ラグビーは「楽苦備」、でも観戦に「苦」は要らない

2019年10月13日
高校でラグビーをしているとき、先輩にこんなことを教えられました。「ラグビーっていうのは“楽苦備”と書くんだ。楽しいこともあれば苦しいこともある」と。私の高校は残念なことに弱かったので、「楽」より「苦」のほうが圧倒的に多かった記憶しかありませんが、いまのJAPANを見ていると、その言葉がいかに的確か、よくわかるような気がします。エディー・ジョーンズの時代から始まった、この上ない厳しいトレーニングに選手たちは皆苦しんだはず。でも、その成果はきっちりあらわれていて、楽しさも味わっているにちがいありません。

9月20日のラグビーW杯開幕から10月9日まで20日間、8会場で10試合を観戦した私も、これ以上ないほど楽しませてもらっています。ただ、その半面で見る側の苦しみも経験しました。それをいくつかあげておきましょう。今回のW杯は、東京オリンピックのほぼ10カ月前というタイミングで、さまざま参考になることも多いのではないかとも思うからです。

食べ物の持ち込み問題はクリアされたようなのでOK。これまでフランス、ニュージーランド、イギリスでW杯を観戦しましたが、あまり気にはなりませんでした。試合中に何かをつまむくらいならまだしも、ガッツリ食べたいと思ったことはなかったからです。そもそも海外では、どこかの店で食べ物をテイクアウトしようにも、サンドウィッチや果物くらいしかありません。日本のように弁当、寿司、おにぎり、唐揚げ、焼き鳥、シュウマイ、餃子……などといった選択肢はないのです。

飲み物は、よく言われているように、ビールをがんがん飲む人が多いです。ただし、試合が始まる何時間も前からです。もちろん、始まってからも、スタジアム内の売店で買って飲む人もいますが、それほど多くはなかったように記憶しています。今回、ラグビーにはビールがつきものということで、運営側は売り子にスタンド内でも販売できるようにしました。これは前例のないサービスで、これからの大会で取り入れられるかもしれません。

もっとも売り子の存在感は残念ながら薄い感じがしました。「ビール、いかっしょう!」と大きな声を出しながら売って回る野球場のスタイルを見習ってもいいかもしれません。スタンド内で飲み物を売るのは日本独特(アメリカ大リーグでも売るのはホットドッグだけ)。外国人客にとってはとてもありがたいサービスなのに、ちょっと残念です。

しかも、急ごしらえの売り子ばかりで、Heinekenの缶からプラスチックのコップに移す手がおぼつかないのに加え、釣り銭の支払いにモタついているので、時間がかかりすぎ。また、目をやる方向が不十分で、こちらが声をかけても手を振っても気がついてくれないのです。

スタンドにもけっこう差があります。日本がアイルランドに勝った静岡エコパスタジアムにはガックリきました。しかも、ドリンクホルダーもついていないのです。近頃のシネコン並みにとまでは言いませんが、前後のスペースの狭いこと。用があって籍を離れるとき、隣の人にお断わりし(もしくはアクションで示し)、体を縮こめてくれたのを確認した上でようやく動き始めることができます。それでも、途中体が揺れたり、足もとがおぼつかなくなったりするともう大変。まあ、これは世界中どこのスタジアムでも、ほぼ同じですけどね。ただ、ドリンクホルダーがないのはやはり参りました。

かと思うと、熊本のように、ドリンクホルダーがある席、なくても隣の席との間にミニテーブルがある席が混在しているところもありました。これは隣の人との間に余裕があり助かります。外国人は、選手だけでなく観客も大きな図体の人が多いですからね。

入口での持ち物検査は担当者によって差があるようです。でも、想像していたよりは ゆるいなと思いました。日本人はこういうことにとてもまじめに取り組むので、リュックの底の底まで手を入れて調べられるのではと覚悟していたのですが、そこまでする人はいませんでした。そこそこ厳しかったのは開幕戦だけ。秋篠宮ご夫妻がいらしていたからでしょうか。

