2017年8月13日
今日で長い旅も終わり。アイルランドのダブリンからパリ経由で日本に帰ります。キルケニーのホテルから2時間。レンタカーを走らせ、無事リターン。4日間の通算走行距離は1800kmでした。
帰国は、ダブリン発14時15分発のエールフランス(AF)便でパリ(シャルル・ド・ゴール空港)まで行き、そこから羽田行きのANA便です。それがなんと、パリで丸1日足止めを食らうハメに。
AF便の出発が遅れたことからそれは始まりました。ダブリンを離陸したのは予定より1時間以上遅れの15時30分で、パリ到着は18時。着陸したのは、第2ターミナルのビルから遠く離れた場所で、バスでの移動になります。ただ、今回は家人のために車イスをお願いしておいたので、特別仕様の車両で移動。ビルに着いたのは18時35分。そこからAFの職員が、ANAのチェックインカウンターがある第1ターミナルとを結ぶシャトル(CDGVAL)の乗り場まで連れていってくれる段取りのようでした。
ところが、ダブリン→パリとパリ→羽田のフライトをバラで入手していたのがネックになりました。預け荷物はダブリンから羽田までスルーの扱いにしてもらったのですが、私たち自身はパリで一度「入国」し、ANAのカウンターで手続きしなければならないと言われていました。eチケットの控えは持っているのですが、搭乗券がないため、「トランジット」にならないのでしょう。このあたりの仕組みは私たち素人にはわかりません。
まず第2ターミナルにあるAFの“車イス利用者カウンター”と思しきところまで連れていかれ、「しばしお待ちを」と。そこの職員がだれが相手かよくわかりませんが、電話していましたが、私たちはずっと待たされたまま。時間はどんどん過ぎ19時をまわってしまいました。ANA便の搭乗開始は19時35分なので、こちらは焦ってきます。AFの係員は「Stay here。シャトルの乗り場までは別の係員が案内するから」と言い置いて、その場から姿を消してしまいました。しかし、10分経っても20分経ってもだれも来てくれません。そのうち、「ウソ・でたらめ」を言って、私たちを放り出していったことに気がつきました。このままではANA便に乗れないと思い、ANAのマイレージカードのデスクに電話を入れて問い合わせている間にタイムアウト!
幸い、ANAのほうで翌日の同じ便の座席をすぐ確保してくれたのですが、AFのほうからは謝罪どころか、「何がどうなって、こういう事態になってしまったのか」についてまったく説明がありません。20時5分を過ぎてから、日本語を話す職員が電話に出てきて「ANA便とコネクションがないので、私たちの責任はパリまで。よろしいですね! ANA便があなた方を乗せずに出発したことになんら責任はありません。おわかりですね! 今日の便に乗れなかったために、あなた方はこちらにひと晩泊まらなければならなくなりましたが、そのためのホテルは、私どもで確保して差し上げましょう。空港近くのハイアットなら1泊100ユーロで予約できますが、それでよろしいですか?」と聞いてきました。こちらは四の五の言ってられませんから、「OK」と。しかも、その場で予約確認の書類をプリントして渡してくれます。対応が迅速だったのはこれだけ。
しかし、そうなると私たちがAFに預けたスーツケースをもう一度引き取らなくてはなりません。それについて尋ねると、「当然です。すぐ荷物を確保しお渡ししますので、ここで30分ほどお待ちください」と。AFの係員が2人、私を連れて階下の荷物受け取り場近くにある「ロストバゲージ」処理カウンターのところまで連れていき、担当者相手に荷物の所在を調べ始めました、スーツケースの色を尋ねられたのでそれに回答し、しばらくコンピューターに向かうと、うなずきながら、私を連れていった係員に何やら告げました。すると、その係員が「30分後にはお渡しできますので、上の階の先ほどの場所でお待ちください」と。
その言葉に従って待ちました。30分、1時間、1時間半。気がついたら22時近くになっています。先ほど私を階下に連れていった係員はそのあとまったく姿を見せません。近くにいる別の職員に聞いても、「私の責任ではない」と言うだけ。担当していた係員にコンタクトを取るわけでもなければ、何か手立てを講じるわけでもなし。「ANAのほうに荷物が行ってしまっているので、それを取りに行って戻るのに時間がかかっている。受け取るのに手間取っているようだ」と、もっともらしいことを言います。しかし、こちらも心配になったので、もう一度ANAに電話で問い合わせると、「こちらにはそのスーツケースはまったく来ていません」と、あちこち確認を取ってくれた上での返答が。
要するに、AFの職員はその場しのぎの「ウソ・でたらめ」を言っていただけなのです。そして、22時になると、その職員もさっさと帰ってしまいました。このままでは荷物なしにひと晩ホテルで過ごさなくてはなる……と、もう一度、階下の荷物受け取り場近くの「ロストバゲージ」のカウンターに行くと、すぐ近くに私たちの2つのスーツケースだけが放置されているではありませんか! AFの係員が私たちのところまで持ってきてくれるというのは「ウソ・でたらめ」だったのです。海外旅行で、たとえひと晩でもスーツケースがないと途方もなく落ち込みます。これまで何度かその経験をしているだけに、荷物が無事見つかって安心はしたものの、怒りが猛烈にこみ上げてきました。
この日は昼食もきちんと取っておらず、飲まず食わず状態だったので、お腹も空いてきます。仕方なく、待たされている間にすぐそばの売店でサンドイッチとサラダを買ってきて口にしましたが、とてもとても……。ついでながら、重いスーツケースを2個持ち、足の不自由な家人を連れながらシャトル乗り場まで移動するのはしんどそうだったので、先のところに、夜勤なのでしょうか一人だけいた職員に「車イスを使わせてもらえないか」とお願いしてみました。「いいですよ。係員をよこしますから、お待ちください」と言うのですが、もうこれ以上待たされるのはイヤだったのでお断わりしました。
こんどはハイアットホテルまで行かなくてはなりません。もちろん、場所を教えてくれていたわけでもないので、空港のINFORMATIONカウンターまで行ってたずね、なんと10分近く離れたホテル行きのシャトルバスが出る場所まで歩きに歩き、チェックインしたのは23時近く。レストランも閉まっていて、結局この夜は何も食べずじまいで終わってしまいました。



