ゆっくり休む間もなく淡路島へ

2017年5月11日

今日は午後1時発の便で関空まで行き、そのあとフェリーで海峡を渡り淡路島です。素晴らしい天候であっという間に到着しました。こちらに来たのは、19回目となる「北前船寄港地フォーラム」に参加するためですが、今日はその前夜祭。回を追うごとに参加者の数は増えるわ、内容も整ってくるわで、楽しみにしていたのですが、今回は兵庫県が資金も人出も全面的にバックしているとのことで、えらくハイグレードの前夜祭でした。

 

驚いたのは「淡路人形浄瑠璃」。ここで浄瑠璃が観られるとは! それも内容がハンパでなく素晴らしいのです。前々から、人形浄瑠璃は一度でいいから観てみたいと思っていたのですが、今日まで実現できませんでした。しかし、大阪で始まったといわれる人形浄瑠璃はここ淡路島から始まったことを知りました。人形の動きも巧みでしたし、セリフまわしも伴奏も素晴らしい出来で、えらく得した気分。

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DSC02471もう一つ驚いたのが阿波踊り。これも阿波徳島だけのものかと思い込んでいたのですが、淡路島も江戸時代、徳島藩の領地になっていた時期があることを思い出し納得。本物の阿波踊りは残念ながら観たことがありませんが、淡路島のそれもそれに遜色ないように思えます。いいものを見せてもらいました。フォーラムに大感謝です。

 

今回は、4月末に「日本遺産」の認定を受けてすぐというタイミングでもあり、会場は祝賀ムード一色。もっとも「日本遺産」というのは、過去4年で80件近くが認定されているのですが、その狙いどおり観光資源として活用されているケースは少ないのだとか。「北前船寄港地」はまさかそうならないかと思いますが、いずれにしても、今回のフォーラムをきっかけに大きく飛躍することを願うばかりです。

「ロマノフ王朝展」と夜のしだれ桜を一気に

2017年3月30日

来週は東京を離れるので、その間に開催が終わってしまう「ロマノフ王朝展」を観にいきました。会場は文京区の本駒込【ほんこまごめ】にある「東洋文庫ミュージアム」。入場料は正規だと800円ですが、シニア料金(!)で半額。初めて行ったのですが、たいそう立派な施設で、驚きました。

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本駒込といえば、東京では古くからのハイクラスな住宅街ですが、そこを東西に走る広い通り沿いに建っているので、すぐにそれとわかります。「東洋文庫」というくらいですから、もともとは図書を収蔵するところ。1917年、三菱の第3代当主・岩崎久彌が中華民国総統府政治顧問G・E・モリソンの蔵書を購入し、24年に財団法人東洋文庫を設立しました。国内では最古・最大の東洋学の研究図書館だそうで、蔵書数は現在約100万冊。その中から、国宝・重要文化財にも指定されている貴重な書を選んで展示するミュージアムが2011年にオープンしたそうです。

 

!cid_5DD6D9820CCECB49820FBB40AC1C8F7595F8C26C@edithousejp_onmicrosoft“今年(2017)はロシア革命から百年。裏を返していうと、ロマノフ王朝が滅亡してから百年ということになります。 かつてヨーロッパからアジアにまたがる広大な領域を支配した強大にして華麗なるロマノフ王朝。今日のロシアの社会と文化の礎はロマノフ王朝300年の歴史の中で築かれたといっても過言ではありません。 ロシアは日本から最も近い隣国です。史上まれにみる巨大帝国の栄枯盛衰を、日本との交流という視点からたどってみましょう”と案内のチラシに書かれているように、宝物展ではなさそうです。

 

私が関わっているNPO法人「日ロ創幸会」の研修で行ったサンクトペテルブルクやモスクワでも、ロマノフ王朝の宝物をたくさん観ましたが、今回展示されているのは知的財産というか、史料的価値の高いものばかり。キラキラ・ピカピカの宝物とはまた違う、文化・文明への探求心とあこがれが感じられます。

 

