ワラビーズvsオールブラックスを横浜で観戦

2018年10月27日
FACEBOOKにも投稿したのですが、まさか、「ワラビーズvsオールブラックス」というカードを日本国内で観戦できるとは、古くからのラグビーファンなら誰もが感慨ひとしおだったのではないでしょうか。こうしたビッグゲームをテレビで見られるようになったのもここ10年ほどのことで、しかもそれがなんとナマでというのですから!

ワラビーズはオーストラリア、オールブラックスはニュージーランドのそれぞれ代表チームの愛称。高校生のころは、ラグビー専門誌などでしか見たことがありませんでした。世界ランキングでも最上位にいる両国はワールドカップ、チャンピオンズリーグ(南半球の強豪4カ国)、通常のテストマッチなど、さまざまな場面で戦いますが、今回は「ブレディスローカップ(Bledisloe Cup)」といって、1931年から続いている、いちばん格式のあるテストマッチ。毎年3試合を戦い、勝ち越したほうがカップを手にするのですが、その第3戦が横浜の日産スタジアムでおこなわれるのです。

通常の3試合に加え海外での1試合が追加された2009年10月にも、第4試合が国立競技場で開催されたことがあります(観衆は約4万4千)。日本で2019年にワールドカップが開催されることが決まった“ご祝儀”のようなものでしょう。オールブラックスはリッチー・マコウ(主将)やダン・カーター、ワラビーズはジョージ・スミス、マット・ギタウ、アダム・アシュリークーパーなど、錚々たるプレイヤーが出場するというので、私も観に行きました。

その2年前のワールドカップ@フランスを観に行っていたのですが、このときは日本代表の試合はあえて外していました。というのも、当時の日本のレベルはいまと比べものにならないほど低く、高い旅費を払い現地に行ってまで応援しようという気になれなかったからです。実際、オーストラリアとウェールズにはボロ負け、フィジーにも接戦で敗れ、カナダと引き分けるのがせいぜいでした。

それより、日本が足もとにも及ばない強豪チームの試合を中心に観戦するコースに参加したのです。マルセイユでの準々決勝イングランドvsオーストラリア、同じく南アフリカvsフィジー、パリでの準決勝=イングランドvsフランス、3位決定戦=フランスvsアルゼンチン、そして決勝のイングランドvs 南アフリカの5試合を観戦。イングランドがフランス戦で、追い詰められた状況から40メートルのドロップゴールを決めたときは鳥肌が立ちました(試合も14対9で勝つ)。3位決定戦で、地元フランスがアルゼンチンに敗れたときのファンの落胆ぶりも強烈に印象に残っています。詳しくは2007年10月2日のブログ「ラグビー人口の減少が心配」に記してありますので、お時間があれば、検索の上、ご一読ください。

 

ただ、今回の試合はそれ以来9年ぶりのことで、観客数も国内ラグビーでは最高となる4万6千人超え。試合はニュージーランドがオーストラリア代表に37-20で勝ち3戦全勝、「ブレディスローカップ」を手にしました。その当時とは、日本のラグビーを包む環境がまるで違うものの、あと1万人は増えていてほしかったですね。

東京明和会で「はとバス」ツアーに参加

2018年10月14日
昨日・今日は1泊で高校時代の同期会。明るい時間帯は、例によって大人の社会見学です。今回は、東京やそのすぐ近くに住んでいても、ふだんなかなか訪れることのない場所ということで、「はとバス」のツアーに申し込みました。「東京スカイツリーと柴又・ぶらり都電の旅」という名前の企画で、東京駅→「スカイツリ」ー→「柴又の帝釈天」→(都電で移動)→「巣鴨地蔵通り」散策というコース。これで9980円なのですが、さて高いのか安いのか……。

