月別アーカイブ: 2010年7月

早くも、次回のスイス行きを計画!?

2日前、氷河特急に乗ってやってきたサンモリッツのホテルをバスで出発、近くの登山電車で展望台まで登りました。今日は、今回の最終宿泊地であるルツェルンをめざします。

ルツェルン市内を観光後、湖畔に建つアールデコホテル・モンタナにチェックインしました。ミシュランで★印をもらっている、小さいながらも高級感あふれるホテルということで、部屋もえらくおしゃれな造りです。ツアー最終日の夕食、ホテルのレストランとはいえ個室で食べたのですが、従業員の接客レベルの高いのには感心しました。そういえば、客層もセレブ風というか、古きヨーロッパの香りをただよわせていました。部屋からルツェルン湖が見られなかったのはなんとも残念なかぎりです。次回泊まるときはぜひ、湖側の部屋にしたいですね。

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その「次回」ですが、私の頭の中では、いつにするか、もう決まっています。ローザンヌの近くにチャップリン博物館がオープンする2012年で、そのときは、今回ゆっくり滞在できなかったルツェルンとチューリヒ、あと、バーゼルなども加えてスケジュールを組みたいと考えています。

マッターホルンに大感動!

今朝早く、待望の、朝焼けに燃えるマッターホルンを目にすることができました。前日、頂上のすぐ手前にある展望台まで行き、間近で見たマッターホルンも、もちろん素晴らしいものでした。空はどこまでも青く、空気はかぎりなく澄みわたり、四方はすべて3000~4000メートル級の山ばかり。7月23日は悪天候のために見損ねたユングフラウまでくっきり見えたほどですから、いかに天気がよかったかということです。ただ、展望台の気温は零下5度、しかも大変な強風で、とても7月の暑い盛りとは思えませんでしたが。

さて、早朝のマッターホルンは、日中のそれとはまったく別の表情を見せます。朝日が昇り始め、徐々に高くなるにつれ表情を変えていく様子はあまりに荘厳というか、心から感動しました。マッターホルンに登る人のほとんどは、ふもとにあるツェルマットに泊まるのですが、私たちが泊まったのは、そこから登山電車で登っていったところにある山岳ホテルで、真ん前にマッターホルンがそびえ立っていました。そこに泊まったかいがあったというものです。

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さて、朝食を済ませると、ツェルマットの駅まで下ります。今日はそこから「氷河特急」です(どうやら復旧し、運転も再開されたとのこと)。5日前に大変な事故が起こったばかりですから、いくぶん緊張はしましたが、いざ走り始めると、窓外の美しい景色に目を奪われっぱなし。南部のサンモリッツまで、全行程8時間余という長い列車旅に、ツアー参加者全員、期待で胸がいっぱいという感じです。申し訳ないことですが、事故のことなど、正直、すっかり忘れていました。

途中、私たちの車両に、朝日新聞パリ支局の記者と東京からやってきたカメラマンが乗り込んできました。事故のわずか3日後に運転を再開したことに、日本国内ではけっこう批判的な声があがっていたようで、それに対する感想やら、なぜスイスに来たのかなど、いろいろ聞きたいというのです。しかも、それが7月29日の夕刊に写真入りで掲載されたようで、日本から届いた友人・知人の電話やメールでそのことを知りました。これには驚き、さっそく会社からその記事のコピーをホテル宛、ファックスしてもらいました。

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参照<朝日新聞.com>

氷河特急で脱線転覆事故が……

昨日の昼ごろ(日本時間では夜)、氷河特急で脱線転覆事故があり、日本人観光客1人が亡くなり2人が重傷を負ったというニュースを、前夜遅くにかかってきた日本からの電話で知りました。たまたま、私たちの泊まっていたホテルが、テレビどころか、ラジオも新聞もインターネットもない山岳ホテルだったためですが、今朝聞いてみると、添乗員の方も知りませんでした。私たちが氷河特急に乗るのは4日後の28日ですが、それまでに復旧・運転再開になるものなのか、なんとも気がかりです。

長年恋い焦がれていたスイスに出発!

無類の旅行好きである私にとって、スイスは、かれこれ50年近くあこがれを抱き続けてきた国です。中学生のころ、私は新聞記者、それも海外特派員になりたいと思っていました。当時、朝日新聞に、本多勝一の、海外取材をもとにしたコラムが連載されており、自分もいつかこんなことを書いてみたいなと思ったのがきっかけでした。また、NHKテレビの「海外特派員報告」という番組も欠かさず観ていた記憶があります。

この当時、私の〝行きたい国〟リストに挙がっていたのはスイス、ベネルクス3国、北欧4カ国、そしてトルコでした。それとは別に、カリブ海の島々にも強く関心を持ちました。なぜか、「○○領××」と呼ばれる地域には、ぜひ行ってみたいと。そのスイスにとうとう行くことになったのですから、興奮もひとしおです。

