月別アーカイブ: 2008年1月

生まれて初めての砂糖作り体験

 一昨日から3日間、宮古島を旅しました。「旅」といっても、今回は個人旅行ではなく、私が以前から応援している「劇団ふるさときゃらばん」の追っかけ・応援ツアーです。だいぶ昔の話ですが、岩手県の紫波(しわ)というところまで同じような追っかけツアーに参加したことがあるのですが、今回は久しぶりでした。

 沖縄に拠点を設けたからのことなのですが、宮古島は沖縄本島とはまた異なる文化、風土があるようです。サンゴ礁に囲まれている島ですから、海岸はもうすばらしく美しいですし、何より島そのものがサンゴの化石でできているというのが驚きです。

 農業も、本島とは違い、もっぱらサトウキビ作りによって成り立っています。いまはちょうどその刈り取りの季節で、これがまたとんでもない重労働だと聞きました。畑での刈り取りを手伝うという当初の企画は結局ボツになってしまったのですが、刈り取ったサトウキビを製糖工場(といっても家内制手工業)で機械にかけて樹液を搾り取る作業のお手伝いをさせてもらいました。

L1020069  生まれて初めての経験で、大変さよりも面白さのほうが先に立ってしまったのですが、機械に通すと、茎に含まれている砂糖成分を含んだ液が搾り取られ外側のカスが排出されます。第一段階はその液をためていくのですが、それを工場の人がなめさせてくれました。なんとも甘いというか、ススキの巨大なおばけのようにしか見えないサトウキビのどこに、こんな甘い成分が隠されているのだろうかと、不思議でなりませんでした。

 不純物を取り除きながらそれを熱して、徐々にエキスを抽出していきます。最終段階でドロドロになった絞り汁を攪拌しながら乾燥させると、それが茶色をした砂糖の塊に変わっていくのです。それをひと口いただいたのですが、うまいことうまいこと! 「添加物も何も入っていないから、これはいくら食べても太りませんよ」という工場の方も話していました。ふだんだったら考えられないくらいの量を食べたのですが、胸焼けひとつしません。やはり天然自然のものだからなのでしょう。
 以前もこのブログに書きましたが、タバコや砂糖など、体にはあまりよくないといわれているものでも、天然自然であればまだ救いはあるようです。

相撲協会に疑問符

 一昨日、昨日と2日連続で大相撲を見に行きました。昨日の観戦は昨年、チケットの売り出しと同時に購入していたもの。今場所から横綱朝青龍が復帰するので予想はしていたのですが、それをはるかに上まわる勢いでチケットは売れたようで、この日の分しか取れなかったのです。ところが、ひょんなことから一昨日(20日)も相撲を観ることになり、結局連日の国技館行きとなりました。

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 しかも、一昨日は正面土俵下のたまり席だったので、大変な迫力でした。横綱の土俵入りも、目の前7、8メートルの距離ですから、それこそ汗のひとしずくまで見ることができます。対戦に負けた力士が土俵下にもんどりうって落ちたときの地響きも体感できました。
テレビ中継のアナウンサーがよく口にする「時間いっぱいとなり、最後の仕切り。両者、体が真っ赤に紅潮してきました」というのも、そのとおりだということがよく分かります。そうした意味では、あらゆるスポーツのなかで、もっとも至近距離で一部始終が見られるという点では相撲が最高といっていいでしょう。

それにしても、大相撲は昨年1年、朝青龍の欠場、時津風部屋の不祥事など、ホント悲惨な状況でした。明るい話題といえば、白鵬が横綱に昇進したことくらいで、これでは客足が遠のくのも当然です。それでも、協会関係者は朝青龍個人の問題、時津風親方だけの責任と言うばかりで、自分たちが反省している、対策を講じなければいけないなどといった言葉はただのひとこともありませんでした。

しかも、朝青龍が復帰したとたん、一気に観客が増えるのですから、ますます増長してしまいそうです。私自身、いまの理事長(北の湖)が横綱を張っていたときも、個人的には好みの力士ではありませんでしたが、この1年で、それにますます拍車がかかってしまいました。時津風部屋で、まだ17歳という若手力士が命を落としたにもかかわらず、遺族のもとに理事長が駆けつけなかったときはホント腹が立ちました。正直、「おいおい、そういうもんじゃないだろ」と言いたかったのです。

巨人軍の人気に過剰に負っていたプロ野球もそうですが、偏頗な構造を温存したまでは、大相撲もいずれ廃れてしまうのではないか、そんな危惧すら抱いています。それが杞憂に終わることを祈っていますが、相撲協会はもっともっと考え直す必要があるのではないでしょうか。

沖縄の大動脈・国道58号線

L1010972  高速道路で沖縄本島最大の観光スポットのひとつ「美(ちゅら)ら海水族館」に行ってきました。ギネスブックにも認定された世界一という水槽の迫力はハンパではありません。深さも建物でいえば3フロアー分に匹敵しますから、上から見ても横から見ても下から見ても大きいのなんの。真上から見るコースは予約をしないとかなわないそうで、今回はあきらめましたが、これは次回のお楽しみということで。

 すぐ近くにある今帰仁(なきじん)城跡にも足を伸ばしました。高原(といっても標高は100メートルにも満たないでしょう)の上にえんえん続く城壁を見ると、その当時(13世紀初めごろといわれる)としては大変な事業だったことが想像されます。内地の城とはまったく異なり、天守閣があったわけでもありません。しかし、その城を中心に大きな集落があったわけで、琉球王国の力が並々ならぬものであったことはよくわかります。
 その帰り道に通ったのが沖縄の大動脈・国道58号線。片側2~3車線(ときには4車線)の、それはそれは立派で走りやすい道路で、ほとんどアメリカの感じがします。東シナ海に沿って走る道で、交通量も首都圏のようにベラボウに多いわけではないので、快適そのもの。沖縄の人々の感性が鷹揚なのは、こういうところをいつも走っているからだろうなと、納得させられます。

南に下っていくにつれ、それまで小高い丘が続いていた陸側が突然平地、それもえらく広々としたエリアに変わってきます。ただ、道路との間は厳重なフェンスで隔てられており、そこが米軍基地(嘉手納)であるとわかります。走っても走ってもフェンスは続き、基地の大きさは想像を絶するものがあります。
いったんはそれが途切れるものの、またしばらくすると今度は普天間の基地、さらに南に下ると、海側に牧港(まちなと)の軍港。沖縄の人々は好むと好まざるとにかかわらず、いまなお「戦争」と隣り合わせで生きていることを改めて感じました。