月別アーカイブ: 2007年12月

沖縄というところの不思議さ

12月23日から沖縄に来ています。例年よりも暖かいそうですが、それにしても、この季節に半袖(ときには半パンもOK)で過ごせるのはなんともありがたいものです。

さて、これまで何度か来たものの、那覇市内から足を踏み出す機会がなかったのですが、昨日は初めて南部のほうに足を延ばしてみました。クルマに乗って国道331号線を走ったのですが、途中、両サイドにシュロの木が立ち並ぶところもあり、とても日本とは思えません。目的地は世界遺産にもなっている斎場御嶽(セーファウタキ)、平和祈念公園、ひめゆりの塔でしたが、なかでも斎場御嶽はなんとも不思議なところでした。

御嶽(ウタキ)とは琉球古来の聖地、本土でいえば神社のようなところの総称です。それぞれの地域にかならずそうした場所があるようで、昨日行った南城(なんじょう)市にあるのもそのひとつです。なかでも、ここ斎場御嶽は琉球開闢(かいびゃく)の神=アマキヨミが定住したとされており、ほかの斎場より格が高いとされています。

見た目はうっそうとしたただの林なのですが、中が六つのエリアに分かれています。ご神体を祀る神殿や鳥居こそありませんが、岩穴、あるいは鍾乳石など、自然そのままの場所がそれぞれ役割を持っており、そこにいるだけでなんとも不思議な気持ちになるのは、やはり聖地とされるゆえんでしょう。

いちばん奥にある三庫理(サングーイ)は拝所でもあるのですが、そこから東を見るとアマキヨミが降臨したという聖地中の聖地・久高島(くだかじま)を望むことができ、思わず手を合わせたくなります。那覇市内にとどまっているだけではけっして見えてこない沖縄、いな琉球という別世界を肌身に感じることができ、来て本当によかったと思いました。

その後に訪れた平和祈念公園も、修学旅行の生徒がかならず見学に訪れる場所のようですが、戦争の悲惨さをいやというほど感じさせられる意義ある施設といえます。沖縄はご存じのように、太平洋戦争中ただひとつ国内で戦闘がおこなわれたところです。若いうちにこうした場所を訪れることの意味を改めて問う必要があるでしょう。資料館内部の展示は一つひとつがていねいにつくられており、戦争の悲しさ、むごたらしさをいやというほど訴えてきます。これまでもこうした施設、展示を何度となく見ましたが、ここほどそれを深く感じさせられるところはありませんでした。

太平洋に面している施設全体のロケーションもさることながら、資料館の建物や公園の造作もすばらしく、そうしたものを目にすると、平和であることに対する感謝の気持ちが心の底から湧き上がってくるのは、けっして私だけではないでしょう。
沖縄は47都道府県のひとつでしかありませんが、そこはやはり本土とはまったく異質の風土、文化を感じさせる空間です。この地で長い時間を過ごせば過ごすほど、これまでつちかった感性と異なるものを得ることができるのではないかということを実感できた1日となりました。

初めての「着物」体験

L1010795  ホーチミンシティで2日間を過ごし度肝を抜かれた私たち。次の滞在地はマカオです。7月に訪れたばかりのマカオですが、また新しい大型カジノリゾートホテル(ヴェネチアン)が開業しており、一段とにぎわっていました。

 私たちが泊まったのはヴェネチアンと同じくラスベガスにもあるウィンです。事前に予約していたのはスタンダードの下手だったのですが、チェックインを済ませ部屋のドアを開けてみると、どうしたわけか、そこはスイートルームでした(料金は同じ)。145平方メートル(40畳を超える、バーカウンターバーまで付いたリビングに12畳ほどのバスルーム、マッサージ室まであります)というとてつもない広さの部屋にそれまでの疲れも一挙に吹き飛び、興奮のあまり、思わず写真を撮りまくってしまいました。

 マカオに2泊したのち12月6日に香港経由で関西空港に戻り、その日は京都に泊まりました。翌日、南座の「顔見世」を観賞するためです。京都で歌舞伎を観るということで、着物を着ていくといいのではと勝手に盛り上がっていた私。妻とともに以前から親しくさせていただいている着物屋さんにお願いし、2人一緒に着付をしてもらいました。歌舞伎が始まるのは午後4時過ぎですが、午前中には着付が終わり、昼食はそのスタイルで食べることに。

