月別アーカイブ: 2015年8月

軍事パレード間近で天安門の周辺は厳重警戒

2015年8月29日
北京もいよいよ今日で最後。帰国便は16時40分発なので、それまではゆっくりできます。そこで、天安門広場まで行ってみることにしました。

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さすがこの周辺は警備がことのほか厳重で、目の前にテレビの画面で見慣れた天安門が見えるのですが、そちらには渡っていけないようになっています。門の前の広場には軍事パレードの観覧席やイベント用なのでしょう、巨大な造作物があります。そうしたものを観ながら南に降りていこうとしましたが、これがストレートに渡れず、別の道を迂回しなくてはなりません。地下道を渡るのですが、階段を下りていくとまた所持品検査の列が……。いい加減イヤになってしまいますが、そこを通らないと目的地までは到達できないので、仕方なく従います。

ようやく「前門(正陽門)」という巨大な門があるところまで行ったあたりでランチタイムに。今年は日本との戦争が終わって70年という区切りでしょうか、「隆重紀念中国人民抗日战争 暨世界反法西斯战争胜利70周年」と書かれた看板があちこちに立てられていますし、『誘狼』『百団大戦』などという戦争映画も公開されているようです。といって、中国の人たちが私たち日本人に冷たい視線を浴びせるわけではありませんよ。

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L1030702_2そうした看板を横目に見ながら「前門大街」というちょっとレトロな雰囲気の場所を歩きました。中国風の建物に入ったスターバックス(中国では「星克巴」と書く)の店があったので、そこでひと休み。さすが、2時間も外にいると、汗びっしょりになります。そのあと、近くの大衆中華といった雰囲気の店で食事を済ませ、タクシーでホテルに。荷物を受け取りタクシーに乗りましたが、時間が夕方のラッシュが始まる前だったせいか、予定より早く到着。4泊5日の北京旅行もこれにて終了です。


「万里の長城」は2万2千キロ、ボルトの金は100メートル

2015年8月28日
さて、今日は今回の観光では目玉となる「万里の長城」ツアーです。朝、ホテルのロビーでガイドとドッキングし、一路車でGO。1時間ほどで到着しましたが、駐車場から長城の入り口まではけっこうな距離の上り坂を歩きます。日差しも強い中、懸命に歩きました。ガイドからコースの説明(初心者向けと健脚者向けの2つあるのです)を受け、迷わず初心者コースへ。

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L1030630しかし、「初心者」にとっても、けっして楽ではありません。見かけよりはるかに傾斜がきつく、しかも歩いても歩いても、最高地点までは着きません。全行程の半分ほどのところで、時間もかなりおしてきた感じがした(半分は弁解ですが)ので、長城のすぐ脇を降りていく別のルートを戻りました。午後に行っていたらもっときつかったにちがいなく、朝に歩いたのは正解でした。端から端までは、なんと2万2千キロもあるそうで、東端(河北省山海関)は黄海に面しているとか。たしかに、北にいる異民族(=匈奴【きょうど】)の侵入を防ぐためのものですから、漏れなく築かなくてはならないのはよくわかるのですが。よくもまあ、こんなシロモノを中国全土に作りあげたものだと感心しました。

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午後早くに現地を出発、ホテルには3時過ぎには戻ってこれました。今日もまた、地下鉄で「鳥の巣」まで。そうそう、北京では地下鉄に乗るにも手荷物検査があります。世界陸上の開催中だからとか軍事パレードが迫っているからといったことではなく、日常的におこなわれているとのことです。それはそれとして、ウサイン・ボルトの100メートル金メダル獲得の瞬間をこの目で見られたのが最高でした。「万里の長城」の22万の1の距離ですが……。今日は昨日よりさらにスムーズにホテルまで戻れました。