私も含め参加者は4人。全員、「スカイツリー」も「帝釈天」も初めてです。人気の「スカイツリー」はやはりけっこう人が来ていて、地上350mの「天望デッキ」に上がるまで順番待ちも含め30分ほどかかります。これでも、朝早いほうなのでまだましなのだとか。お天気もまずまずで、富士山こそ見えませんでしたが、筑波山【つくばさん】はバッチリでした。新宿副都心あたりまではかなりはっきり見えるのですが、改めて東京という都市の大きさを実感。とともに、人間の小ささも感じずにおれませんでした。

「スカイツリー」のある押上【おしあげ】から柴又まではあっという間。「帝釈天」をひととおり見終わると、江戸時代後期から続く老舗の「川甚」 で松花堂弁当の昼食。これは中身が充実していましたね。食後は、すぐ近くをたゆとう江戸川の堤防の上を歩き、有名な「矢切【やぎり】の渡し」の船着き場を観たり、柴又の駅まで続く参道をぶらぶらしたり。参道の途中にある老舗「高木屋」で名物の草だんごをほおばりながらしばし休憩。映画『男はつらいよ』で何度も目にしているので、初めてという印象はしません。

 

ここからバスに乗って、都電荒川線の梶原という駅に移動します。巣鴨の北にある庚申塚【こうしんづか】まで10分ほど都電に乗るのです。私はその昔しょっちゅう乗っていたのでそれほどでもありませんが、ほかのメンバーは「名古屋にいたとき以来」のようで、おそらく40年、50年ぶりのチンチン電車でしょう。庚申塚からはとげぬき地蔵の参道をぶらぶら歩き、駅の近くで待機していたバスに乗車。最後はまた東京駅に戻ります。

東京駅から東海道線に乗ってまずは大船。バスツアーに参加した4人は、いつになく健康的な時間を過ごしたあととあって、全員、夜のお酒・食事は期待でいっぱい。夜の部のみ参加の1人も加わり、いつものように食べまくり・呑みまくりの2時間余を過ごし、Yくんの江の島別邸へ。あとはおきまりの“ダラダラ2次会”です。

日馬富士の引退相撲で国技館はギッシリ

2018年9月30日
台風のおかげで沖縄から帰京するのが1日延びてしまったため、70代横綱・日馬富士の引退相撲・断髪式も、ギリギリで駆け込むことに。モンゴル出身の三横綱による土俵入りなんて、なかなか観られるものではありませんが、かろうじて……。

断髪式は、ゆかりのあり人たちが関係者が次々とハサミを入れていくのですが、元横綱(第68代)・朝青龍のときは湧きました。最後は師匠・伊勢ヶ濱親方(元大関・旭富士)。それからしばらくのち、頭を整えた日馬富士が土俵に上がると大歓声です。2010年に朝青龍の引退相撲も観ましたが、二代続けてというのはとてもラッキーです。

 

終わったあと、国技館の地下で開催されていた「日馬富士絵画展」をのぞいてみたのですが、とても充実した内容でした。四股名にちなみ、富士山の絵をさまざまな色彩で描いた作品がズラリ。どれを見てもクロウトはだしで感心しました。歌の上手な関取衆は多いようですが、絵となるとどうなのでしょう。家に帰ってお土産を開けてみると──。日馬富士の手になる絵ハガキなんかがあると、うれしかったのですが。

 

 

「琉球フェスティバル」は、都心に出現する“異次元空間”

2018年9月23日


4年ぶりの「琉球フェスティバル」。沖縄の音楽にどっぷり漬かることのできるイベントの中では、「うたの日コンサート」と並んで大規模なものです。後者はBEGINが主人公と決まっていますが、「琉フェス」にはそうした存在がありません。あえて言うなら司会のガレージセールですが、中身はかなりアバウトなところがあります。ただ、会場は日比谷野外音楽堂と決まっていて、しかも大変な長丁場になるのが特徴。4時ごろ始まり、終わるのはたいてい9時近くです。

「琉球フェスティバル」は同じ名前のイベントがもう一つあります。一つは1965年に琉球新報社主催で始まったもので、こちらは沖縄の伝統芸能を中心に日舞、洋楽なども含めた総合的な芸術祭で、沖縄県内で毎年4月におこなわれています(ただ、今年はおこなわれたのかどうかわかりません)。

