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帰国前日は、さすがに日本メシが食べたくなり……

2012年8月16日
「フラワーカーペット」のテーマが「アフリカ大陸」だったからというわけではありませんが、今日はブリュッセルの南東、テルヴューレンというところにある国立中央アフリカ博物館に行ってみました。トラム(44番)に乗ったのですが、途中の道筋はほとんど森林公園のよう。車の量が一気に減るせいか、ホント郊外といった印象です。トラムそのものも味わいのある乗り物ですが、こうした中を走っていくと、いっそう落ち着きが感じられますね。電停を降り数分歩くと立派な博物館に着きました。

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19世紀の終わりごろ、ベルギーの国王レオポルド2世は、アフリカのコンゴ(旧国名はザイール、現在はコンゴ民主共和国)を私有地化しました。ベルギーにとっては唯一の海外領土です。いまでもダイヤモンドと金の生産地として有名なコンゴから生まれる富を国王は握ろうとしたのです。

1897年、ブリュッセルで万国博が開催された折り、現地から運んだ楽器や工芸品などの芸術作品、動物の剥製(キリンの剥製もあるとのことでしたが発見できませんでした)、岩石など貴重な品々を人々に見せ、コンゴがどんなところなのかを広めるために作ったのがこの博物館です。その後、国王からコンゴを買収したベルギーはコンゴを植民地化しましたが、1960年に独立を果たしています。さすが国王が命じて建てさせたルイ16世様式の建築物ですから、えらく立派。いまもアフリカの調査研究の世界的な中心で、その有数のコレクションから「アフリカ文明の殿堂」とも呼ばれています。

44_2見学を終えると、またトラムに乗って「KAMO」という日本料理店に行きました。こちらに来てまだ一度も日本メシを口にしていなかったので、どこかないかとネットで探し見つけた店です。学生街のような場所の一角にこじんまりとした店があり、主に地元で暮らす日本人が出入りしているようでした。もちろん、舌の肥えていそうなベルギー人もいましたよ。久しぶりの日本料理にほっこりした気分になり、ランチの定食をペロリ平らげてしまいました。おいしかったです!

L1040411ホテルまでトラムで戻り、最後の夜はホテル近くの居酒屋のような店で夕食。長かったベルギーの旅もようやく終わりです。「フロリアード」は、思っていたような内容ではありませんでしたが、想定外の「フラワーカーペット」と出会うことができ──しかもその前日の作業まで間近に見られたのはラッキー以外の何ものでもありません。

早朝、夕方、夜と「フラワーカーペット」3回楽しみました

2012年8月15日
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今日から「フラワーカーペット」が始まります。早起きしてグランブラスまで行ってみると、ベゴニアのじゅうたんがみごとに完成していました! 75×24メートルの広さ(1800平方メートル)に60万本もの花。それを、ボランティアの園芸職人さん(100人ほど)たちが1日がかりで置いていったのです。専門家が描いた設計図というかデザイン画に従って、1平方メートルあたり300本もの花を1本1本ていねいに置いていくことを想像してみてください。1人が担当するのが18平方メートルとしても300×18で5400本! 考えただけでも、気が遠くなりそうになります。

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ベゴニアは西インド諸島原産。強烈な日差しにも寒さにも、また雨や風などの荒天にも強い花なので、夏のヨーロッパでも4日間ならなんとかその美しさを保てるのだそうです。「フラワーカーペット」は毎年テーマが設けられ、今年は「アフリカ大陸」。そのせいか、黄と赤のほか、黒も目立ちます。それと、アフリカ原住民が使っていた盾でなじみ深い幾何学模様緑(ケニアの国旗を思い浮かべてみてください)。壮観というか、なんとも素晴らしい光景に息をのんでしまいました。