L1010832  最初のうちは慣れないため歩くのもおぼつかない状態でしたが、2時間ほど経つと、歩くくらいはなんとかこなせるようになり、段差のあるところも苦にならなくなりました。しかし、江戸時代までは、男も女もこんな姿をして活動していたわけです。おそらく、時間が過ぎていくスピードも根本的に違ったのではないでしょうか。近頃「スロ-ライフ」という言葉をよく耳にしますが、本来の「スローライフ」などとはほど遠いのではないかという気がします。
 それはともかく、南座は東京の歌舞伎座に比べるといかにも小ぶりでした。でも、サイズとしては適正規模というか、観るにはちょうど手ごろな感じがします。歌舞伎にせよなんにせよ、演劇を楽しむ場合、あまり広すぎる空間は考えものです。舞台上で役者がかもしだす熱気、それを観る側が発する熱気がほどよく混ざり合うことで、シナリオに描かれている以上の盛り上がりが生まれると思うからです。

 ニューヨークの沢竜二もそうでしたし、私が個人的に応援している「ふるさときゃらばん」という劇団の公演なども、とくにそうした感が強く、キャパが大きすぎる会場だと、せっかくの盛り上がりが薄れてしまう感じがします。

 その南座、4時過ぎに始まった夜の部がハネたのはなんと10時をまわっていました。外に出ると大変な数の人が町を歩いています。今年は空前の京都ブームだったようで、1年間に京都を訪れた人の数も5000万人を超えたというから驚きです。一つの都市でこれだけの数の人(それも9割以上は観光客のはずです)を集めるのは、世界でもまれではないでしょうか。

 5月のゴールデンウイークや11月の紅葉シーズンならともかく、12月だというのに、あふれ返るほどの人でにぎわう京都。拙著『都市の通信簿』(草思社刊)の中でも書きましたが、この点では京都にはどこの都市もかないそうもありません。1200年を超える「都」ですから、それも納得というものですが、ほかの都市が見習うべきところはいったい京都の何なのか、それを追求してみるのもおもしろいかもしれません。

バイクの大群が象徴するベトナムの将来性

 ペナンを12月2日に後にし、ベトナムのホーチミンシティ(旧サイゴン)に移動しました。タンソンニャット国際空港は完成して間もないらしくピカピカでしたが、そこから車に乗って市内に入ると、そこは一気に時代を何十年か逆戻りしたような猥雑さに満ちた街並み。道路はそこそこ整備されていて、さほど問題はないのですが、目を丸くするのはそこを縦横無尽に走るバイクの大群です。

 とにかく、その数がハンパじゃありません。車1台に対しバイクの数は目分量で50~60台くらいでしょうか。その昔、といっても5、6年前のこと、台北の街中を走るバイクの多さに驚いたことがありましたが、その比ではありません。もうウンカのごとくといった感じです。

 交差点の赤信号が青に変わったとたん、端から端までズラリ並んだバイクが一斉にうなりを上げながら走り出すのですが、一瞬ドキッとします。というのも、信号が変わっても、交差点内には遅れて走ってくるバイクが何台もいるのです。かと思うと、左折専用車線(日本で言うなら右折専用車線)がないこともあり、いまのいままで道路中央を走っていたのがいきなりいちばん左側に寄ってきたりします。こうした光景を説明したくても、私のつたない文章や写真ではとても追いつきません。動画しかないといった感じです。

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 町を歩いていても、大量の排気ガスで目は痛いわノドはガラガラになるわで、もう大変です。走っているバイクのほとんどが2人乗り。なかには3人乗り、4人乗りもいます(そのうち2人はたいてい子どもですが)。なんと5人乗りまでいました。4人乗りで走っているバイクを見つけたときにびっくりして、写真を撮らせてもらったのですが、さすがに5人乗りは想定外で、目にした瞬間体が固まってしまい、シャッターチャンスを逃したのが残念です。
 道路がさほど広いわけではありませんから、よく事故が起こらないものだと感心させられます。というか、接触したりこすったりなどというのは日常茶飯事のようで、実際、私が乗っていた小型の観光バスも、交差点で止まっている最中に2、3度「キー」とか「ドスッ」という音がしていました。でも、運転手が降りていって何か言ったりするなどということはありません。そんなことをしていたら、時間がいくらっても足らないのでしょう。

 でも、本格的な事故になったら大変ではないかと思います。ほとんどの人がヘルメットをかぶっていないのですから。やっと12月14日からヘルメットの着用が法律で義務づけられるようになると聞きましたが、はたして守られるのかどうか心配されているとのことでした。
 バスなど、公共交通機関もあるにはあるのですが、バイクがあふれていますから、走ること自体がひと苦労です。ちょっとでもスペースがあればバイクがそこを目がけてあちこちから殺到してくるので、停留所に停まることさえままならい様子です。結局バイクがいちばんということで、これから先もますます台数が増えていくにちがいありません。
しかし、ホーチミンシティを走りまわるバイクこそ、この国の勢いをまざまざと感じさせる象徴といえるのはまちがいなさそうです。