私立の動物園は経営が大変そう

2018年12月4日
広島から岡山までは30分少々。西日本の動物園訪問・第3弾は岡山の池田動物園です。名前から想像がつくように、ここは江戸時代この地を治めていた池田氏の私立動物園。駅からタクシーで10分足らず、住宅街の中にあります。敷地は小高い丘(京山)のふもとにあり、園内はけっこうアップダウンが。それもそのはず、もともとは牧場だったようです。

wikipediaによれば、「元岡山藩主池田詮政【のりまさ】の孫池田隆政と昭和天皇の第四皇女池田厚子夫妻により1953年月に設立され、その後動植物園を経て60年に現在の池田動物園となった」 と。そうした背景もあってでしょう、この動物園には、牧場の時代も含め、昭和天皇・皇后両陛下が2度もご訪問されているようです。

ただ、昨年ベンガルトラが亡くなったのに続き、今年もホワイトタイガー、エゾヒグマが亡くなっており、どこかうらさびしい感じすらただよっていました。もちろん、平日なので仕方ないのですが、私立の動物園というのは経営が大変なのでしょう。園内にちょっと立派な家が建っているので何かと思ってみたら、園長のご自宅。園内マップにも「えんちょうさんのおうち」と書かれています。いかにも「私立」といった感じがします。

いま動物園は、世界中どこでも、動物の維持に苦心しているようです。とくに日本は、世界的に見ても動物園の数が多く、しかもほとんどが公立、つまり地方自治体が経営主体になっています。少子化で人口が減り税収入もままならない中、動物園を維持・管理していくのは大きな負担のようで、皆頭を抱えているのではないでしょうか。

ここ池田動物園もスポンサーになっている地元企業が数十社あるようですが、それでも苦しい経営状況がありありと感じられました。ほとんどの動物が単体、1頭きりなので、さびしい印象はまぬかれません。山の上のほうにいるライオンもかなり年齢が行っており、毛がパサパサでボサボサ。人間に例えるなら1カ月髪を洗っていないような感じです。レッサーパンダも同じく1頭きりでさびしさがありあり。ただ、ニホンシカが山の中腹、ほかより10メートルほど高い場所にいたのが印象的でした。

  

「食」には少々難アリの姫路。でも、立ち食いの牡蠣そばはグーでした

2018年12月3日
昨晩からの雨もお昼前にようやくあがったので、姫路市立動物園に行くことにしました。お城の中にあるという、いまではとてもユニークな動物園です。園内からも世界遺産・姫路城の天守閣が見えるので、動物たちにとってもぜいたくな空間と言えるかもしれません。

ただ、市立ですし、場所も場所なのでこじんまりしており、動物の種類・数もそれほど多くはありません。それでもキリンは2頭いましたし、北極グマやライオン、シマウマなど、とりあえず2頭ずつ。やはり、どんなしょぼくても2頭はいないとさびしい感じがするので、ぎりぎりセーフといったところでしょうか。

 

さて、ランチをどこで食べるか──。昨夜に続いて、適当な店がなかなか見つからなかったのですが、地下街で食べた「牡蠣そば」は思いがけないヒットでした。立ち食いレベルのそば屋で牡蠣そばが食べられるところはそうそうありませんし。

次の目的地は、姫路から新幹線で1時間ほどの広島。長い間お世話になっている方が主宰されているNPO法人の年末懇親会に出席するため、会場のグランドプリンスホテルに向かいました。恒例の余興では、昨年に続き出雲神楽を鑑賞。演し物は『大江山』で、たいそうな迫力です。

広島では近ごろ、この出雲神楽を外国人観光客向けに見せているらしく、えらく好評なのだとか。ただ、プロの演者がいるわけではないので、常打ちにはできないそうです。しかし、それほど好評であれば、なんとかその手立てを講じていただきたいなとも思います。歌舞伎顔負けの衣装もさることながら、ストーリーが単純明快、しかも短時間なので、イヤホンガイドとかがなくても、よくわかるのではないでしょうか。