今回は久しぶりにツアーで行くことにしました。スイスの楽しみ方にはいろいろなバリエーションが考えられますが、ここ数年興味があったのは、列車に乗ってあちこち移動し、自然に触れ、また都市も訪れるということでした。本当なら3週間くらいかかるのでしょうが、そういうわけにも行きません。それと、列車の手配がややこしそうで、これはもう業者にまかせたほうが賢明と判断しました。そこで、人気の特急列車に乗りながらスイスの山々も楽しむ内容のツアーを選んだのです。

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アイガー、ユングフラウ、モンブラン、モンテローザ、マッターホルンなど、名だたる山々の頂上に目いっぱい近づけるなど、考えただけで身震いします。そこへ行くのに、氷河特急やらゴールデンパス特急に乗れるのですから、一石二鳥ともいえます。さて、どうなりますやら……。

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あじさい満開のお寺で心を癒す

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歌舞伎を観に行ったついでに、温泉(松本市内にある!)と花で体と心を存分に癒すことができました。松本市の中心部からクルマで30分足らず、塩尻市との境近くに、別名を「信濃あじさい寺」という弘長寺があります。山裾にある本堂の裏側に所狭しと植えられ、どれも皆満開のあじさいはおよそ1000株。

この寺のアジサイは、1980年ごろから檀家の有志が植え始めたとのことで、年々数も増えてきているそうです。とにかく、その種類の多さには驚くばかりで、訪れた人が長い期間楽しめるようにと、開花時期の異なるものが約80種類そろっています。

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江戸時代から日本のアジサイは世界的にも美しいと評判だったようで、18世紀後半からヨーロッパに伝えられ、品種改良されてから西洋アジサイとして日本に里帰りしたものも少なくありません。日本のアジサイはどちらかというと、野趣あふれる味わいがあるように思えます。色も紫だけでなく、赤あり、白あり、ピンクありと多彩ですし、名前も淡雪、紅冠雪、楊貴妃、横浪の月、雷電など、これまた多様で、大いに楽しませてもらいました。鎌倉のあじさいも有名ですが、ここらまでやってくると、人もそれほど多くないので、ゆっくり鑑賞することができます。

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弘長寺は真言宗智山派の古刹で、開基は弘長3(1263)年といいますから、750年ほどの歴史があります。それにしても、寺号に年号が用いられるというのは珍しいことです。いまでこそそれほどでもありませんが、できた当初はかなり大きな、また権威のある寺だったのでしょう。

信州松本で歌舞伎見物──街ぐるみで盛り上がる

「勝手に、街魅しゅらん」1◆松本市(長野県)

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松本市のまつもと市民芸術館で7月上旬に「平成中村座」の公演があると知ったのは6月半ば。桟敷席の一部が追加で売り出されるという記事を見かけたのです。さっそくチケットぴあにアクセスし、首尾よく2枚をゲットできました。6月の東京公演のチケットが早々と売り切れてしまったのでやむを得ず、というより喜んで遠征することにした次第です(ついでに、松本近辺の温泉でも楽しめたらしめたもの……)。

地方都市での公演ですから、東京でのそれとはかなり様相が違うようです。『信州・まつもと大歌舞伎』の場合、公演そのものは市や商工会議所などから成る実行委員会が主催、それに関連する事業を企画・運営する市民活動委員会の二つが協力しながら進める方式で、切符もぎりや場内の座席案内など、すべて市民ボランティアがおこなう仕組みだそうです。

私自身もかつて、「劇団ふるさときゃらばん」による公演に、勧進元(主催者)である「大ナゴヤ人元気会」のスタッフの一人として何度もたずさわったことがあるので、そのあたりはよく理解できます。私の場合は、劇団の元主演女優が高校の同窓同期生だからという理由だけで関わったのですが、演目が、名にし負う中村勘三郎の、それも伝統歌舞伎ではない作品(『佐倉義民伝』)ですから、ハンパなものではないでしょう。歌舞伎が好きで、勘三郎が好きで……といったモチベーションがしっかりしていなければ引き受けられないはずです。

市内では、公演期間に合わせて、会場のまつもと市民芸術館をはじめ、市の博物館、美術館、あと松本城で、この地域における義民の歴史、歌舞伎の見どころを手ほどきする、「学び」に重点を置いたイベントがいくつか展開されていました。このあたり、勉強好きの人が多い信州らしい企画といえます。しかも、すべて入場無料とのことで、行政、地元企業・商店、市民が一体となって取り組んでいるのがよくわかります。

この種のイベントを「お祭り」の一種としてとらえれば、「お祭り」なるものが人々の創造意欲をいかにかきたてるか、理解できそうです。ゼロから何かを作り上げることの喜びを共有する楽しさとでもいうのでしょうか。でも、それは、広い意味での文化に対する関心が一定レベル以上に達しているから可能なことで、毎日の生活に汲々としているだけでは、こうしたことは実感できそうにありません。それからすると、この街のレベルはかなり高いことが感じられます。クラシック音楽の一大イベント「サイトウ・キネン・フェスティバル」が毎年開催されているのも納得です(今年は8月10日~9月9日)。

