月別アーカイブ: 2010年12月

生後1カ月──2人目の孫・陽向(ひなた)

私にとって2人目の孫(男)が生まれ、今日でひと月たちました。名前は「陽向」といいます。家人は「ヒナタちゃんは、どの赤ちゃんよりかわいい」といってはばかりませんが、どこのパパ・ママも、また、ジージ・バーバも、それは同じではないかという気がします。世のジージ・バーバに共通するのは、パパ・ママであったときに比べ、精神的な余裕があるということでしょうか。
Rimg0211 泣き叫んでも、ジージ・バーバでいるかぎり、面倒を見るのはパパ・ママですから、客観的な立場でいられるとなれば、やはり気が楽です。それでもバーバは昔取った杵柄(きねづか)、あれこれアドバイスしたり、ときには手伝ったりしています。その点ジージは、申し訳ありませんが、「かわいいねー」とか「泣いてるけど、お腹、空いてるんじゃない?」とかいっているだけで済んでしまいます。

それにしても、自分の子どもたちが同じような状況にあったころのことは、みごとに忘れてしまっているのには驚きます。母親として子どもたちとより近くで接していた家人はまだしも、単なるアシストにとどまっていた〝でき悪〟の父親でしかない私など、覚えているのは、抱き方と哺乳ビンでミルクをやったあとゲップをさせることくらいのもので、情けないかぎり。でも、とりあえず可愛ければそれでいいかと、開き直っています。

そうであっても、生まれて間もない赤ん坊というのは、親も祖父母も、またそれ以外の、身内でない人たちも、顔を見ただけで心が癒されます。笑わなくても、語らなくてもいい、ただすやすや眠っているだけでいいのです。「子は宝」といいますが、けだし名言ですね。

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〝一度観たら絶対忘れない絵〟を描く作家

てらもとたてお(寺本建雄)さんの個展を観にいってきました。てらもとさんは、私の出身校(愛知県立明和高校)で同期の元女優そふえまなさん(祖父江真奈)のダンナさんです。「劇団ふるさときゃらばん」で〝職場結婚〟した2人ですが、てらもとさんは劇団の音楽と美術を一手に引き受けてきました。

てらもとさんの絵はなんとも個性的というか、一度観たら絶対に忘れることのない作品ばかり。そのてらもとさんの、意外なことに初めての個展が浅草に近い吾妻橋のたもとにあるアサヒビール本社の一角にあるギャラリーで開催されると聞き、最終日(12月28日)になってしまったのですが、これは見逃せないと足を運んだのです。

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小さなギャラリーではありますが、そこにはまごうことなき〝てらもとワールド〟が繰り広げられていました。

「描くのにそんなに時間はかからないんだよね。イメージがガンガン浮かび上がってくるから」という、てらもとさんの言葉は、私にもよく理解できます。おそらく、そのときが、その絵を描くための唯一のチャンスなのでしょう。文章を書くのもまったく一緒です。

Rimg0238 よく「構想○年、執筆に×カ月」とかいいますが、私の場合、そういうことにはなりません。頭の中に書きたいことが思い浮かんだときは、そのまま原稿用紙(いまはパソコンですが)に向かっています。そのイメージがはっきりしているときは、それこそあっという間に書き上がります。「構想一瞬、執筆1時間(400字詰め原稿用紙7~8枚)」でしょうか。

そして、口はばったいいい方ですが、そういう文章こそ、たぶんベストのできではないかと思っています。ささっと書けた文章というのは、ささっと読んでもらえる──これは私の確信です。これから先も、そんな原稿を書いていきたいと願っています。

VANのキャッチフレーズは名言

今日から東京・池袋の東武デパートで「、「ヴァン(VAN)ヂャケットフェア」が始まりました。高校時代はバンカラだった私なので、ファッションにはまったく関心がなかったのですが、まわりには早熟系というか、そちら方面に強い仲間がけっこうおり、知識だけはありました。校内で履くスリッパに「ヴぁン」と書いていた、その名も坂(ばん)くんのことをふと思い出したりもします。

大学に入って、にわかにそっち方面への関心が目覚めた私にとって「VAN」、そして、その上級ブランドともいえる「Kent」は、もっとも好きなブランドでした。アメリカ東海岸のアイビーリーグの大学生たちが好んで身につけていたとかなんとか、その背景やらコンセプトなどはどうでもよかったのですが、ボタンダウンのシャツと、ウエスト部分に絞りの入っていないブレザーやジャケットはホントかっこいいと思いましたし、パイプドステムとかいう形のズボンも気に入っていました。ほしいと思ったものを買おうと、バイトに励んだのもなつかしい記憶です。