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中国の人たちが読んでいる旅行ガイドブック

2015年8月27日

L1030604_2この時期、たまたまですが、9月の初めに天安門広場で軍事パレードがおこなわれるとかで、「故宮」がクローズされています。残念ながら今回は見送らざるを得ず、日程を調整の上、今日は北京最大の繁華街「王府井【ワンフーチン】」に行きました。地下鉄の駅を上がると、中国銀行と北京飯店があり、その2つにはさまれ北に向かう道路の両サイドに有名な店が並んでいます。その一つに大きな書店がありました。

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ビル丸ごと書店という中に入って、最近日本にいちばん多くの観光客を送り込んでいる中国の人たちがどんなガイドブックを読んでいるのか、のぞいてみました。すると、台湾でもそうでしたが、旅行書のコーナーには大変な数の本が並んでいます。『地球の歩き方』の中国語訳(かどうかはわかりませんが、装幀はそっくり)もほとんど全部がそろい、その充実ぶりはハンパではありません。「なるほど、こういうのを読んでくれば、日本のどこに行っても中国人の姿を見かけるはず」と納得したしだい。昼食は5月に来たとき連れていってもらった「東方餃子王」で。

夕方からは「鳥の巣」ですが、今日は昨日の“学習成果”をもとに地下鉄で行きました。その成果でしょう、行きも帰りもほぼ余裕。入場券とセットになっている食事はそれほどのレベルではありませんが、ボランティア・メンバーの手厚いケアもあり、心地よく過ごせます。今日も日本選手の活躍は見られないままでしたが、ウサイン・ボルトの走りをほぼゴールの真上で観られたのが救い。

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本場北京で食べた北京ダック、安~っ!

2015年8月26日
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午前中は、清の時代、西太后が夏の別荘として利用していた頤和園【いわえん】に行き、あまりのスケールの大きさに度肝を抜かれたあと、昼食はJさんご推薦の「大菫」という店で烤鴨(北京ダック)を食べました。かの有名な「全聚徳」にいた人が独立開業した店だそうです。値段がそちらよりはるかにリーズナブルなため好評なようで、数年のうちにいくつもの店舗を開業するまでになったとか。私たちが行ったのは南新倉文化レジャー街の一角にある店でしたが、お洒落な空間が魅力的、もちろん味も素晴らしく、しかも、ウソみたいに安かったです。

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ホテルに戻り着替えたあと、タクシーで「鳥の巣」まで。ただ、「鳥の巣」の真ん前までは行けず、比較的近いところでおろされました。しかしそこからが大変で、入り口を探すのに右往左往、中に入るまでに1時間。この日の競技で日本人選手が出場するのはヤリ投げでしたが、日本はまったく不振で、優勝したのはなんとケニアの選手でした。伝統的にこの種目に強い北欧の選手を押しのけての優勝ですから、快挙といっていいでしょう。ホテルには地下鉄を乗り継いで帰りましたが、駅がどこにあるのかなかなかわかりません。しかたなく、「最近地鉄站?」とボールペンで書いたメモ用紙を警官に見せて教えてもらったのですが、それも実はウソで、結局人の流れについていってようやく見つけました。

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ホテルの近くを流れる川で水泳にはびっくり

2015年8月25日

L1030509世界陸上の観戦も今回で6回目。2005年のヘルシンキが最初ですから早いもので10年になります。朝9時10分・羽田発のANA便で北京に出発しました。北京は今年の5月に行ったので私は2回目、家人は初めてです。5月も8月も、PM2・5の心配は無用。ただ、今回はかなり暑いのではないか、心配はそれだけです。

北京国際空港には4時間で到着。空港からは道路の渋滞を避け、地下鉄でホテルまで行くことにしました。高校時代の友人で、ついこの3月までこちらで日本企業の中国現地法人社長を務めていたYくんが教えてくれた崑崙飯店です。空港からも遠くなく、世界陸上がおこなわれる「国家体育場」(=「鳥の巣」)もわりと近いので、ここに決めました。機場線と10号線を乗り継ぎ亮馬橋駅までは1時間足らずでしたが、駅から地上に出るのがややこしく、ホテルもすぐにそれとはわかりにくかったためもたついてしまいました。4つ星ですが、日本人のビジネスマンには好評のようです。周辺に日本企業の現地法人や支店・営業所が多くあるからでしょう。


