フィレンツェの復活祭名物「山車の爆発」をこの目で!

2016年3月27日
いよいよ、今回のメインイベント=「Soppio del Carro」の日です。直訳すれば「山車の爆発」。ドゥオーモの前に運ばれてきた山車に爆竹が仕掛けられ、それに順次火がつき炎と煙に包まれるというものです。年に1回、復活祭(イタリア語ではPasquaといいます)のときにおこなわれる行事で、フィレンツェではチョー有名──。と思っていたのですが、これが意外や意外、市民でも知らない人がかなりいるということをIさんが教えてくれました。

今回の旅行はこのイベントを生で見るというのが最大目的なので、3カ月ほど前にIさんに連絡し、どこの場所で見たらいちばんいい場面が、いい角度から見られるのかなど、さまざまリサーチをお願いしました。しかし、近所の人に聞いてみたが、「何、それ?」という返答が大半とのこと。Iさん自身はフィレンツェに移ってまだ20年足らずなので、知らなかったとしても不思議ではありませんが、ずっと地元にいるフィレンツェ市民でさえ知らないというのは、どう考えても理解できません。だって、もともとの起源は西暦1099年といいますから、900年以上も前。いまのような形でおこなわれるようになってからでもすでに350年以上は経っているのですよ。

それでも、あちこち当たってもらい、なんとかベストポジションについての情報はGETできました。また、たまたま地元のテレビ局が昨年の模様をえんえん2時間近くにわたって紹介する番組に昨夜出くわし、その盛り上がりぶりもほぼわかりました。「よーし、明日は早めに会場に行こう」と決めたしだい。

Dsc_0539朝食を済ませ、予定より15分早い午前9時15分にはドゥオーモに到着。しかし、ベストポジションとされている場所は早くも5列ほどの人垣ができていました。そこになんとかもぐり込み、私たちも10時のイベント開始まで待ち続けていたところ、ラッパと太鼓の音が聞こえてきます。中世フィレンツェの衣装で身を固めた、おそらくカトリックの信者たちでしょう、総勢140~150人ほどの行進が到着しました。フィレンツェの市章であるユリの花を赤く染め抜いた白い旗がなんとも鮮やかです。楽隊の奏でる曲も人々の気持ちをかき立て、聴いているだけで満足。ドゥオーモの正面に全員が並びイベントのスタートを待ちます。しばらくすると、4頭の白い牛に曳かれた山車が静かに登場、所定の位置に固定されました。すると、何十、何百とつながった爆竹が山車をグルグル巻きするように仕掛けられていきます。

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そうこうしているうち鐘楼の鐘が響きわたり、午前11時に。ここからは山車に注意を集中します。まず、大聖堂の祭壇前からワイヤーをつたって、ハト(イタリア語でcolomba)をかたどった木像がロケットのように火を噴きながら数十メートル飛んできます。これが山車まで到達すると、こんどは向きを替え祭壇の方向に戻っていくのですが、元どおりの位置にまで無事戻ればその年は平穏無事・五穀豊穣なのだとか。


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その瞬間から山車が爆竹のはじけるすさまじい音と煙に包まれます。それが何度も何度も繰り返されるのです。なかには、火花を散らしながら、空に向かって飛んでいくものもあります。フィナーレは、山車のてっぺんに取り付けられた3つの飾りがグルグル回ってはじけ、中にセットされている市の紋章を記した3枚のバナーが姿をあらわします。今回はそのうち1枚だけが折り曲がったままでしたが、それでも10分間にわたる「ショー」の迫力、感動ときたら!

もとはといえば、「ちょっとーお父さ~ん!」の呼びかけがきっかけで始まった「Scoppio del Carro」見学の旅ですが、はるばる観にきた甲斐がありました。最初は婦唱夫随、いざという段からは夫唱婦随。これが私たちの旅の極意というか、一つのパターンになっています。

 

人込みでごった返す中、本来は一緒に見るはずだったのですが、結局それがかなわなかったIさんと、近くのカフェでようやく合流できました。初めて観た「山車の爆発」にIさんも興奮を隠せない様子。このあとはIさん宅での食事会です。15年前にお会いしたきりのIさんのご主人のお母さん=マンマが作る手料理をいただきに、駅の近くから3人でバスに乗りました。

Img_5749Iさんの自宅を訪れるのも15年ぶりです。こちらではパラッツォ(palazzo)と呼ぶらしいのですが、日本でいうテラスハウスの2階に玄関があり、中はメゾネットスタイルになっています。マンマに初めてお会いしたときは私もまだ若かったので、かなりの量を食べたらしく、マンマはそのことをよく覚えていたようです。今日のメニューは野菜→タリアテッレ→羊肉のグリル。近所に小さいながら自分の農園を持っていて、そこで獲れたばかりの野菜ですから、おいしいのなんの。とくに、ゆでたアーティチョークとヤギのチーズを塩とオリーブオイルで和えたものは、日本ではなかなか口にできないメニューで、とても新鮮でした。小ぶりのエンドウ豆とヤギのチーズの和えものも同様。

Img_5742しかし、最高においしかったのはやはりタリアテッレ(tagliatelle)。細長いリボンのようなパスタで、それにミートソース(それも牛・豚・羊のひき肉のミックス)をからませたあり、今回も2杯半食べてしまいました。最初のときは4杯近く食べたそうです〈自分ではまったく覚えていないのですが)。それも、最後お義理で「もう少しいかが」とマンマが口にした言葉も真に受けての4杯目でしたから、「よく食べる日本人だ」という印象を与えてしまったのでしょうね。

デザートに、colomba(ハト)の形をしたケーキ(復活祭のときだけ作られるもの)をいただき、最後コーヒーを飲むと、動けなくなるくらい満腹に。実際、ホテルに戻ってもまったくお腹が空かず、早々に寝てしまいました。窓の外は雨。今日の午前中でなくてよかったなと感謝したしだい。

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