L1040357朝から美しい花で心を癒されたのもつかの間、今日はワーテルローの古戦場まで足を伸ばす予定で、午前中から暑い中を列車に乗りました。ワーテルローはおよそ200年前、ナポレオンとプロシア・イギリスの連合軍が激しい戦闘を繰り広げ、ナポレオン軍が負けたところです。イギリス軍を率いたウエリントン将軍の名をつけた博物館を見たあと軽くランチ。そこからバスで古戦場まで行くと、周囲は何もない平地の真ん中に小高い丘があります。ライオンの丘というのですが、200段以上ある階段を上っていくと、広大な古戦場がパノラミックに見えました。

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有名な古戦場はどこでもそうだといいますが、要するに周りに何もない場所。まわりのどこかに数多くの兵隊が陣地を敷いているのですが、そこから双方が馬に乗ったり歩いたりしながらぶつかり合ったわけですね。ライオンの丘の下にパノラマ館という施設があり、そこで戦いの一部始終を映像化し流していました。期待していたほどではありませんでしたが、まあ、行ったことに意義があるということで。

夕方ブリュッセルに戻り、乾いた喉をうるおそうと、またまたビールを。ホテルのラウンジの屋外エリアで、「パウエル クワック(Pauwel Kwak)」という、一風変わったビールを飲みました。独特の形をしたグラスに入れて飲むのですが、これには理由があるそうです。

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もともとデンデルモンド(アントワープから電車で20分ほど)という町で、宿屋を経営していたパウエル・クワック(醸造士でもある)が、毎日そこに立ち寄る郵便馬車の御者のために、馬の鐙【あぶみ】にすわったままビールを飲めるグラスをということで考案したものだそうです。味もベルギーのビールらしい甘みが際立っていました。クリームのように泡がふんわり盛り上がった状態で出てきますが、その下には明るい銅色をしたビールが。アルコール度はやや高く、味は濃厚です。

この日までほとんど毎日、昼・夜とあれこれビールを試してみましたが、これがいちばんおいしかったというか、私の舌には会いました。ついでながら、家人はこのとき「リンデマンス・フランボアーズ」というビールにトライ。フランボアーズとは木イチゴのことで、強い香りがします。ビール特有の苦味はほとんどなく、木イチゴの甘ずっぱさが印象的でした。

ユニークなおもちゃ屋さんをのぞいたりしながらグランブラスに行くと、市庁舎の2階バルコニーからフラワーカーペット全体を見下ろすことができるとわかり、さっそくチケットを買いました。2回に上がり、テラスのような外廊下から見下ろしてみると、みごとな“作品”であることがよくわかります。よくもまあ、こういうイベントを考え出したものだと、そのアイデアに感心しました。

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L1040378夕食は、タルタルステーキとムール貝を食べました。そのあとグランブラスに立ち寄ってみると、夕方よりさらに多くの人でにぎわっています。期間中は夜10時になると、広場の4隅からライトアップされ、花火も打ち上がるのです。またステージも設けられており、そこではコンサートもおこなわれていました。

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博物館のタイトル“3連チャン”

2012年8月14日
朝ホテルを出てメトロに乗り、3つ先のシューマン駅まで行きました。目的は、駅を上がったところにあるサンカントネール博物館、王立軍事歴史博物館、さらにオートワールドというこちらは自動車博物館の“3連チャン”です。この中で抜群に面白かったのはオートワールド。

第2次世界大戦以前のベルギーは自動車産業が盛んで、モーターショーも開催されていたといいます。1880年に作られたこの建物は、その会場になっていた場所。1886年から1970年代の車がこれでもかこれでもかというほど展示され、最初から最後まで飽きることがありません。初代のジャガーやホンダS800といった伝説の名車から、昔の消防車やパトカー、さらには霊柩車まで、どれも皆興味深かったですね。この一帯は1897年に開催されたブリュッセル万国博の会場として整備されたとかで、いまでは公園になっています。

