月別アーカイブ: 2007年8月

世界陸上なのにスタンドはまばら

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 この24日から9月2日までは、暑い暑い大阪です。9日間に及ぶ世界陸上を堪能しようと、2年前から計画を練っていました。2年前の8月、フィンランドのヘルシンキで見た世界陸上では、為末大選手が400メートル障害でみごと銅メダルを獲得するのを目の当たりにし、感動しましたが、今度はそれを日本で経験したいと思ったからです。しかも、ヘルシンキではわずか2日間しか観戦できなかったのですが、今回は地元だから、毎日だって見られると思い、大枚はたいてチケットを手に入れました。購入したのはなんと半年以上前、なんと昨年秋のことです。

 そして、いざ開幕。今日まで銅メダルどころか、期待されていた選手が予選で次々敗退しています。なかにはまったくパフォーマンスを見せてくれなかった選手もいます。地元だから、蒸し暑いのには慣れているなど、地元の有利さを唱える論調が大会前からたしかに目についてはいましたが、そこまで世界は甘くないだろうとひそかに予想していたとおりの結果になっています。

 それに、日本の場合、陸上競技がまだまだ根づいていません。野球やつい最近までのサッカー、バレーボールなどに比べるとよくわかりますが、世界陸上のような最高レベルの選手が勢ぞろいしている大会であるにもかかわらず、観客席には空席が目立つのです。陸上競技はルール的にはごく単純で、とにかくわかりやすいはずなのに、なぜこうまで客の入りが悪いのか。それはやはり、文化としてのスポーツが日本という国には根づいていないからでしょう。スポーツといっても、しょせんは「スター」や「有名選手」を通じてしか認知されれていないのです。

 たしかに、どんなスポーツにもスターや有名選手はいます。でも、日本の場合、人々の興味関心の方向があまりにそうしたものに偏りすぎてはいないでしょうか。サッカーにしてもさしてレベルは変わりません。それでも最近は、みずからプレーする人が増えているからまだましになったのだと思います。でも、Jリーグのチームはほとんどが赤字経営ですし、それを市民が応援するというケースはほとんどないようです。スポンサー企業におんぶにだっこというところばかりです。浦和レッズや鹿島アントラーズなどは例外的な存在でしかないのです。本来、この種のプロスポーツはもちろん、日常生活の中にどこまで根付いているかによって、人々の愛着の度合もことなってくるわけで、その意味では日本はまだまだなのでしょう。

モンゴルでお勉強

 8月12日から6日間、モンゴルに「研修」で出かけました。現在日本経済新聞で堺屋太一氏が小説「世界を創った男」を連載中ですが、その堺屋氏が首都ウランバートルで開催するセミナーへの出席が目的です。昨年(2006年)、チンギス・ハンによる世界統一800周年を記念してユニークなイベントが大々的に開催されました。当時チンギス・ハンが率いていた軍団を模した500頭の騎馬軍団が繰り広げるパフォーマンスです。今年もそれがひきつづきおこなわれているため、世界各地から見物客が訪れていました。私たちの研修旅行にも最終日にその見学が組み込まれていたのですが、聞きしにまさる迫力でした。

 モンゴルといえば何より、広大な草原と、どこまでも青い空です。この催しが開催されたのも、ウランバートルから車で1時間ほど走った郊外。モンゴルは、ウランバートルこそ都市化が進んでいますが、それでも都心から30分も走ればそこはもう住宅もまばら。見えるのは、伝統的な住居=ゲルばかりです。もともとが遊牧民の国で、人々はゲルに住まいながら羊や牛を放牧し、しばらくたって草がなくなったら、次の放牧地をめざして移動します。だから、隣人といっても、何十キロも離れたところに住んでおり、次に会うのはいつのことやらもわかりません。こういう社会では、朝晩の挨拶といっても、家族の間ならともかく、隣人どうしではないに等しい。挨拶の言葉はとおりいっぺんの「おはよう」とか「元気」といったものではんく、きわめて具体的な内容をともなっています。「水の出ぐあいはどうだ」とか「どこか、いい草の生えてるところを知っているか」といったぐあいなのです。

 狭い島国・日本のように、相手の心の機微を推測しながら……などという挨拶など存在しないわけで、そうなればどうしたって、細かなことを気にしてなどいられなくなります。横綱・朝青龍が日本の相撲の伝統がわかっていないとか、横綱の品格がウンヌンなどと批判する向きがありますが、そうしたこととはおよそなじまないのがモンゴルの人々なのです。そうした、歴史と風土に裏打ちされた価値観や風俗・習慣にまで目を向けずに、日本で相撲を取っているのだから……とやみくもに批判してもナンセンスなのではないかという気がするのだがどうでしょう。

 それにしても残念なのは、これだけ近いところにこれほど素晴らしい国があるのに、日本人の観光客がまだまだ少ないということです。たしかに、日本人の大好きなブランドものを買える店は皆無です。テレビで紹介されるよう世界遺産もありません。しかし、そこには、スケールの大きな自然があり、そして普遍性を秘めた世界王国の土台となるものの考え方がまだ根づいています。そうしたものを体感できる場所は、世界広しといえども、なかなかないのではないかと思うのですが。

都内でも楽しめる夏休み

 8月、東京都内のホテルはどこでもそうらしいのですが、客集めに知恵を絞っているようです。たしかに、考えてみれば、東京の人は皆、7・8月はどこか遠くに遊びに出かけてしまっていますし、かといってビジネスも小休止といった時期ですから、客室も宴会場もほとんど閑古鳥が鳴いているという塩梅なのでしょう。そこで、各ホテルでは格安の宿泊パッケージを企画したり、個性的イベントを催したりなど、一人でも多くの人が来ておかねを落としていってくれないかということになるわけです。

 そうした中、「これは、なかなかやるじゃないの」と思わせる企画を打ち出しているのが老舗の帝国ホテルです。「Imperial Jazz complex」と名付けられたこの催し、大阪の帝国ホテルでもおこなわれているらしいのですが、東京では8月9・10日の両日、ホテル内の宴会場やバーなどを利用し、ビッグバンドやソロシンガー、デュオやトリオ、クインテットなど、ベテランから若手までうちそろって、ジャズの競演を繰り広げるのです。チケット1枚買えば、好きな時間に、好きな場所で、好きな演目も楽しむことができる仕掛けになっているのですが、概してわがままな人の多いジャズファンにはたまらない企画ではないかと思います。敷居の高そうな帝国ホテルもこの2日間はジャズ一色で覆われ、その合間を縫ってお酒や冷たい飲み物を飲んだり、ときには値の張るレストランで食事をしたりなどして、つかの間ではあるが、いつもとはちょっと違った時間を過ごすことができるわけです。

 私も9日、仕事をなげうって、午後から出かけ、よる8時までジャズのシャワーをたっぷり浴び、大いにリラックスすることができました。終わってからはホテルを出て、銀座で焼鳥を食べ焼酎を飲み、1日ゆっくり過ごせたのですが、大きな鯉城でのコンサートとなると大仰になってしまいますし、ライブハウスも、出演するのは単一のバンド(シンガー)ですから、よほどでないと足が向かないものです。それが、ホテルの一角でジャズのつまみ食いが好きなようにできるのですから、これほどありがたいことはありません。来年もぜひまたと思いながら、エアコンの効いた帝国ホテルの一室で熟睡できました。