野菜、肉、パン、調味料、食料加工品が中心ですが、台所用品や衣服、アクセサリーなどを売る店も。昔は当たり前だった有機栽培の野菜や果物が所狭しと並べられ、その隣ではやはり、自家製のパン、チーズ、スイーツなどを売る店が。どれを見ても食欲をそそりますが、土曜日の朝とあって、とにかく人の多いこと。昼近かったこともあり、市場の2階に作られたフードコート風のスペースもほぼ満杯といった感じです。人口9万ほどの町ですが、人々の表情は生き生きしており、こうした場が存在することの意味を考えさせられました。

そのあと「ジョン王の城(King John‘s Castel)」の素晴らしい外観を眺め、「条約の石(The Treaty Stone)」と名づけられた記念碑をチェック。そして、市内を出てまず行ったのがキャッシェル(Cashel)という町です。ここには「ロック・オブ・キャッシェル」という有名な城があります。500年ほど前までこの地方の政治と宗教の中心地であった町を象徴する城は立派の一語。中の庭に広がる墓地に立つケルト十字やかつての聖堂跡の素晴らしさには感動しました。


私たちが止まったホテルはノア川のたもとに立っているのですが、そのいちばんの売りは、別の角度から観られる城の姿。ホテルはちょうどその向かい側にあるので、美しい姿を観ることができます。この城を観られる側と観られない側とでは宿泊料に4、5千円の違いがあるほど。ギリギリまで粘り、3、4日前にキャンセルが出て、やっと城が観える側の部屋を確保することができました。せっかくのチャンスですから、家人にも喜んでもらわないと(笑)。