会場から宿泊先のホテルに戻ると、この時期にしか見られない「ひろしまドリミネーション」が。平日なので人出もそれほどでなく、ゆっくり見て回ることができました。神戸のルミナリエには太刀打ちできませんが、平和大通りの公園スペースを利用しているので広々としており、神戸のように行列する必要はありません。

 

私が愛用しているビジネスホテル「ロイネット」

2018年12月2日
前日、京都での仕事を終え神戸に移動しました。三ノ宮までは新快速で1時間ほどですからすぐです。3カ月ぶりの神戸ですが、土曜日、それもいちばんにぎやかな三ノ宮とあって、けっこうな人出でした。

ホテルは駅から徒歩5分ほどのロイネット。ひとりで動く場合は、ほとんどこのブランドに決めています。駅から近い、値段が高くない、部屋が広い(ワーキングスペースも)、そして喫煙OKの部屋がある、コンビニが近いといったところが主な理由です。「主な」と書きましたが、これだけの条件がそろったホテルというのは、そうそうあるものではありません。唯一の欠点は、ビジネスホテルなので、「朝食付き」といっても、同じ建物に入っている居酒屋とかカフェに毛が生えたような店で食べるケースがほとんど。そのため、内容がいまひとつなのです。

夕食を食べに出たのですがなかなか見つからず、結局、駅からさほど遠くない豚カツ屋さんで牛カツ飯というのを食べました。関西はやはり牛肉文化で、「豚カツ」を名乗ってはいても、メニューの多くを「牛肉」ものが占めています。

三ノ宮駅周辺には、いわゆる神戸っぽさを感じさせるおしゃれな店が並ぶ商店街もいくつかあります。ただ、その一方で、昭和風というか、レトロで猥雑な飲食店街もあるのです。そうした店の中で行列ができているのは、串揚げ(串カツ)かギョウザで、このあたりは東京とはかなり様相が異なります。

さて、今日は早起きして、まず王子動物園へ。三ノ宮からJRで一つ目の灘という駅から歩いてすぐのところです。隣の駅だというのに三ノ宮とはうって変わって静かな駅で、あとでわかったことなのですが、文化関連の施設がいくつかあります。

動物園自体はこじんまりしていますが、日本で唯一ジャイアントパンダとコアラを同時に見ることができる動物園なのだそうです。しかし、園内に重要文化財の建物があるのには驚きました。歩いていて、あんなところに洋館が見えるなぁ、なんだろう? と不思議に思っていたのですが、神戸にいくつかある異人館の一つで、1889年に建てられたといいます。かつての所有主エドワード・ハズレット・ハンター(イギリス人の実業家で、日立造船の前身の会社を興した人物)にちなんで「旧ハンター住宅」と呼ばれ、もとは市内北野町にあったもの。1963年に王子動物園内に移築され、66年に国の重要文化財に指定された、たいそう由緒のある建物のようです。

3頭いるキリンにも挨拶し、園を出ると、「横尾忠則現代美術館」の表示が目に入りました。時間もありましたし、せっかくだからとそちらに向かいます。その手前に建っているのは「兵庫県立美術館原田の森ギャラリー」、向かい側に建つレンガ造りの建物は「神戸文学館」です。

ただ、建物の脇に「関西学院発祥の地」という看板が立っていました。説明文を見ると、もともとは1904年に建てられた関西学院の初代チャペルなのだとか。関西学院はその後、西宮市に移転しましたが、チャペルはこの地にとどまりました。しかし、太平洋戦争中、空襲に遭って大破。1950年にあらかた修復されてからは、さまざまな公共施設として転用されたようです。そして93年、塔の復元とともに市民ギャラリーとなったのち、現在の神戸文学館となったとありました。

「横尾忠則 在庫一掃大放出展」というタイトルでおこなわれていたのは、これまでこの美術館で一度も展示されたことのない作品ばかりを集めたもの。ほとんどの作品につけられていた横尾直筆の注釈メモを読むと、その人柄がよくあらわれているように思いました。