L1030512北京にしては珍しく緑の多い場所、しかも川沿いに立っているホテルで、私たちの部屋の窓からもそうした風景が見えます。夜までたっぷり時間があるので、さっそく周辺を散策してみました。夏休み期間とはいえ、今日はウイークデー。でも、泳いでいる人や釣り糸を垂れている人がけっこういます。「水深危険 禁止遊泳 垂釣 滑氷」と書かれた掲示板が立っているのにです。よく見ると、リタイアした男性ばかり。中国人の行動の一端が垣間見えるような気がしました。

L1030517川の向こう側にはオランダ、デンマーク、スイス、タンザニア、イラン、アルゼンチン、メキシコ、ナイジェリアなどの大使館やシェラトンホテル、道路の向かい側には日本始め内外の大企業が入っている大きなオフィスビルやウエスティン、ケンピンスキー、ヒルトン、フォーシーズンズといった5つ星のホテルもあり、場所的には安全なのでしょう。ただ、東京の大使館密集エリアのようなあか抜けた雰囲気はまったくありません。真っ昼間から川で泳ぎや釣りを楽しんでいる人がいるのですからね。

6時過ぎ、5月に来たときもお世話になった中国人ビジネスマンJさんがロビーまで迎えに来てくださいました。車に乗り、近くの「鼎泰豊」北京支店に。名物の小籠包や鶏スープ、炒飯(どれも皆、台北の本店よりレベルは上かも)をいただき、そのあと、故宮の北西に位置する北海公園を散策しました。5月のときと同様、多くの人でにぎわっています。まして、いまは8月。街の真ん中にこれほどの池(北海)があれば、だれだって夕涼みに行きたくなるでしょう。もともとは、橋でへだてられた中海とともに宮廷の庭園でしたが、明の時代、そのさらに南側に南海が作られました。ロシアの「クレムリン」、韓国の「青瓦台【せいがだい】」と同じく、中国で「中南海」といえば、権力中枢の代名詞にもなっていますが、それはこの一帯に中国共産党中央書記処があるため。ただ、北海だけは一般市民にも開放されているというわけです。

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利用価値の高そうなフィン航空ヘルシンキ空港

2015年8月6日

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P8060641P8060644ロシアツアーの途中ですが、7日に京都で仕事がある私は、家人とともにひと足先に帰国します。モスクワのシェレメチェヴォ空港からからヘルシンキ経由で関空へ。ヘルシンキ空港はハブ空港にしてはコンパクトですが、居心地のよさではハイレベルです。喫煙スペースは広く、しかも美しく、思い切りくつろげます。それより何より、空港のサイズがちょうどころあいというか、動き回って疲れることがありません。高級ブランドが軒を並べている国際空港を期待している人にとってはフラストレーションを感じるかもしれませんが。

ただ、私たちが到着してしばらく経つと、どんどん混み合ってきました。出発便が集中する時間帯に入ってきたのでしょう。4時間後、ヘルシンキを発つフィンエアで一路関空へ飛び立ちました。日本・ヨーロッパを最短距離・最短時間で結ぶ路線だけに、この先も利用価値がありそうです。

モスクワ大学を見学

2015年8月5日

今日の午前中の目玉はクレムリン。なかでも武器庫は出色の施設で、古今東西の武器や兵器、衣服・調度品、乗り物などが所狭しと並べられていました。2年前もそう思いましたが、全部をゆっくり見てまわると、まる1日はかかりそうです。

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ここで思わぬアクシデントが発生しました。ツアーに同行している女性2人が忽然と姿を消してしまったのです。それも60代後半と70代半ばの方ですから、私たちはびっくり。最初は全員で探し回りましたが、そのうち次の訪問先を訪れる時刻が迫ってきたので、やむを得ず中断、添乗員一人を残して、とりあえず腹ごしらえに行きました。