店はその後どんどん客が入ってきます。なかには、タクシーに乗って駆けつけてくる人も。そのうち、店内は、立ち飲み客も出てきて、足の踏み場もない状態に。ウェイター、ウェイトレスはわき目もふらずに動いています。私たちのテーブルを担当してくれたのは、いかにもアイリッシュといった雰囲気のおやじさん。私はその男性に「アイルランドのテキパキおやじ」と勝手に名づけました。この道ウン十年といった感じの小気味よい動きがこちらを心地よくさせてくれます。こういう人が世界中に散らばっているのだろうなと。アイルランド人の誇りを感じさせるウエイターでした。
アイルランドの名物パブでも、2、3年前から建物内でのタバコは禁止されています。そのため、スモーカーたちはちょっと時間があると店の外に出て、入口近くに置かれた大きな灰皿のまわりで一服。私も何回かそこに行きましたが、入れ替わり立ち替わり客が出てくるのには感心しました。それにしても、愛煙家というのは世界中どこに行っても、まめですね。
さて、ようやく到着した「モハーの断崖」は人気観光スポットですから、大変な人の数。広い駐車場もびっしり埋まっていました。駐車場のはるか先、丘を昇ったところから、「断崖」らしきものが見えるようですが、あいにくの曇り空で、最初はうっすら、というよりほとんど何も見えません。それでも、2、3分経つとさっと霧が晴れ、姿をあらわすことがあります。ただ、絵ハガキやポスターで見るような美しく迫力のある姿とはほど遠い状態です。









広大な敷地にびっしりお墓が並んでいるのですが、入口のまわりにあるのは、大きな墓石とアイルランド独特の十字架。ケルト十字と呼ばれるものだそうで、私たちにもなじみのあるラテン十字と、十字の交差部分を囲む環から成っています。人間の背丈より高いそれがずらっと並んでいるのを観ると、不思議な迫力を感じます。




W杯といっても、スタンドは半分仮設のような感じ。ただ、それでもけっこう日本人サポーターの姿がありました。SAMURAI(侍)のいでたちをしていたり、赤と白のメークをほどこしていたり、目立つことは目立つのですが、アウェイの地ですから数的な劣勢は明らかです。




その後は「ホップオン・ホップオフ」観光バスで市内を観光。「ダブリン城」「クライスト・チャーチ大聖堂」「聖パトリック大聖堂」「ギネス・ストアハウス」「キルメイナム刑務所」「クローク・パーク・スタジアム」など、名所を外から見ただけですが、バラエティーに富んでいて飽きることがありません。夜は“アルコールの都”といった趣のダブリンですが、昼間はそうしたことをまったく感じさせないのが面白いですね。1回目の最後はオコンネル通りで降り、近くでランチ。






世界で3番目に古い動物園というだけあって、入口の建物はクラシックな風合いで,雰囲気十分。ただ、古いだけに敷地は狭く、そのわり全体の配置がわかりにくい。何より大変だったのは園内の通路が狭かったこと。車イスに乗った家人と一緒に動かなくてはならないので、まあ難儀しました。また、今日はバンク・ホリデーという、国民の休日と重なっていたため、親子連れの客で土日並みの混雑ぶり。よけい動きにくかったような気がします。
しかし、ここにもパリに負けず劣らずたくさんのキリンがいました。しかも、シマウマとダチョウと同居しているのです。もともといたアフリカのサバンナでは当たり前の光景なのでしょうが、動物園でとなるとやはり新鮮ですね(横浜の「ズーラシア」も同じようになっているとか)。キリンとシマウマが、何がどう魅かれ合うのかわかりませんが、ほぼ左右対称にたたずんでいたりして、可愛らしいといったらありません。気がついたら小1時間もその前にとどまっていました。


動物園から市内までは15分ほど。天気も素晴らしくよく、川沿いを走りながらすんなりホテルに到着することができました。駐車場も真ん前なので楽々。荷ほどきを済ませると、早めですが食事に出ようということになり、地図を頼りに川のほうに向かいます。車イスはないので、ゆっくり歩きながら探していると、日本料理店があったので、そこに決めました。ロンドンでは食事らしい食事を摂っていなかったので、久しぶりのまともな食事です。









今日は、たまたま同じ時期に日本からやってきていたAさんご夫妻とIさん──どちらも「北前船寄港地フォーラム」などの折、顔を合わせている親しい方々です──と一緒に世界陸上を観戦しにいくので、セントパンクラス駅構内のショッピングモールで待ち合わせました。このモールの中にピアノが置かれていて、通行客が自由に弾くことができるのですが、ピアノの心得があるIさんがそれに気づき、何曲か演奏すると、まわりの通行人も足を止めて聞き入っていたのが印象的でした。