三ノ宮に戻りそごうデパートで昼食を買い、地下鉄でノエビアスタジアムへ。今日はラグビー・トップリーグの順位決定戦2回戦、神戸製鋼vsリコーの試合です。勝てばベスト4ですから、レベルは高いはず。ダン・カーター見たさで行ったのですが、やはり身のこなしがしなやかというか、ラグビーボールを持って生まれたのではないかと思わせるような、無駄のない、それでいて力強さも感じさせるプレーにまたまた感動しました。

試合終了後、三ノ宮まで戻り、次の目的地・姫路へ移動。ホテル(10月にオープンしたばかりのロイネット)でひと仕事終え、夕食を食べに出たのですが、この町は「食」についてはいまひとつの感があります。数年前に来たときも感じたのですが、行ってみたいなと思わせる店があまりないというか(それほど強いこだわりがあるわけではないのですが……)。結局、駅ビルにある「ゴーゴーカレー(金沢風で有名!)」で済ませたのですが、この店のカレーは、若い人に人気とだけあってボリュームが勝ちすぎのきらいがあり、私のような年齢の者には少々キツ~い感じがしました。

 

老師、ますます意気軒高!

2018年11月24日
昨日、成田に帰って来たのが夕方。家に戻り、まる1日も経っていないのに、今日は名古屋です。高校3年生のクラス会に出るためですが、呼びかけ人の一人に名前を連ねているので、欠席するわけにはいきません。というわけで、かなり強引なスケジュールになってしまったのですが、それでも日中(ランチタイム)ですから、まだ助かりました。ちなみに、家人もこの日の夜は小学校のクラス会でした。

来年で米寿を迎えるS先生は今年もまた矍鑠とした姿で来られました。朝起きたら太極拳と体操をし、午前中は読書、午後は近所を散歩、夜はゆっくりするという毎日を過ごしておられるとかで、それが元気の秘訣だとおっしゃられると、とても説得力があります。毎度のことながら、帰りがけに配ってくれるプリントには、ユーモア川柳が、先生の訳した英文とともに書かれていました。英語を教えていましたから、当然かも。「減る記憶 それでも増える パスワード(Memory gets worse but I’m stuck with more passwords than ever before.)」。なるほど。

一次会は中華でしたが、二次会も喫茶店と、最初から最後まできわめてヘルシーな内容で、さして疲れも感じずに戻ることができました。それにしても、行くたびに感じることですが、名古屋はここ10年ほどで大きく様変わりしつつあります。とにかく、人の多いのには驚くばかり。前は中国・韓国・台湾・香港からの観光客が目立ちましたが、いまはもうマレーシア、タイ、欧米系、インドなど幅がぐんと広がっています。さらに、日本全国からも老若男女を問わず、多くの人が訪れているようで、「そんなに行くところがあったかなぁ?」という思いが強い私からすると、不思議な感じがします。

 

尾道からアナハイムまで、36時間ぶっ通しで起き続ける

2018年11月17日
今日は尾道から広島空港に向かい、そこから成田空港、成田からロサンゼルスという長い長い旅が待っています。その前に、尾道駅周辺の商店街を回ってみることにしました。以前、取材で訪れたときは、商店街のほんの一部しか見られなかったのですが、今日は奥の奥まで足を延ばします。

予想していたよりはるかに長く続いており、しかもいまどきの地方都市には珍しく、ほとんどの店がきちんと営業しています。土曜日なので、人通りも多く、なかには、行列のできている店も。昨日の「フォーラム」で市長が語っていた“活気ある尾道”を実感させられました。こうなるまでには10数年かかったといい、相当苦労されたようです。それがいまどんどん実っており、そうなると住民も元気になります。それどころか、ここなら商売も成り立つというわけで、よそからやって来て店を開いている人もいるようです。これで駅の全面改装が終われば、ますます多くの人がやって来るのではないでしょうか。