場所はボリショイ劇場の斜め前、マルクスの像が立つ広場の奥にあるレストランです。ここの店もまた、いかにもいった感じのする風格があり、おそらくはだれか高貴なる方のセカンドハウスかなんかだったのかもしれません。

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そのあとモスクワ大学に移動し、本館の28階へ。スターリン建築と呼ばれる建物の一つで、えらくお金がかかっている建物です。

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28階からのながめはすばらしかったです。そこからさらに32階まで上がると、そこは小さな会議場というか、イベントスペースです。通常はなかなか入れないそうで、今回はE団長の人脈でここまで足を踏み入れることができたようです。

P8050625それにしても、この大学の広さといったら、想像を絶するものがあります。しかも、敷地の半分以上はまだ手つかず。さて、大学を出てしばらく経ったころ、行方不明だった2人が見つかり無事保護されたとのニュースが届き、バスの中は大拍手。誰もが胸を撫でおろしました。

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ホテルに戻りPCを開きニュースをチェックしてみると、、東京は異常な暑さのようで、1週間連続で猛暑日だとか。正直、その期間にこんな涼しいところにいられてホントよかったと思いました。それにしても、訪問団の団長Eさんも添乗員さんも胆を冷やしたことでしょう。

王様と貴族が作った町はやはり違うようです

2015年8月4日

P8040525_2午前中はサンクトペテルブルクのメインストリート=ネフスキー大通り周辺の散策。最初は、「創業は1848年。当地の上流階級のために建てられたアーケード街」(『地球の歩き方』)=パッサージュに行きました。午前中、しかもどの店も店を開けて間もないとあって、中はガラガラ。それでもかなりいい雰囲気の空間で、ゆっくり楽しめました。そのあと、近くのホテルヨーロッパでお茶をしたのですが、メニューがアイパッド風で、びっくり。

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さすが、世にいう“グランドホテル”だけあって、建物はそれに恥じない風格で、玄関のドア周辺も、いずまいを正さずにはおけない威厳があります。ドアマンの顔つきもきりっとしていました。中のデザインも余裕があるというか、落ち着きに満ちており、外の喧騒を忘れさせてくれます。

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P80405431時間ほどゆっくりし、再び集合。ランチを食べに移動します。今日は、サンクトペテルブルクの貴族の屋敷を改造した店だそうです。私たちが食事をした1階はそれほどでもなかったのですが、帰りがけ、1階の玄関近くにいるガードマン風の男性が、ドアのすぐ横にある小さなプロジェクターを指差し、「これを見ていけよ」といっている様子。そこで画面に目をやると、絢爛豪華な内装の部屋が映し出されています。「2階はこうなっているんだぜ」と自慢顔を見せるガードマン。たしかに、エカテリーナ宮殿も顔負けの部屋で、なるほど、貴族のお屋敷だったことがよくわかりました。

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ランチのあと、3時過ぎ出発のモスクワ行き特急に乗るため駅に急ぎました。その名もモスクワ駅。ロシアでは行き先がそのまま駅の名前になっていることが多く、私たちが着いたのも「モスクワ駅」でした。

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P8040557夜7時過ぎに(モスクワの)レニングラード駅(ややこしいですね)に到着し、バスでホテルに向かいます。今回は中心部からかなり離れた場所にあるようで、ラッシュとも重なったため、1時間ほどかかりようやく到着してチェックイン。すぐに食事でしたが、これがいまイチ、いないま2の感じですかねぇ。食後すぐにホテルの敷地内にある24時間営業の店に駆け込み、バナナやらカップ麺を買いました。夜中にお腹がすいて眠れなくなっては困りますので。備えあれば憂いなしです。

ホテルの周囲は再開発が進んでいるらしく、大々的な道路工事の真っ最中。部屋の窓からどの方向を見ても、どこかしら落ち着きを欠いている様子が見て取れます。去年も同じホテルに泊まった人の話を聞くと、状況はほとんど変わっていないとのこと。中国に比べると、建築・土木の工事はゆるりとしている感じです。

エカテリーナ宮殿の前で「君が代」とは!