入ってすぐのホールに「特別名勝 六義園【りくぎえん】」のジオラマが、解説付きで展示されていました。そういえば、「東洋文庫」の前の広い通りを渡ってすぐのところにあるのですね。しかもちょうど「しだれ桜と大名庭園のライトアップ」という催しが4月2日まで開催されているというので、行ってみることに。

 

入口で入園料(こちらもシニア料金で半額!)を払い中に入ると、木曜日だというのに、けっこうな人出です。正門を入ってすぐのところに植わっている大きなしだれ桜の前にはカメラを手にした人が群がっていました。高さは10m以上あるでしょうか、花びらは鮮やかな濃い目のピンク。ソメイヨシノとは趣が違います。しかも、樹高の高い部分はピンクが少し薄めに見えます。その微妙な差が前方の濃い目のピンクをいっそう引き立てていました。

 

!cid_0F60769BD77E85226E55FF23D0DB756B28B7BD42@edithousejp_onmicrosoft「六義園」というのは元禄年間、川越藩主・柳沢吉保が7年の歳月をかけて作った回遊式築山泉水の大名庭園。それが明治時代になって、三菱の創業者・岩崎彌太郎の別邸になり、1938年、東京市(当時)に寄贈されたとのこと。和歌に歌われる88の景勝地にちなんだポイントが随所に配されており、なかでも紀ノ川、片男波【かたをなみ】、仙禽橋【たずのはし】、芦辺【あしべ】、新玉松【にいたままつ】、藤白峠【ふじしろとうげ】など、紀伊国(和歌山県)の景勝地が多いようです。

若の浦に 潮満ちくれば 潟【かた】をなみ 葦辺をさして 鶴【たづ】鳴き渡る

 

高校時代、古文の授業で習いましたが、『万葉集』にある山部赤人【やまべのあかひと】の有名な歌にそのいくつかが出ています。たしか、古典の文法の要素がぎっしり詰まった素材として覚えさせられたように記憶していますが、そんなことより、三十一文字の中にいくつも名所が散りばめられていることを知り驚きました。

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 帰路、「六義園」といい「東洋文庫」といい、この一帯はすべて三菱の所有だったことを思い起こしました。そういえば、上野の近くにも「旧岩崎邸庭園」というのがあります。三菱は丸の内だけではないのですね。家に帰り、「東洋文庫」のウェブサイトを見てみると、スポンサーには三菱系の大企業がびっしりと名前を連ねていました。拙宅の大家さんもその末裔といわれる岩崎さん。不思議な縁を感じます。

2年ぶりのドミンゴ、おまけは皇后陛下!

2017年3月13日
おととしの秋、ラスベガスで偶然、楽しませてもらったドミンゴのコンサートがありました。共演はルネ・フレミング。ソプラノではいまナンバーワンといわれるアメリカのオペラ歌手です。といっても、そのレパートリーはたいそう広く、ほとんどなんでも歌いこなしてしまいます。最近も、3年前の「スーパーボウル」で、試合開始前に国歌を斉唱。これはオペラ歌手としては初めてでした。

そのフレミングが相手とあってはドミンゴも張り切るはず。名曲の数々を披露してくれましたが、いちばんノッていたのは、ラスベガスのときと同じ『ベサメ・ムーチョ』でした。母国語の歌ということもあるでしょうし、ドミンゴ自身が心の底から楽しんでいる風がありあり。

!cid_ba50c32b-dd76-457a-a101-8a2dd2106cbe@apcprd04_prod_outlookそうそう、もう一つおまけがありました。皇后陛下がお聞きにいらしていたことです。途中の休憩とき、用を済ませ席に戻ろうとしたら警備の人から「すみません、VIPが通るので、しばらくこの通路をふさがせていただいています。お急ぎなら……」といわれたのですが、はて、誰だろうと思いました。たぶん皇族だろうなとは推測しましたが、まさか皇后陛下とは! しかも、私たちが座っている2階のほとんど同じ列。距離にして10メートルほどだったでしょうか。これで去年・今年と、半年の間に2度、両陛下と出くわしたことになります。S席38000円は恐ろしい値段ですが、『ベサメ・ムーチョ』と皇后陛下で元は取れた(?)ような気がします。

