらに歩きます。デパートも映画館も、コンビニも皆、元町のイメージにかなった顔をしているのが面白い。
●ただその一方で、元町には別の一面も。駅のすぐ近く、高架の線路沿いにある細い路地は、飲み屋や食堂(レストランではありません!)、雑貨店などがごちゃごちゃと並ぶ”昭和の日本”そのもの。駅から離れるにつれ、先のようなあか抜けした町並みが目につくようになります。それを象徴するのが、神社と教会(といっても結婚式場ですが)、真っ赤な鳥居とレンガ風の外装をした店の大接近。それもまた、多くの人を惹きつける要素なのかもしれません。三宮のデパ地下で、神戸に来るとかならず買い出しに行くピロシキ屋さんへ。夜食用に2個ゲットしました。

Facebook Post: 2021-03-17T11:38:37

3カ月ぶりの新幹線で兵庫県の赤穂へ

●今日・明日は神戸で「北前船セミナー」。せっかくの機会なので、ついでに赤穂まで足を延ばすことにしました。朝6時過ぎに家を出て、品川から3カ月ぶりの新幹線で姫路まで。姫路からレンタカーを借り、赤穂までは1時間ほどです。素晴らしい晴天で、新幹線の車窓から富士山のいただきがくっきり。名古屋を過ぎると伊吹山も見えました。それだけでもエキサイティングな気分になるのが「旅」の面白さ。目的地だけでなく、途中もなおよしなのです。
●「忠臣蔵」ばかりが有名な赤穂ですが、それ以外にも塩作り、1616年に完成し江戸・福山と並び称された上水道など、興味をそそるものが少なくありません。私の関心は、赤穂の塩が江戸時代、大坂を出航した北前船で北陸・東北まで運ばれていったこと。その途中で寄港したのが市の東部にある坂越[さこし]です。港は、瀬戸内海から奥深く切れ込んだおだやかな湾の内ふところにありました。
●ほぼ当時のまま保存されている街並みは、端から端まで歩いて回っても30分足らずほどの狭さ。歴史を大切にしようという住民の素朴な思いがそこここに感じられました。案内所のスタッフが、「ここはスケッチに来られる方が多いんです」と話していたとおり、絵になるスポットも少なくないようです。もう1週間あとなら、北前船船主の奉納した絵馬が奉納されている大避[おおさけ]神社、そのすぐ隣、船岡園の桜も満開だったのでしょうが、残念!
●赤穂の街中に戻り、浅野氏が主だった赤穂城跡へ。明治維新でほとんど取り壊されてしまい、いま復元の最中だといいます。城跡のすぐ近く、大石神社参道の左右にずらりと並ぶ赤穂義士石造群は圧巻でした。姫路まで戻り夕食を食べに出たものの、この町は食がいまイチ。30分以上も歩き回りましたが、結局ラーメン+餃子で手打ち。坂越を離れる前、地元でふんだんに獲れるカキ尽くしのランチを堪能(そろそろシーズンも終わりですからね)しておいてよかったぁ。帰りがけに買った名物の塩餡最中も。

Facebook Post: 2021-03-16T11:47:02

目白界隈で公園の3連チャン

●まる一日外に出ないと、体がなまり心の均衡も揺らいできそうな気がします。天気もよく暖かな今日は、三つの公園が集中する目白・西池袋界隈まで歩きに出てみました。まずは、30年ほど前にオープンした「目白庭園」。築地塀[ついじべい]で囲まれた回遊式の日本庭園で、定番の築山や石塔、さらに数寄屋造りの茶室=赤鳥庵[せきちょうあん]も配されています。紅梅が一本、いまを盛りと咲き誇る中、目を引いたのが滝。日ごとに春が近づくいま、水の落ちる音もそれを後押ししているような気がします。池をたゆとうカモも同じように思っているのカモ。
●目白庭園の長屋門を出て北に数分歩くと、「上[あが]り屋敷公園」が。江戸時代、すぐ近くに将軍の狩場があったそうで、その休憩所が「お上り屋敷」。それにちなんだ名称で、同名の駅(西武池袋線)が1953年まであったのだとか。大きな藤棚があったので、GWのころは満開になりそうです。
●そこから南西に少し歩くと「目白の森公園」。”森”とはいささかオーバーな感じもしますが、案内パンフによると、1年を通じて野鳥が姿を見せるのだとか。そんな中、目を射ったのが青い実のジャノヒゲ(蛇の髭)。生薬としても使われるといい、周囲の枯れた葉の中で、白スイセンとともにひときわ存在感を示していました。
●帰り道、少し回り道して四つ目の南長崎スポーツ公園に行ってみると、なんとラグビーボール🏉が! 外国人の若い男女合わせて10数人が楽しそうに練習していたのです。このグラウンドではサッカーしか見たことがないのですが、いまが真っ盛りのモクレンの花も驚いていたのではないでしょうか。

