「ロマノフ王朝展」と夜のしだれ桜を一気に

2017年3月30日

来週は東京を離れるので、その間に開催が終わってしまう「ロマノフ王朝展」を観にいきました。会場は文京区の本駒込【ほんこまごめ】にある「東洋文庫ミュージアム」。入場料は正規だと800円ですが、シニア料金(!)で半額。初めて行ったのですが、たいそう立派な施設で、驚きました。

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本駒込といえば、東京では古くからのハイクラスな住宅街ですが、そこを東西に走る広い通り沿いに建っているので、すぐにそれとわかります。「東洋文庫」というくらいですから、もともとは図書を収蔵するところ。1917年、三菱の第3代当主・岩崎久彌が中華民国総統府政治顧問G・E・モリソンの蔵書を購入し、24年に財団法人東洋文庫を設立しました。国内では最古・最大の東洋学の研究図書館だそうで、蔵書数は現在約100万冊。その中から、国宝・重要文化財にも指定されている貴重な書を選んで展示するミュージアムが2011年にオープンしたそうです。

 

!cid_5DD6D9820CCECB49820FBB40AC1C8F7595F8C26C@edithousejp_onmicrosoft“今年(2017)はロシア革命から百年。裏を返していうと、ロマノフ王朝が滅亡してから百年ということになります。 かつてヨーロッパからアジアにまたがる広大な領域を支配した強大にして華麗なるロマノフ王朝。今日のロシアの社会と文化の礎はロマノフ王朝300年の歴史の中で築かれたといっても過言ではありません。 ロシアは日本から最も近い隣国です。史上まれにみる巨大帝国の栄枯盛衰を、日本との交流という視点からたどってみましょう”と案内のチラシに書かれているように、宝物展ではなさそうです。

 

私が関わっているNPO法人「日ロ創幸会」の研修で行ったサンクトペテルブルクやモスクワでも、ロマノフ王朝の宝物をたくさん観ましたが、今回展示されているのは知的財産というか、史料的価値の高いものばかり。キラキラ・ピカピカの宝物とはまた違う、文化・文明への探求心とあこがれが感じられます。

 

入ってすぐのホールに「特別名勝 六義園【りくぎえん】」のジオラマが、解説付きで展示されていました。そういえば、「東洋文庫」の前の広い通りを渡ってすぐのところにあるのですね。しかもちょうど「しだれ桜と大名庭園のライトアップ」という催しが4月2日まで開催されているというので、行ってみることに。

 

入口で入園料(こちらもシニア料金で半額!)を払い中に入ると、木曜日だというのに、けっこうな人出です。正門を入ってすぐのところに植わっている大きなしだれ桜の前にはカメラを手にした人が群がっていました。高さは10m以上あるでしょうか、花びらは鮮やかな濃い目のピンク。ソメイヨシノとは趣が違います。しかも、樹高の高い部分はピンクが少し薄めに見えます。その微妙な差が前方の濃い目のピンクをいっそう引き立てていました。

 

!cid_0F60769BD77E85226E55FF23D0DB756B28B7BD42@edithousejp_onmicrosoft「六義園」というのは元禄年間、川越藩主・柳沢吉保が7年の歳月をかけて作った回遊式築山泉水の大名庭園。それが明治時代になって、三菱の創業者・岩崎彌太郎の別邸になり、1938年、東京市(当時)に寄贈されたとのこと。和歌に歌われる88の景勝地にちなんだポイントが随所に配されており、なかでも紀ノ川、片男波【かたをなみ】、仙禽橋【たずのはし】、芦辺【あしべ】、新玉松【にいたままつ】、藤白峠【ふじしろとうげ】など、紀伊国(和歌山県)の景勝地が多いようです。

若の浦に 潮満ちくれば 潟【かた】をなみ 葦辺をさして 鶴【たづ】鳴き渡る

 

高校時代、古文の授業で習いましたが、『万葉集』にある山部赤人【やまべのあかひと】の有名な歌にそのいくつかが出ています。たしか、古典の文法の要素がぎっしり詰まった素材として覚えさせられたように記憶していますが、そんなことより、三十一文字の中にいくつも名所が散りばめられていることを知り驚きました。

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 帰路、「六義園」といい「東洋文庫」といい、この一帯はすべて三菱の所有だったことを思い起こしました。そういえば、上野の近くにも「旧岩崎邸庭園」というのがあります。三菱は丸の内だけではないのですね。家に帰り、「東洋文庫」のウェブサイトを見てみると、スポンサーには三菱系の大企業がびっしりと名前を連ねていました。拙宅の大家さんもその末裔といわれる岩崎さん。不思議な縁を感じます。