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L1040319シューマン駅から再び地下鉄を乗り継ぎ、ルイーズ駅で下車。最高裁判所やブリューゲルの家、プチサブロン、グランサブロンを観ながら王宮まで歩きました。もう、足全体が棒のようになっています。ようやくグランプラスまで戻ってくると、広場のほぼ全体が花で覆われているではありませんか! そうだ、明日から、あの有名な「フラワーカーペット」が始まるんだ。その植え込み作業の真っ最中だったのです。家人とともに思わずにんまりしてしまいました。疲れも一気に吹き飛んだのはいうまでもありません。

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2年に1度おこなわれる「フラワーカーペット」(1971年から始まり、8月半ばの4日間開催される)ですが、出発前には今年あるということをまったく認識していませんでした。しかも、それがまさにスタートするタイミングで現地にいるというのは、望外の幸せです。

前祝い(?)にと、今日は有名な「LEON」という店で夕食を取りました。もちろん予約などしていないので、外のいちばん端っこのテーブルです。同じムール貝でも、こちらは多少上品な印象はありましたが、食べ終わった殻を別のバケツに放り込むのは同じ。私たちも食が進みました。付け合わせのフリッツはもちろん、「クロケット・オ・クルヴェット(衣がカリッとした小エビのコロッケ、味つけが濃厚で、ソースなしでいけます)」も美味でした。

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ホテルに戻ると、夜10時ごろから騒がしい音楽の音と花火の音が聞こえてきました。そう、「フラワーカーペット」の前夜祭というか、明日の正式開幕を前にしての祝宴です。これは楽しみですね、明日が。

心がなごんだブルージュの街

2012年8月13日 
日本を出発する前には予定していなかったのですが、こちらでガイドブックを繰っているうち、ブルージュまで行ってみようということになりました。中央駅から列車で西に1時間のところです。しかし、これが大ホームラン! ブリュッセルと違って落ち着きがある街で、心がなごみました。

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「水の都」ともいわれるブルージュ。運河で囲まれたエリアは全体が世界遺産になっています。駅を降りそちらに向かうやいなや、もう1つの世界遺産・ベギン会修道院が。それを右に見ながら州庁舎のあるマルクト広場をめざします。州庁舎の立派さは大変なもの。その近くにそそり立つベルフォート(鐘楼)も印象的で、鐘の音がひんぱんに聞こえてきました。広場を取り囲むようにして立つギルドハウスは、まるでお菓子のような趣でした。

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L1040230街全体の様子をつかもうと、馬車に乗って観光してみることにします。30分で36€とけっして安くはありませんが、おおかたの名所はクリアでき、サービスも満点。ランチのあとは運河クルーズです。街の外側をほぼ半周するコースで、途中で街の中にも入り込み、さまざまな建物を別の角度から、しかも間近に見ることができます。ほぼ1時間のクルーズですが、大いに楽しめました。半日ではもったいないほど、見どころのある街です。

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夕方遅めにブルージュを出てブリュッセルに戻りました。でも、この季節のヨーロッパは日がとても長く、夜8時を過ぎてもまだまだ明るいのです。そのため、なかなか夕食気分になりにくく、駅からイロ・サクレ地区の方向にぶらぶら歩いていきましたが、王立モネ劇場(オペラがおこなわれる)の先で見つけた中華料理店で食べました。モネ劇場の美しい姿が印象的でした。

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ブルージュとかモネとか、その語感から察することができるように、ベルギーという国はフランス語が公用語の1つになっています。しかし、お気づきの方もおられるでしょうが、最初に泊まったアントウェルペンはフランス語的な感じがしません。こちらはむしろ、明らかにドイツ語的な雰囲気を持つ、オランダ語です(正式にはその方言=フラマン語)。もちろん、フラマン語も公用語です。

ベルギー北部のフランドル地方はフラマン語、南部のワロン地方はフランス語が主に使われており、ほか、ドイツ国境に近いエリアではドイツ語も話されているそうです。この国には「言語戦争」という言葉もあるほどで、フラマン語を話す人たちとフランス語を話す人たちとの間に根深い対立があり、一時は大変な状況になったこともあるといいます。