 

「漢字三千年展」で高校時代を思い出す

2016年10月26日
漢字というのは、とても不思議です。もともと象形文字に由来するものが多いせいもあるのですが、ほとんどの漢字がその昔の姿で見られるというので、八王子にある東京富士美術館に足を運んでみました。

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さまざまな展示がありましたが、いちばん感動したのは「蘭亭序」という王羲之の名作の拓本がいくつも見られたこと。高校1年生のとき、選択で取った書道の授業は、1年間かけてその全文を書くというものでした。落款も自分で彫り、でき上がった作品を表装し、落款も押し、2月の終わりごろ自作の「蘭亭序」が完成しました。

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もちろん、どうひいき目に見ても字はド下手もいいとこなのですが、表装までしてみると、なんだかもっともらしい感じがします。いまでも、手もとに保管してあるので、ときどきためつすがめつしてみるのですが、下手さをますます強く感じるだけ。それだけに、もう一度きちんと書き直してみたいなと思っています。実現するのは難しそうですが、それでもなんとか……。

「9・11」から15年目、そのご遺族が開いた催しに

2016年9月4日

自宅から車で15分、中野駅にも近い、閑静な住宅街の一角に目的地がありました。区立なので、「産業振興センター」とものものしい名称なのですが、たいそう立派な建物で、利用者がひっきりなしに訪れています。

玄関を入ってすぐ左のコーナーに目をやると、真っ先に大きなアメリカ国旗が目に入ってきます。15年前の9月11日、ニューヨークで起こった同時多発テロの写真などを集めた展示会がおこなわれていました。

この催しがおこなわれているのを知ったのはまったくの偶然。家人が1週間ほど前、夕方のニュースで紹介されているのを見たからです。主催者の住山一貞さんのご長男(当時34歳)はその日、世界貿易センタービルの中にある勤務先で惨事の犠牲となられたとのこと。

昨年9月11日、家人と二人で「9・11」を追悼するイベントに参加しましたが、その日最初の行事は亡くなられたご長男が住まわれていたニュージャージー州のオーバペック・パーク(Overpeck Park)にある慰霊碑の前でおこなわれた追悼の会でした。もちろん、そこには住山さんご夫妻もいらっしゃっていました。そのときはとくに言葉を交わすこともありませんでしたが、私たちが参加した音楽会のあとでおこなわれたレセプションでも同席、そこからホテルに戻る途中、一緒に写真を撮らせていただいたのです。セントラルパークのすぐ南の路上でした。

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住山さんはテロのあと20回以上ニューヨークに足を運んだそうですが、会場には、そうした中で手に入れた現場の写真や資料など30点ほどが展示されていました。その中に、縦6センチ、横9センチほどの鉄骨(世界貿易センタービルのもの)残骸がありました。テロから1カ月半後経ったあともなお続いていた救出活動にたずさわる救助隊員が住山さんに手渡してくれたものだそうです。また、先のアメリ国旗は、犠牲者の葬儀で棺にかぶせるのに使われたものでした。私の頭にもすぐ当時の模様(ニュース映像)がよみがえったのはいうまでもありません。

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見終わったあと、昨年撮った先の写真をプリントし、会場でご夫妻にお渡ししました。住山さんの奥様がそのときのことを覚えていてくださり、しばしお話しすることもできました。ご主人は、息子さんの最期をなんとか知りたいと、550ページを超えるアメリカ政府が作成した、同時多発テロの調査報告書を8年がかりで翻訳したそうです。それを製本したものも展示されていました。原本のほうはボロボロになっていましたが、おそらく数え切れないほど報告書のページを繰ったのでしょう。

「5年に1回、この展示会を開いています」と奥様が話されていましたが、私も生まれて初めて千羽鶴を折り、住山さんに託しました。今年も来週からニューヨークに行き、追悼のイベントに参加されるのだそうです。その場に鶴をお持ちになるということでした。住山さんご夫妻のご健康を祈らずにはいられません。