2015年8月3日

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午前中は「ネヴァ川+フィンランド湾」のクルージングです。といっても、ポンポン船のような船ですから、甲板に上がったりしたの船室に降りたり自由自在で、気楽なものです。前回は行かなかったペトロパヴロフスク要塞のある島をぐるっとまわる大回りのコースでした。この大きな川と湾が、冬になると全部凍りついてしまうというのですが、とても想像できません。

P8030418ランチを終え、バスでエカテリーナ宮殿まで行きます。入口手前の路上に4人編成の楽隊が立っていて、国歌「君が代」の演奏でお出迎え。もちろんチップを払ってあげました。私たちの前では中国人の団体を前に「義勇軍行進曲」を演奏する楽隊もいました。い合わせた中国人のほぼ全員がそれに合わせて歌っています。なかには指揮を執る人もいました。

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P8030477_2宮殿内は相変わらずの人、人、人です。「琥珀の間」に一同、大感動。そちらをあとにし、市内に戻りました。ランチは午後2時からと遅めのスタート。食べ終えるとバスでペトロハヴロフスク要塞へ。いまは造幣局として使われているそうです。中の教会がたいそう立派で、ニコライ王朝歴代の皇帝、王妃の棺が安置されていました。

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ロシアの教会はとにかく、金(ゴールド)が好きなようで、ここもまた中はそこかしこに金箔がほどこされていました。ロシア正教というのは、キリスト教のなかでもどんな位置にあったのか、一度学んでみたくなりました。

夕食は7時から。前回当地を訪れたときランチをした店「1913」でした。夕食を済ませると、今回のツアーを主催しているNPO法人「日ロ創幸会」代表理事のEさんが、畏友・ヴォロビヨヴァ女史のご自宅を表敬訪問するというので、同行させてもらいました。女史は、「人に善をなすことを教え、助け合うこと、思いやりを持つこと、自分を磨いて向上させていくことを重視する」法華経の研究で名を成した方で、「法華経研究の母」ともいわれているそうです。80に近いお歳にもかかわらずすこぶる元気。「博士」といってもたいそう庶民的な方で、通訳をされていたロシアの女性も、その人柄に心を打たれたようでした。

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中国人であふれるサンクトペテルブルクのホテル

2015年8月2日

朝食バフェットの中国人の多さには度肝を抜かれました。しかも、ほとんど全員がポット持参。食事が終わると、ジュースやコーヒーをそれに入れて出ていくのです。

P8020253今日はまずエルミタージュ美術館です。10時前には美術館前の広場に到着。まだ林せいか、本当ならズラリと並んでいるはずの観光バスが1台も見えません。というか、今日はロシア軍特殊部隊(かの有名なスペツナズですね!)の何やらの記念日らしく、一般車両の駐車が禁止されているようなのです。その代わり、街宣車が1台止まっていて、それが耳をつんざくような軍歌をずっと流し続けていました。

P802030610時30分に入場し、ガイドさんの案内で館内を回っていきます。同じツアーでも、ガイドさんによって、その中身の充実度が大きく変わりますが、今回は大正解の人。なんでもサンクトペテルブルクのどこかの大学で教鞭を取っている(民俗学だとか)方のようで、とにかく博識なこと。しかも、それをいやみを感じさせずに話してくださり、前回観たときとは格段の内容でした。日本語も巧みで、ダジャレまでいえるくらいでしたから、かなりの語学力といっていいでしょう。

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エルミタージュを見終えるとランチ。前回来たときも訪れたレストランでした。そのあとはペテルゴーフの「夏の宮殿」です。「夏の宮殿」は、サンクトペテルブルクの中心部から30kmほど西、フィンランド湾の南岸にあり、宮殿と庭園ピョートル1世の命により当時の先端技術をふんだんに投入して建設されたものです。前回はエルミタージュ美術館近くの船着場から水中翼船で行ったので35分で到着しましたが、今回はバスでの移動。小1時間ほどかかりました。