空腹に合ったベルギーの郷土料理

2012年8月12日
まずは朝イチでレンタカーの返却に南駅にあるオフィスまで。そのあとはまた、グランプラス周辺を歩くことにしました。「世界でいちばん美しい」といわれるだけあって、本当に飽きない場所です。市庁舎、ビール博物館、ブラバン公爵の館といった有名な建物を始め、天使の館・鳩の家、王の家、兜の館、孔雀の館、スペイン王の館、袋の館、狐の館など、どれも皆いわく因縁のありそうな名前のギルドハウスに四方を囲まれた広場の上には真っ青な空が。

ギルドハウス の「ギルド」はその昔世界史の授業で習いましたが、「同業者組合」のこと。中世から近世にかけて、都市の商工業者が相互扶助を目的に結成したものですが、その寄合所的な役割を果たしていた建物のことをいいます。ギルドなるものはとうの昔に解体されましたが、建物のほうは残り、それがレストランなどに使われているわけですね。よく見ると、どの建物の外壁にも、往時の職業を示す紋章やら彫像がついているのに気がつきます。

そこから四方八方に広がる狭い通り・路地に入ると、またまた気を引く大小の店があります。500メートル四方のエリアですが、1つひとつ見て回るまでの余裕はないので、そぞろ歩きで、気に入ったところ、面白そうなところがあればドアを開けて「お邪魔しま~す」。もうイヤというほど歩き回りました。もちろん、“世界三大がっかり”の1つ小便小僧も見ましたよ。でも、いわれるほどがっかりはしませんでした。

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ベルギーといえばワッフルが名物なので、それにもトライ。老舗の「ダンドワ」という店が有名らしいのですが、ここはお客が列をなしていたのでパス。近くの別の店で買って食べましたが、うま~~いっ! 全体のレベルが高いのですね。グランプラスから離れ、東の方向に歩くとマドレーヌ教会があり、その向かいが中央駅です。ここで切符の買い方をチェックしたあと、バスに乗ってアトミウムとミニヨーロッパがある北のほうに足を延ばしてみました。

アトミウムというのは、なんともユニークな形をした展望台のような施設なのですが、けっこうにぎわっていました。ミニヨーロッパはそのすぐ近くにある屋外ジオラマパーク。ヨーロッパ各地にある美しい建物を25分の1の模型にし、それが全部で300も並べられており、こちらもまずまずの人出です。

L1040170それにしても、きょうはよく歩きました。さすがにこれだけ歩くとお腹も空きます。今日もまたイロ・サクレ地区に。あれこれ迷ったあげく、私たちが選んだのはベルギーの郷土料理。「ラ・ローズ・ブロンシュ」という店で、名産のビールのあと、「トマト・オ・クルヴェット(クルヴェット・クリーズ=北海の夏の特産・灰色の小エビにマヨネーズを和え、中身をくり抜いたトマトに詰めたオードブル)」と「ワーテルゾーイ(鶏肉にジャガイモ、ニンジンなどを加えクリームソースで煮たもの)の2品をシェアして食べたらお腹いっぱいになりました。

美の国ルクセンブルクからブリュッセルに

2012年8月11日
昨日に続いて、今日もドライブ。ただし、アントワープとは今日でお別れ。ルクセンブルク大公国経由でブリュッセルに移動します。高速道路を走っている途中にドライブインがあったので、のどをうるおそうと立ち寄ってみました。日本の高速道路にあるサービスエリアのようなもので、売店とレストランもしくはカフェ、ガソリンスタンド、トイレ、子ども向けの遊び場などがひととおりそろっています。その売店で見たのがワインとビールがびっしり並べられた棚。たしかに、ベルギーはビールの国ですが、ドライブインで売るなんて……。まさかここで飲むわけでもないでしょうし、家に戻って飲もうというドライバーのために売っているのですかね。