  

しかし、その尾道と広島空港とを結ぶシャトルバスが一時廃止になりそうになったこともあると聞き、驚きました。地元の要望でなんとか1日2往復は走っているようですが、早朝だけのため、今回の私たちは利用できません。結局、山陽本線の電車で白市【しらいち】という駅まで行き、そこからタクシーで空港へ。

機内で11時間以上過ごしても、まだ11月17日は続いています。久しぶりに乗ったシンガポール航空ですが、昔と比べるとサービスの質がかなりダウンした印象は否めません。以前このブログでシンガポールのリッツ・カールトンホテルでの一件について書きましたが、それとほとんど同質の“上から目線“的な客あしらいになってしまっているのです。というか、「情」が欠けている気がします。どのCA(キャビンアテンダント)もマニュアルに忠実なサービスをしているものの、いい意味でそこから一歩もはみ出ていません。

ぐっすり眠りについている客の席にも、朝食を持ってきたりするのがそのいい例。声をかけられても返答しなければやり過ごすのでしょうが、寝ぼけまなこで「はい」と応じようものなら、「シートを元に戻してください(お手伝いはしてくれます、もちろん)」「テーブルをセットしてください」ということになり、食器がズラリと並べられます。まだ半覚醒状態の家人も、ワケが分からないまま返事をしたばかりに、目の前に食べ物が。そうなると、手をつけないわけにも行きません。これがおいしければまだしも、たいしたことのない味なので、そのうちだんだん腹が立ってくるというわけです。

ロスの空港でレンタカーを借り、1時間ほど走るとアナハイム近くのホテルに到着。今回もまた「Ayres」です。別段義理があるわけでもなんでもないのですが、この界隈に泊まるときはたいていこのブランドになってしまうのです。もちろん、ほかにも Hyatt  Sheraton、Hilton、Marriott など、名の知れたホテルもあるにはあります。ただ、そこにゆっくり滞在するわけでもない、夜露をしのげさえすればそれでOKという場合は、この程度のホテルで十分。アメリカのホテルなので部屋は広々としていますし、値段もリーズナブルです。難を言えば、朝食がきわめてプアといったことくらいでしょうか。

チェックインしたのは午後3時過ぎ。といっても、のんびり休めるわけではありません。今夜は、学生時代からお世話になっているHさん(昨年8月に亡くなられた)の長男(でも末っ子)Nくんの結婚パーティーがあるからです。いちおうきちんとした格好で行かなければということで、ホテルで着替えを済ませひと息着いたころ、Hさんの未亡人Lさんが迎えに来てくれました。最初は自分でレンタカーを運転していくつもりでしたが、パーティーとなるとアルコールは避けられません。そのことに気を使わってくださったのです。

会場は、小高い丘の上にあるレストランのパーティールーム。夜景が素晴らしく美しい、最高のロケーションでした。アメリカの結婚パーティーは形式張らないので、時間もゆったりしています。いちおう6時スタートになってはいましたが、実際に始まったのは7時過ぎ。しかも、キホン手作りですから、会場の飾りつけはほとんど、家族総出(Lさん、Nくんの二人の姉夫妻、親しい友人など)で約1カ月かけて作ったそうです。音響などは業者にお願いしていたようですが、それ以外は全部、当日手分けして持ち込み、組み立てたり並べ置いたり……。

結局、お開きは夜11時で、そのあとの片付けを手伝ったりしたので、会場を出てホテルに着いたときは午前0時を回っていました。日本との時差が17時間ですから、36時間ほとんどぶっ通しで起きていたことになります。飛行機の中で3時間ほどウトウトしていたのでかろうじてもちましたが、なんとまあ長い1日でした。