もう一つは1974年、評論家・竹中労(故人)が企画して大阪と東京で開かれた音楽イベント「琉球フェスティバル」。このときは日比谷野音に観衆7000が詰めかけ、琉球新報は「東京に沖縄解放区が実現した」と報じたといいます。よほど爆発的な盛り上がりだったのでしょう。同フェスティバルは翌年も東京で2回開催されましたが、その後20年間途切れてしまいます。それが、91年5月に亡くなった竹中の追悼の会=「琉球フェスティバル1991」として同年9月20日、川口リリアホールで開催され、さらに4年後の95年、大阪で復活。翌96年からは、毎年東京と大阪で開催されるようになりました。現在では、県内外で最大規模の沖縄音楽の祭典として定着しているようです。

売りはもちろん、沖縄の一流ミュージシャンが顔をそろえることにありますが、毎回、途中から集団野外飲み会的な要素が色濃く出てくるのが最大の特徴でしょう。

「会場内への飲食物の持ち込みは禁止です。特にビン類の持ち込み品を発見した場合には没収させて頂きます」とか「出演者へ飲食物を渡す行為はお止めください」と書かれた貼り紙もしてあるのですが、重そうなレジ袋・手提げ袋や大きなクーラーボックス持参の観客が次々と入ってきます。その結果、どこを見ても泡盛やオリオンビールをガンガン飲っているという状況に。つまみも、会場内の売店では売られていないものが目につきます。

自分たちだけで飲み食いしているうちはいいのですが、酔いが回ってくると、泡盛、それも生(き)のままで、司会のガレージセールの2人に手渡し、「飲め、飲め」とはやし立てるため、断わり切れず一気飲み。始まって1時間も経ったころにはすっかりでき上がっているという具合です。私たち観客には見えませんが、舞台の裏でも出演者どうしで呑み合っているのではないでしょうか。こうなるともうワケがわからない感じで、出演者も三線【さんしん】を観客席に向かって投げたりし、最後は会場全員が総立ちになってカチャーシー。これが東京のど真ん中で繰り広げられるのがなんとも面白いのです。

神様ダン・カーターのプレーを目の前で!

2018年9月14日
これまでなかなか観る機会がなかったラグビーのトップリーグ。ホント久しぶりに観戦しました。それもこれも、ダン・カーター見たさです。2018-19シーズンは神戸製鋼に加入し、今日のサントリー戦に先発出場したのです。

ダン・カーターは2011年のW杯でニュージーランド代表の一員に選ばれたものの、大会が始まってからの練習中にケガをしたため、結局試合には出ずじまい。本当なら、私が観た日本との試合(9月16日、ワイカト・スタジアム)でそのプレーを目にできるはずだったのですが、それはかないませんでした。もっとも、ダン・カーター抜きでもニュージーランドの強さはいささかも揺るがず、この試合の日本代表は前半に6トライ、後半に7トライを献上、7-83の惨敗を喫してしまいました。

それから7年。もちろん、この間におこなわれた前回(2015年)のW杯@イングランドにはハーフのポジションで活躍、チーム史上初の連覇に貢献しています。大会のあと代表から引退、フランスのプロリーグ「トップ14」のラシン92に移りました。 そのカーターのプレーがようやく、それも日本で観られるのですから、放ってはおけません。

今日はナイターで秩父宮。観衆の数もいつもより5割増しといった印象です。しなやかな体の動きは素晴らしく、無駄がありません。一つのプレーを終えると、かならず次のプレーに備えたポジショニングを怠ることなく、「ここにいれば……」と私たちが思ったところに、いる、のです! それも、適切なスピード、適切な体の構え。これには観衆も感動したのではないでしょうか。