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Img_0510ペテルゴーフ宮殿の建設は1714年、ピョートル大帝から始まり、1723年に完成したそうです。噴水がここの名物ですが、電力などは一切使われていません。ひたすら、標高差だけを利用しているというのですから、驚くしかありません。

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この日はかなりのハードスケジュールで、夜は地元の「日本に関心を持っている人たちの会」(正式の名称はわかりません)との交流会が催されました。場所はホテルからはちょっと離れたところにある中華料理店「ニーハオ」。えらく大きな店で、入り口を入って左側はカフェバー風、右側は普通のレストランになっていて、今日は私たちでそちらを貸切りといった感じです。

私たちとは別に20人近くの人が集まりました。日本人もいますが、ロシア人もほとんどが日本語ペラペラ。宴たけなわといったタイミングで、予定していた盆踊り大会に。東京から持参した「大東京音頭」と「キヨシのずんどこ節」の2曲が入ったDVDから流れる曲に合わせ、総勢40人ほどで盛り上がりました。私と家人もとっておきの浴衣に着替え、楽しみました。

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踊りのあとは、6つの丸テーブルすべてが一段とにぎやかに。全体的には日本人が3分の2を占めましたが、3分の1のロシア人の存在感も強烈。それというのも、皆、日本語がペラペラなのです。日本のアニメを見て日本に興味を持ち、それがきっかけで日本語を勉強し始めた人が多いのには驚きました。話には聞いていましたが、アニメの影響力はすさまじいものがあります。いま流行りの言葉でいうと「クール」なのでしょうが、それがどうにも理解できません。やはり年齢のせいかも……なんて思うと、ガックリきてしまいました。

交流会が終わったの時はもう9時をはるかに回っていました。店から歩いて10分のところが最寄りの地下鉄駅。地下に潜ってさらに3、4分歩くと。やっと切符売り場があり、そこから降りること、70mほどでしょうか。ホームにたどり着きました。そこからひと駅乗って乗り換え。そのために3、4分歩き、乗り換え駅へ。そこからひと駅乗って、ホテルの近くにあるマヤコフスカヤ駅で下車。店を出てから小1時間は経っていたのではないでしょうか。

60年以上も前のオリンピック・スタジアムに感動

2015年8月1日
今日は日中がヘルシンキ市内観光に充てられています。10時過ぎに出発、まずはオリンピックスタジアムへ。10年前、私たちが世界陸上の観戦に行った場所ですが、そのときは2日間とも夜でした。しかし、明るいところで見るスタジアムは、まったく趣が違います。スタンドにだれもいないせいもあるでしょう。

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このスタジアムは1952年のオリンピックのために造られたとのことので、とても質素に造られています。観客用のイスも木製です。当時のこととて、プラスチックがほとんど使われていません。木、石、鉄、あとはガラスくらいなものでしょうか。東京の新国立競技場のように2300億円かかるとかかからないといった話が、絵空事のように思えます。これで十分なんじゃないのと、改めて思いました。

それより、古いから、世界中からやってくる観客を「お・も・て・な・し」するには、デザインにもお金をたっぷりかけて豪華に……という発想に疑問を抱いてしまいます。このヘルシンキのスタジアムは観光スポットにもなっているのですが、フィンランドという国を通じて見た「オリンピック」というものを考えさせる工夫が随所にほどこされていました。

「フィンランドとオリンピック」との関わりで思い出すのは、日本の村社【むらこそ】講平という、宮崎県出身の小柄な(162cm・50㎏)陸上長距離選手のことです。もちろん、実際に見たわけではなく、子どものころ読んだ本に書かれていた話です。