42年ぶりの「倉敷アイビースクエア」はいまなお新鮮

2018年11月16日
「北前船寄港地フォーラム」参加のため、昨日から倉敷に泊まり、今日は尾道です。

倉敷を訪れたのは1976年以来ですから、なんと42年ぶり。このときは新婚旅行でした。当時大人気だった倉敷アイビースクエアというホテルに泊まったのですが、今回は会合がそのホテルだったので、宿泊も同じです。42年の間にどの程度リノベーションされたのかはわかりませんが、私たちの泊まった部屋はツインで16平方メートルという、いまどきのシティホテルにはあり得ない狭さ。それでもホテル全体はかつてと同じ雰囲気で、いまなお新鮮さを保っていました。

工場の跡をホテルに改装するというアイデアはいまどきそれほど新鮮に感じませんが、40数年前は画期的なことで、メディアにも大きく取り上げられました。敷地と工場はもともと倉敷紡績(クラボー)のものですが(現在はどうなっているのかわかりません)、その発想自体が秀抜だったように思えます。というか、「儂【わし】の眼には十年先が見える」が口グセだったと伝えられる創業者・大原孫三郎のDNAが偉大としか言いようがありません。

尾道での会合は午後からなので、今日の午前中はホテル近くの「美観地区」を歩いて回りました。その名のとおり、この一帯は味わいのある建物、川と橋、ヤナギの並木などが美しい空間を構成しています。ここまで維持するのにどれほどのお金を費やしているのだろうかと考えると、自治体はもちろん、地元住民や企業・商店主らの努力のほどがしのばれます。

42年前の記憶はほとんどなく、覚えているのは「大原美術館」とその並びにある「カフェ・グレコ」くらいというのは、我ながら情けない話。朝9時半にホテルを出て、最初、旧街道の入り口で地図を広げてあたりを見ていると、地元のボランティアガイドさんが話しかけてきます。よく舌の回る高齢の方でしたが、売込みっぽくない話しぶりに魅かれ、30分コースで案内をお願いしました。

 

とてもよく勉強している様子で、どこを案内してもらっても、話によどみがありません。あまりの情報量に圧倒されそうでしたが、なんとか話について行きました(でも、頭はパンクしそう)。お別れするとき名刺をいただいたのですが、何十人かいるボランティアガイドのトップの方のようでした。

倉敷から尾道までは1時間ほど。お天気もよく、車窓には瀬戸内独特のおだやかな景色が広がります。JR尾道駅はいま改装中のようでしたが、駅を降りると目の前は尾道水道。すぐ手が届きそうな先に向島【むかいしま】が見えます。海岸沿いの公園もきれいに整備されており、この町がここ数年、観光で多くの人を集めているのも当然かなという気がしました。商店街も活気が感じられ、歩き甲斐があります。名物の尾道ラーメンを食し、「フォーラム」の会場へ。午後はずっとお勉強でした。

日本対オールブラックス@味スタに大興奮!

2018年11月3日
前週に続き、今週もラグビーの“ドリームマッチ”を観に行きました。JAPAN vsオールブラックス(ニュージーランド)戦です。このカードは2011年のワールドカップ@ニュージーランド以来。予選プールでしたが、このときは13トライを奪われ、7対83の惨敗を喫しました。それから8年が経過し、日本代表がどこまで力をつけたのかをチェックできる楽しみな一戦です。

会場の味の素スタジアムには、新宿から京王線の特急で乗り換えなしで行けます。最寄りの飛田給【とびたきゅう】駅に臨時停車してくれるからですが、これは助かります。さすがドリームマッチだけに、観客の出足も早いようで、1時間半前に席に着きましたが、すでにかなりの入り。試合中に、観客数は43751との発表がありました。もちろん、国内でおこなわれたJAPANの試合では史上最高です。

でも、味スタでのゲームは、まだまだ改善の余地が多々あるように感じました。ひどいのはオフィシャルプログラムの販売場所。私たちの入ったゲート近くにたった2カ所しかないので、買うのにたっぷり5分は歩く必要があります。会場の外に、オフィシャルグッズと一緒でかまわないので、専用のテントでも設けるのが常識でしょう。もともとこの種のプログラムは値段も高いのであまり売れないのかもしれませんが、それにしてもファンへの配慮なさすぎです。