Facebook Post: 2021-03-12T07:59:25

今年もまた、花を咲かせるのに失敗しましたが……

●カクテルでしか知らなかったミモザが、花の名前でもあることを知ったのは数年前。テレビで、イタリアの男性が、思いを寄せる女性に3月8日にその花束を贈り、みごと恋を成就するというドキュメンタリーを観たからです。ミモザは春の訪れを告げる花でもあるそうで、以来私にとってあこがれの花になりました。一昨年、昨年と、秋にその苗木を買い求め、水やりや栄養補給に努めたのですが、今年もまた間に合わず。ガックリしていた私を見かねたカミさんが近所の花屋さんで買ってきてくれました。
● 3月8日といえば、国連が1977年に定めた「世界女性の日」。その由来は、1904年のこの日、アメリカの女性労働者が「婦人参政権」を求めてデモをおこなったことにちなむそうです。イタリアでは国連が制定する以前から、3月8日に奥さんや母親・職場の女性にミモザの花を贈る風習があったとのこと。ミモザはイタリアで各地に自生し、貧富の差に関係なく誰もが身近な女性に感謝の気持ちを伝えられるということで、そのシンボルになったといいます。
●それを知った私は、いつかはカミさんにと思っていたのですが、結局、私のほうが贈られることに。もちろん、うれしくはあるのですが、なんだか面目ない感じもします。聞けば、ミモザはもともと大きな木で(品種によって違うようですが、高さ10メートル以上にもなるそうです)、その枝に群がるようにして咲くのだとか。来年こそは花を咲かせ、カミさんの喜ぶ顔を見てみたいと思っています。なーんて、ちと”優等生”に過ぎますかね?

Facebook Post: 2021-03-09T22:16:13

我が家のすぐ裏に聖火リレーがやってくる!?

●今朝の東京新聞を見てビックリ。拙宅から徒歩3分のところにあるトキワ荘マンガミュージアムが、オリンピックの目玉の一つ、聖火リレーの追加コースとして組み入れられるのだそうです。大会そのものの実施がまだビミョーではありますが、正式に決まれば、我が家のすぐ裏を走る通りは大騒ぎになりそう。
●記事を読み、ミュージアムの前まで行ってみました。一方通行とはいえ幅員7mほどの通りなので、ゴチャゴチャ感はありません。30〜40年前は商店がびっしり並んでいたのでしょうが、いまはシャッターが下りたままの店、マンションや住宅に建て替わった店ばかりで、往時のにぎわいはどこへやら。ここを走るのかと思うと、何やら複雑な気持ちになります。
●私自身、今回のオリンピックは、招致の話が出たときから反対。開催が決まってからは、その期間どこかに”避難”したいと、まじめに考えていたくらいです。とはいえ、もともとオリンピックは大好きで、初めて接したのは1960年のローマ大会。まだ9歳でしたが、午前3時頃に起きてラジオのスイッチを入れ、水泳の田中聡子とか山中毅━━なつかし〜!━━を応援しながら、中継に聴き入っていました。
●裸足のアベベがマラソンを制した瞬間もリアルタイム。アメリカ国歌をソラで口ずさめるようになったのはこの頃からでしょうか。いやというほど流れていましたからね。57年前の東京大会も、学校にいる時間以外は毎日テレビに釘付け。1992年のバルセロナ大会くらいまではそれなりに関心を持って観ていましたが、ここ30年ほどのオリンピックはかなり歪んでいるように思え、いまひとつ熱くなれません。すぐ近くを聖火リレーが通っても、それは変わらなさそうです。

Facebook Post: 2021-03-03T14:05:47

飛鳥山”登頂”に成功──私の「マイクロツーリズム」⑲

●箱根山に続き、今回の”23区内登山”は飛鳥山です。京浜東北線・王子駅から徒歩5分。駅からはなんとモノレール(16人乗り)もあります。この日の第一目標は、山の中にある渋沢(栄一)史料館だったので、駅の手前でバスを降りました。コロナ禍のため予約制ということもあり、中はガラガラ。
●建物の大きさのわりに会場はコンパクトでしたが、展示内容は濃密。しかも、太平洋戦争中の空襲で焼失した自邸の庭園に残った晩香盧[ばんこうろ]と青淵[せいえん]文庫(どちらも重要文化財)がセットになっていて、じっくり見たら2時間はかかりそうです。
●晩香廬は木造の洋風茶室、青淵文庫は鉄筋コンクリートの書庫。
青淵文庫に展示されていた「理に従えば則(すなわ)ち裕(ゆたか)なり。慾に従えば惟(これ)危うし」の揮毫は印象に残りました。どこかの国の首相に、目をこすって見てもらいたいと、思う人も多いのではないでしょうか。
●計3カ所の見学を終え、いよいよ飛鳥山に登ると、標高25・6mの”山頂”には立派なモニュメントが。1本だけですが花を咲かせている梅、葉牡丹、ノースボールやビオラなど小さな花々を植え込んだ花壇が心を和ませてくれます。もう2、3週間もすれば”本命”のソメイヨシノも満開となり、人であふれ返るはず。もともと、徳川吉宗が花見の場として作らせたのを公園として整備した場所ですから。
●コロナ禍で行動自粛の期間が長びき、フラストレーションもほぼ頂点に。でも、こうした時間を過ごすと、多少は気持ちが休まります。仕上げはもちろん食べ物。駅前に行列している店があったので、のぞいてみるとワンタン麺の専門店。若い人がほとんどでしたが、私たちも並んでみることに。いま流行りの脂ギトギトのスープではなく、比較的あっさりした味が古希の夫婦には心地よかったです。

Facebook Post: 2021-03-03T08:19:58