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それにしても、ルクセンブルクは美しいところでした。というか「国」です。わずか2600平方キロメートルといいますから、神奈川県と同じくらいでしょうか。人口は50万弱で、首都圏でいうなら江東区・松戸市・市川市とほぼ同じ。でも、1人あたりのGDPはここ20年以上にわたって世界第1位です。首都も同じくルクセンブルクといい、その「古い街並みと要塞群」は世界遺産になっています。

L1040107着いたのがちょうどお昼どきだったので、すぐランチにしました。スープを取り、2人でスモークサーモンのサンドイッチをシェアした(私はそれにビール)のですが、なんとも爽快な味で大満足。気持ちのいいアウトドアの席で食べたのもよかったのでしょう。

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そこから要塞(ヴェンツェルの環状城壁)まで行く間に、アルム広場、ノートルダム大聖堂、大公宮、市庁舎といった有名な観光スポットがほぼカバーできてしまいます。念のためと思い、おとぎの国のような可愛い市内遊覧バスにも乗ってみましたが、歩いて回ったのとほとんど同じところでした。これで“1国制覇”などといっては叱られそうですが、それくらいコンパクトな首都なのです。夕方早い時間には車を駐車場から出すことができました。

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ヴェンローから高速道路で一本道のブリュッセルまでは2時間少々。ホテルの駐車場がややこしく車を入れるのにひと苦労しましたがなんとかパーキングは完了。6連泊するホテルはアントワープと同じRadison Bludです。チェックインを済ませると、さっそく夕食を取りがてらグランプラスに向かいました。

L1040147途中、ギャルリー・ロワイヤル・サンテュベールというショッピングアーケードを抜けていきます。1847年に完成したヨーロッパで最古のアーケード商店街だそうで、ガラスで作られた高い天井から柔らかな光が注いでくるので、快適この上ありません。王室御用達のスイーツの店もあればチョコレートのノイハウスもある、タバコ屋もあればワインショップもあり、ここに来ればなんでも買えそう。レストランとカフェも気さくな雰囲気で、入りやすい感じです。

そんなことで左右に目移りがしてしまい、通り過ぎるのにけっこう時間がかかりました。夕食はどこでとも決めていなかったのですが、とりあえずいちばん選択肢の多そうなイロ・サクレ地区に。場所は、グランブラスの北側です。歩いていると客引きの声がすさまじく、左右で数十軒並んでいる中で適当に選びました。ただ、どの店にも共通しているのはムール貝です。私たちもトライしてみたのですが、これがとんでもないおいしさ。しかもメチャ安! 日本でムール貝というと、どこかよそよそしいというか、おごちそうといったイメージがありますが、ここではだれもが食べる大衆料理。

ムール貝をセロリと一緒に白ワインで蒸したもの(Moules mariniere)ですが、何より驚いたのはその量で、1人前がバケツのような鍋に1杯、それも山盛りで出てきます。1つ食べると殻が出ますが、その殻で次の貝の身を取って食べるのが基本スタイル。食べても食べても減らないのですが、不思議なことになかなかお腹いっぱいになりません。付け合わせで出てくるフリッツ(フライドポテトのことで、ベルギーが発祥の地)もビールと白のワインによく合いました。結局あとはサラダと、ムール貝のうまみが凝縮した鍋底のスープにパンをひたして食べておしまいでしたが、ムール貝というものを見直しました。

勝手にイメージしていたのとは違ったフロリアード

2012年8月10日
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さて、今日は「フロリアード」に行ってきました。レンタカーを借り、開催地のオランダ・リンブルフ州フェンロー(Venlo)へ。ナビ付きなので、目的地の住所を入力すれば事足ります。E34号という道をまっすぐ走り、途中で国境を越えるとこんどはA67号、1時間40分ほどで到着です。途中いくつもの町・村を通過しますが、これまで一度も聞いたことのないところばかりでした。