今回の歌舞伎公演は7月2日から8日までの1週間、11回。その間、手ぬぐいやうちわなどの公式グッズや、酒や伝統工芸品といった松本市の特産品を販売する「村祭りの縁日」が会場の前にある大きなロビーで開かれ、チケットがない人も立ち寄れるなどというのもおもしろい試みだなと感じました。聞けば、2年前、松本で初めて「平成中村座」の公演がおこなわれたときにも同じことをしたそうです。

私たちが行ったのは楽日の7月8日(昼の部)でした。今回はクルマで出かけたのですが、市民芸術館には駐車場がないので、その斜め向かいにある美術館にとめさせてもらいました。ちなみに、美術館に敷設されているビストロのランチも、おいしかったですよ。

会場の市民芸術館は「サイトウ・キネン・フェスティバル」のメインコンサートがおこなわれる場所で、非常にユニークな設計の建物です。ホールの前方、舞台のすぐ前にしつらえられた桟敷席というのは、座イスにすわって観るスタイルで、これは初体験でした。

串田和美による演出も、集団ラップの場面があったりエレキギターの生演奏による効果音があったりと、とても斬新で、観る者を飽きさせません。公募で選ばれた市民キャスト約50人が農民の役で出演するという工夫もあります。

11回の公演で1万4千人ほどの観客が訪れたそうですが、なんとも心地よい時間を過ごすことができました。それは、上高地に近いという恵まれた自然条件だけではありません。文化を何より大切にする松本の人たちの心の余裕によるものでしょう。いまさらながら、松本の素晴らしさ、魅力を実感し、帰路につきました。

スポーツも政治も、日本のマスメディアは未熟

なんとまあ、時間の経つのは早いことか! 昨日で今年も半分終わってしまいました。今年前半の大ニュース、いろいろあるでしょうが、私個人にとっては、これまでになく多くの映画を楽しめた(今年前半で40本弱)のが最大の〝事件〟です。

映画についてはいずれ、このブログでも発信しようと思っていますが、いまはひと言だけ。映画(演劇やコンサート、小説などもそうなのでしょうが)というのは、やはり人それぞれ、評価が大きく異なるものなのです。だれかが「めっちゃ面白い!」といくら興奮していても、自分にとってはそうでもない、どころか「どこがいいわけ?」といいたくなるようなものもあるということです。そして、その「だれか」には、マスメディアや有名な評論家も含まれます。

それに比べると、社会的なできごとについては、自分と距離が離れている分、マスメディアやそこに出てコメントを発する人にいとも簡単に影響されてしまうのではないでしょうか。鳩山総理が辞めて菅直人政権が誕生したとたん内閣支持率が急上昇したり、一時は「やめろ!」とまでいわれたサッカー日本代表の岡田武史監督に対する評価が、決勝トーナメント進出を決めたとたん「日本一」に一変わしてしまったり。「権威あるものに従う」「まわりの意見に合わせようとする」日本人の国民性のようなものは、昔もいまも変わらないようです。

L1040730 それでもなおかつ、ワールドカップでの日本代表の戦いぶりは、これまでで最高だったように思います。私がいちばん感動したのは「サッカーは団体スポーツであることを示したい」という、岡田監督の言葉でした。サッカーにかぎらず、野球もバスケットボールもラグビーも、団体競技のはずなのに、日本のマスコミはすぐ「ヒーロー」「スター選手」を仕立て上げ、ことさらに持ち上げようとします。それが本人のためになるかどうかはどうでもいいのですが、一緒にプレーしているほかの選手にどんな影響を与えるかまでは考えていないような気がしていました。

これは「個」のレベルについてだけではありません。団体競技にはかならず戦う相手がいるのに、勝ったチームにだけ異常に肩入れするのも同じことです。セ・リーグの巨人や学生ラグビーの早稲田がいい例です。盟主とか伝統とかいったことも大事なのかもしれませんし、負けたチームの努力が足らなかったという見方も間違ってはいないでしょう。でも、負けた相手チームがあっての勝ちチームであって、巨人がいなければプロ野球は成り立たないだの、早稲田あっての学生ラグビーだなどという考え方は本末転倒ではないかと思うのです。

最悪なのは、そうした報道のされ方が長年続くと、知らぬ間に偏った「刷り込み」がなされてしまうということです。コアなファンの間ではそうしたことは起こりにくいでしょうが、「コア」はあくまで少数派でしかありません。3分の2、ときには4分の3もの人が、マスメディアが持ち上げる個人やチーム(団体や組織)を無批判に肩入れしてしまっては、スポーツも、また政治も健全な発展はしないことでしょう。

また、フェアにものを見るという態度も失われてしまいます。(プロ)スポーツに対する人々の立ち位置、政治との関わり方が、世界的に見ていまだに一流の域に到達できずにいるのは、それについての情報を人々に伝えるマスメディアの手法があまりに未成熟であるからのように思えてなりません。