壱岐・対馬・五島列島の旅へ

2015年5月13日
この1カ月というもの、原稿執筆でアリの這い出るスキもありませんでした。とりあえずのゴールをゴールデンウイーク明けに設定してはみたものの、なかなか想定どおりに進まないのがこの稼業。GW明けというのにはワケがあり、今日から、「手つかずの自然が残る九州の秘島 壱岐・対馬・五島列島めぐり4日間」というツアーに出かけることになっていたからです。

私としては珍しい団体ツアー(それも国内)への参加なので、スケジュールを自由気ままに変更するわけにはいきません。もともと以前から「いつかは行きたい」と思っていたコース内容でもあり、新聞広告でたまたま見つけたときは即決で、すぐ申し込みの電話を入れました。幸い、催行も決定したため、予定どおりの出発となりました。


今日はその1日目。早朝、羽田空港の団体カウンターに集まり点呼を済ませると、出発の時刻までは自由時間。その間に朝食を取り、まずは空路福岡へ向かいます。福岡空港から唐津東港までバスで移動し、そこから2時間ほどフェリーに乗って最初の訪問地・壱岐島の印通寺港に到着したのは午後3時過ぎでした。

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壱岐というのは、驚くほど平坦な島です。島というとなぜか山並+狭い平地といった地勢を思い浮かべてしまうのですが、そういう予断はフェリーが港に近づくころから打ち砕かれます。船を降りるとすぐバスに乗って、観光がスタート。まずは「原の辻遺跡(一支国王都復元公園)」を通って「一支国博物館」へ向かいました。

壱岐(かつては「一支」と表記していたそうです)は『魏志倭人伝』にも登場するほど長い歴史を持つ島です。2100年前、当時朝鮮半島を支配していた「魏」の使節が、北九州にあったと思われる「倭」の国(邪馬台国)をめざす途中、対馬と壱岐に立ち寄ったようです。そのため、島内には古墳が散在しており、その数は260を超えるとのこと。


それにより中国・朝鮮からさまざまな産業・技術・文化が持ち込まれ、壱岐でもいち早く稲作が始まったといいます。それを示すのが「原の辻遺跡」で、そこには東アジア最古という船着場跡があります。そうしたことから、壱岐の中心地(首都)がこのあたりにあったことは間違いないらしく、そこに遺跡公園や博物館が設けられたしだい。


博物館を見学したあと訪れたのは「岳ノ辻展望台」。壱岐でもっとも標高の高い場所、といっても213mですから、それほど高いという感じはしません。それでも天気がよければ対馬はもちろん呼子(佐賀県)まで見通せるといいますから、展望台を名乗るのに疑問をさしはさむ余地はないでしょう。

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展望台をあとにしバスで10分足らず走った郷ノ浦というところに1日目の宿(=ホテルステラコート太安閣)があります。海辺の丘に建つホテルのテラスからの眺めは最高。私たちにあてがわれた部屋は本館から一度外に出て海岸近くまで降りていき、そのすぐ脇に建つ別館のようなところだったので、よけいです。食事も島の名物がずらり並び、堪能しました。ホテルのすぐ近くに「春一番の塔」という場所があるのですが、これは1859年の春、強風(地元ではこれを「春一」と呼ぶ)で海難に遭って命を落とした53名の漁師を弔うためのもので、「春一番」という言葉はこの島で生まれたのだそうです。