村社は1936年のベルリンオリンピック陸上5000mと10000mに出場しました。10000mで、ラスト1周のところまでトップを走っていた村社をいとも簡単に抜き去っていったのが、1位になったサルミネンなどフィンランドの3選手。結果は同国のワンツースリーで、村社は4位に終わってしまいました。このときの模様はレニ・リーフェンシュタールの映画『民族の祭典』にも描かれています。

この映画を観て感銘したチェコスロバキアの少年が、のちに“人間機関車”の異名を取ったエミール・ザトペック(チェコスロバキア)です。ザトペックは、1948(ロンドン)の10000mで金メダルに輝きましたが、1952年のヘルシンキ大会では5000m、10000m、そしてマラソンでも金を取るという、いまでは考えられないような離れ業を成し遂げています。

P8010137オリンピックスタジアムをあとにして向かったのがシベリウス公園。家人は、この国が生んだシベリウスに敬意を表し、出発前にわざわざCDまで買ってその作品(『交響曲フィンランディア』)を聴いてきたとのこと(ただ、暗~い曲で途中でやめたとも)。公園は、その曲とはうって変わって、明るい日差しに満ちた素晴らしい場所です。もちろん、フィンランドの象徴である森がたっぷりあって、気持ちよく歩けました。

P8010146次に行ったのは、岩盤の中に造ったというルター派の教会です。中央駅からさほど遠くない住宅街の一角にあり、岩盤でできた小さな丘をくり抜いた中が教会になっています。側面の上のほうにガラスがはめ込まれていて、自然光が入り込むようになっているので、けっこう明るく感じます。世界各地から年間数十万の人が訪れるこの教会、音響効果も優れているらしく、コンサートホールなども開かれるそうです。


P8010181このあとランチは、昨日も訪れた、駅近くのFORUM。ただし、今日は別の建物の中にあるフィンランド料理の店。時間がかなりおしていたようで、当初歩いて移動するはずだった港まで、急遽トラムを利用することになり、ギリギリのタイミングで船に乗りました。目的地は船で15分のところにある世界遺産・スオメンリンナ要塞。ほとんど期待していなかった場所でしたが、これが意外に楽しめました。

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要塞からまた港まで戻り、夜7時56分発のサンクトペテルブルク行き国際特急の出発まで自由時間。小腹がすいていた私たちは、ちょっと何か食べておくことにし、駅前にある「レオナルド」か「ダ・ヴィンチ」かで迷ったのですが、結局「ダ・ヴィンチ」にしました。どちらもイタリアンで、こちらはピザが有名なのだとか。両店は経営的には関係ないらしく、たまたますぐ近くにあるだけのようです。

7時少し半前にホームに移動し、列車に乗り込みました。ほぼ海に沿って走りながら途中で国境を越えてロシアに入ります。日本にいてはもちろん、海外でもなかなか体験できないことなのですが、けっこう緊張しました。

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フィンランドからの出国手続きを終え、しばらく走るとロシア領。こんどは入国審査ですが、こちらはやはり緊張させられます。出発から4時間弱でサンクトペテルブルクに。日にちが変わる直前の到着だったので、ホテルにチェックインしたときはほとんど午前1時前でした。

同じ北の国でも、フィンランドとロシアとでは、やはり違います。ホテルのロビーは明かりが半分消されていて、暗い中で添乗員からキーを渡されるのを待っている間、疲れがどっと襲ってきました。私たちの部屋はチョー狭く、スーツケースを開けるスペースもありません。最低限のものだけ出して、即就寝です。

ホテルの部屋が狭いのは圧迫感のせいもありますが、なんともプアな気持ちにさせられるものです。ほかにも快適なホテルの条件はいくつがありますが、せっかく日常を離れるのですから、できるかぎりリッチな気分を味わいたいもの。その第一条件が部屋の広さというのが、私の考えです。その点、このオクチャーブリスカヤというホテルは厳しいものがあります。ツアーで決められているので仕方ないのですが、この次サンクトペテルブルクに来るときは、もう少しグレードの高いホテルにしてほしいというのが正直な気持ち。