フェンローは人口9万ほど。町自体の歴史は古く、ローマ時代までさかのぼるようです。マース川(水源はフランス北東部。ベルギーからオランダで北海に注ぐ)上流の交易地として発展し、ハンザ同盟のメンバーでもありました。戦略的に重要な位置にあることから、1702年のスペイン継承戦争でも激しい戦闘があり、その結果、ネーデルラント連邦共和国の連邦直轄地となったため、のちオランダ王国に組み込まれます。2003年には「ヨーロッパでもっとも緑の豊富な町」として表彰されており、そうしたこともフロリアードの会場に選ばれた背景にはあるのでしょう。

こうした大規模なイベントだと、日本的な物差しでは全国から多くの見物客が詰めかけ、中はびっしりといった雰囲気をイメージするのですが、その予想はまったく大外れ。駐車場にはすんなり車を止められましたし、入場券もほとんど並ばずに買えました。会場の中も思ったほど混雑していません。たしかに国際的なイベントではありますが、夏休み期間でもあり、ほかの国に遊びに出かけてしまっている人も多いからではないでしょうか。それでも、ベルギーやドイツとの国境の近くにあるので、駐車場に止めてある車のナンバープレートを見ると10カ国以上にわたっていました。

L1040094もともとは花卉【かき】業界、園芸業界が主体の催しだったようですが、いまでは花や木に興味を持っている一般の人たちも入場できるスタイルになっています。開催期間は4月5日から10月7日までで、開会式にはオランダのベアトリーチェ女王も出席されたとのこと。今回は世界42カ国が参加し、66ヘクタール(サッカー場約100個分)にも及ぶ会場(うち展示スペースは44ヘクタール、室内展示用スペースが7000平方メートル)に、100を超えるパビリオンというかブースがあります。会場がとにかく広いため、移動用のケーブルカーを走らせて来場者の便宜を図るなど、主催者の意気込みが伝わってきました。

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会場内には、180万個の球根、19万鉢の多年草、1万8千本の灌木、15000本の生け垣用植物、3000本の樹木が植えられているとのこと。期間中は春・夏・秋の3回、切花、観葉植物、鉢物など品種別のコンテストもあり、そこで得た評価が園芸産業の振興に役立つといいます。日本政府(主体は農林水産省)も出展しており、伝統の花卉、種苗といった分野の技術の成果を協力にアピールしていました。

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会場は5つのエリアに分かれ、「エリア1」は「リラックスと癒し:健康と幸福のための園芸の重要性」。「エリア2」は「グリーンエンジン:環境にやさしいエネルギーの供給者としての園芸」。「エリア3」は「教育とイノベーション:革新および教育と発展との関係」。「エリア4」は「環境:緑豊かな労働・生活環境は、質の高い生活に多大に貢献」。「エリア5」は「ワールド・ショー・ステージ:自然は素晴らしい劇場であり、感動、楽しさ、そしてエンターテインメントの源」という構成になっています。

Photo_6ただ、オランダといえば、やはりチューリップ。いまは8月ですから、すでに終わってしまっていたのが残念といえば残念です。ネットでこの会場の春の様子を写した写真を見ると、それはもうチューリップのじゅうたんがみごとに敷き詰められたような塩梅になっていました。

もちろん、どのブースもこの時節にいちばん美しく咲く花を並べてアピールしています。そうした中、入り口近くに建つメインビル内のヴィラフローラ(屋内展示会場)には日本のラン各種が陳列され、「エリア2」のグリーンエンジンには日本政府出展のブースもありました。どの国も自慢の花や樹木を、その国の風物などとともにさまざまな工夫を凝らした形で展示していました。

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屋外会場の随所になにげに置かれているオブジェも傑作ぞろい。


