2011年9月22日
さて、今日はパイヒアをたち、2百数十キロ南のオークランドに戻ります。途中、ワイポウア・フォレストとカウリ博物館に立ち寄りました。ワイポウア・フォレストはさすがヒーリング・スポットといわれるだけあって、神秘的な雰囲気に満ちた森の中に立つカウリの巨木の姿には胸を打たれました。
午前中は、ホテルのすぐ近くにある史跡(ワイタンギ)を訪れました。ニュージーランド発祥の地というか、1769年にイギリスの海軍士官ジェームズ・クック(ハワイを発見したことで有名)が初めて訪れたとされる場所です。以後、イギリスはじめヨーロッパ諸国の捕鯨遠征基地となり、移民も始まりました。その後、1840年にイギリスは、先住民族マオリとの間にこの地で条約を結び、直轄植民地としたのです。
ただ、先にロトルアを訪れたとき、ガイドからマオリ族についていろいろ教えてもらったのですが、マオリ族自体、最初からニュージーランドにいたわけではなく、単にイギリス人よりは早かったということだと今日、知りました。もともとはポリネシのどこかから船に乗ってやってきたのだそうです。たしかに、その船はたいそう大きく、それを何艘も連ねてニュージーランドに上陸したわけです。ラグビーの試合前にニュージーランド・チームが披露するハカもマオリ族のものですが、踊りのスタイルは部族ごとですべて違っているようで、マオリ族の内部でも対立や抗争があったようです。
その後訪れたカウリ博物館が出色でした。ツアーの予定では、ランチを取るのに適当な場所がないのでしょうことなしに立ち寄るかのような印象しかありませんでしたが、どうしてどうして、これがなかなかの施設なのです。カウリの巨木は家具をつくるのには素晴らしい素材だったようで、それによって作られた家具も展示されていましたが、それもみな素晴らしいものばかりでした。
マオリ族の風貌は、北海道にいるアイヌ、また琉球の先住民族ともどこか似ているところがあります。顔も含め、からだ全体に入れ墨をする風習があったようですが、それもアイヌと共通しています。おそらくははるか昔に流れ着いたか移動してきたのかわかりませんが、元をたどれば同じ民族だったのではないかと想像をかき立てられました。