術後2日目に歩き、3日目には原稿書き

 生まれて初めての入院、生まれて初めての手術を経験した2日後。体のあちこちにチューブをつけられ、それらを取りまとめるのに欠かせない車輪付きの器具をひきずりながら、院内を歩きました。なんでも、「安静にしている必要はありません。むしろ、無理してでも体を動かすようにしたほうが回復も早いですし、退院してからも楽になります」ということのようです。

 本当にこれが自分の体なのだろうかと感じつつ、ゆっくりゆっくり歩を進めます。5分も経つとあちこと痛みが出てきます。とくにメスで掻っ切った腹部の傷跡周辺のいたみといったら、もうたまりません。それでもあと少しあと少しと、自分を叱咤しながら10分間歩き続けました。健康であることのすごさを改めて感じずにはおれません。

 ベッドに戻ると、会社から「原稿の最終チェックを」ということで、スタッフがプリントアウトを持ってきました。読めばかならず、直したい箇所が出てきます。400字7~8枚の原稿に、大小取り混ぜ訂正指示が20箇所近く。頭だけはきっちり働いています。でも、逆に、そのことに感謝し、心はもう次の仕事に向かっていました。

 9月に上梓する『名古屋の品格』の「まえがき」を書きました。私が入院している病院の敷地はなんとも不思議なことに、江戸時代、尾張藩の下屋敷があった場所なのです。よりにもよって、これほど縁の深い場所で……ということに感慨を覚えつつ、あっという間に書き終えてしまいました。

 たしかに、私の仕事は因果な仕事で、体さえ動けば、どんな場所でもできてしまいます。手が動かなければ、口述筆記などという方法まであります(私には経験がないが)。病室に持ち込んだパソコンでワープロソフトを立ち上げれば、あとは頭に浮かんだことを次々打ち込んでいけばそれでいい。プリントし推敲を加え、それを入力し再度プリントしてチェック。それで問題なければ入稿です。

 入稿といっても、かつてのように原稿を直接編集者に渡すこともなければ、プリントアウトしたものをファックスする必要もありません。入力したデータをメールに添付して送ればそれで完了です。おかげで、いいことか悪いことかわかりませんが、私が編集者をしていたころに比べ、著者と顔を合わせる機会はめっきり減りました。

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