ただ、荷物チェックは前回より大幅に改善。スコットランド戦(2016年6月25日)のときは、まったく無意味な行列を強いられましたが、今回それはありませんでした。もっとも、前回は天覧試合でしたからね。

 

試合のほうは、最初、日本が相手のキックをチャージし、そのボールを押さえて幸先よくトライできたのですが、そのあとしばらくの間はオールブラックスのペース。密集でのボール出しが思うように行かず、ペナルティーを重ねたこともあり、前半だけでトライを5本奪われました(日本は3トライ)。

ただ、先週横浜でワラビーズと戦った「1軍」よりは迫力に欠ける感じは否めません。そのときのスコッド23人中22人がヨーロッパに遠征してしまったのですから、これは致し方ないでしょう。それでもさすがはオールブラックス。日本は後半17分からの10分間で立て続けに4本のトライを許し、最終スコアは31対69。これまで5戦して合計4トライしか奪えていなかったのが、この試合だけで5トライを取ったのですから、これはもう大健闘です。

「ロシア絵画展」の特別鑑賞会に参加

2018年10月28日
副代表を務めさせていただいているNPO法人「日ロ創幸会」の活動の一環として、八王子の東京富士美術館で開催されている「ロシア絵画展」の特別鑑賞会に行きました。「特別」というのは、ほかでもない、20数名の団体ということで、事前に学芸員の方から20分ほどレクチャーが受けられるからです。

しかし、その話を聞いているかいないかでは、やはり大きな違いがあるように思いました。もともとロシア美術に詳しいわけではありません。そんな私たちにしてみれば、ロシアの美術がどのような時代背景とともに生まれ、発展していったのかについてのお話はとても参考になりました。実際、作品を観ているとき、レクチャーで手に入れた情報と照らし合わせてみると、印象が大きく変わるのです。「だから、少年がこんな表情をしているんだ!」とか「ここまでこまかく描いているのはそういう背景があったからかな」など、楽しみが増えます。

ワラビーズvsオールブラックスを横浜で観戦

2018年10月27日
FACEBOOKにも投稿したのですが、まさか、「ワラビーズvsオールブラックス」というカードを日本国内で観戦できるとは、古くからのラグビーファンなら誰もが感慨ひとしおだったのではないでしょうか。こうしたビッグゲームをテレビで見られるようになったのもここ10年ほどのことで、しかもそれがなんとナマでというのですから!

ワラビーズはオーストラリア、オールブラックスはニュージーランドのそれぞれ代表チームの愛称。高校生のころは、ラグビー専門誌などでしか見たことがありませんでした。世界ランキングでも最上位にいる両国はワールドカップ、チャンピオンズリーグ(南半球の強豪4カ国)、通常のテストマッチなど、さまざまな場面で戦いますが、今回は「ブレディスローカップ(Bledisloe Cup)」といって、1931年から続いている、いちばん格式のあるテストマッチ。毎年3試合を戦い、勝ち越したほうがカップを手にするのですが、その第3戦が横浜の日産スタジアムでおこなわれるのです。

通常の3試合に加え海外での1試合が追加された2009年10月にも、第4試合が国立競技場で開催されたことがあります(観衆は約4万4千)。日本で2019年にワールドカップが開催されることが決まった“ご祝儀”のようなものでしょう。オールブラックスはリッチー・マコウ(主将)やダン・カーター、ワラビーズはジョージ・スミス、マット・ギタウ、アダム・アシュリークーパーなど、錚々たるプレイヤーが出場するというので、私も観に行きました。

その2年前のワールドカップ@フランスを観に行っていたのですが、このときは日本代表の試合はあえて外していました。というのも、当時の日本のレベルはいまと比べものにならないほど低く、高い旅費を払い現地に行ってまで応援しようという気になれなかったからです。実際、オーストラリアとウェールズにはボロ負け、フィジーにも接戦で敗れ、カナダと引き分けるのがせいぜいでした。