「藝祭」のおみこしパレード。フツーの中に輝くアートが…

2018年9月7日
去年のいまごろ、たまたまテレビで知った「藝大祭」。そのとき、「中長期スケジュール」に書き込んでおいたのですが、いよいよ今日から始まりました。何せ東京藝術大学の学生たちですから、10年、20年経ったとき、世界的なアーティストになっていないともかぎりません。その卵たちが、自由な発想で取り組むパフォーマンスの一つが初日のメイン行事=「おみこしパレード」です。

学部とか学科の枠を超え、いくつかの専攻課程を組み合わせてチームを作り、それぞれが音とヴィジュアルの技・センスを自由に表現するおみこし行列。キャンパスから上野公園まで練り歩いてきて、最後は国立博物館前の広場でパフォーマンスを繰り広げます。「あふれる歓喜と魅力。そして少しの狂気」が今年の「藝祭」の趣旨でもあるようで、その意味では期待が持てます。

その前に一度、東京文化会館裏あたりでパレードを止め、気勢を上げる場面があります。ブラジルのカーニバル風というか、サンバのリズムに合わせて各チームのメンバーが叫び踊るのですが、20代前半の人たちばかりとあって、そのエネルギーはハンパではありません。とんでもなく重いおみこしを藝大のキャンパスからかついできて疲労困憊しているのに、それをまったく感じさせないのがいいですね。

 

 

 

そこで元気をつけると、最後の行進に入り、広場の前でそれぞれ所定の場所におみこしを置いてスタンバイ。あとは順番にパフォーマンスを披露するという流れです。たとえば、絵画科(日本画専攻)と建築科、音楽環境創造科、指揮科の4つの学生が組み合わさるとどんなものが出てくるのか──芸術には門外漢の私には想像もつきません。そこにこのイベントの面白さがありそうです。

サッカーW杯でベルギーに負けた理由

2018年7月4日
今回のサッカーW杯@ロシアは、これまでになく面白いゲームの連続でした。私のようなラグビー派はどちらかというとサッカーを好まない者が多いのではないかと思うのですが、スリリング度という点では、正直、サッカーのほうがラグビーを上まわっているかもしれないと感じました。

一昨日の決勝トーナメントで日本はベルギーと戦い、2-3で惜しくも敗れました。後半34分までは2-1とリードし、これはひょっとして……とも思わせたのですが、ゲーム終了前の10分間で立て続けにシュートを2本決められ、万事休す。善戦を称える者もいましたが、やはり「地力の違い」「鍛えられ方が足りない」など、シビアな意見が多数を占めていたようです。そうした中、日本代表の元監督ザッケローニのコメントには共感を覚えました。ちょっと長くなりますが、そっくり引用します。

「ザッケローニ氏、V弾許したのは日本人の性格も影響
サッカー元日本代表監督のアルベルト・ザッケローニ氏(65)は、ワールドカップ(W杯)決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗れた日本について「残念だった」と語ったと、4日付の伊紙ガゼッタ・デロ・スポルトが報じた。
2点を先行しながらも、後半ロスタイムに決められて初のベスト8入りを逃した日本にザッケローニ氏は「残念だ。最後に日本は無邪気なところを見せてしまった。彼らの文化やDNAにはマリーシア(ずるがしこさ)は存在しないからだ。(カウンターを仕掛けられた時に)戦術的なファウルで(失点を)防げたが、彼らには(ファウルで止めることは)理解できないことだ」とコメント。日本人の性格では決勝点となったカウンターを止められないと主張した。
「ベルギー戦で、私はまだベンチに座っているように、日本を応援し、期待した」と、日本を離れて4年が経過したが、いまだに愛着を持って見ていることを明かした。
さらに今回の敗戦が日本にとって失望ではなく、今後の成長につながる希望の敗戦になるという。
「この敗戦が日本にとって問題となるわけではない。日本国民の代表に向けるリスペクトと情熱は常に高く、8強に近づいたことは誇りをさらに持たせ、この敗退を最悪の事態とは受け取らずに、経験をより豊富にし、さらに向上するためのチャンスと受け取るだろう」と、日本人のひたむきな性格が日本のサッカー界をさらに押し上げるだろうと語った。」
https://www.nikkansports.com/soccer/russia2018/news/201807040000661.html