今日から、今回の旅のメインイベント「世界陸上」がスタート。スタンドに座ると、今回は席がゴールラインのぴったり真上。それだけでも感激していた上に、100mの日本選手が3人全員が予選突破という快挙のおまけつき! もう、最高でした。1組のサニブラウンはスタートから最後までトップ。10秒05の自己ベストタイ。最後の6組に登場した多田は、途中までなんとボルトの前を走っていました。最後は4位でしたが、タイム順で拾われセーフ! 3組の飛鳥も4位でしたが、こちらもタイム順で予選を通過。明日の準決勝が楽しみです。


今回は初めて、「初日」からの観戦となりましたが、驚いたのは表彰式のやり直しです。過去の大会でメダルを取った選手が、その後ドーピング検査でひっかかり失格になるケースがあります。それによって4位だった選手が3位に繰り上がったりすると、繰り上がった選手に改めてメダルが授与されるのですね。その授与式を初めて見ました。



さて、「北斎展」のほうですが、これがまた素晴らしい内容。というか、私たちが認識していた北斎とはまったく別の面があることを知らされました。「富嶽三十六景」だけが北斎ではないのです。ある版元がスポンサーについており、そのリクエストに応じてほとんどなんでも描いていたようで、「えーーっ、何、これ?」と思うような絵もいっぱいありました。私たちが見慣れている北斎の作品より、そっち系のほうが多かったので、北斎の意外な一面を学ばせてもらった感じがします。帰りにミュージアムショップで、35ポンドもする高価公式カタログをつい買ってしまったほどです。




地下鉄の駅を降りると大きな宮殿があり、その先が動物園のようです。駅からはタクシーに乗りましたが、これがまたBINGO! 我が愛するキリンが、な、なんと12頭も群生しているではありませんか。ただ、すべてのキリンをいちどきに見られるわけではありません。表舞台に出ているのは4~5頭ほどで、残りはそこからは見にくい裏側のエリアにいるのです。まさか交代交代で登場するわけではないでしょうが、かなりの頭数がいるように思えたので、家人を車イスに乗せたまま、私ひとりでスロープを昇り、裏のほうに行ってみました。すると、6、7頭がのんびりエサを食んでいます。全部が同時に表のほうに出てきたらどれほどの迫力か……。なんとも、残念ではありましたが、それでも私がこれまで見た動物園のなかでは最大の集団です。


メトロの駅までバスで戻り、近くのレストランでランチを済ませると、預けておいたスーツケースを取りにホテルまで戻ってタクシーを呼んでもらいました。長年の夢だった「ユーロスター」のパリ側の出発駅=北駅までに移動するためです。そもそも、「世界陸上」の観戦だけが目的なら、航空券も東京・ロンドンの区間で購入すればいいのですが、ついでに「ユーロスター」に乗ろうと思いついたことで、パリ往復のチケットにしたのです。
到着したのは、ロンドン市内でも東のほうにあるセント・パンクラス・インターナショナル駅。ラグビーW杯の観戦で2年前に訪れたとき、のべ8泊(後半の5泊は帯状疱疹で入院状態でしたが)もしたホテルのすぐ近くなので、なんだかなつかしい感じがします。


どこかの国の事業家がこの建物を買収し内部を大改装、新しいホテルに生まれ変わらせたのです。バーとレストランはもともと、旧セントパンクラス駅の切符売り場だったスペース。内部の梁や柱も昔のままで、それが全体の中でみごとに調和しています。古き時代の豪華絢爛な内装を生かした旧館は目の玉が飛び出るような宿泊費を取りますが、私たちが予約しておいた新館のほうは、大改装に併せて増築した部分なので、値段も手が出る範囲。部屋は広く、快適に過ごせそうです。
ホテルに着き荷ほどきを済ませると、いい時間になっていたので夕食を摂りに。といっても、杖をつきながらの家人と一緒ですから、あっちこっち探し歩くわけにはいきません。そこで、決め打ちというか、歩いて10分の範囲内で見つけようと。すると、何年か前、ブリュッセルで食べたムール貝のおいしいレストランの支店が! 迷わずその店に入りました。味は本店より若干劣るものの、文句は言えません。さあ、明日から、杖をついた家人との旅はどうなるのでしょうか。



2人の孫たちはそれぞれ喜んでいました。下の孫は、新幹線に乗れたのが最高にうれしかったようです。それにしても、蒸し暑い1日でした。港のすぐ近くで、海からの風がもっとさわやかに吹き抜けるかと期待していたのですが……。