“for the young and the young-at-heart”がVANのキャッチフレーズでした。大学生のころはその言葉に特段心惹かれることもなかったのですが、還暦を過ぎたいまの自分にとっては、なんともリアルな感じがしてなりません。というか、これは永遠に残る名コピーではないでしょうか。

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そろそろお正月の準備を

以前にも記したように、私の食生活はいまなお、基本的に「断糖」です。米、うどん、そば、パン、スパゲティーの類は、原則として口にしていません。「断糖」の提唱者・荒木裕先生(崇高クリニック・兵庫県加古川市)のように、100%とまではいかないのですが、それでも、普通の人が毎日摂取している「糖(=炭水化物)」のおそらく2割ほどしか口にしていないのではないでしょうか。

そういう私のような者にとって大きな関門がお正月です。「お餅」という、とんでもなくおいしい食べ物があるからです。日本のお正月にお餅は欠かせません。なにせ、小学生から高校生の時分ですが、三が日も含め冬休みの期間中は毎朝10個以上食べていた私です。それ以外にも、焼いた餅に黄粉をつけて食べたりしていましたから、1日平均15個くらいになっていたのではないでしょうか。

そんな私ですから、「断糖」生活を始めたころは、お正月にはまちがいなく挫折するだろうと悲観していました。ところがどっこい、意外と思えるほど、お餅に対する執着はありませんでした。お米、お餅、どちらも、含まれている「糖」の分量はハンパなものではありません。それを断ち切ることができたのですから、これはほめられてしかるべきでしょう。

では、お餅を食べずにお正月をどう過ごすのでしょうか。私がみいだしたのはモッツァレラチーズです。これがお餅の代用品になるのです。まったく別ものであるにもかかわらず、お雑煮の中に、お餅と同じくらいの大きさ・厚みにカットして入れると、とてもおいしく食べることができます。

今日、そのモッツァレラチーズを2キロ、通販サイトで買い求めました。ふだんより値段が安くなっていたので、5キロまとめてとも思ったのですが、いくらなんでもそんなには食べないだろうと思い、2キロにとどめたしだい。いまからお正月、お雑煮が楽しみでワクワクしています。

奇跡的!? この3カ月はほとんど東京に

10月は奈良・京都(1泊)、11月は北海道(3泊)と長野県の上田(1泊)、12月は京都(1泊)──これがこの3カ月間の出張のすべてです。海外にいたっては、9月以降、一度もありません。自身のスケジュールをエクセルで表形式にし始めて4年ほど経ちますが、3カ月の間に東京(日本)を離れた回数・日数がこれほど少なかったのは初めてで、私にとっては奇跡的な経験といえます。

〝平成の伊能忠敬〟(ある人にいわせると〝平成の十返舎一九〟)をめざしている私としては、ある意味で非常に不本意なことではあります。でも、考えてみると、これほど家にいつくと、できることがいっぱいあることに気づき、それはそれでよかったなという気もしました。たまたま11月初めに単行本の締切りがあったため、あちこち動いていられないという事情もありました。しかも、11・12月と、別の原稿のチェック作業も入り、、結果としてはそれが幸いしたようです。

いまの住まいに引っ越して6年半がたち、初めての大々的な整理・整頓、大掃除もできました。雑誌もたまりたい放題たまっていたのを、テーマ別に時系列でまとめ、スペースを相当浮かすこともできました。これまで床の上に乱雑に積んであるだけだったのを所定の場所に収められたのです。古くなったものはすべて捨てました。その数およそ1000冊、資源リサイクルにも大いに貢献できたのではないかと……。

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ただ、それでも雑誌が毎月10冊ほど、単行本にいたっては40~50冊くらい増えていきます。純粋仕事用の本は事務所に置いておくことができますが、小説のたぐいはそういうわけにはいきません。

Rimg0373 整理というのは、それを終えると「こんなに広かったんだ!」と感動するのが常ですが、それにしても……といった感じでした。床がさまざまな物で覆われていたがために、これまで使いたくても使えずにいたアイロボット社の自動掃除機(ルンバ)も、ようやく活躍の場を得たので、大いに働いてもらいましょう。