トイレの行列はすさまじいのひと言。ビールをガンガン飲む男性のほうが行列は長く、ハーフタイムのうちには終えられません。日本のスタジアムのトイレはキホンどこでも清潔、しかも美しいので、用を足す側もそれなりの心づもりをしてアサガオに向かいます。外国の場合、たいていは左右10メートル、奥行き50センチほどの巨大な箱(たいていはブリキのような素材)のようなものがしつらえられていて、そこに向かって用を足します。一方の側から水が流れっぱなしになっているので、あとのことは心配要りません。これだとハケが早いので、多人数が相手、しかもほとんどの人が酩酊状態のときは十分という気がします。どの道、試合中に清掃作業がおこなわれるようなこともないでしょうし。

客の誘導で気になったのは神戸ノエビアスタジアム。そもそも敷地内に入るところが1カ所しかないのですが、そこからEゲート、Nゲートに行くには、スタジアムを3分の1ほど回らなくてなりません。そちらに向かうようロープが張られているのですが、それが必要以上に長く、100メートル以上歩いて100メートル戻り、また数10メートル進むようなスタイルになっていたため、けっこう疲れました。前に進むだけで入口に到達できるようにしてほしいですね。

輸送体制に問題があるように思ったのは静岡。9月28日のJAPAN vsアイルランド戦。私たちは新神戸から浜松まで新幹線、浜松から東海道線でスタジアム最寄りの愛野駅まで行ったのですが、ホームは客であふれかえっていました。私たちより前の電車で着いた客がまだ改札口まで到達できずにいるのです。それでなくても狭いホームに、電車は次々と入ってくるわ貨物列車は通過するわで、危険なことこの上ありません。結局、下車してから改札口を出るまでに20分以上もかかりました。

 

そもそも5万人を収容するスタジアムの最寄り駅なのですから、試合開催の日にだけ使用する連絡橋を作っておくとか、できなかったのでしょうか。ラグビーW杯は、世界中からファンがやって来るイベントです。にもかかわらず、そうした手を打っていないのは、ラグビーW杯の重みを理解していないとしか思えません。こうした部分に設備投資(応急的・一時的であったとしても)をしようとしないのは……。JR東海という会社のセンスに問題アリと言えそうです。

ただ、帰りの誘導はみごとでした。駅に向かう歩道の途中から、東海道線の上りに乗るか下りに乗るかで動線を分け、スムーズに改札→ホームへと進むことができました。同じタイミングに客が殺到する帰りについては対処できているのに、到着時の客の集中にほとんど無策なのはなんとも不思議です。観客に「苦」は要らないはず。1から100まで「楽」に楽しみたいというのが正直な気持ちではないでしょうか。

東海に限りませんが、JR各社になんとかしてほしいと思っているのは、新幹線の荷物(スーツケース)置き場です。なんともプアというか、1両に長期滞在の外国人観光客が数人乗っただけでほぼパンク状態になります。スーツケースを置くための場所がゼロなのです。各車両の最後部にわずかなスペースはありますが、そこにスーツケースを置くと座席のリクライニングが利きません。もちろん、網棚に上げるのは無理ですし通路に置くこともできません。といって、デッキに置いたたままになどできないでしょう。来年、東京オリンピックが開催され、今回のラグビーW杯を上回る人が海外からやってきたらどうするのでしょう。

さすがに、東海・西日本・九州の3社は2020年5月から、大型スーツケースを持ち込む場合は事前予約制にするといいます。最後部座席の後方にあるスペースを専用の置き場にし、その座席の指定席とセットで予約(追加料金は不要という)すというものですが、事前予約なしで持ち込むと1000円(税込み)の手数料が必要とのこと。しかし、これで確保できるのは普通車両で5人分。これで間に合うのでしょうか。

また、新幹線車内の一部のトイレを「荷物コーナー」に作り替えることも発表しています。ただ、こちらは工事が必要なので、実施は2023年度。オリンピックが終わって3年後ですが、これもずいぶん間の抜けた話です。