先々週は“仮想敵国”ルーマニアに勝ちました。でも、先週のアイルランドとの第1戦はボロボロ。前半を終わって31対3でしたか、スマホでその情報を知ったときは「やっぱりなぁ」とガックリ。それでも、1週間後の今日はメンバーも大幅に入れ替わり、多少は期待を持たせます。
主力メンバーがちょうど同じタイミングでNZに遠征している「ブリティッシュ&アイルランド・ライオンズ」のほうに取られているため、来日しているのは“1・5軍”です。しかも、気象条件は日本のほうが有利。試合の時間帯もなぜかいちばん暑い日中で、前半からもう少し健闘してくれてもいいはずなのですが……。
これでアイルランドとのテストマッチは1985年以来9連敗。この秋、フランスやオーストラリとのテストマッチが予定されていますが、このクラスと戦うときはイージーミスや無用なペナルティーは許されないのです。もちろん、選手もコーチもそんなことは百も承知でしょう。でも、ナショナルチームとしての“歴史的な実力差”を少しでも埋めようとするには、「いま」を濃密に戦うしかありません。2年や3年で100年近い差を詰めることなど、土台無理な話ですから。がんばれ、JAPAN!!
さて、7人全員がうちそろったところで、まずは長谷の大仏(高徳院)まで歩きます。国宝であることは、今回初めて知りました。前回鎌倉に来たときはちょう工事中で見られなかったものですから。歩くこと30分弱。高校2年のときの修学旅行以来なんと50年ぶりで大仏とご対面。NHKの『ぶらタモリ』でも取り上げられていましたが、鎌倉の大仏はもともと大きな大仏殿の中に収まっていたといいます。その痕跡(土台石)が、大仏の周りに何カ所か残されていて、一同納得。結局、大仏殿があったのは、完成(1252年が定説らしい)から250年ほどの間だけだったのですね。その間、地震で壊れるたびに再建したものの、とうとうあきらめ、いまと同じ野ざらしの状態になったようです。




荷物を置きにいったんYくんの別邸まで移動し、6時過ぎから七里ガ浜の人気イタリアンレストランで大晩餐会。目の前が海という最高のロケーションですから、まわりのテーブルはすべていい雰囲気のカップルばかり。そうした中で、66~67歳のおやじ7人が飲みまくり・食べまくりですから、その夜この店でデートしていたカップルには「なにー、これ!」と思われたかも。でも、こちらはなんと半月も前に予約していたのですから、堂々たるものです。まあ、常軌を逸した呵々大笑は遠慮しましたが。
ところがチケットを家に置き忘れてきたようです。「せっかくいい席のチケットを買ったのに!」。でも、だからと言って帰るわけにはいきません。仕方なく、当日・自由席券を買って入りました。ギラギラの太陽光の直射もなく、まあまあの席だったのは皮肉でしたが。
さて、ガトリンを迎え撃つのはケンブリッジ飛鳥(ナイキ)、多田修平(関西学院大)、アブドゥルハキム・サニブラウン(今年の秋からフロリダ大学)の日本期待の若手3人。桐生祥秀(東洋大)と山縣亮太(セイコー)の姿はありません。結果はリオ銀メダルのガトリンが10秒31で1位。飛鳥は100分の3秒差の2着でした。サニブラウンはスタートで出遅れ、10秒42で4位でした。


家人とともに私がひいきにしている嘉風は、ここのところ力をつけてきた関脇・玉鷲に押し出しで敗れましたが、今場所の注目は関脇・髙安。ここ2場所続けて素晴らしい成績を残しており、今場所11勝をあげれば大関昇進間違いなしというところまでやってきました。人気先行気味の遠藤に寄り切りで勝ち、場内は大歓声。どうやら大関は大丈夫でしょう。




もう一つ驚いたのが阿波踊り。これも阿波徳島だけのものかと思い込んでいたのですが、淡路島も江戸時代、徳島藩の領地になっていた時期があることを思い出し納得。本物の阿波踊りは残念ながら観たことがありませんが、淡路島のそれもそれに遜色ないように思えます。いいものを見せてもらいました。フォーラムに大感謝です。