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「エリア1」と「エリア5」とを結ぶ全長1・1㎞のケーブルカー(片道6€)にも乗ってみましたが、上から見ると会場の広さがまざまざと感じられます。このあたりは、チェルシーの「フラワーショー」には見られないスケールの大きさでしょう(もっとも、イベントの性格が異なるので当然のことではありますが)。ただ、イベントそのものに対するイメージが、あらかじめ思い描いていたのとかなり隔たりがあったのはたしか。かといって不満なわけではありませんが……。

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アントワープ中央駅は立派な観光名所

2012年8月9日
L1030989今回もさっそく、キリンとの対面です。アントワープ動物園は中央駅のすぐ隣にありますが、こうしたロケーション自体、ごくまれです。完成後100年以上を経ている中央駅自体も見るからに重厚で荘厳、交通の要所というより観光スポットといったほうが的確なのではないかと思うくらいインパクトがあります。

Photo大理石で作られた駅舎とコンコース、そしてホームの上にかぶさっている巨大なドームは、鉄(高さ44メートル・長さ185メートル)とガラスで構成されています。駅から3・8㎞にわたって延びている高架橋には200本以上の石柱が両サイドに立っており、これまた見る人の目を楽しませてくれます。「鉄道の大聖堂」と呼ばれているといいますが、それも納得できます。駅舎内にある巨大な時計の美しさもハンパではありません。また、構内にあるカフェはその昔は貴賓室だったらしく、国王一家も利用しているそうです。

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L1030993一方、動物園も、入り口が大理石と鉄柵で作られており、権威を感じさせます。一国の王様が下々の者に「見せてやるぞよ」とのたまっていた時代の産物ですから、当然といえば当然かもしれません。園内のどこにいても中央駅が見えるのがなんとも不思議です。こんな動物園、そうそうないのでは。

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さて、キリンに挨拶を終えると、王様も入られたという、駅構内のカフェでカプチーノを飲んでひと休み。それから街に出ました。駅の正面を背にして中心街に向かうと、日本ではおよそ見たこともないシュールな“交通標識”に出会い、「なんだ~~、これは!」と思わず叫んでしまいました。車を運転している人は見て解読するヒマなどなさそうです。スケボー禁止、自転車乗り入れ禁止、トラック走行禁止……など、それらしいものもありますが、よく見ると、「写真撮影禁止」とか「飲酒禁止」「携帯電話使用禁止」など、ジョークっぽいものがほとんど。要するにオブジェのようで、真面目に受け止めようとした自分を笑ってしまいました。

建ち並ぶ家々のほとんどは、スリムで背丈の高いギルドハウス風。ただし木造ではなく石造りです。グローテ・マルクト(広場)に面して建つ市庁舎のファサードがことのほかきらびやかなのは「ダイヤモンドの町」だからでしょうね。そこここに見かけるオブジェも皆、存在感があります。「ファッションの町」と呼ばれているからでしょうか? 手の巨大なオブジェを前にした家人は、それに包まれうっとり(?)。巨大な手首を投げようとしている像もありました。ほかにも、思わず何かアクションしたくなるものがいっぱいで、見て楽しむだけためのものではないのかもしれません。

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ノートルダム大聖堂を見たあとウオーターフロントのほうに向かって歩き続けると、MAS(Museum aan de stroom=川岸の博物館)という博物館がありました。大航海時代からのベルギー(というかオランダも含めてでしょうね)の歴史の流れを追いかけるといった内容の展示らしいのですが、博物館というのは真剣に見始めると2時間くらいすぐ経ってしまう場所です。今回はパスし、次の機会にゆずることに。


Photo_2「アントワープ」というの英語で、オランダ語では「アントウェルペン(Antwerpen)」といいます。antwerpenとは「手を投げる」という意味だそうです。その昔、巨人アンティゴーンが街を流れるスヘルデ川の通行人に高額の通行税を課し、払えない人がいると、その手を切って川に放り捨てていたのだとか。そこに出現した古代ローマの英雄ブラボーがアンティゴーンを退治し、その手を切って川に投げ込んだという伝説があるとのこと。町の名前はそれに由来しているといい、市庁舎の前に、切り取られた手を投げるブラボーの銅像(噴水でもある)があったのもそれが理由なのですね。夕食はホテルの近くのアルゼンチン牛ステーキの店で。なぜか、このあたりは「アルゼンチン」の文字が目立ちます。貿易港だったころのなごりでしょうか。