写真展『日本の灯台』に行ってみました

2016年7月20日
午前中西新宿8丁目で打ち合わせがあったついでに、1丁目のギャラリーでおこなわれていた旧知の写真家Oさんの写真展に行ってみました。前夜、これも旧知の編集者Kさんから電話があり、雑談している中で教えてもらったのですが、ちょうど今日行く場所の近くだとわかり、行ってみようと。

残念ながらOさん自身は撮影の仕事が入っていたようで会場にはいませんでしたが、これまた35年ぶりくらいで会った奥さんが会場におられ、しばし思い出話を。日本各地にある灯台(全部で3300もあるそうです!)の中から、選びに選んだ30ほどの灯台を撮った作品はどれも皆見ごたえがありました。

つい2年ほど前に行った長崎県の大瀬崎灯台など、「こんなにきれいだったんだ」と、うれしくなりました。私たちが現地を訪れたときはちょうど霧がかかっていて、ほんのチラッとしかその姿を拝むことができなかったのです。台風が日本に近づくたびにテレビやラジオ、新聞で見聞きしている「潮岬」も初めてその姿を見ました。

灯台を撮り始めて20年ほどだそうですが、日本にはまだまだいいものがたくさんあることを知り、とても元気が湧いてくると同時に、自分も観に行ってみようという気持ちにもなりました。

モスクワ大学を見学

2015年8月5日

今日の午前中の目玉はクレムリン。なかでも武器庫は出色の施設で、古今東西の武器や兵器、衣服・調度品、乗り物などが所狭しと並べられていました。2年前もそう思いましたが、全部をゆっくり見てまわると、まる1日はかかりそうです。

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ここで思わぬアクシデントが発生しました。ツアーに同行している女性2人が忽然と姿を消してしまったのです。それも60代後半と70代半ばの方ですから、私たちはびっくり。最初は全員で探し回りましたが、そのうち次の訪問先を訪れる時刻が迫ってきたので、やむを得ず中断、添乗員一人を残して、とりあえず腹ごしらえに行きました。


場所はボリショイ劇場の斜め前、マルクスの像が立つ広場の奥にあるレストランです。ここの店もまた、いかにもいった感じのする風格があり、おそらくはだれか高貴なる方のセカンドハウスかなんかだったのかもしれません。

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そのあとモスクワ大学に移動し、本館の28階へ。スターリン建築と呼ばれる建物の一つで、えらくお金がかかっている建物です。

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28階からのながめはすばらしかったです。そこからさらに32階まで上がると、そこは小さな会議場というか、イベントスペースです。通常はなかなか入れないそうで、今回はE団長の人脈でここまで足を踏み入れることができたようです。

P8050625それにしても、この大学の広さといったら、想像を絶するものがあります。しかも、敷地の半分以上はまだ手つかず。さて、大学を出てしばらく経ったころ、行方不明だった2人が見つかり無事保護されたとのニュースが届き、バスの中は大拍手。誰もが胸を撫でおろしました。

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ホテルに戻りPCを開きニュースをチェックしてみると、、東京は異常な暑さのようで、1週間連続で猛暑日だとか。正直、その期間にこんな涼しいところにいられてホントよかったと思いました。それにしても、訪問団の団長Eさんも添乗員さんも胆を冷やしたことでしょう。

トーハクで等伯!

2015年1月6日
東京国立博物館のことを最近は「トーハク」と呼ぶらしいですね。館長の銭谷眞美さん自身がそう呼んでいるので、“俗称・通称”といったレベルではなさそうです。

そのトーハクで年頭から開催されているのが恒例の「博物館に初もうで」。トーハクで所蔵している、その年の干支に関わる美術品を軸に、松竹梅や鶴亀、富士山など、新年にふさわしい作品をセレクトして展示した、企画性に富むユニークなイベントです。今年の目玉は、別にシャレたわけではないでしょうが、長谷川等伯(とうはく)の『松林図屏風』(国宝)です。実物を観る機会はめったにないと、家人の提案もあり、行ってみようということになりました。