それより、日本が足もとにも及ばない強豪チームの試合を中心に観戦するコースに参加したのです。マルセイユでの準々決勝イングランドvsオーストラリア、同じく南アフリカvsフィジー、パリでの準決勝=イングランドvsフランス、3位決定戦=フランスvsアルゼンチン、そして決勝のイングランドvs 南アフリカの5試合を観戦。イングランドがフランス戦で、追い詰められた状況から40メートルのドロップゴールを決めたときは鳥肌が立ちました(試合も14対9で勝つ)。3位決定戦で、地元フランスがアルゼンチンに敗れたときのファンの落胆ぶりも強烈に印象に残っています。詳しくは2007年10月2日のブログ「ラグビー人口の減少が心配」に記してありますので、お時間があれば、検索の上、ご一読ください。

 

ただ、今回の試合はそれ以来9年ぶりのことで、観客数も国内ラグビーでは最高となる4万6千人超え。試合はニュージーランドがオーストラリア代表に37-20で勝ち3戦全勝、「ブレディスローカップ」を手にしました。その当時とは、日本のラグビーを包む環境がまるで違うものの、あと1万人は増えていてほしかったですね。

東京明和会で「はとバス」ツアーに参加

2018年10月14日
昨日・今日は1泊で高校時代の同期会。明るい時間帯は、例によって大人の社会見学です。今回は、東京やそのすぐ近くに住んでいても、ふだんなかなか訪れることのない場所ということで、「はとバス」のツアーに申し込みました。「東京スカイツリーと柴又・ぶらり都電の旅」という名前の企画で、東京駅→「スカイツリ」ー→「柴又の帝釈天」→(都電で移動)→「巣鴨地蔵通り」散策というコース。これで9980円なのですが、さて高いのか安いのか……。

私も含め参加者は4人。全員、「スカイツリー」も「帝釈天」も初めてです。人気の「スカイツリー」はやはりけっこう人が来ていて、地上350mの「天望デッキ」に上がるまで順番待ちも含め30分ほどかかります。これでも、朝早いほうなのでまだましなのだとか。お天気もまずまずで、富士山こそ見えませんでしたが、筑波山【つくばさん】はバッチリでした。新宿副都心あたりまではかなりはっきり見えるのですが、改めて東京という都市の大きさを実感。とともに、人間の小ささも感じずにおれませんでした。

「スカイツリー」のある押上【おしあげ】から柴又まではあっという間。「帝釈天」をひととおり見終わると、江戸時代後期から続く老舗の「川甚」 で松花堂弁当の昼食。これは中身が充実していましたね。食後は、すぐ近くをたゆとう江戸川の堤防の上を歩き、有名な「矢切【やぎり】の渡し」の船着き場を観たり、柴又の駅まで続く参道をぶらぶらしたり。参道の途中にある老舗「高木屋」で名物の草だんごをほおばりながらしばし休憩。映画『男はつらいよ』で何度も目にしているので、初めてという印象はしません。

 

ここからバスに乗って、都電荒川線の梶原という駅に移動します。巣鴨の北にある庚申塚【こうしんづか】まで10分ほど都電に乗るのです。私はその昔しょっちゅう乗っていたのでそれほどでもありませんが、ほかのメンバーは「名古屋にいたとき以来」のようで、おそらく40年、50年ぶりのチンチン電車でしょう。庚申塚からはとげぬき地蔵の参道をぶらぶら歩き、駅の近くで待機していたバスに乗車。最後はまた東京駅に戻ります。

東京駅から東海道線に乗ってまずは大船。バスツアーに参加した4人は、いつになく健康的な時間を過ごしたあととあって、全員、夜のお酒・食事は期待でいっぱい。夜の部のみ参加の1人も加わり、いつものように食べまくり・呑みまくりの2時間余を過ごし、Yくんの江の島別邸へ。あとはおきまりの“ダラダラ2次会”です。