「無邪気なところ」というのは、もう少し突っ込んだ言い方をすれば「勝負弱さ」とか「厳しさの不足」といったニュアンスなのでしょうが、要は、農耕民族の日本人はキホン「お人好し」なところがあるということなのかも。狩猟民族とは本質的に違う文化・環境の中で生を営んできた日本人に「malizia(マリツィア)」を求めることはできないと。

もちろん、日本のプレーヤーにも「勝負への執着・こだわり」はあります。でも、それはあくまで、お互いが生き延びるという前提があってのことで、相手を蹴落としたり叩きのめしたりことにはならないのですね。蹴落としたり叩きのめさなければ生き続けることのできない「狩猟文化」社会においては、それもまた人間に求められる重要な資質なのだと言われてしまえば、黙るしかありません。ザッケローニは、日本代表の監督を務めている間ずっと、そうした部分を、勝負とどのように調和させるかで悩み抜いていたのでしょう。サッカーは、ほんの10秒かそこらで勝負が決まることも少なくないので、怖いと言えます。

東京湾に浮かぶ、唯一の自然島・猿島へ

2018年6月23日
今日は、太平洋戦争の悲惨さを象徴する沖縄の地上戦が終わった日。なんとはなしに厳粛な気持ちになります。それと直接の関わりはありませんが、今日、こんな話を聞きました。8月15日に日本が無条件降伏を受け入れ、その文書に調印したのは9月2日。場所は東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリの艦上です。連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーがこの船を選んだのは、時の大統領ハリー・S・トルーマンがミズーリ州の出身だったからだそうです。しかも、同船が停泊していたのは、かつてペリーが日米和親条約調印の際に旗艦ポーハタン号を停泊させていたのと同じ位置。

それだけではありません。ミズーリ号が掲げていた星条旗は、1853(嘉永6)年、ペリーが浦賀に来航した際に乗っていた旗艦サスケハナ号に掲げられていた星条旗だったといいますから、なんとも念が入っています。日本人はすぐに歴史を忘れてしまうと言われるのに対し、アメリカ人はこういうふうにして、歴史を忘れない=風化させないようにしているのです。

今日から明日の1泊2日で、恒例の「東京明和会・大人の社会見学」。今回の行き先は横須賀で、三笠桟橋から小さな船に乗って10分ほどの沖合にある猿島がメインの目標です。ガイドさんから先の話を聞きながら、無条件降伏の署名がおこなわれた場所を見ることもできました。

猿島は東京湾に浮かぶ、唯一の自然島で、面積は横浜スタジアムのグラウンドの4倍ほど。旧日本海軍の要塞だったため、戦前は一般人の立ち入りが禁止されていたといいます。木々が生い茂る中、レンガ積みのトンネルや砲台跡などの旧軍施設が残っていました。どちらかというとマイナーなスポットでしょうが、意外や意外、若い人がけっこう来ているのには驚きます。

猿島からそろそろ横須賀に戻ろうというときに雨が降り出しました。三笠桟橋に戻り、係留されている「戦艦三笠」を見学。数年前、取材で訪れたところですが、今日はたまたまボランティアガイドさんの説明付きの時間帯だったため、たっぷり1時間半、詳しいお話を聞きながらの見学となりました。

下船したときは2時をとうに回っており、予定していた横須賀海軍カレーの昼食に間に合うかどうか。案の定、その店に行ってみると、「CLOSED」の看板が……。アチャーッとなりましたが、幹事のNくんが店主にかけあい、半ば強引にドアを開けてもらいました。そこまでした甲斐があり、おししい横須賀海軍カレーを食べることが。牛乳とサラダと一緒に食べるというのがミソのようです。かつては、ビタミン不足で死に至る海軍の兵士が多かったからなのだとか。