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展示の期間が2日から12日までと短いですし、正月休みの期間と、最後の3連休は込み合うだろういうことで平日の今日を選んだのは正解でした。

国立博物館の周辺は以前とすっかり様変わりしたようで、正面玄関の前には美しい池と噴水があります。その左右にはカフェも設けられており、そこだけ切り取ると、ほとんどヨーロッパの風情。海外からやってきた人など、さすが日本を代表する博物館という印象を受けるのではないでしょうか。

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さて、今年の干支は「未」。ふだんは「羊」と書きますが、古来、神への最適な捧げものとされていたそうです。「よきもの」という意味があるとされ、「美」「善」などの文字の中にも「羊」が使われています。私自身の名前(=祥史)の「祥」という漢字も、シメス偏に「羊」です。それにふさわしい生涯を送りたいと、常々思っています。

というわけで、まずは「羊」にまつわる品々が展示されている「ひつじと吉祥」という展示を観ようと、本館・特別1室へ。『羊と遊ぶ唐美人と唐子』(北尾重政筆/江戸時代・18世紀)『十二神将立像 未神』(重要文化財/京都・浄瑠璃寺伝来/鎌倉時代・13世紀)『よきことを菊の十二支』(歌川国芳筆/江戸時代・19世紀)など、興味深い作品が所狭しと並べられていました。

その中で私が気に入ったのは『灰陶羊』という、 中国・漢時代(前3~後3世紀)の置き物。「灰冬」とは、「陶質土器の一種で、鉄分が還元されて灰青色の色調を呈する」と辞書にはありますが、高さ20センチほどのもので、なんとも愛嬌のある顔をしています。

続いては、今回の本命・国宝『松林図屏風』。安土桃山時代の絵師・長谷川等伯の水墨画で、六曲一双になっています。等伯は、狩野永徳、海北友松(かいほくゆうしょう)らとともに活躍、墨の濃淡や光の効果的表現を追求した人ですが、この作品は等伯の代表作で、近世水墨画の傑作とされています。

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写真ではわかりませんが、学芸員の説明にはこう書かれていました。「白い和紙の上に墨の濃淡だけで、風と光の情景が生み出されています。画面に近づいて松の葉をみると、その激しい筆勢に押されて、後ずさりするくらいです。(略)繊細でありながら迷いなく筆を進め、一気に線を引いていることが見てとれます。(略)さまざまな工夫と技術によってあらわされたこの松林には、霧の晴れ間から柔らかな光が差し込んで、遠く雪山がのぞき、冷たく湿った空気が漂います。艶(つや)やかな墨の色と相まって。風の流れや盛りの清清しい香りまで実感できるでしょう」

一読して、なるほどなぁと感じました。作品が展示されていたのは「国宝室」という専用スペースで、広々としており、リッチな気分で観賞できます。イスにすわってじっくり楽しんでいる人も多くいました。

展示品の数が多いので、あとはサクサクとまわってしまいましたが、お正月ということで、版画・浮世絵にもそれっぽい作品がいっぱい。その中で印象に残ったのが、歌川国貞の『二見浦曙の図』です。昨年、伊勢神宮に行ったときは通り過ぎただけだったので、さほど印象がなかったのですが、こうして絵になったものを観ると、すごい場所だったということがよくわかります。

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もう一つ、歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』のうちの「するがてふ(駿河町)」という作品もGOODです。 いまの中央区日本橋室町3丁目あたりらしいのですが、もともと駿河国から出てきた人たちが住みついた町で、名前もそれにちなんでいます。駿府(いまの静岡市)の七間町から見た城と富士山とそっくりの景色が再現されている地域だったのでしょう。

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14回目を迎えた「北前船フォーラム」に参加

2014年4月19日
 昨日は秋田市で「北前船フォーラム」がありました。不定期開催のこのイベント、今回が14回目なのですが、始まったのはまだ8年前。これまでにかほ市(2008年4月)、佐渡市(2010年3月)でおこなわれた会に出席しています。ですから、私としては3回目になるのですが、日本海から日本史を振り返る、とても意義深い会なのです。