旧動物園はいま工事の真っ盛りといった感じでしたが、それにしてもブエノスアイレスはいま、街中が工事だらけ。不景気で公共工事をおこなっているのかもしれません。植物園からタクシーで「ガレリアスパシフィコ」に行き、中華のランチを済ませ午後は休憩。夜のスーパーラグビーのサンウルブズ戦に備え、体力を温存しておこうと。ただ、アルゼンチン・ペソの現金がやや不足気味だったので、ホテルからまた「ガレリアスパシフィコ」まで両替に行きました。そのついでに、初日の夕方、十分に見て回れなかった「サン・マルティン広場」の周辺を歩いてひとまわりしてみることに。








ここからバスに乗り今日はブエノスアイレスの北から西にかけてのエリアをひとまわり。ラプラタ川添いの道路を走るのですが、どう考えても川には見えません。川幅はこのあたりで50km、河口部はなんと220kmもあるそうです。「世界でもっとも川幅が広い」というのも納得。天気もいいのに、懸命に目を凝らしても対岸はまったく見えてきません。
7日の朝、帰りの飛行機の乗るホルヘ・ニューベリー空港を過ぎるとバスは大きなサッカー場の横を通ります。ブエノスアイレスにはプロのサッカーチームが5つあるそうですが、その一つCAリーベル・プレートのフランチャイズ「エスタディオ・モヌメンタル・アントニオ・ベスプチオ・リベルティ(通称エル・モヌメンタル)」です。
そこから今度は、ブエノスアイレスで最近人気のエリア「パレルモ地区」に到着。ここで下車してランチをすることにします。目に入ってきたカフェ風の店がよさそうだったので、迷わず入りました。とりあえず注文すると、隣、また横、後ろのテーブルの客がそろって口にしている飲み物がありました。大きなボトルに葉っぱが入っており、ちょっと濁った感じに見えます。
ボーイに「あれは何だい」と尋ねてみると、「リモナーデスだよ」と。レモネードですね。さっそく注文してみました。飲むとけっこういけます。道理でみんな頼んでいるはずだと納得。食事もおいしく食べられ、お腹いっぱいになって店を後にしました。

夕食は、わざわざ遠出する気分でもなかったので、ホテルから歩いて5分以内のところで見つけることに。すると、店の名前も何も出ていないのですが、お客はそこそこ入っているレストランがありました。すぐそこに決めて中に入り、炭火焼きのアルゼンチン牛肉(日本人好みの刺しは一切なし)を注文。ここはおいしかったです。やはり本場の肉は違いますね。しかも、値段がウソのように安いのです。







午後はまずエビータ博物館へ。エビータはミュージカルの作品にもなった、元アルゼンチン大統領ペロンの夫人エバ・ペロンのこと。地方のごく普通の家、しかも私生児として生まれ、若いころはウエイトレスやモデル、娼婦を生業としていましたが、声優や女優として次第に名を上げていきます。それが、当時まだ軍人(といっても、軍事政権下で副大統領兼国防大臣兼労働局長の任にあった)フアン・ドミンゴ・ペロンに見初められ結婚。





この日のバス観光で最後に立ち寄ったのが、「世界で2番目に美しい書店」と言われる「El Ateneo Grand Splendid(エル・アテネオ・グラン・スプレンディド)」。もともと劇場だった建物を改装して作られたのだそうで、荘重な印象さえあり、観光名所になっているのも納得です。1階と2階がメインのようで(ところどころにソファー風のイスが置かれていて、そこに腰をおろして本を試読しているお客も)、3階は壁に絵が展示され、休憩場風になっていました。




なんとかホテルに無事到着し、チェックイン。場所も便のよさそうなところで、ほっとひと安心です。とりあえずアルゼンチン・ペソの現金がないので、近くにある市内随一のショッピングモール「ガレリアスパシフィコ」の両替店に行ってみることに。これがまた立派な建物で、さすが“南米のパリ”と呼ばれるだけのことはあります。

次に行ったのは、チリ発祥の地「アルマス広場」。1541年のことだそうで、当時の建物もいくつか残っています。そのすぐ近くにあるコーヒースタンドにガイドさんが連れていってくれたので、試しに1杯注文、手にしながらまた歩き始めます。ただ、このコーヒーがまったくなじめない味というか、こうも違うのかと驚きました。見た目はたしかにコーヒーなのですが、なんとも表現しがたい味。どうにもなじめず、結局、街角のゴミ入れに捨ててしまいました。同じツアーに参加していたオーストラリア・メルボルンの老夫婦も同じだったようです。メルボルンはコーヒーの名所ですからね。