続いて行ったのがヴェルニー公園。構内に階段がまったくなく、改札口からそのままホームに行けるようになっていることで知られるJR横須賀駅の手前にあります。園内にはフランス式花壇や音楽に合わせて水が動く噴水、洋風のあずまやも。少しずつ時期を変えながら花開くバラの数は2000株ほど。この日も、雨の中、美しい花を咲かせているバラが数十本見られました。「日本の都市公園100選」「日本の歴史公園100選」に選ばれているそうで、海沿いのボードウォークを歩けば、潮風がさぞかし心地よいのではないでしょうか。

   

ところで、ヴェルニーというのは1865から76年まで日本に滞在したフランス人技師の名前です。横須賀製鉄所、横須賀造兵廠、横須賀海軍施設ドックや灯台など、さまざまな施設の建設を指導し、日本の近代化に貢献した人物。その横須賀製鉄所が対岸に望めることにちなんで公園の名がつけられたそうです。

横須賀本港に係留されている船やアメリカの海軍基地、海上自衛隊地方総監部を見ながら公園を抜けたところに建つのが「ヴェルニー記念館」。幕末、同製鉄所に持ち込まれたスチームハンマー(国指定重要文化財)が保存・展示されています。そう言われても理解できない私はじめ文科系出身の仲間に、理科系出身のMくんやNくんがきちんと説明してくれました。急傾斜の屋根と石の壁は、ヴェルニーの故郷ブルターニュ地方の住宅の特徴を取り入れているのだとか。

ラグビーはやっぱり空の下がいい!

2018年6月16日
前週から次週にかけて、ラグビーのテストマッチが3試合組まれています。日本だけでなく、このひと月ほどの間は、世界各国の代表チームがそれぞれテストマッチをおこなうよう、「ワールドラグビー=WR」という統括団体がスケジューリングしているのです。ちなみに、次の予定は今年の10月下旬から1カ月間です。

前の週、日本代表はイタリア代表との試合で快勝しました。2015年のW杯で南アを破り、「奇跡」と言われてからまだ3年弱。それでも、この間に日本代表が強くなったのは誰もが認めるところです。今週もそのイタリアと対戦するというので、名古屋でのインタビュー取材のついでに、神戸まで足を延ばしてみました。

新神戸から地下鉄を乗り継いで行ったのが御崎【みさき】公園という駅。そこから10分ほど歩くと会場のノエビアスタジアムがあります。もちろん初めてなのですが、なんと、屋根が付いているではありませんか。もともとはメインスタンドとバックスタンドだけに屋根が設けられていたようですが、サッカーW杯(2002年)がおこなわれたあと、開閉式の屋根が作られたとのこと。

 

夜のゲームならそれほどでもないでしょうが、この日は日中のゲームで、外はピーカンなのに、グラウンドの上が3分の2ほど屋根に覆われていると、どうにも違和感を禁じ得ません。雨でも少々の雪でも試合がおこなわれるラグビーですが、私自身がプレーしていた時代はキホン、夏を除く3シーズン、なかでも秋から冬にかけての時期の昼間というのが常識でした。しかし、時代を経るにつれ、夜の試合も増え、季節にもこだわらなくなっています。

それでもやはり、昼間のラグビーの試合は青空の下でというのが、いまなおわたし的な常識なので、どうにも気になって仕方ありません。来年の9月26日、このスタジアムでラグビーW杯予選Cプールの「イングランドvsアメリカ」の試合を観ることになっていますが、そのときはどうなるのか、いまから気がかりです(ただし、試合は夜)。

ラグビーで室内のスタジアムというと、ニュージーランドのダニーデンという町にある「オタゴ・スタジアム(現フォーサイスバー・スタジアム)」が有名です(まだ行ったことはありません)。こちらは、ピッチの37メートル上に太陽光を通す透明の天井があり、さらにその上にも可動式の屋根が設けられている完全な屋内スタジアムで、スーパーラグビーの強豪ハイランダースの本拠地。ニュージーランドでは唯一の室内球技場で、それでいて100%天然芝といいますから、素晴らしいですね。一度、このスタジアムで観戦してみたいと思っているのですが、まだまだ先のことになりそう。ちなみに、コベルコスタジアムは日本では初めてというハイブリッド芝(天然芝96%+人工芝4%)だそうです。