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子ども時分から名前には親しみがあるアントワープ

2012年8月8日
去年の5月、ロンドン・チェルシーの「フラワーショー」を見物したあと、熱病に浮かされたように、その種の催しで面白いものはないかとあれこれ探しまわっていました。それで引っかかってきたのが、「10年に一度開催されるオランダのフロリアード」というイベントです。「フロリアード」とは英語の「flower」と「olympiad(オリンピックのこと)」を組み合わせた造語でしょう。正式には「国際園芸博覧会」といい、1960年が第1回、今年でまだ6回目だそうです。

オリンピックは「4年に一度」、今年の夏もロンドンでおこなわれます。ところが、こちらは「10年に一度」で、それに惹かれました。しかも、それがなんと今年だというのです。この希少価値が私の好奇心を突き動かさないわけがありません。ということで、計画を立て始めました。それが今年の5月で、ちょうどチェルシーの「フラワーショー」から1年経ったころです。

「フロリアード」はオランダ国内各地の持ち回り開催で、今年はフェンローという町でおこなわれるようです。一度も見聞きしたことのない名前なので、調べてみました。すると、ベルギーのアントワープかブリュッセルから車で行くのが便利そうだとわかり、レンタカーを借りることにしました。もちろん、私のことですから、それだけでおさまるはずもなく、ついでにルクセンブルグにも足を伸ばそうということに。前々からぜひ一度ゆっくり見て回りたいと願っていたベネルクス3国なので、一石三鳥です。

最初に泊まったアントワープは、中学生のころからその名前だけはよく知っていた町です。というのも、オリンピックで日本が初めてメダルを獲得したのがアントワープ大会(1920年)だったのです。男子テニスのシングルスで熊谷一弥が、ダブルスでもその熊谷一弥と柏尾誠一郎のペアが銀メダルを取ったのですが、そもそもテニスがオリンピック種目だったことに驚きました。それが印象に残っている理由の1つ。

もう1つはフィンランドの長距離ランナーであるパーヴォ・ヌルミの大活躍です。この大会、陸上競技男子10000メートルとクロスカントリー(個人・団体)の3種目で金、同じく5000メートルで銀メダルを獲得し、国民的な英雄となりました。なぜ、こんなことが記憶に残っているかというと、当時私が、紙がすり切れるほど何度も繰り返し読んでいた本の1つに「オリンピック」の歴史を詳しく書いたものがあったのです。本というより小冊子で、「中学1年コース」(学習研究社刊)という雑誌の付録でついていたものです。1964年の東京オリンピックを前に、日本全体が「オリンピック」で沸いていた時期で、そうした流れの中でこの小冊子も作られたのでしょう。

話がとんでもない方向に脱線してしまいましたが、その当時から私の頭に強烈に残っている町がアントワープなのです。ただ、実際に行ってみると、妙ないい方ですが「過去の町」であることがわかりました。15世紀からある国際貿易港、なかでもダイヤモンドの取引が大変盛んだったことで、大いに繁栄したそうです。たしかに、中央駅の前には宝石商がびっしり軒を並べていました。それが唯一往時のにぎわいをしのばせるくらいで、ビビッドな感じはしません。どことなく埃っぽい感じさえあります。特段の観光地でもないようで、そうした人の姿も目につきませんでした。

アントワープでの3泊は、中央駅のほぼ隣といっていい場所にあるRadison Bluというホテル。Radisonは、私が気に入っているホテルチェーンの1つです。ビジネスセンターに出入りしやすいので、仕事をするのに時間のロスが少ないのが最大の理由でしょうか。