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 会場は秋田市北部の土崎にある県立大学。基本的には2日間の催しなのですが、会を追うごとに内容も充実しているようで、今回も明日まで6部に分けてパネルディスカッションや講演など、さまざまあります。「秋田を東アジアの一大拠点に」と題されたフォーラムに、急きょ代役でパネラーを引き受けたのですが、これから先、明示の初めまで日本経済を担っていた北前船について真剣に学ばなければいけないなと思ったしだい。

 そして今日は、秋田空港からセントレアまで飛んで私鉄とJRを乗り継いで京都に。3日間かけての大移動でしたが、こういう動きが個人的には大好きなのです。

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100歳のいまも矍鑠! 女性写真家の個展

2014年4月12日
笹本恒子氏さんという女性写真家の存在を今日初めて知りました。東京新聞に笹本さんの「100歳展」という催しがおこなわれる告知広告が出ているのを家人が見つけ、教えてくれたのです。会場は横浜の新聞博物館だそうです。

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なんでも、笹本さんは“日本最初の女性報道写真家”といわれているそうで、いまもなお元気に取材・執筆活動を続けているとのこと。戦前、20代で財団法人写真協会所属の報道写真の仕事を始め、日独伊三国同盟の婦人祝賀会やヒトラーユーゲントの来日、日米学生会議など、日米が戦争に突入する前の貴重なイベントの写真を撮影しています。戦後はフリーの写真家として、「60年安保」闘争の模様や画家の岡本太郎、評論家の大宅壮一、作家の宇野千代、美容化の吉行あぐり、画家の三岸節子などを撮影しました。
 
土曜日でもあるので、さっそく観に行きました。久しぶりに車に乗り、首都高を一路横浜へ。新聞博物館という会場は初めてで、ナビだけが頼りでしたが、日本大通りに面して建つ由緒ありげな建物です。

会場には笹本さんの作品134点が、「明治生まれの女性たち」「あの時代、あの人」「笹本恒子が見た時代」「いつまでも現役……笹本恒子さんの今」という4つのテーマに分けて展示されていました。まったくの偶然ですが、途中、笹本さんご自身が会場にやってこられ、お顔を拝見することができました。100歳とは思えぬ足取りで、矍鑠としておられます。居合わせた客とも気さくに言葉を交わしていましたが、まだまだこれからも仕事をされるのではないかと思えたほど元気です。

展示を見終わったあと、せっかくの機会だからということで、新聞博物館のほうもまわってみました。そういえば、中学生のころだったか、日本で最初の日刊新聞は横浜で生まれたということを教わった記憶があります。それを記念し、2000年10月にオープンしたのだそうです。新聞の歴史や新聞が作られるまでのプロセスをわかりやすく展示していました

 

博物館が設けられている「横浜情報文化センター」は、関東大震災の復興記念として建てられた商工奨励館を保存しつつ高層棟を新たに増築した歴史的建造物とのこと。近くには、横浜開港50周年を記念して建てられた開港記念会館や神奈川県庁本庁舎といった、味わい深い建物がいくつかあります。そのほか、横浜スタジアムや山下公園、大桟橋、中華街も歩いてすぐのところでした。

 

昼食どきになったので、何年ぶりかで中華街に足を運び、食事をし、さらにそのあと、赤レンガ倉庫で開催されていたHoli Festivalをのぞいてみました。こちらは、春の訪れを祝い、相手かまわず、色粉を塗り合ったり色水をかけ合ったりして祝う、ヒンドゥー教のお祭りらしいです。

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調べてみると、横浜ではこれより前から、「ディワリ(Diwali)」というお祭りが、毎年秋になるとおこなわれているとのこと。古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に起源を持つ、ヒンドゥー教で最大のお祭りで、「光の祭典」とも呼ばれているとか。“横浜がインドになる”というのがキャッチフレーズのようですが、インド商人が日本で初めて拠点を設けたのが横浜ということにちなんでいるといいます。一度、足を運んでみたいと思いました。