東京・椎名町で見つけた“お寺カフェ”

2018年5月16日
お寺や教会の副業といえば昔から幼稚園と相場は決まっていたような気がしますが、最近はそうでもないようです。私が住む私鉄駅の隣駅(椎名町)の真ん前にある「金剛院」というお寺は、門の脇にカフェを作りました。名前は「なゆた」。「なゆた(那由他)」とは、仏典に出てくる数字の単位(ゼロが72個)で、要はとんでもなく多い数のこと。

カフェなので、ドリンク類のほかに「お寺ごはん」というネーミングのランチも提供しています。内容は「精進料理」とまでは行かないものの、「薬膳料理」に近いもの。ライスも、普通の精白米と玄米ご飯の2種類から選べます。

 

このカフェの魅力はそのロケーション。お寺のほぼ入口横にあり、床から天井まで窓が大きく取られています。前には、こぎれいに整えられた庭園が広がっており、奥のほうに本堂が見えます。さほど広くはありませんが、食前食後に園内を歩いてみるのもいいですし、食べながら飲みながら四季の花々や木々を愛でるのもよし。テーブルや椅子も天然木の風合いで、すわっただけで落ち着いた気分になれます。私が行ったのは3日前の日曜日でしたが、ちょうど正午過ぎだったこともあり、ほぼ満席。今月開店したばかりだというのに、近頃の情報の早さはすごいですね。

そういえば、都心の神谷町には、僧侶がウエイターをし、ときには悩み相談にも応じてくれるお寺があることを思い出しました。いな、それよりもっと前から四谷3丁目には「坊主バー」というバーがありましたね。僧侶がバーテンをしているというだけで、メニューとかは普通のバーと一緒。違うのは、店の奥に仏像が安置してあり、お香が焚かれていることくらい。できた当時は話題になり、私も一度行った記憶があります。ただ、その後すっかりウワサを聞かなくなったので、とっくの昔につぶれたのかと思っていましたが、いまでも健在のようです。

バーはともかく、“お寺(または神社)カフェ”というのはけっこう全国あちこちにあるようで、
先月訪れた香川県・金刀比羅宮参道の脇にある「神椿」も、“神社カフェ”と言えなくもありません。私は階段を歩いて上るのを避けるために利用しただけですが、そうした不埒な理由でなく入っている人もいそうです。

ところが今朝、たまたま見たテレビ番組で紹介されていたロンドンの「教会カフェ」にはたまげました。シティ(金融街)にある「聖メアリー・オルダーメリー教会」がそれで、350年ほど前の創建だといいます。しかも、ここは建物の一部とか敷地の一角というレベルではなく、教会がそっくりそのままカフェになっているのです。聖堂(お寺でいうなら本堂)内には信者がすわるベンチのような椅子が何列も並んでおり、そのベンチの間に小さなテーブルが置かれています。また、聖堂の扉を開けてすぐのところにあるけっこう広いスペースにもいくつかテーブルが(ネットにアップされている写真を転載しておきます)。

 

 

メニューは食べ物がスープとパン、あとはコーヒーなどの飲み物だけのようですが、持ち込み自由なので、近くの金融機関に勤める人たちも自由に出入りしている様子。教会側としては、訪れることのない人にも教会に親しみを持ってもらいたいというのが狙いだそうです。カフェの売り上げは修繕費や地域のボランティア活動の一助に回されています。今度ロンドンを訪れたとき、ぜひ足を運んでみたいと思いました。

ちなみに、「金剛院」の場合、カフェの入っている建物の2階に集会所のようなスペースも併設されているらしく、そこではヨガ教室やがん患者の心のケア講座など、さまざまな催しがおこなわれているようです。社会における宗教施設の存在意義を考えさせられました。