さっそく「DONDE AUGUST」でウニや海鮮スープを注文し、食べてみましたが、ウニは生臭く、生で食べるのはちょっと難しそうでした。前日、インターネットで仕込んでおいた情報どおり、一緒に出てくるタマネギとパクチーをたんまり載せてレモンを絞り、そこにオリーブオイルをかけ混ぜ合わせてみたところ、なんとかイケました。といって、目の球が飛び出るほどおいしい代物ではありません。家人はまったくダメなようで、別にオーダーした海鮮スープもややクセがあり、あまり進みませんでした。まあ、安いは安いのですが、「ウーン」といったところでしょうか。










カフェでお茶を飲み、近くにあるたいそう立派な観光案内所へ。パンフレットをめくったりパネルをじっと見ていたりすると、「何かお分かりならないことはありますか」「どこかご希望の場所はおありですか」などと、やさしく声をかけてきます。なんとなく方針が決まり、相談すると、とても親切に対応してくれました。結局、明日(4月30日)は船に乗って、「コアラ・サンクチュアリー」に行くことに。実を言うと、こちらに来る前、旅行プランをあれこれ練っていたときは、対象外のスポットでした。ただ、家人の「コアラを抱いてみたい」というひと言で方針転換、予約を入れ、その場で支払いも済ませました。
そのあとは近くの「シティーホール(市庁舎)」に。ブリスベンはヨーロッパと違い、中世以来のなんとか……といった類の観光スポットはありません。「シティーホール」にしても、19世紀の終わりごろに作られた建物です。それでも、「歴史の浅い国ほど歴史を大切にする」とはよく言ったもので、いまも大事に使われているようです。1階にはブリスベンでいちばん古いカフェがあり、3階には美術館・博物館も。いちばんの“売り”とおぼしき「時計塔」も無料で見学できます(ただし予約制)。

「シティーホール」まで戻り、オーストラリで最古の手動式エレベーターに乗って「時計塔」のあるフロアーに。そこからは階段(あらかじめ「28段あります」と知らされていたので安心です!)で昇ります。ただ、最上階からの景色はいささか期待外れでした。何も障害物がなければ川面が観られ、「水の都」を実感できたのでしょうが、中高層のビルがびっしり立ち並んでいますから、どちらを見てもビルしか見えません。
そのあとホテルに戻り、やっと空いた部屋で荷ほどきを済ませました。私たちのホテルはかつての州大蔵省(Treasury)の建物をそのまま使った歴史的な建造物。その姿が格好いいので予約したのですが、カジノも併設されています。Treasuryとはもともと宝とか金庫という意味。カジノで遊んで文字どおり宝が手に入ればいいのですが。
タクシーで10分ほどでサンコープスタジアムに到着。外観はそれほどでもないのですが、中はもう素晴らしいのひと言! こういうスタジアムがオーストラリアやNZにはゴロゴロあるのです。その点日本は「いまだし」。強くなるには形から、といってもユニフォームではなく、さらにその1段階前、グラウンドです。これが日本の場合、極端に遅れています。野球場は全国どこの町に行ってもあちこちあります。サッカー場も最近はどんどん増えています。でも、ラグビー場となると……。

そんな思いを抱いている人たちをターゲットにした「egg」というおしゃれなレストランが昨日、西池袋にオープンしました。場所は池袋消防署の隣、「としま産業振興プラザIKE・Biz」(旧勤労福祉会館)の1階です。建物の名前が変わるとテナントまで変わる──わからないでもないのですが、ニューヨーク、それもおしゃれで高感度な人たちが多く住んでいるというので最近人気急上昇中のブルックリンに本店がある店となると…。
この店の「一番人気」というエッグロスコ。「デニッシュ生地で作った食パンの真ん中に卵を落とし、ホワイトチェダーチーズで焼き上げた」料理です。これにキャンデーベーコンなるものを添えてもらいました。味ですか? 感動とまではいきませんが、朝の気分を思い切り変えたいときにはいいかも。